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1999年12月から2000年3月まで 2000年3月26日 ハナ マタベーの友達に「ハナ」が4頭もいる。その内の2頭は我が団地の住人(犬)だ。そんな4頭の内で、最初に会ったハナには土浦市「中」の建設途上の団地の小さな公園で会った。2年半くらい前だろうか。 小柄でほっそりしていて、おそらく体重は5kgにも満たないだろう。そんな外観から、ひ弱な感じを受けた。 ところが、今年になってハナに会ったところ、素晴らしい走力を持っていることが分かった。「中」の公園で、飼い主が投げたテニスボールを、ハナは全速力で追いかける。その瞬発力といい、走りっぷりといい、ネコ科のチータを思わせる柔らかい身のこなしで、超ハイピッチなステップで走る。こんなに速く走る犬を見たことがない。 かつて、1歳くらいのマタベーがゴールデン・リトリバーに追いかけられたことがあったが、マタベーはそのゴールデンをたちまちのうちに引き離した。それで、マタベーは速い犬だと思ったが、その後、他の犬の走りを何回も見て、マタベーはとくに速い犬ではないと悟った。しかし、ハナは速い速い。 ハナの走りがネコ科のチータを思わせたことから、「犬は猫に近い動物」という話を思い出した。これは本当だろうか? 調べてみると、犬も猫も同じ食肉類(ネコ目)に属する。食肉類にはイタチやアザラシや熊も属するから、これだけで「近い」というのはなにか変だ。 さらに調べると、食肉目は、クマ上科(クマ科、パンダ科、アライグマ科、イタチ科)、マングース上科(ジャコウネコ科、ハイエナ科)、イヌネコ上科(イヌ科、ネコ科)の3つの上科に分かれるという。犬は猫に近い動物というのは、やはり本当だった。 驚いたのは、犬に近いと思っていたハイエナが、そうではなく麝香猫やマングースに近いことだった。 2000年3月18日 マタベーが行方不明になりました 朝の散歩で、久しぶりに宍塚大池に行きました。常磐道脇の芝地から東へと大池に向かう地点でマタベーをリードから放ちました。大池の小屋の少し東側までは一緒だったのです。 池沿いを南に向かう道でマタベーは付いてこなくなりました。これまでも、そんなことはたびたびあったので、気にもせず、「マタベー」と、ときどき声を掛けながら先へ進み、高津貝塚のベンチでマタベーを待つことにしました。しかし、15分ほど待っても現れませんでした。 さすがに心配になって、マタベーと最後に一緒だったところまで引き返してみました。道々「マタベー」と呼びながら。しかし、マタベーは現れません。 「マタベーは高津貝塚に寄らず、まっすぐ我が家に向かったのか」と思い、家に急いで戻ってみましたが、マタベーはいません。 朝食を摂ってマタベーを待つことにしました。マタベーが戻ってきても、私がいないと勘違いしないように、また、マタベーが家に入れるように、玄関を少し開けておきました。 朝食の支度などを含めて、小一時間家にいましたが、マタベーは戻りません。交通事故にでも遭ったのかとか、誰かに連れて行かれたのかなどの心配が募ってきて、探しに出ました。 しかし、そんな心配をよそに、筑波研究学園専門学校の少し東で、マタベーは放し飼いの犬と遊んでいました。高津貝塚から6〜700メートルほど我が家に近づいた地点です。 マタベーと遊んでいた犬はシェルティーの雑種で、いつもはマタベーとわたしに吠えて近づく犬でした。4〜5メートル以上は近寄らない犬でしたが。でも、そんな犬をマタベーは懐柔したようです。 ともかく、マタベーが戻ってよかった!! 2000年2月8日 獣道 落ち葉積み膝まで沈む獣道 パークシティー土浦団地の東サイドの公園は小高い森になっています。 渓に降りる獣道に入っていったところ、乾いた枯れ落ち葉が深く積もっていて、わたしの膝まで潜ってしまいました。細い足のマタベーはお腹で沈むのを防ぐようでありながら、ピョンピョンピョンと跳ねながら上手に進んでいきました。落ち葉の堆積を揺らしながら。
