マタベーとおゆみ

 


マタベーの死 (2008年11月7日)

マタベーはいつのまにか慢性腎不全を患っていました。

今年の5月頃から、たまに、食物をもどすようになりました。
でも、マタベーがもどすのは前にもたびたびあったことで、気にしていませんでした。

今にして思えば、この時、獣医に診せていれば、今でも元気でいたことでしょう。

6月に入ると、散歩の時に遠くへ行くのをいやがるようになりました。
嘔吐も頻度が高くなってきました。
6月11日、近くへの散歩で座り込んでしまったマタベーに、さすがにおかしいと、犬の散歩同士で知り合った人の推奨する獣医へ連れて行きました。

血液検査をしてもらって分かったことは、慢性腎不全で、ひどい貧血でした。

--- 貧血 ---

腎不全になると、腎臓から造血ホルモンが出なくなり、脊髄で赤血球を造ろうとしなくなることがあるそうで、マタベーの場合は、正常値の1/5ほどに下がってしまっていました。

まずは、貧血の治療をしないと命に関わるほどということで、人間用の造血ホルモンの注射をしました。

このホルモンは人間用のものなので、場合によっては、抗体が出来て、いずれ効かなくなることがある可能性があるそうです。
実際上は、マタベーの場合、幸いにも抗体が出来ることはなく、最期まで効果がありました。

はじめの2週間は週に3回、このホルモンの注射をし、かなり貧血が良くなってきたので、その後の2週間は週に1回、さらにその後は2週間に1回で済むようになりました。

この頃になると、マタベーの元気はかなり回復してきて、健康だった頃と外見はほとんど変わらなく見えました。

前のように遠くまで散歩に行くことはやめましたが、マタベーは遠くに行きたがるようにさえなりました。

--- 慢性腎不全 ---

慢性腎不全は、腎臓のろ過能力が悪くなって、血液中からクレアチニンや尿素などの老廃物やカリウムなどを排出しにくくなる病気です。

老廃物などがたまると、いわゆる尿毒症の症状が出てきますし、カリウムがたまると筋肉、とくに心臓の筋肉に影響を及ぼして、心不全などになりかねません。

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マタベーくらいに腎不全が進んでいたら、人間なら透析が欠かせないところです。
しかし、犬の透析は行われていないそうです。

透析にはとても金が掛かることでしょうから、犬の透析ができたとしても、人間のように国で全額費用を負担してくれるのでない限り、かなりの金持ちでなければ、犬に透析を受けさせ続けることは困難でしょう。
人間の場合、週3回の透析をしています。

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獣医が提案した、当初の腎不全の対策の一つは、水を出来るだけ飲ませて、小便をたくさん出させることでした。

マタベーもおゆみも、散歩の時にしか小便をしません。
小便をしなければ水も飲まないので、散歩の回数を増やすことにしました。

病気に気付く前までは、ほとんど、1日に2回しか散歩をしていませんでした。
そこで、散歩を1日に3回に増やし、少なくとも10時間以上は散歩の間隔をあけないようにしました。

10月頃からは、散歩の回数は1日4回に増やしました。
最初からそうしておいたらと、今では悔やんでいます。

ところで、マタベーは雄のせいかおゆみの3倍は水を飲みます。
マーキングをする回数が多いからと、わたしは勝手に考えています。
獣医に言われて、一度、マタベーが飲む水の良を調べたところ、一日に1リットル弱は飲んでいました。

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腎不全の対策の第2は、食餌療法です。

タンパク質の多い食餌は、老廃物を造りやすくするので、必要最低限のタンパク質を含んだ特別食をマタベーに食べさせることになりました。

現在、日本で手に入る犬用の腎臓病食は、Hill'sのk/dしかないようです。
缶詰とドライの2種類があります。

マタベーには缶詰のものをあげました。
それまでは、7歳以上の犬用のドライフードを食べていたマタベーは、缶詰フードを喜んで食べました。

しかし、9月の終わり頃からだったでしょうか、また、たまにもどすようになり、k/dを食べなくなりました。

食欲のない時、以前は、好きなツナ缶の汁を数滴掛けてやると、喜んで食べましたので、同じ手を使ったら、2回ほどは食べましたが、もどしてしまうと、2度と食べなくなりました。

それからは、何とかマタベーに食餌をとらせようと、毎日工夫しました。
初めのうちは、k/d缶に他のものを混ぜて、匂いを変える手をいろいろやってみましたが、それをもどすと、2度と食べません。
ついには、k/d缶に何を混ぜようと食べなくなりました。

そこで、一般の犬用のフードに、タンパク質の少ない犬用ビスケットやパンを混ぜて与えたりなど、さまざまに工夫しましたが、それらも一度もどせば使えなくなりました。

ドライk/dも買ってみましたが、口にいったんは入れたものの、食べませんでした。
普通のドライフードに比べて、ドライk/dはとても固いフードなので、歯槽膿漏のあるマタベーには無理かなと思い、水でふやかしてからあげようとしましたが、長時間水に浸けても、表面が少しだけ軟らかくなる程度で、中身は固いままです。
そこで、煮込んで軟らかくしましたが、マタベーは一度少し食べただけでした。

