−* LOCUS OF LOVE *− −Vol.7−
「・・・うん、あ、はい、ありがとう、がんばるね、じゃあ・・・」
ピッ。
弥生が携帯の受話器をオフにした。彼女は、満面に笑みを浮かべている。僕らの視線
に気づくと、彼女は恥ずかしそうに首をすくめて、
「和輝、忙しいみたい。この前インターハイ終わったばっかり、って思ってたけど、
もうお正月の選手権の為の練習始まってて・・・」
(ふうん、それでか・・・。)
毎年の事であり、当たり前のことだから今更驚きはしないが、スポーツマンには休憩
、というものがないのだろうか?
大事な彼女の、大切な日の前夜祭だというのに、姿も見せないなんて。
「あ、俺、そろそろ帰るわ。弥生、睡眠不足マズイんじゃないの?」
彼女には最低7時間の睡眠がないと、翌朝機嫌が悪くなる事を僕は知っていた。
「そうだね、私も帰るわ。弥生がお夕飯の支度してる時、駿に数学、わかんないとこ
は教えてもらったから・・・。」
明日香はそう言うと、さっさと皿を下げ始めた。
彼女は、料理の腕前こそ弥生には適わないが、後片付けは天才的だった。その様は実
に手早く、きっちりと、無駄な動きもなく進行され、あっという間に終了される。
皿やコップは後で取り出し易いように、大きさや背の高さも考慮に入れて、それぞれ
順番に食器棚に収められる。さっきまでぐちゃぐちゃだったゴミも、いつの間にか分
別されてそれぞれのビニール袋にまとめられ、そして洗い物を終えたシンクには、水
滴のひとしずくも残されていない。
僕や弥生は、自分たちの部屋の整理に手が追えなくなると、決まって明日香に出動
を要請していた。彼女は散らかった部屋を一瞥した後、紙と鉛筆を用意させ、部屋の
整頓計画書を立てる。僕らはその指示書通りに、明日香隊長の的確なアドバイスを受
け、それを忠実に守りながら部屋を片づけていく、といった具合だった。
「しゅん・・・」
僕と明日香が弥生の家の玄関を出ようとした時、弥生はまたダンス・スタジオで見せ
た不安な表情を僕に見せていた。
「大丈夫だって。頭カラッポになったって、体がショパン覚えてんでしょ」
弥生の顔がほころんだ・・・。そう、彼女が僕に求めているものは、愛ではなく、安
らぎだった。
どんな時でも彼女の顔を、いつでもこの笑顔に戻してあげること。それが僕の与えら
れた使命だった。しかし、もっともっと、彼女のために何かしてあげたい。僕の欲求
は、これだけでは到底満たされるものではなかった。
「私達は今日、三人ともあの虹見たんだから、大丈夫。明日はきっと、いいことある
って!」
明日香は、予備校で僕に言ったことと同じようなセリフを呟いた。
僕らは、それぞれの不安を吹き飛ばし合って、来るべき明日の試練に備えていた。
僕はふと、弥生が居なくなってからの自分の生活を思った。そう、彼女は、オーデ
ィションに合格すれば、来春卒業を待たずにモスクワに旅立つ。
僕らは・・僕らはそれぞれの道を、互いに一人で歩きだそうとしていた。
|