−* LOCUS OF LOVE *−   −Vol.29−



サリーさんのビストロは、僕らの間で大人気のレストランだ。夜は高級レストランとして、 地域のグルメ・ブックに掲載される程だったが、昼は高校生の僕らにも手ごろな値段でボリュームのあるランチを提供してくれる。
「日曜日のランチ」は特に女の子の間では人気のメニューで、別名「フランス版懐石弁当」と呼ばれていて、 それは丁度お子様ランチのように、様々な食材と味を一度に少しずつ楽しむことが出来、 彩りも鮮やかでオシャレだった。
 オーナーであるサリーさんは、僕らがランチを食べ終えると、まだデザートのオーダーもしていないのに、 自らチョコレートのフォンダンとアールグレイ・ティーを運んできてくれた。
「しゅん、おたんじょーび・だってねえ・・おめでとうね」
流暢な日本語でそう言ったあと、彼女は強引に僕の頬にキスをした。
「あっ・・ああ、どうも・・・サンキュ」
「ふふふふ・・・」
真子は腹を抱えて笑っている。どうやらサリーさんに僕の誕生日を事前に教えたのは真子のようだった。

「佐伯さん、CDショップ、行きませんか?お誕生日のプレゼント、佐伯さんが欲しい、 っておっしゃってたBOYZUMENのCDにしようと思ってるんですけど・・・」
サリーさんのビストロを出てすぐに僕と腕を組むと、真子は嬉しそうにそう言った。

「あ・・・プレゼントなんていいよ。あの、それより、どこかで買物したいんでしょ?」
「ええ、だから、佐伯さんのプレゼントを買いにCDショップに行きたいんです」
「・・・今日誘ってくれたのって、もしかしてそういうこと?」
「ハイ、そういうコトですよ。ふふふっ・・・」
僕は密かに弥生への思いを抱きながらも、こうして実際そばにいて甲斐甲斐しく面倒 を見てくれる真子に、居心地のよさを感じていたのは紛れもない事実だった。

 僕らが辿り着いた店は、弥生のダンス・スタジオと同じビルディングにある、あの CDショップだった。
(弥生・・・来てるかもしれないな)
坂道の途中に建つビルディングを目にした時から、僕の脳裏には今朝の出来事が浮かんでいた。

「真子、先、店ん中入っててくれる?」
「えっ?」
「あ、俺ちょっと・・・上、見てくるわ」
「佐伯さん・・・あ、ちょっと・・・佐伯さーん」 CDショップの入り口で僕の名を呼ぶ真子の声を振り切り、気づいた時もう僕は「4」のボタンが点燈しないエレベーターの中にいた。
エレベーターの扉が開いた瞬間、目の前に弥生が立っていた。
「駿・・・」
「あ、やっぱり、ここにいたんだ」
「・・・なあに?」
弥生は僕の思いがけない出現に、驚いたようだ。
「ん?あ、いやあ・・・別に・・・下のCDショップに来たから・・・。弥生、もしかして踊ってるんじゃないかな、って思って」
「・・・そう、うん。今日はレッスンだったの。今終わったとこ。あ、駿・・・今朝はごめ・・・」
「あーっ、いたあ。佐伯さん、ヒドイですよお、私のこと置いてきぼりにしてえ・・・」
 エレベーターが再度開いた瞬間に、真子が甲高い声で僕を非難しながら降りてきた。
「早坂先輩、今日バレエだったんですか」
弥生を目にした真子は、そう言いながら僕の腕に手を回してきた。
「・・・うん、そうなの・・・あ、おふたりは、今日はデート?」
「はい、そうでーす。今日、佐伯さんのお誕生日なんですよ。早坂先輩、覚えていらっしゃいました?」
真子は僕に寄り添いながら、弥生に向って得意気にそう言った。
「・・・あ、そうだっけ?」
「えっ?」
「ごめーん、駿。今日・・・13日?私、すっかり忘れてたわ。18だね、おめでとう」
呆然としている僕を気にも留めず、弥生は真子の前で見事に白を切った。彼女の行為の意図が読めず、僕はただじっと弥生を見つめていた。
「もーう、佐伯さん、CDどうなさいます?オリジナルにします?Re−MIXにします? 私、決められませんから、一緒に見て下さいよう。早くしないと予備校に行く時間になっちゃうじゃないですかあ」
真子は僕の左腕を両手で持ち、だだっ子のように体を揺らした。
「あ、・・・うん・・・」
言葉を濁していた僕に向って
「早く行ってあげたら?」
っと、弥生は穏やかな口調で言った。
エレベーターが再度上がってきて、僕は真子と共にそれに乗り込んだが、弥生は「お先にどうぞ」と言って 同じエレベーターには乗らなかった。
扉が閉まる間際に、彼女は僕の目を見てにっこり笑って肯いた。

(あっ・・・)

 弥生の微笑みは、今朝玄関の扉の向こうに消えていった時のそれと、 ほぼ同じニュアンスを、かなり高い確率をもって僕に印象付けた。

  



Vol.30に続く

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