|
|
|
|
−* LOCUS OF LOVE 1997 *−
『beyond the night sky』
窓の外には、雲のない星空が続いている。
テーブルを挟んで、男は女に問い掛けた。
「どうしたの?」
「え?」
「さっきから何考え事してるの?」
「・・・うん」
「そんなに心配?」
「・・・ええ」
「携帯鳴らないんだから大丈夫だよ。時間的にも・・・丁度寝付いたころだろ」
「いつもだったらね」
「気にしすぎ。それじゃあ目の前の男が嫉妬でふて腐れるよ」
「・・・ごめんなさい」
「忘れることはないだろうけど、今夜あの娘の名前を口にしたらペナルティ取るよ」
「そんな・・・」
「目の前の男は今夜それくらい君を独占したいらしい」
「・・・駿」
ふたりは“サリーさんのビストロ”でクリスマス・ディナーを楽しんでいる。‘ボランジェ’という名のシャンパンに頬を染めながらも、弥生は姑に任せたひとり娘の萌が心配で仕方ない。
「・・・まだそんな風に言ってくれるのね。ありがとう。でも、普段聞き慣れない言葉だからなんだか恥ずかしいわ」
「『聞き慣れない』?そっかなあ」
「そうよ。いつもめぐ・・・」
弥生は慌てて口を押さえた。
「あっはははは・・・。一回につき100円ね」
「駿、あの娘の話題を避けるなんて無理よ。私たちはあの子を真ん中にして、この半年やってきたのよ。会話だって普段ほとんどあの子中心なのに・・・」
「そりゃそうだけどね。そうなんだけど・・・敢えて今夜は恋人同士に戻ろう。俺たちの恋愛期間って普通のカップルみたいにデート重ねてないじゃん。高校のときは俺が受験だからって、お前が気遣って極力会わなかったし、結婚前は萌生まれてもずっと離れてたろ。だからたまには・・・今日みたいなクリスマス・イブなんかには、ふたりっきりで過ごしてみてもいいんじゃないかな、って・・・。こういうのもメグが赤ん坊の今しか出来ないだろ」
「うん。・・・100円ね」
「え?」
「言い出しっぺでしょう?」
「あ・・・俺言っちゃった?」
「ふふふ・・・ええ」
「ふっ・・・まいったな」
「あっはははは・・・」
声を立てて笑う弥生を一度だけ睨んだが、駿もすぐさま彼女につられ笑い出した。
「明日香たち、今夜どうしてるのかしら。ひょっとして、ここで会えるかな?って期待してたんだけど」
「ああ・・・そうだね。年末だから忙しいんじゃないの?大手から樽の注文受けてるだろうし」
「そうね。・・・あなたは?」
「ん?」
「佐伯先生は年末忙しくないの?」
「年末年始の夜間救急外来から外れたからね。去年ほどじゃないよ。ウチに急患が入れば別だけど」
「そうなの・・・」
「なに?」
駿は言葉に詰まった弥生が気になった。
「改めて話題見つけるのって難しいわね。仕事には口を出しちゃいけないって思ってるし、家族の話もタブーよね。せっかくのクリスマス・イブだもの」
「・・・愚痴っていいんだよ。親と同居で、何にもない訳ないんだから」
「うん。いろいろあるけど・・・今のところそれも楽しんでるから。強がりはとうの昔に止めてます。どうしてもあなたが必要なときは、“助けて”ってシグナル出させてもらうわ。見逃さないでね。呆れないで、そうして・・・見放さないで」
「・・・うん」
目に見えない信頼の絆はしっかり結ばれている。再確認のための会話はこれだけで十分だった。互いの心があたたまるまでの数秒を、ふたりは沈黙で過ごす。
「あ・・・今夜慌てて出てきたでしょ、あなたに見せるの忘れちゃった。今日由布さんからクリスマス・カードが届いたの」
「そう・・・」
「宛名があなたと私の連名だったから、封開けちゃった。お元気そうよ。留学仲間の彼とも上手くいってるみたい」
「そっか」
「・・・・・・。」
「・・・なんだよ」
「ううん、なんでもない」
弥生は自分の直視に動じない駿に安堵し、微笑んだ。