体はどんどん痩せてきます。

マタベーが死ぬ2週間前からは、少しは食べたものや水を全部吐き出し、事実上、絶食状態になりました。
二日後には、まったく食べなくなりました。

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最初に戻りますが、腎不全の対策の第3は、クレメジンという吸着剤の粉末の薬です。
腸内の老廃物を吸着させて、血液中に取り込みにくくしたり、また、腸内の老廃物濃度が下がれば、逆に、血液中から老廃物を腸内に分泌するものと、わたしは理解しています。
それが正しいのかどうかは、確かめていません。

クレメジンの効果もあったのでしょう、血液検査の結果は改善していました。
だから、9月の半ば過ぎまでは元気だったのです。

しかし、食べたものをもどすようになると、食餌と一緒に与えていたクレメジンももどしてしまいます。

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腎不全が進んで、今までの対策だけでは不十分と、マタベーが死ぬ半月ほど前からは、補液といって、皮下注射でリンゲル液を500ミリリットル注入しました。

でも、飲んだ水さえ吐いてしまうので、4日後からは、1日に1リットルの補液となりました。
それまでは、獣医のところで補液していたのが、そこからは、自宅でわたしが行い続けました。

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補液を開始してから2週間、マタベーの体に入るものといったら、嘔吐を抑える薬、H2ブロッカーともう一つの薬、それだけです。

わたしもうっかりしていたのですが、死の2日前、補液の袋を見てみたら、補液はリンゲル液だけで、カロリー成分はおろかビタミン類もまったく入っていないのです。

それが結局2週間ほども続いたのでした。

獣医に、ビタミンがないのはどうなのですかと、聞いたら、ブドウ糖を入れても、必要なカロリーには足りないからと、カロリーの計算などを細かくされて、ビタミンとは関係ない話にそらされました。

マタベーが歩けなくなってきた一番の原因はビタミンB不足なのではないかと、今では疑っています。

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絶食状態で補液だけにもかかわらず、マタベーは散歩に行こうとしました。
また、散歩に行かなくては小便をしないので、散歩に行ってくれなくては困ったところでしたが。

はじめの10日ほどは、それでも300から800メートルほどは散歩しました。
わたしは300メートルくらいにしたかったのですが、マタベーが行きたがったので、つい許しました。

死ぬ3日前には団地内の公園へ行きたがったので、行きましたが、そこで動かなくなりました。
抱いて帰りました。
おゆみも連れていますので、大変で、見かねた女性が手伝ってくれようとしましたが、毎日何回も吐いていて、その臭いの強くなっているマタベーを抱かせては申し訳ないので、申し出には感謝し、途中で休みながらも、家に抱いて帰りました。

死の前日の朝、前の晩からほとんど動けなくなっていたので、おゆみだけを連れて散歩に出かけようと玄関に出たら、マタベーがよたよたふらふらしながら部屋から出てきました。
涙がこみ上げましたが、こらえて、マタベーに任せて家を出ました。
でも、50メートルほど歩いたところで、マタベーは座り込みました。

その後も、家で寝ているときに小便がしたくなると、立ち上がってのろのろと歩き出しますので、家の外まで連れて行って、小便をさせました。
小便をしたあと、さらに歩こうとしますので、座り込むまでマタベーに任せました。

そんなときでも、脳のコントロールが効かなくなっているのか、家の中でも小便をしてしまったことも少しありました。

最後にマタベーが外に出たとき、歩いたあと、座り込むのではなく、倒れ込みました。
少しだけ下り坂になっているところで、頭から。

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何も食べていなくても、日に四五回は苦しそうに嘔吐しました。
胆汁の混じった液で、最期の二日は、たまに粘りけの強いタンが出て、とくに苦しそうでした。
血も少し混じっています。

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死の3日前からだったか、下痢も始まりました。
2週間弱何も食べていなかったのに、黒いどろどろした宿便のような糞が数10ミリリットルほど出ます。
日に何回もです。
死の当日は、寝たままなんと20回くらいもしました。

脱肛も起きていて、糞を拭き取るときに痛みを訴えますので、できるだけそっと拭きました。

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補液をしていても、マタベーの様子は日ごとに明らかに悪くなっているのです。
死の前日、わたしは覚悟を決めました。
もう、補液はやめようと。
マタベーの苦しみを延ばすだけだから。
獣医にも電話でそう伝えました。

11月5日、この日の分は、まだ補液がありましたので、朝、補液を行いました。

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その夜、マタベーはまた嘔吐をしかけましたが、うまく吐瀉物が出ず、苦しそうだったので、腹を抱いて,頭を低くしてあげました。
もう一度マタベーは嘔吐しかけましたが、急にがっくりとなり、舌がだらりと垂れ下がりました。

嘔吐物が気管支に入ったのではと、さらにマタベーの頭を真下に下げて振ったところ、液が少し垂れましたので、その後は人工呼吸を試みました。
心臓はまだ動いていました。

しかし、そのとき気付いたのです。
いま、息を吹き返しても、マタベーの苦しみが続くだけだと。

1、2分でしょうか、人工呼吸をやめました。

心臓もやがて止まりました。

時計を見たら、21時35分を少しだけ過ぎていました。

享年11歳と9ヶ月弱でした。


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目次

マタベーの死
マタベーとおゆみ
2000年4月〜2001年3月
1999年12月〜2000年3月
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