マタベー修行帖


 拙者の名はマタベー、犬道の修行中の身でござる。我が師はゴトー某(なにがし)、はなはだ心許(こころもと)なき師にては候(そう)らえど、他に師のなり手がござらなんだ故、やむを得ん。親に生き別れ、つくば市は千現なるあたりにサマヨいしところを、T様なる親切な御仁(ごじん)に拾われしが、T様の周囲の反対にて師になること叶(かな)わず、ゴトー某にバトンタッチされたのが、ことの成り行きにてござる。センゲニアン・ローハー犬とは、すなわち千現で拾われた只(ただ)の犬というナゾでござる。

 テナ訳にて、我が出生の日さえも詳(つまび)らかではないが、1997年の4月23日に診てもらいし犬の医師(くすし)によれば、生まれて2ケ月半であろうという。その日から逆算致せば、我が誕生日は2月8日前後と相成る。それにて我が師はハタと手を打ち、相好(そうごう)を崩してイワく、「我が誕生日はカノお目出度き建国記念の日、すなわち2月11日なり。お前の誕生日も同じ日と致す。ワカッタな。」


逍遥の巻

 さて、修行はと申すと…

 朝まだきに目覚めて師を待つこと、しばし。ようよう明け初めし4時半頃、師が目ぼけ眼をこすりつつ、身支度を整え、リードとウンチの袋と少しばかりのドッグフードの3点セットを携(たずさ)えて現れれば、これが修行の第1課「逍遥」の始まりにてござる。俗に世間では「サンポ」とか申すそうな。足腰を鍛錬(たんれん)し、ストレスを開放するという効能ありと、師はノタマう。拙者にとってはタマラなくうれしき限りの修行であり、思わずしっぽは左右に激しく動いてしまい、師に飛びついていきたくなる衝動を押さえることは、至難の業(わざ)にてござる。

 実は、先の医師に「サンポは4ケ月を過ぎてからに。」と申し渡されているのでござるが、師は「マタベーは雑種だから育ちが違う。」などとワケの分からぬ言い訳をして、拙者を逍遥に駆り出すのでござる。元より拙者にマッタク異存はござらん。さすがに初めのうちは軟らかき土の上をできるだけ選び、近間を徘徊(はいかい)してはイ申したが、2週間もするとかなり遠出を致すようになってきたのでござる。やがて、拙者も生まれて3ケ月を過ぎ、予防注射を受けるためクダンの医師の元へ参りし折に、「サンポはまだ早い。」と再びクギを刺され、しばらく逍遥の距離は縮まり申したのではござるが。

 閑話休題(それはさておき)それでは逍遥のコースのご案内と参ろうか。師のあばら屋の所在は、土浦市は永国台(ながくにだい)と呼ばれしところにて、バブルとやらの崩壊の前に計画され、崩壊後に売り出されし団地にて候らえば、小さきなれど花いっぱいの公園は諸処に散在し、まだまだ売れ残りし造成地や、造成はしてみたもののまだ売り出す時節ではないと放って置かれておりしジベタの豊富な土地ガラにてござる。さすれば、現代にては貴重ともいえる赤土の広大なるジベタとヒバリのさえずりが、我々師弟をヤサシく出迎えてくれるかのごとき気が致し、うれしき逍遥に花の添えられたる心地が致すのは、お分かりいただけるでござろうか。南にホンの少々足を延ばせば、そこは花室川、河川敷には田圃(たんぼ)が水を湛(たた)え、あぜ道では様々な野の草どもが我が師弟に挨拶いたすのでござる。河川敷はゆるやかなる谷の底、そこをはずれて登り道をゆけば、林の中の小道。ウグイス、ホオジロ、ヤマバト、コジュケイほか様々な小鳥のさえずりや、キツツキの仕事を聞きつつ歩めば、脚は軽く弾み、鼻歌の一つも口ずさみたくなるのでござる。西には森を隔ててつくば市のサクラニュータウンがござるが、この森にも逍遥には格好の小道が連なり、その一つには旧鎌倉街道と記された高札が掲げられていて、「往時を偲(しの)びつつの散策はマコトに感慨深きモノなり」などと、師は訳知り顔にノタマってござる。

