−* RED−HOT BLUES*−


The second movement:Canon

 それは僅か2週間の冬だった。

 濃紫紅色のマダム・ポンパドールや、黄色いロングドレスを着て踊る愛らしいダンシング・ドールの蘭たちが、メイン・ストリートの屋台に並ぶ。
「花買おうか。カトレア好き?」
「ええ、でも…」
「なに色がいい?俺が選んでもいい?」
「ええ…」
 並んで歩く涼は一歩引き、そのBlue-blackが私の等身分だけ上下に一往復した。

「和は…そうだなあ。ハイビスカスの赤が似合いそうだけど…。自分じゃあんまり好きじゃないでしょ?」
「どうしてわかるの?」
「ははは…。抵抗してんだろ、この国に」
「…どういうこと?」
「らしくないでしょ、その服の色。この国には…」
「・・・。」
 涼は暗淡色に身を包んでいる私を見下ろしている。昨夜初めて共に過ごした彼に、私の心は既に見透かされていた。

「Could I have…あ、これ下さい」
 涼は紅カトレアのコサージュを選んだ。
 添えられた白のデンファレとアスパラのグリーンが、いっそう花の朱を濃くしている。
「はい、どうぞ」
 涼は私にコサージュを差し出した。
 売り子の少女が何か言っている。
「…え?ワカンナイよ。あー、そんな風にゆっくり言ってもらってもわかんないんだ。和…」

 涼は知り合ってから初めて私に救いを求めた。
「…『ジャスミンの鉢植えはいかがですか?』って」

「ジャスミン?ああ…ごめんね。鉢植えは日本に持って帰れないから…。代わりにこれ貰おうかな?これもジャスミンだよね?」
 涼はジャスミンの花輪を手にし、その芳香を確かめた。黒飴のような瞳を持つその少女からつり銭を受け取った彼は、それをそっくりそのままチップとして彼女の手に戻した。少女はワイをして満面に笑みを浮かべた。チップにしては少々額が多すぎる。

 私は黙っていた。
 彼は明らかに旅行者だ。少女もそれを知っている。仮に私がここで鉢植えを買い、チップの額を彼の1/3にしても、彼女は同じように微笑むだろう。ワイを組む手の位置は多少下がるだろうが…。


「いいね?明日、コンベンションセンターに午前10時。和が来ないと始まらないからね。いや、違うな。正確には“終わらない”だ。君はショーでラストを飾る華だから」
 大都会のオフィス街から少し奥まったところに、喧燥の届かない静寂がある。伝統という名に相応しい佇まいのホテルで、私達はそこでブランチを摂っていた。
「あの…私はボランティアの通訳ですから、そんな大事なお役は一般公募のモデルの方に…。それに、ご存知でしょう?私は明日、デモンストレーションの通訳を任されてます」
「…何回同じことを言わせるの?」
 サーモン・ピンクのクロスがひかれたテーブルの向こうに涼がいる。ほんの少し左に首をかしげ、その角度から放たれる瞳の光線が痛い。

「如月さん、私…知識がありません。日本人を名乗ることが恥ずかしいくらいに、日本の文化とか、よくわからなくて…」
「わからなくて?」
「わからなくて…自信がないんです。こんな私じゃモデルなんて務まりません」

 涼はグラスワインを傾け、箸を操っている。長さを持った中華料理店でよく見かける角箸だ。彼のブルー&ホワイトのオーバル皿には、和・洋・中・エスニックの各料理が共存している。クロスにはナイフ・フォーク・スプーンが配されていて…。このアンバランスは、ビュッフェという名のもとにすべて正当化され、何の違和感もない。それは、ここが一種コスモポリタン的な空間だからだろう。高い天井にコロネイド調の柱が等間隔に並ぶ。敷かれた絨毯は西南アジアの大地を運び、シルク・スクリーンが壁を覆う。ラウンジでは香が焚かれ、艶やかな民族衣装を着た演奏家が琴を奏でる。

「だから言ってるでしょ。該当者がいなかったんだ、って。ラストだけは‘限りなく日本っぽい雰囲気を持った子’にどうしてもこだわりたいんだ。一般公募にも何人か日本人がいたけど、残念なことにどの子も俺のイメージじゃなくてね。これだから、現地調達は難しいよね」
「…私、日本人っぽいですか?」
「和はどこから見ても日本人だよ。少なくとも、夕べから俺の目に映る和はね」

「・・・。」
「あ、でもここが日本だったら、やっぱり日本人には見えないかもしれないな」

「どうして?」
「ん?だって着てる服とか、日本の流行とは微妙にアイテムのデザインが違うよ」

「・・・。」
「あ…けなしてる訳じゃないからね。今の日本じゃ皆個性ないから、きっと和はそン中で目立つだろうな、って…そういう意味だから」

 黙ってしまった私を、涼は慌ててフォローする。
 その時ウェイターがテーブルに近づき、流暢な英語で涼に話しかけた。

“Excuse me sir, would you like some more wine?”
 涼のワイングラスは空だった。彼はまだ半分以上残る私のグラスをチラっと見て言った。
“No, thank you.Would you bring me some water?”
“Khrap phom.”
 ウェイターは『かしこまりました』だけ現地語を使い、バーに下がって行った。

「…私に構わず召し上がって下さい。」
「うん…。この後何もなければ遠慮なくいただくけど…会場見に行きたいんだ。ホールのチェックはしつこくしとかないとね。あ、和は大丈夫?俺、今夜も遅くまで和を引きずり廻すつもりでいるんだけど…」

(今夜も?…)
 涼にとって仕事を意味する言葉も、私には目の前のBlue-blackが眩しくて、昨夜の抱擁を思い出さずにはいられなかった。


「こちらにはいつまで滞在なさるんですか?私が伺っているのは、今日も入れて…あと3日」
『3日』と口にした途端、私は自分でも信じられないくらい動揺した。涼に顔を向けることが出来ない。
「そうだね。明日、何の問題もなくショーが終われば、明後日の夜便で日本に帰るよ」
 うつむいていても、涼の視線が私に向けられているのがわかった。
 しかし…。
 その名も知らぬ女を抱くような男に、こんな態度を取っている自分が情けない。承知のハズではないか。彼にとって私は火遊びにも値しないアバンチュールの相手だということは。それでも…それでも私の本能は、彼に滞在の延期さえ乞いたがっている。

 涼はパパイアのサラダに箸をつけた。
「あっ…」
 止める間もなく、彼は千切りパパイアに微塵に潜む‘プリッキー・ヌウ’を口に含んだ。

「…辛くないですか?」
 私は平然と咀嚼を続けるその顔を凝視した。
「大丈夫だよ。おいし…」
 終いまで言わぬうちに顔を歪め、涼はワイングラスの倍もあるグラスウォーターを一気に飲み干した。

(そんなことで治まる筈はない)
 ひたすら堪えて、その舌の痺れが癒るのを待つしかないのだ。涼の閉じられた瞼と噛み締める唇を見つめるうちに…彼が耐えれば耐えるほど、私はいたたまらない気持になった。

(‘プリッキー・ヌウ’になりたい。)
 一秒でも長く、彼と時を共有していたい。

 Red-Hotが教えてくれた。
“私は彼を求めている”…と。




−To be continued.−










Mov.3に続く
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