2000年2月5日 アシスタント・ドッグ 「アシスタンス・ドッグ −障害者の心と身体を支える犬たち−」 有馬もと著 大月書店 を読み終えました。 イギリスで行われている新しい犬のしつけ方(ファン・トレーニング)と、その成果である素晴らしいアシスタンス・ドッグたちに感動しました。 ファン・トレーニングとは犬を喜ばせるトレーニング法だそうです。このトレーニング法では、飼い主である障害者を好きで、仲間として助けたいという自主性をもたせるように仕付けます。決して叱らず、犬と一緒に楽しみながら、ほめたり、ご褒美を上げることによって訓練するそうです。 従来のように、命令をきかない犬をたたいたり、しかったりして、力で育てた犬は、障害者のように、犬よりも体力に劣り、動作も緩慢なひとにはコントロールしにくい場合もあります。 しかし、ファン・トレーニングによって育てた介助犬は、筋無力症のような障害者に対しても、喜々として介助するそうです。 「アシスタンス・ドッグ」の最後の方のページに、こんなことが書かれていました。 わたしは前にどこかで、「盲導犬の寿命は、一般の犬に比べて短い。それほどストレスの貯まる大変な仕事なのだ。」と聞いたことがあります。 それなのに、イギリスでは一般の犬より寿命が長いなんて。これには、イギリスの盲導犬は、繁殖から特別に育成されていることも影響しているかもしれませんが、やはり、ファン・トレーニングの効果が大きいのではないでしょうか。 「アシスタンス・ドッグ」を皆さんが一読していただけたらと、ここに記しました。ぜひ、どうぞ。 2000年1月25日 チビの小屋をば覗いたマタベー 今の時期におなじみの宍塚大池に行くときには、大回りをして明るくなってから池の畔に着くようにするのが普通なのですが、今朝は逆回りをして、普段は帰り道の最後に立ち寄るチビの小屋を、まだ明やらぬ未明に訪れました。 チビは柴犬とほぼ同じ大きさの薄い黄褐色の雑種の雄犬ですが、おとなしくて、マタベーとは匂いを嗅ぎ合い、ときどきは戯れ合うような間柄です。 他の散歩コースの帰り道に立ち寄ることも多いので、2週間に一度ぐらいの割合でチビの小屋に訪れます。 マタベーは、まだ寝ているチビの小屋に顔を突っ込みました。マタベーにしてみれば、おなじみのチビの小屋を覗いたつもりだったのでしょうが、まだ暗い朝に、寝ているところをヌッーと覗かれたチビは驚いたのでしょう、いきなりマタベーの鼻面を噛みついたようです。 噛みつかれたマタベーはキャンキャンという悲鳴を上げながら後ずさりして小屋から逃げました。チビもその声に気付いたのかどうかは分かりませんが、口を開けました。チビが口を離すと、すぐに、なんとマタベーは尾を振ってチビに挨拶しました。一方、チビの方は、訳が分からないようで、ぼーっとしていました。 しばらくして、二頭はいつものように匂いを嗅ぎ合い、納得したようですが。 まあ、これからはマタベーもいきなり他人(犬)の小屋に首を突っ込むような不作法なまねはしなくなるでしょう。めでたし、めでたし??? 2000年1月19日 もうけの浮木 盲亀(もうき)の浮木(ふぼく)、優曇華(うどんげ)の花 この言葉は、非常に珍しいことの例えとして、昔はよく使われていたのですが、若い方たちには無縁な言葉でしょうね。講談などでは敵(かたき)に巡り会った仇討ちの武士などがよく言うセリフです。 亀は寝るときに流木を枕にするといわれ、その枕を手に入れることができたひとは幸運に恵まれるとされていました。まして、目の見えない亀の枕を手に入れることは滅多(めった)にないことでしょう。 優曇華とは、サンスクリット語でウドゥンバラと呼ばれる木のことです。3000年に一度しか花が開かないとされているイチジクの仲間の木で、その花を見ることは、やはり、極めて珍しいとされています。実際には、「生きものこぼれ話」の「イチジクの仲間の繁殖戦略」に書いたように、この仲間の花は壺のような果嚢の中で咲くので、この果嚢を開いてみない限り、3000年であろうが、百億年であろうが見ることはできないのですが、こういう言い伝えになっているのです。百億年では遙かに前に進化(絶滅)してしまうでしょうが。 日本では、クサカゲロウ科の昆虫の卵をうどんげと呼びました。電球の笠などに垂れ下がる糸状の柄と小さな卵で、昔は植物性のものとみなされ、吉事または凶事の兆しとされてきました。 さて、前にも書いたように、寝る前にマタベーを散歩に連れ出すにはそれなりの工夫が必要です。最近では、まず、「マタベー。 お散歩に行くよ。 お散歩! 