 さて、この世に生を受けしよりイマダ日の浅き拙者には、見るモノ、聞くモノ、嗅(か)ぐモノ、味わうモノのすべてがモノ珍しく新鮮で、興味とオドロキに満ち、いちいちニオイを嗅ぎ、口に入れ、カジッてみなければオサまらないのでござる。デあるからして、逍遥の折に師のマエ、ウシロ、ミギ、ヒダリとウロチョロ歩き回るのは、人情ならぬ小犬の情というものでござる。しかるに、師は「ワキッ!」とスルドい声を発してリードを邪険(じゃけん)に引き、拙者をして師の左脇を歩かせんとするのでござる。いまだ、ちからの弱い拙者には従うよりござらん。「オノレ、今に見ておれ!」と申すわけではござらんが、2秒も経たぬうちにまたまた珍奇なるモノが目に飛び込み、あるいは鼻を刺激いたすので、ソッチの方へと足が向かうのはヤモーエンと申すものでござる。なお、老婆心までに申さば、師の「ワキ」はチマタでは「ツケ」とか「ヒール」とか申されている命令にて候。

 さてさて、逍遥とは申せ、我が師はただただ歩き回らせてくれるだけのようなアマイ親父ではござらん。修行の中にもまた修行が課せられているのでござる。しかれども、もう紙数も尽きたれば、この段についてはいずれ日を改めてご紹介せんものと存ずる。

 では、また。


シモの巻

 この度は逍遥中における別の修行について語り申すと予告致したれど、それはオイトイテー。口に致すもお恥ずかしきシモの修行について語ろうと存ずる。本来なれば逍遥の修行よりも先に語るべきことなれど、つい語りそびれたるは拙者の羞恥心(しゅうちしん)のなせる業、武士の情け、ご勘弁くだされい。

 さて、拙者も皆様方と同様に、あまりに小さき頃のことはトンと覚えがござらぬが、いえいえ恥ずかしいから隠しているわけでは決してござらぬヨ。生みの親の元にいた折りには、ミダリに大小便をせぬよう仕付けられていたと思われるフシがござる。今の師の元にては、2ヶ月半の幼少の頃より、大も小も1日に2、3回致すだけでござる。モノの書物などによれば、2、3ヶ月の子犬は1〜3時間に一回の割で排泄(はいせつ)致すそうな。それに比ぶれば、我ながらまことにアッパレなる心がけ、師も「朝、昼、晩と3回の逍遥の折(おり)だけさせれば済む。手間が省けて助かるのー」と喜びおり候。

 さりながら、これは通常(つね)の場合の話でござる。遊びに夢中になり、興奮が高まると、そこはまだ子供のこと、居間のフローリングの上であろうが、和室の畳の上や師の布団の上であろうが、ジャージャーとやってしまうのでござる。それを見て師のあわてまいことか。拙者をしかるのも忘れて、やれゾーキンの、新聞紙の、やれ消臭パウダーのとテンテコ舞いする有様はマッコト見モノでござる。師が濡(ぬ)れた布団を干しておりしを見た御仁もござろうが、師のオネショによるものでないことは、拙者がシカと保証いたす。