サリーさんのビストロを後にして、ふたりは湖岸沿いに再開発された駅南の巨大コンプレックス群にやってきた。ゴスペルとクリスマス・ソングがあちこちから洩れ聞こえ、連なるモールのブティックでは歳末商戦が繰り広げられている。肩を並べ、新名所だと亨が言っていたレイクフロントの公園まで足を伸ばした。対岸の高層ビルに、ツリーのイルミネーションが映し出されている。今夜はさすがにカップルの姿が目につく。駿の吐く息が白い。弥生の鼻もトナカイのように赤くなり、時が夜を刻むごとに空は澄む。ひとりでは身震いするほどの寒さだが、駿のポケットの中で繋がれた手と手は汗ばむほどあたたかい。見上げる夜空に星たちが瞬いている。
「きれいね」
「・・・うん」
「ありがと」
「・・・何?」
「ほっとさせてくれたから。昔・・・あの頃は、どうしてなのかわからないけど空がとても気になって、暇さえあれば見上げてたのに・・・何時の間にか日々に追われて・・・忘れてたわ。空を見上げること」
肩にもたれる弥生を横目にして駿が問い掛ける。
「強がり、ホントに返上してる?」
「・・・・・・。」
弥生は驚き顔で頭をもたげた。
「ふっ・・・。ちゃんとシグナル出せよ。鈍い俺にもわかるくらいでっかくね」
「ふふふ・・・はい」
最初のキスは、いつもよりほんの少し長かった。
mistletoeの小枝が弥生とほぼ等身大のクリスマスツリーに飾り付けられていた。この枝の下にいる異性にキスをしてもいいという言い伝えを、ホテルのマネージャーは知っているのだろう。額を合わせたまま弥生が呟く。
「ほんとはね・・・余裕を持ってもっと早く家を出られたら・・・俗っぽいって笑われちゃいそうだけど・・・駿と湖岸公園でサンセット・キスしたかったの。ロマンティックなことしてみたかった」
「ロマンティック?・・・俺たちの恋愛はロマンティックじゃなかった?」
「えっ・・・?」
答える間を与えず、駿は再び弥生の口を塞いだ。深く吸い込まれていく舌と共に、弥生の躰は駿の腕にきつく抱かれていく。二人の間隙が埋め尽くされると、彼の肩に置かれていた弥生の腕が宙に浮いた。舌の痺れに耐えきれなくなり、その指を駿の髪にうずめる。麻痺した舌は駿から離れ、クロスしていた顔は正面に戻される。再び額を、そして新たに鼻も合わせて、今度は駿が呟く。
「俺達はおっきな虹の向こうとこっちでお互いを捜し求めてた。七色(なないろ)が消えないうちに見つけ出そうとして、必死にもがいて突っ走ってたような気がする。たくさん傷ついたけど、でも俺は・・・俺たちの軌跡はロマンティックだったと思うよ」
「駿・・・」
「結婚して、育児して、今めちゃくちゃ現実的な生活してて・・・弥生にとってはもうロマンティックじゃないかもしれないけど・・・だけど俺たちの恋愛はまだ続いてる。夫婦になっても恋慕い合ってるうちは“恋愛”って言えるよね」
「・・・うん」
「毎日ちょっとずついろんなものが変わってくし、うまくいかないこともきっといっぱいある。だけど・・・弥生とこれから先も同じものを信じて生きていきたいって、そう思ってる。お互いの痛みは実際には分かち合えないけど、愛し合って、癒し合うことは出来るよね」
伏し目のまま、弥生は肯いた。
そして、ふたりだけの夜は“ロマンティック”に更けていく。
弥生から下唇にしゃぶるようなキスを受けている時、駿の指はシャツドレスの前ボタンを外し始めていた。優しいポインセチア色のベロアは、弥生のクローゼットの中から駿が今宵のために選んだものだ。ウエストまでのボタンを外し終え、弥生の右手を取る。甲にキスして指を絡ませ、空いている方の手で互いの袖のボタンを外す。
「あら・・・カフスは?」
「・・・ドレッサーの上に・・・そういや出てたね」
「付け忘れちゃった?」
「うん」
苦笑する駿を、弥生はそれ以上咎めなかった。
