−* LOCUS OF LOVE *− −Vol.6−
弥生の家で、明日香と僕がご馳走になったのは、ちらし寿司だった。
はまぐりのお吸い物と、きゅうりとかぶの糠漬け付きだ。ちらし寿司は、2年前に亡
くなった弥生のおばあさん直伝の味で、僕も大好きな早坂家グルメ・メニューの一品
だ。
弥生は今日、ダンス・スタジオに行く前の、お日様がまだ高いうちに、このちらし
の具を拵えたに違いない。
この家のちらしの味は格別だ。具の数からして、五目というのは最低限で、大抵は十
品目近く含まれていたし、作り方もかなり曖昧にして難しい。調味料の分量が正確に
決まっている訳ではなく、最初は薄味にして、煮含めながら味を足し、だんだんに濃
くして早坂家の味にしていくらしい。弥生は、自分の作るちらし寿司を早坂家の味に
するまで、かなり苦労した経験を持っている。
僕らが住むこの街には、毎年9月に大きな神社のお祭りがあって、弥生のおばあさ
んは、祭りで騒ぎすぎてハラペコの僕らに、決まってこのちらし寿司をご馳走してく
れた。
いや、お祭りの時だけじゃない。僕らにとって大事な日、そう例えば運動会、学習発
表会、ナントカ競技会、遠足等、メイン・イベントの腹ごしらえには、この「早坂家
のちらし寿司」は欠かせなかった。
今夜、弥生は初めから、僕を夕飯に誘うつもりだったに違いない。明日香と僕の一
斉模試、そして自分のオーディションの健闘を祝うための、ささやかな前夜祭。
きっと、二人は以前から今夜のパーティを計画していたのだろう。だから明日香があ
んなに執拗に僕を弥生のダンス・スタジオまで引っ張って来たんだ。
「駿、おかわり、まだいっぱいあるよ」
弥生の声は、明日香のメゾ・ソプラノよりも更に高い、ピュアなソプラノだったが、
最近の彼女はあまり高音を響かせては喋らないようになっていた。
「あ、うん、もう、腹いっぱいだから・・・ごちそうさま」
僕は、もう既に3皿分のちらし寿司を平らげていた。これ以上は、無理矢理口に寿司
を押し込められても飲み込めやしないだろう。
その後、珍しい事に、明日香がお茶を出してくれた。
「どうしたの?」
驚いた僕は、思わず口にしてしまった。
「ん?、何が?」
明日香のレンズ越しに大きな目が、更に大きくなる。彼女には僕の問いの意味が理解
出来ないらしい。
「いや、サンキュ・・・」
(君がお茶を煎れるなんて、一体何があったの?)
実際、頭の中ではそう呟いていた。
しかし、やっぱり僕は明日香には頭が上がらない。頭の良い女は嫌いではないし、
加えて彼女は校内でも美人の方だ。だが・・・。
僕は恐れているのかも知れなかった。弥生への真実の想いを、明日香に知られてし
まう事が。
彼女自身は全く男に興味はないハズだが、何故か周りのやつらの恋愛沙汰には、ヤケ
に詳しい。そこのところが、僕にはいつも謎だった。
Ruuuu,Ruuuuu,Ruuuuu・・・
その時、電話のベルが鳴った。時計は、午後9時5分前を指している。
「もしもし・・・あ、和輝?」
弥生の声が、ソプラノに響く。
(・・・・・。)
そう、電話の相手は、和輝らしかった。恐らく、明日のオーディションを受ける弥生
に対して、エールを送るための電話であろう。
(でも・・・どうしてアイツは今夜ここにいないんだ?)
この夜、僕はようやくそこのところに疑問を持った。
ふっと、窓の外の夜空を眺めてみると、そこにはペーパームーンが光っていた。
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