 でも、でござる。これはまだ序の口、いや幕下ぐらいでござろうか。

 いよいよ関脇の登場でござる。そもそもは師の不手際からコトは起きたのでござる。彼の医師に「ドッグフードはお湯に漬けて柔らかくして食べさせよ」と申し渡されているにも関わらず、師は手抜きして、ドライタイプのフードをそのまま拙者に呉れていたのでござる。「マタベーは雑種だから」理論はここにおいても適用され申した。さて、初めのうちはようござった。量が少なかったのと、消化のよい種類のフードでござったからでござるが。やがて、ゴールデンウィークも後半、拙者もそろそろ3ヶ月になろうとする日の朝、「体も大きくなったことでもあるし、たくさん食べよ」とて、2日前から食すようになりし新たなるフードを、今までの3割り増しにして呉(く)れたのでござる。味もよろしく、拙者はモチロン大歓迎でござったのだが・・・。その日の昼はお腹がごろごろして食欲がなくなり、朝と同じフードは吐き気がして口にさえ致せなんだ。前のフードなら少しは食べられ申した。晩には牛乳を少し飲むのがやっとでござった。その夜からでござる。下痢が始まったのでござる。いやもー、こらえ性がなくなるというか、いつも使用せし拙者専用の便器の上だけでなく、アチコチに、真っ黒な流れるようなウンチをたびたび漏らしたのでござる。拙者は少々身体がだるい程度にて、まだ元気は残っており申したが、師はほとんどパニック状態と申すべきか。その折にはまだ下痢の原因も分からず、下痢便の真っ黒な色を見て、イロをなし、「マタベー、大丈夫かや。何かトンでもない病(やまい)じゃなければよいがのー。それにしても、臭いウンチじゃ。早く始末せにゃならん。 いまごろ医師は寝ておろうの。消臭パウダーはどこじゃったかいのー。・・・。今宵は眠れそーにないの。」

 翌朝、彼の医師の元を訪ぬれば、ロクに拙者の身体も調べず、肛門で体温を測っただけにて診断し、「なに、ドライフードをそのまま上げているとな。いけませぬぞ。ふむふむ。なーに、心配めさるな。消化不良でござるよ。整腸剤を出しておきましょう。2日ほどは便が柔らかくてござろうが。もし、下痢が続くようなれば電話くだされ。」との仰(おお)せ。便の黒きは、鉄分の多き新しきフードの消化不良によるゆえでありしが後に判明せり。

 ところで、「マタベー、横綱や大関には登場願わんでよいぞ。」とは師のタッテの望み。

 なに、これは修行の話ではなく、粗相(そそう)の話ではないかと申さるるか。面目次第もござらんが、これにてシモの巻はチョン(チョンとは、芝居の幕切れの拍子木(ひょうしぎ)の音。老爺心(ろうやしん)まで)。

 では、また。


オスワリ、フセ、マテの巻

 モノの本にはこう書いてあるというではござらぬか。オスワリを覚えさするには、まず犬の右横に座り、左手にて犬の尻を押さえて犬がバックできぬようにしておき、「オスワリ」と言いおきて、右手の中に握りしドッグフードを犬の鼻先から頭上へと動かさば、つられて犬の頭は高く上がり、バックはできぬから自然とオスワリの形になると。

 したが、拙者マタベーはそのような手には乗らなんだ。右手が頭上に来し折に、身体をひねりつつ後ろ脚で立ち上がり、右手にジャレついてやったのでござる。さて、数回これを繰り返して師はあきれ顔、止めて立ち上がりしところにて、拙者もほっと一息をつき座ったのでござる。ところが敵もサルものヒッカくもの。「オスワリっ」、すかさず師の声が飛び、満面に笑みを浮かべし師は褒美(ほうび)にフードを呉れ申したのでござる。まーなんというか、記憶力抜群の拙者はこれ1回にてオスワリを覚えしなり、ワンハッハ。「お前の覚えのよかりしはオスワリとフセだけじゃ」と師は申されておるが。

 「イヌは訓練されてはじめて犬になる」 田渕輝彦著 によらば、犬はフセをなかなか覚えられぬと申す。氏の愛犬ゴンはオスワリとマテは案外楽に覚えしにもかかわらず、フセをいっこうに覚えざりしということにて候。ゴンのトレーナーにしてメリケン国のバーバラ女子イワく、「子犬は母犬に、不用意にフセの姿勢をとってはならぬと、まず教えらるる。そのワケは、フセの姿勢があまりに外敵に対し無防備ゆえ。」と。

 さればでござる。拙者がフセを容易に覚えしは、拙者の天才を証明せしものにあらずや。ここにて、いつも一言多き師イワく、「お前の母親がズボラだっただけじゃよ」。ひどい、ひどすぎる。両のまぶたをコウ閉じても、母上の面影すら残っておらぬ拙者には、反発する言葉もないではないか。ガウッ!噛(か)みついてやるっ!