左手を取ると、駿は中指のシルバーと薬指のマリッジリングを撫で、それぞれのリングに唇を寄せた。弥生の手は駿のネクタイに伸びた。玄関先で呼び止め、出掛けに彼女自身が曲りを直したネクタイだ。解すのはたやすい。続いてムーンライト・ブルーのYシャツのボタンを上から順に外していく。お互いの着衣が緩んだ後、弥生はワンピースの中の躰だけを抱きすくめられた。その拍子に右肩が抜け、素肌が露わになる。駿の右手はもう一方の左肩をなぞり、そのまま彼女の二の腕を伝って細い手首を掴んだ。左手で袖口をつまむと、シャツドレスは弥生のぬくもりを携えたまま音もなく離れていった。肌蹴た駿の胸に頬を寄せ、弥生はYシャツの中の背中に腕を廻した。
「駿・・・あったかい」
そう言ってから、弥生は大好きな駿の鎖骨にキスをした。
「だっこ」
「え?」
「だっこして。めぐ・・・」
『しまった!』という顔をして、駿の胸の中で脱力する弥生。
「あっははは・・・。200円」
キャミソール姿で口を尖らせている弥生を抱き上げ、駿は笑いながらベッドに向かう。彼女は産後わずか2ケ月で妊娠前の体重に戻った。生活環境の大幅な変化に因るところが一番大きいかもしれない。
ベッドサイドに弥生を下ろし、駿はキャミソールの裾に両手を かけた。
「ばんざい」
子供の着替えを手伝う時のような口調だ。“だっこ”のリクエストを受けたお返しのセリフだ。
「・・・・・。」
今度は『やられた!』という顔をして、観念した弥生は無抵抗に両手を挙げる。キャミソールは弥生の身体からふわりと浮いた。ベルトを外しはじめた駿を見て、弥生も身に付けている僅かな下着を自ら剥いだ。競ってベッドに潜り込み、お互いの躰が等温に馴染むまで静かな抱擁を続ける。
「冷たいでしょ。ごめんね」
凍るような弥生の足先を、駿は故意に脹脛の間に挟んでいた。
「へいき。気持ちいいよ。あ・・・俺は強がってない」
「ふふふふふ・・・」
「なにウケてんだよ」
笑った罰に、駿は弥生の耳たぶに歯を立てた。
「いっ・・・」
「・・・たくないでしょ?」
弥生の耳元でチュッと高い音がした。彼女の髪を押さえながら、駿は首筋から襟足にかけて何度も唇を押し当てた。
「あ・・・ちょ・・・っと」
くすぐったくて首をすぼめても、駿は低く笑ってキスを止めない。
「ちょっと・・・やめ・・・。駿!」
「はい?」
戯れの間に仰向けになった弥生は、やっと駿の顔を目にした。
「ふーっ、少しはあったまったでしょ」
垂れた髪を両手で払うと少年のようなバンビアイが覗き、むくれ顔をしようとしていた弥生を吹き出させた。
「あっはははは・・・」
笑い転げた後に沈黙は訪れた。駿の真剣な眼差しは真っ直ぐ弥生に向けられている。
「I wish you a Merry Christmas.」
弥生は日本語で応えた。
「うん、おめでとう」
「ふっ・・・。来年もどうぞよろしく」
「I wish you the Happy New Year.」
「うん、ありがとう」
駿の体重が弥生にかかると、ふたりは男と女になった。
「痛っ・・・」
駿の手が乳房を包んだ途端、弥生は小声を漏らした。
「ごめんね。少し・・・張ってきちゃったみたい」
普段萌に母乳を与えている弥生の胸は僅かな刺激にも反応する。キンキンと乳腺の張る痛みは、意識でコントロール出来るものではない。
小さく首を横に振って、駿は柔らかく笑ってみせた。
「わかってるから謝るなよ。・・・萌に悪いから、いじるのやめとく」
胸から下腹部に這っていくあたたかな舌は、途中いくつかの過敏な箇所をゆっくり責めながら進んでいく。その度に、弥生は躰をくねらせた。
「駿・・・」
「・・・・・・。」
舌より早く下腹部にたどり着いていた駿の指は、巧みに弥生の生理的快感を誘発させていった。
「駿・・・?」
「・・・・・・」
まさぐる指と追いついた舌に熱くなり、弥生は喘ぎそうになるのを深呼吸で必死に堪えた。
「駿・・・聞こえ・・・て・・・る?」
これが最後と決めて、もう一度だけ名を呼んだ。
「・・・ん・・・?」
駿の声をやっと耳にして、一安心した弥生はひとつ吐息をもらした。
「ふーっ・・・。駿・・・にひゃ・・・」
弥生は最後まで言葉に出来なかった。言い終える前に、駿の身体が再び視界に入り、肩を抱かれた。
「あっ・・・」
