−* LOCUS OF LOVE *−   −Vol.59−



 瑞生さんと僕は、この場にいない弥生の誕生日に乾杯し、 彼女直伝だというボルシチを食していた。
「今度、近いうちにあの子の様子、見て来ようと思ってるの。 来日メンバーから外されて、落ち込んでるみたいだから」
「・・・・・・何かあったんですか?」
「何かって?」
「例えば怪我とか・・・・」
「ううん、外傷はないよ。ちょっと、精神的に辛い事あったみたいで・・・・あ、 ごめん。こんな風に言ったら、駿君心配してくれちゃうよね。大丈夫よ、 私の顔見れば、きっと元気になるだろうから」

精神的に辛い事・・・・。僕は弥生の憂いの表情を想像した。
(きっとこんな顔をしているに違いない)
僕が思い浮かべた弥生は18のままで、そして背景も、あのダンススタジオだった。

瑞生さんに対し、僕はそれ以上具体的に弥生の事を聞いてはいけない気がした。 4年半という時間の経過は、 物理的な距離以上にお互いのプライベートを尊重するという壁を作っていた。 それは、彼女への想いを再燃させた僕にとっては、 容易に越えられる壁であるとの自信はあったが、如何せん、 それを今瑞生さんの前で告白するにはさすがに抵抗があった。

「それより駿君、これからどうするの?来年はとりあえず大学病院で研修医でしょう?」
「はあ、そのつもりですけど・・・・・・」
「その後は?駿君優秀だから、学位も取るんでしょ?」
「・・・・まだ具体的には全然・・・・大学に戻るかどうかは、 研修医になってから決めようと思ってるんで・・・・俺、兄貴と違って、 ほんとは勉強嫌いだから」
兄貴は相変わらずエリートの道を歩いていて、現在は講師になるべく大学に戻っていた。
「はははっ・・・・でも駿君はきっと臨床医でもバリバリ活躍出来るよね。 専攻はメジャーな外科でしょ」
「・・・・・希望はしてますけど、まだどうなるかわかんないスよ。 ・・・・それはそうと、今兄貴、親父相手に奮闘してますから、 もう少し待ってやって下さい。いざとなったら、俺も親父に掛け合いますから」
「・・・・ありがとう。信さんね、今、お父様に勘当されるつもりでいるの。 でもそうなったら、駿君にまで迷惑かけちゃう・・・ 駿君が私達の為に犠牲になるなんて耐えられないわ。お父様のお申し出は、ちゃんとお断りしてね」
「・・・・親父の申し出?」
「・・・・・・・・。」
兄貴から何も聞かされていない僕の様子を察して、 瑞生さんは動揺を隠し切れずにうつむいた。
「ああ、もしかして・・・・あれ?親父がこの俺に家の病院継げ、 って・・・・そう言ってることですか?」
僕は以前兄貴が予測していた事を、 さも現実のように鎌をかけて瑞生さんに問い掛けた。
「・・・・・・・・。」
瑞生さんはうつむいたまま、無言で頷いた。
「・・・・・その事だったら俺、覚悟は出来てますよ。 どうせ兄貴はこのまま大学に残るだろうし、実際町医者には俺の方が向いてるかな、 ってそう思うし・・・」
「だからって、信さんの代わりにあなたがお父様の決めた方と結婚することないわ・・・・・」
「・・・・・。」
僕の無言の表情から、瑞生さんはまたもきまり悪そうにうつむいた。
「・・・・ごめんなさい。やっぱり駿君、信さんから何も聞かされてないのね。 信さん、駿君には迷惑かけたくない、っていつも言ってるから・・・ このことはきっとまだ内緒だろうな、って・・・・私も解ってたハズなのに ・・・・ごめんなさい。・・・・どうしよう、信さんに叱られちゃう」
「・・・・・・具体的にご存知ですか?その・・・・親父が俺に結婚させたい、 っていう相手の女性」
「・・・・ごめんなさい、駿君。私、駿君に余計な事、 たくさん聞かせちゃって・・・・・・これ以上・・・」
「教えて下さい。瑞生さんに聞いたって事は、兄貴には黙ってます」
瑞生さんはしばらくうつむき、それからゆっくりと顔を上げた。 彼女は僕の真顔を眺め、やっとうなずいた。
「・・・・・・駿君、知ってるでしょ。医師会長のお嬢様」
「夏実さん?」
「ううん、由布ちゃん」
「由布ちゃんって・・・・・あの・・・・2、3年前に交通事故で脊髄損傷して、 確か今車椅子生活の?」
「そう」
「・・・・・。」
「無茶苦茶でしょう?お父様から勘当の条件でこの話を聞かされたとき、 普段穏やかな信さんも、駿君の人格を無視するにも程がある、って、 物すごく怒って・・・・。」
「・・・・夏実さんは中学の時、俺の一級上だったけど、由布ちゃんは・・・・今、 まだ高校生くらいじゃないですか?」
「そう。本当はこの春卒業のはずだったんだけど、入院で1年学校を休学してるから ・・・・今度高校3年生」
「・・・・・・親父、何考えてんだよ」
僕は独り言のように呟いた。瑞生さんは申し訳なさそうに僕を見つめている。
「あっ・・・心配しないで下さい。俺も無茶はしませんよ。 出来る範囲で兄貴と瑞生さんの役には立たせてもらおう、とは思ってますけど・・・。 あ、マジで兄貴には黙 ってますから、瑞生さんも俺がこの事知ってるって、 兄貴に黙ってて下さいね。ちょっと自分でもひとりで考えたいんで・・・・・。 それに俺、実際今日は、弥生の誕生日を祝いたくて来ただけですから・・・ 今日どうやって祝おうか、ずっと迷ってて・・・・ここに来れば、 瑞生さんがその答えをくれるかな、って・・・・そう思って訪ねただけですから。 だから、今日瑞生さんは俺に弥生の話だけしたことに・・・・それでいいですね?」
瑞生さんは僕が全てを語り終えぬうちに、既に泣き出していた。
「・・・・・・駿君。ほんとうは・・・・・本当は私、 信さんがお父様から勘当されるくらいなら、彼と結婚出来なくってもいい ・・・・それにもし今、本気で駿君が私の役に立ちたい、 ってそう思ってくれてるんなら・・・・駿君・・・・私の代わりに弥生を助けてあげて・・・・」
「・・・・・・・。」

            



Vol.60に続く

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