 ともかく、フセの修行を始めしは、師のあばら屋のフローリングの上でござった。拙者が座りし姿勢から、師の左手が拙者の頭を押さえつけ、「フセっ」、右手で拙者の後ろ足をしっぽの方へズラすと、つるつる滑るフローリングゆえ、イトも容易にフセの姿勢をとらされたのでござる。ここにても、師がこぼれんばかりの笑みを浮かべ、拙者にフードを呉れ申したのはいうまでもござらん。しかるがゆえ、拙者はフセとは後ろ足を滑らせて低き姿勢をとるものなりと覚えしにござる。されどでござる。逍遥の修行にいつも訪れし団地内の中央公園(「英訳すればセントラルパークじゃのー、大げさな名じゃ」:一言居士にして我が師の言)の芝生の上にては、「フセッ」といわれても、後ろ足は滑ってくれないのでござる。拙者はキョトンとしてしまい申した。

 さて、拙者の数少なき欠点の一つは、恥ずかしながら、食い意地の汚きことにてござる。身寄りもなく放浪せし折の癖が抜けざりしものと、愚考いたすのでござるが。「どうだか?」、またしても師の言にてござる。いいたいことがあればハッキリと申すがよいのでござる。が、トにもカクにも、拙者は虫であれ、木の根であれ、口に入るものは何でも食してみねば納まらぬほどでござるゆえ、食事の時間ともなれば、フードの匂いに誘われて自然にヨダレがこぼれてくるのは致し方ござらん。この、至福(しふく)の時ともいうべきお食事を前に、「マテ」などという命令を師は発するのでござる。まったくもってセッショウではござらぬか。覚えたくもなき命令を修行させるとは、ハテサテ弱ったものでござる。覚えに時間のかかるのもウベなるかなでござろう? ネッ?!!

 食事の「マテ」をなんとか終了したれば、次は中央公園での「マテ」でござった。拙者をオイテキボリにしておいて、「ヨシッ」のかけ声にて師の元へと駆け寄るならば、大好きなジャーキーをくれるのでござる。この時ばかりはリードを離しての修行でござる。この「マテ」はすぐに覚えたのでござるが・・・。公園の近くにひとが通ると「マテ」は忘れてしまうのでござる。拙者に一度でも逢うたことのあるおひとならお分かり申そう。拙者は天下無類のアイソ良しにてござる。ご挨拶も致さずに拙者のそばを通り過ぎさせ申しては、マタベーの名が泣くと申すものでござる。この一大事を前にして「マテ」などは屁の河童。リードに繋がれていないのを幸い、誠心誠意のアイソを振りまきながら追いかけていくのでござる。この頃には拙者は師よりも足が速くなってイ申したから、師の慌てまいことか。額と鼻の頭に汗をかき、脇の下には冷や汗をかきながら、「すみません!」、ひとにジャレつく拙者を離すのでござる。

 かようなことが度重なると、師は「マテ」の修行を前にして、周りをキョロキョロと見回すようになり申した。あたりにひとのいない時を見計らって「マテ」を掛けるのでござる。テキがその気ならこっちにもそれなりの対策がござった。「ヨシッ」といわれても、すぐには駆け寄らず、拙者もキョロキョロあたりを見回すのでござる。時間を稼(かせ)げば、その内にひとが通ることもあるのでござる。ザマー見よでござる。

 いきなりではござるが、では、また。


お友達、ご同輩の面々の巻

 拙者の愛想のよさは人間にだけ向けられるのではござらん。博愛精神に満ち満ちた拙者は、同輩らがダーイ好きで、同輩と見れば駆け寄り、尾を振って遊びに誘うのでござる。オスの同輩には、しばしば、吠えられたり唸(うな)られて、しり込みしてしまうこともござるが。そんな拙者の交遊録をば、今回はお話し申そう。