行かないのかい? そう? じゃあバイバイ。」と声を掛けます。マタベーは目を開けてこっちを見ますが、ソファーの上から動こうとしません。 次に、マタベーのいるDKと玄関につながるドアを開けっ放しにして、わたしは小用を足しに、玄関脇のトイレに入ります。トイレから出ていくと、マタベーは必ずトイレのドアの外で待っています。それで、散歩に行くことになるのです。 昨晩は、小便がまったく溜まっていなかったのに、やむを得ず形だけトイレに入りました。 トイレから出てきて私が言う言葉はいつも決まっています。「マタベー、お前散歩に行かないっていったろ。散歩1回儲(もう)け!と思ってたのに。モウケの浮木、優曇華の花だったのに」 2000年1月11日 手渡しにジャーキーやれば 明るくなってからマタベーにジャーキーをやるときは、投げ与えます。最近はほとんどうまく口でキャッチします。しかし、未明の暗がりの中で与えるときは、手渡しです。暗い中で、指先がマタベーの唇に触れて、微妙なスキンシップを感じます。 2000年1月14日 マタベーの疾走・ジャンプ 朝ぼらけの薄霧の中で疾走し、ジャンプするマタベーの姿は、シルクスクリーンフィルタをかけた映像のようで、ぼんやりと柔らかく、そしてなぜか優雅に見えます。 2000年1月2日 須藤歯科のトオル先生は眼鏡を掛け、鼻ひげをたくわえた、およそ歯医者らしくない堂々とした風貌をしています。ある日、先生が新聞を読んでいるところを見たら、手を目一杯伸ばして、新聞を離して読んでいました。「あれっ、あの眼鏡は老眼鏡じゃなかったのかな」と思い、よく見ると、レンズの入っていない伊達眼鏡でした。
どうも、くだらない駄洒落で申し訳ありません。口直しに、ロシアの笑い咄を紹介します。アエラに出ていた咄なので、ご記憶の方もいるかもしれません。 ロシアでは共産主義のソ連の昔から、ものを手に入れるのに長い行列をつくって並ぶのは日常の茶飯事だそうです。 さて、ゴルバチョフのペレストロイカの時代、外貨獲得のためウォッカなどの酒類のほとんどを輸出に回しました。その結果、ロシア国内には酒が回らなくなりました。たまたまリカーショップに酒が出回ると、長い長い行列ができます。そんな行列の最後の方に並んでいた若い男が、たまりかねて、「こんなことになったのは、みんなゴルビーのせいだ!あいつを殺してやる」といって、駈けだしていきました。 ところが、しばらくするとその男はすごすごと帰ってきました。 1999年12月18日 国道横断 今朝の散歩の帰り道のことです。田んぼの中の小径でマタベーを放してやりました。その道が尽きる前で、いつものように「マタベー、止まれ、お仕舞い」と声をかけ、リードにつなごうとしたところ、マタベーは逃げ出しました。そして、こともあろうに、車の往来の激しい国道354号線を、脇目も振らず突っ切って行きました。その先にはそば屋があり、そこで捨てた生ゴミが埋められていたのです。マタベーは道の反対側で、すでにその臭いを嗅ぎ取ったのでしょう。 生ゴミあさりも困りますが、車が行き交う4車線の国道を突っ切るとは。まったくビックリしました。 「犬たちの隠された生活」エリザベス・M・トーマス著の中に、著者が預かることになったハスキー犬ミーシャの話があります。ミーシャは脱走の名人で、しかも、その行動範囲が1、300平方キロメートル(半径20キロメートルほど)にも及ぶという犬ですが、マサチューセッツ州ケンブリッジ市(著者によれば、全国最悪ともいえる悪質ドライバーの横行する町だそうです)の住宅地の道路では、ミーシャは今朝のマタベーと同じように、目は前方を見据えたまま、耳で車の接近を予測しながら渡るというのです。 単独で町中を歩き回ることに慣れているミーシャは、道路を交通の状況によって4種類に分け、それぞれ別の渡り方をするそうです。最悪である第1ランクの道路は決して渡らず、上記の方法は第4ランクの道路の渡り方です。今朝の国道354号線が、ミーシャのランクのどれくらいに相当するのでしょうか。私には第3ランクに相当していると思われ、あの渡り方では、マタベーは危険であると考えられるのですが。 ばかやろー、もう、二度とあんなことはするなっ!! |
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