待ち焦がれていたものがいきなり躰の芯を襲って、遂に押し殺していた声が洩れた。
「・・・どうしたの?」
「うん・・・」
ゆっくりと、駿は弥生の上で髪を揺らし始めた。
「ちゃんと・・・聞いてるよ。言ってみて」
「うん・・・ううん、後で・・・やっぱり後でいい」
弥生の心にふわふわと宙を舞うボタン雪が降り出した。それは地面に落ちても決して消えないボタン雪。彼女の理性に降り積もり、密封し、官能を増長させていく。
駿の荒くなっていく息遣いに耳をそばだて、弥生は何度も押し寄せる波の高さを調整していた。
「まだ・・・大丈夫?」
見上げた時、駿の汗が髪を伝って弥生の頬に落ちた。
「・・・うん」
「ほんとに?」
ふわっと笑うと、駿はそれまで身体を支えていた掌に代え、弥生の顔の両脇に今度は肘をついた。躰を落とした分、ふたりの顔は間近になる。弥生は駿の額と頬の汗を手のひら全体で拭った。しかし彼の汗は、今度は鼻を伝って彼女の左目を直撃した。
「痛っ・・・」
「あ・・・ゴメン。・・・こら、こすっちゃダメってば」
一瞬、彼は佐伯先生になった。
揺れる毎に、キツツキのように触れては離れるふたりの唇。突然、弥生は駿の腰を抱き止めた。
「・・・どうしたの?」
「ちゃんと・・・ちゃんとキスして」
肯いた駿の顔が弥生に向かって下りていく。唇が触れ合う前に、駿は自分の舌を彼女に与えた。長く激しい口づけを交わしながら、ふたりの体位が入れ替わる。上体を駿に起こされると、彼女はもう喘ぐ自分を止められなかった。ぴくぴくと躰の一番深いところで痙攣が始まった。顔が歪み、幾度もかぶりを振る。
「ほら、おいで」
仰向けの駿が自分の胸に弥生を抱き包む。
「我慢しなくていいんだって。一緒じゃなくても、俺たちはきっと同じゴールにたどり着ける」
「駿・・・」
最後に揺れていたのは弥生だった。
完全にふたりの動きが停止し、麻痺していた大脳の機能が正常に働き出すと、ふわふわと宙を舞い、積もっていたボタン雪が解け出した。
「駿・・・トータルペナルティ、200円です」
「え?」
「ふふふ・・・。めぐみ、メグミ、萌・・・。それと、さっき口走った分で、私はトータル500円」
「・・・弥生」
「駿、私・・・今夜駿とふたりっきりになれて、語り合えて、愛し合えて、嬉しかった。この半年、毎日ノン・ストップで走ってた。どこかでブレイクしなきゃって、ずっとそう思ってたのに、自分ではどうすることも出来なかったの。このまま走り続けてたら、きっとつまらないことで被害妄想膨らんじゃってたかもしれない。だから、今日は連れ出してくれてほんとうにありがとう。でもね、そう、安心したら・・・帰りたくなっちゃった。メグのところに。あ・・・このホテル今日取るの、すっごい大変だったってわかってるのよ。明日のドライブもずっと前から楽しみにしてた。だけど・・・だけどね・・・」
「・・・今すぐ帰りたい、だろ?」
駿は横目でギロリと弥生を睨んだ。
「・・・・・・。」
弥生は今にも泣き出しそうな顔で黙って肯いた。
「・・・ったく。そう言うと思ったよ」
「駿・・・」
彼の口調が変わると、弥生の顔がパッと明るくなった。
「・・・しょうがないな。わかったよ。・・・帰ろう、萌のところへ」
「はい」
満面に笑みをたたえている弥生を見たのは久しぶりだった。彼女の笑顔が僕にとって、今年も一番のクリスマス・プレゼントになった。この気持ちは、きっとこれからも変わらないだろう。僕らが見上げた虹の向こうには、たくさんの夢と、希望と、愛があった。そして今夜、弥生と一緒に見上げた夜空のむこうには、僕らの明日が待っている。たとえ明日の未来に弥生の顔が曇っても、次の明日には笑顔でありますように。
I wish you a Merry Christmas and a Happy New Year.・・・by Shun Saeki
ご感想をお待ちしています(^_^)![]()
書き込みはこちら
いただいたご感想はこちら
annexTOPに戻る
ひっぴいはっぴいHOMEに戻る