【ボロ君】
 拙者の初めての友達は、シェパードをもう少し黒くしたような毛並みのボロ君でござった。拙者が3ケ月を少し回った頃、小学生の女の子とそのお母上が、ボロ君を引いて師のあばら家の前を通ったのが、そもそもの馴れ初めでござる。拙者より半月ほど遅れてこの世に生を受けてきたようでござるが、拙者と同様、捨て仔であったという。引き取られてすぐに、毛布をボロボロに引き千切ったことに、彼の名は由来するそうな。

 それほどの元気もののボロ君は相撲巧者で、拙者は手もなくコロコロと転がされるのでござった。ボロ君は拙者よりも一回り小柄で、しかもこの年頃の半月の差はとても大きいはずなのに。ボロ君の得意技は、かの舞乃海さながらの潜(もぐ)り込みでござる。フセの姿勢で低く構え、上からのりかかる拙者を、ヒネるようにして転げ落とすのでござった。彼のもう一つの得意技は、側面攻撃でござる。ボロ君の周りを走り回って、スキをうかがう拙者でござったが、彼は後ろ足をピボットにして、あまり動き回らず、拙者の横腹がスキを見せたときに、拙者の腹の下に頭を潜り込ませ、巧みに拙者を転がすのでござった。「少しは頭を使え!」と、師が内心で地団太(じだんだ)を踏んでおりしは感じていたのでござるが、どうにもいい手が浮かばないまま、またも転がされる拙者でござった。

 そのボロ君にはもう半年以上も会っていないのでござる。元気でいてくれるとよいのでござるが。またお相撲しようよ!

# それから9ヶ月あまりの後、ボロ君が子犬を生んだことを、風の便りに聞き申した。つまり、ボロ君ではなく、ボロ嬢と遊んでいたのでござった。

【メアリー姉上とクロ兄貴】
 次に知り合ったのは、背中から脚にかけての黒き毛づやの美しきメアリー姉上でござった。お腹の毛は白っぽい茶色で、青い首輪が素敵なアクセントになってござる。5月のある日、拙者ら師弟がいつもの朝の逍遥から帰りきし折りに、師のあばら家の近くの造成地で、引き綱もなしに、たった一人で遊んでおりし姉上は、拙者を見ると、もう旧知の間柄であるかのように、拙者を遊びに誘うのでござった。3ヶ月を過ぎたばかりの拙者は、リードする姉上の後を追いかけたのでござったが、それが二人のその後の遊びパターンになったのでござる。

 今ではひだまり公園という名になったかつての中央公園の入り口付近で、メアリー姉上を追いかけていたとき、姉上は車止めの丸い石を飛び越えたのでござるが、すぐ後ろを追いかけていた拙者には、丸い石は見えておらず、気が付いたときは石に激突していたこともござった。

 7月の暑い日盛りに、これものちに、こもれ日公園と名づけられた調整池のある公園で、メアリー姉上と遊んだときのことは、今もマブタに焼き付いてござる。追いかけっこで体が熱くなると、姉上は調整池に入って、腹を水に浸けるのでござったが、水に不慣れな拙者は、池の周りを回って、早く出てござれと吠えるばかりでござった。しかし、何回も水の中に逃げられると、拙者もたまらなくなり、引き込まれるように調整池に入って行ったのでござる。調整池は、どこも拙者のひざほどの深さしかないので、師は安心して見ていたようでござったが、遊びを終えたとき、身体中に生臭い藻を巻き付けている拙者を見て、苦い顔をしていたのは、何ともおかしかったでござる。

 メアリー姉上のお名前とその身の上を知ったのは、実は、涼風の吹く9月も半ばでござった。その日、初めて姉上の飼い主様にお目にかかり、姉上は2年前にクロ兄貴と花室川のほとりで遊んでいたところを拾われたと伺(うかが)ったのでござった。どうも、わが同輩には捨て仔経験者が多いようで、人の世の非情を感じるのは拙者ばかりではござるまい。

 さて、クロ兄貴は体全体が真っ黒な巻き毛の由緒(ゆいしょ)正しきスタンダードプードルで、捨て仔であったことはござらんが、面倒見のよい兄貴で、今では16kgに成長した拙者より、まだ一回り以上大きいにもかかわらず、誰とでも友達になれる気立ての優しい兄貴なのでござる。クロ兄貴とは、初めてのときも今も、朝の逍遙の帰りに師のあばら家の近くで会い申すが、今日はいないななどと思っているときに、後ろから拙者の脇を、音も立てず忍者のごとく走り抜けていくのには、驚かされ申す。

 付き合いの良すぎるクロ兄貴の少し困った点は、クロ兄貴の家の前を通ると必ず吠えられることでござる。朝の6時前に吠えられるのは、拙者とてさすがにご近所に気兼ねせざるを得ないでござる。クロ兄貴にすれば、マタベーと遊びたいから散歩に連れてってというつもりで吠えているようでござるが、近頃では、クロ兄貴の家の前は早朝には通らないようにしているのでござる。

 ところで、クロ兄貴もまた、兄貴ではなく姉貴であることが後に判明いたした。たびたびの間違い、申し訳次第もござらん。

【ローレライ】
 仲のよい友達はまだ沢山ござるが、ここらで、世にも恐ろしいご同輩を紹介いたすと致そう。

 拙者ら師弟の逍遥の地は、拙者が生まれて1年を過ぎた今では、師のあばら家から半径3km以内であるならば、あらゆる道という道におよんでいるのでござる。ずぼらな師の性格からは、およそ考えられないほど丹念に、毎日少しずつ踏破(とうは)していった結果でござる。(師は拙者を引き取る半月ほど前にこの地に引っ越してきたので、この辺りには不案内でござった。また、これを読んで下されている多くの方々には、この辺りの地名に不案内でござろうが、ご勘弁いただきたい)。すなわち、北は桜川よりもまだ先まで、南から西にかけての方角は東(ひがし)大通り、およびその延長の県道55号線まで、東は土浦竜ヶ崎線を過ぎたあたりまで、すべて拙者の縄張りで、電柱や立ち木などの多くには、拙者のにおいを染み込ませてござる。最近では、半径4km以内の地点まで足を伸ばしつつあるのでござるが。

 そんな中で、JR土浦駅は師のあばら家の北東に位置し、鬼門の方角にてござる。夏を過ぎたある日、拙者らは土浦駅と市役所のちょうど中ほどで、白い毛のふさふさした同輩を連れたご婦人にお会い申した。ご婦人らは交差点の脇に立ち止まっているのみにて、どこへ行かんとするアテも見えないようでござった。白い同輩は拙者より一回りほど大きいけれども、優しげな目をしており、物静かな佇(たたず)まいをしてござった。拙者はいつものごとく友達になってもらわんと、師を引っ張りながら、ゆっくりと近づきしところ、ご婦人は、「うちのはダメなんです。」との仰せ。しかれども、同輩を引き寄せるわけでもなく、同輩も静かに座っているだけでござった。拙者は匂いだけでもかがせていただこうと、顔と顔を近づけていきしが、唸るわけでもなく、また、拙者ら犬族が緊張せしときにする耳を引く動作や、背中の毛を立てる様子も見せず、ただただ涼しげなる目で拙者を見つめるだけでござった。ところがでござる。いざ鼻と鼻が接しようかというときに、いきなり拙者は鼻を噛み付かれたのでござった。
 「キャーン」
拙者は大きな悲鳴をあげ申したが、同輩は放してはくれず、師はトッサの事で為すすべを失って居申した。やがて、我に返った師が何とか引き離してはくれたのでござるが。

 それ以後というもの、拙者は見知らぬ同輩や久しぶりの友達に逢うときには、緊張して背中の毛は逆立ち、近づいてはさっと逃げるという癖が抜けなくなり申した。それでも、同輩を見れば近づきになろうとするチョー友好的ワンちゃんの態度には、今もって変わりはござらん。

 まだまだ、同輩についての話はいろいろとござるが、この度はこれにて失礼つかまつる。

 では、また。


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