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初めまして、当HP管理人の、『中華@名無史楽家』と申します。 当HPを開設するにあたり、何故このHN・及びタイトルにしたかと申しますと、管理人は歴史が好きで、趣味として居りますが、最近一番良く出入りする歴史系HPと言うのが、実は世間一般で悪名の高い、”2ちゃんねる”と言う多目的話題掲示板群HPの、”世界史板”と言う板で御座いまして、そこから拝借致しました。 一般的な歴史系サイトの管理人様の、発言等を見ましても、余り”2ちゃんねる”と言う場所は、有象無象な場所、と言う事で好まれては居ない様です。 確かに2ちゃんねるでは、そんな訳の判らない、しかも顔が見えてこない人間等が現れて、良く話題が荒れてしまったり、陰険な書き込み等も多く見かけます。 が、良く目を凝らせば、その板性質からも、比較的2ちゃんねると言う全サイトの中では、真面目な人も多く、胸糞が悪く成る様な、くだらない駄レス等は、ネタとして読み飛ばす等すれば、段々慣れても来ます。そうして来ますと、中には一般の歴史系サイトの掲示板や、コンテンツでも見掛ける事が出来ない様な、貴重な知的資源を提供して戴ける、思わぬ博識な方にも巡り会えたりします。 また、そんな方達が知らない、自分の知識等を教えあったりして、お互いの知識を高め合えたりも出来て来ます。 そうするうちに、ドンドンと、この世界史板の魅力に嵌って行った管理人です。 そんな一番大好きな”世界史板”。そこで知識を広めさせてくれた住人さん達、そんな住人さん達のお陰で、知識を一番広められたと言う敬意を、住人さんやその場所に敬意を表する意味で、その板(歴史系)での、デフォルト名無しさんの名前が、”世界@名無史さん”(日本史板では”日本@名無史さん”)と言う表示なので、それと”名も無い歴史学家”以前に、ただただ歴史が大好きなだけので、”歴史学家”では無くて、”歴史楽家(れきしがくか)”だな?と言う事で、さらに中国史が好きと言う事も有り、『中華@名無史楽家』とするならば、由来と自分のスタンスも、両方合って居て、丁度良いな?と思い名乗りました。 ちなみに、世界史板では、”中華@名無しさん”と言う空気コテで書いてます。 一応何故コテにしたかと言えば、2chと言えども、無責任な書き逃げ等はしたく無いと感じたからでした。 でも空気コテなので、余り目立ちたくも無いので、良く見ないと違いに気付けない様な、デフォルト名と似た物を使用して居ます。 なので、他の人も名乗って貰っても良いですが、発言者の責任が明確にしなければいけない様な場面で、騙りが出た場合にのみ、トリップを付けさせて頂いて居ます。 こちらでトリップを公表しても良いですが、板のサーバーが移転した時に、表示も変わってしまう様なので、割愛させて頂きます。 ちなみに、今まで騙りを確認出来たのは、1回だけです。(苦笑)(トリップのパスは2ch全部で同じ物を使用して居ます。) |
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管理人が現在この様なサイトを開設するまでに置いて、何段階かの段階を経て、此処まで来た。と言う経緯が有ります。 なので、こちらのサイトに御来場された方々も、似た様な境遇で中国史に嵌った方も居るでしょうし、また、当サイトで扱って居る、これらの時代を好きに成る為のヒントにも成るのではないか?とも思いましたので、此処で管理人の歴史遍歴を開陳したいと思います。
管理人が、歴史に興味を持ち始めたのは、中学校1年生の頃です。 と言っても、当時はまだ中国史では無く、日本史。しかも戦国時代が興味の大半でした。 実はそれまで管理人は、歴史はどちらかと言うと、好きでは無いと言っても良い子供でした。 と言うのは管理人。学問は得意な方では無く、(と言うより、学歴社会的価値観から言えば、相当の”御馬鹿さん”に属する部類の子供だと認識して居ます。) 当時、好きに成る前までの”歴史”と言うのは、自分の中では”勉強”だったので、潜在的に拒否反応を示して居ました。(今でも年表や歴史事件の名称だけ暗記する。所謂、試験勉強対策的歴史等は、反吐が出ますが…) しかし、自分の父親。またその母方(祖母)の父(曽祖父)等は、歴史が好きだったと言うので、やはり歴史好きの血は流れて居る様です。 そんな管理人でしたので、何かの拍子、切っ掛けが有れば、歴史の魅力には引き込まれるのでしょう。それが、中学1年生の時にやって来たのです。 でも、その切っ掛けと言うのが、また何とも不純な動機でして… と、言うのは、その当時、好きな女の子が居たのですが、その彼女が、突然お父さんの仕事の都合で、”杜の都仙台”へ引越しをしてしまったのです。 それで、その翌年の夏休みに、会える訳では無いのだけれども、何とかその彼女の近くに行きたい!と考え、仙台に行きたいな?と思いました。でも、何も理由が無くて仙台に行く、と言うのは、どう見ても怪しいです。 そんな時、丁度世の中では、大河ドラマ『独眼竜正宗』が一大ブームを巻き起こして居ました。 さらにその年は、母親の実家の北海道に、列車を使い皆で帰郷する。と言う話が有ったので、その旅程に、上記ドラマの題材に成って居る。仙台にも滞在したい!と無理くりに捻じ込み、仙台旅行をゲットしました。 (ちなみに、その彼女の引越し先の直ぐ近所に、小さな遊園地が有るので、それも理由に、無理矢理遊園地に行ってしまいました。でも、その遊園地が、余りにもチープな場所だったので、流石に此処は誰も知らないだろう…と思って居たら、旅行好きで歴史好きの友人、”なが”は、その遊園地の名称をズバリ言い当てられて、かなりビビリました。 なが君旅行好きマニア過ぎッ!) そして、それが理由で仙台に行くのならば、やはりそのドラマをちゃんと見ないと、家族に怪しまれる。と言う事で、見始めた独眼竜正宗で有りますが、見始めると、やっぱり合戦とか、人間模様等が面白かったんですね。すっかりこの時代に嵌りました。 と、管理人。何かのターニングポイントの切っ掛けは、よく”女性”が原因に成ってしまう駄目な人では有るのですが、そんなこんなで、歴史好きの扉を開く事に成るのでした。 前置きが凄く長く成りましたが、嵌って来ると、時代全体の構図と言うのにも、面白さを感じて来ます。 また幸いにも、親友の”トモ”が、元々歴史が好きだと言う事が、小学校時代から知っていましたので、彼から色々な話を聞けて面白かった。と言うのも大きいでしょう。(小学校時代は、彼の歴史話は耳から入っても、そのまま反対の耳から抜けて行く。と言う状態でした。) これは凄い事だと思います。それまでの歴史知識と言えば、織田信長 → 豊臣秀吉 → 徳川家康 と言う戦国三大天下人が、順番に政権の継承が有った。と言う認識は有っても、どの様な経緯で政権の移行が有ったか?等も判りませんでしたし、徳川家康に関してだけでも、イメージ的には、天下分け目の”関ヶ原の戦い”で、勝利して天下人に成った(パッと出のラッキー野郎)と言うイメージでした(汗) さらにこの時期、家庭用ゲーム機用ソフトに、コーエー社の”信長の野望-全国版-”と言う、メジャーソフトを遊べる様に成り、戦国大名の知識等も増えました。 なので、この時期の歴史知識の飛躍的な向上は、人生に於いても特筆すべきものだったんじゃ無いかな?と思います。 と言う様に(他の時代にも興味・面白い時代は有りましたが)、やはりメインは、群雄豪傑が凌ぎを削り、様々な人間模様が織り成される戦国時代に、興味の大半が注がれました。 そしていよいよ、中国の歴史に興味を示す時です。一番最初に中国の歴史に興味(と言うか知識)が出来たのは、小学校当時の”週間少年ジャンプ”で連載されて居た、本宮ひろ志氏作『赤龍王』と言う、中国漢王朝の初代皇帝、劉邦を題材とした漫画でした。 まぁ、その漫画と言っても、歴史=難しい。と言う思考の時期でしたので、たかだか中国の漢王朝の創始者(皇帝)は劉邦と名前の農民で、項羽と言う名前のライバルが居た。と言う事が判る程度の流し読みで終わってしまったのですが… その後、課内クラブと言う(だかなんだかの)授業で、ただ単に”大変じゃ無さそう”と言う理由だけで、読書クラブと言うのに入ったのですが、その時に、暇潰しな感じで本棚を見つめていると、『三国志』と言う、良く聞き慣れた本を見つけました。多分三国志と言うと、日本人から見た中国の歴史、と言う認識で言えば、一番馴染みが有るのが三国志だと思います。かく言う私も、”三国志と言う物語は知らなくても、名前だけは知っている”と言う事で、そう言う物語&歴史的時期が有ったのは知っていました。(まぁ小説や漫画等にも成って居ましたし、実際横山光輝氏の漫画が、アニメ映画化して居たのを、小学校小?中?学年の頃、TVのロードショウで見た記憶が有りました。とは言っても、その頃の私にはチンプンカンプンで、アニメだからと見ようと思って居ましたが、途中で頭がクラクラして来たので、見るのを途中で辞めてしまった記憶が有ります。 青い目をした混血の武将が出て居たりしたのを朧気ながら覚えて居ますが、今にして良く思い出して見ると、あの青い目の武将が、曹操だったりしたんですよね?かなり原作を無視した設定だったと、後で苦笑しました。) そんな感じなので、本当に”授業の時間潰し”的意味合いで見始めただけなので、歴史背景等もさっぱり判りませんでした。実際この時までの三国時代のイメージと言うのは、一つの国に、それぞれの地方を基盤にした三人の有力な権力者が居て、その三人が対立する事に因って分裂し、その三国(三人)の対立の模様を表した小説(歴史書)なのだとばかり思って居ました。(日本史で言うと、南北朝の対立の三国バージョン。の様な認識でしょうか?) しかし実際は、皆さんも御存知の通り、その認識は違ったのです。 三国志を知らない方には、何処が違うの?と思われるかも知れませんが、その説明は後に譲ろうと思いますので、もう少しお待ち下さい。 とにかく、その時サラっと読んで判ったのは(黄巾の乱平定位まで)、主人公達は、始めから勢力を持っていたのでは無かった事。 でもそれだけでも、お!?自分が想像して居た物と違う内容なのかな?と興味を持ちましたし、さらに主人公的人物の”劉備”と言う人物が、劉姓なのも、王朝創始者の、劉邦と関係が有るのかな?と言う疑問が湧いた事です。 そこでその日の帰りに、早速歴史好き友人の”トモ”君に、以上の事を聞きました。すると彼は、三国時代は多くの勢力の争いの中で出来た時代で有る事。劉姓の劉備は、劉邦の子孫で有る事。等を教えて貰いました。 さらに「小説だと、文字読むの疲れちゃって、興味は有るけど全部読むのは大変そうだった。」と言う事も話しました。すると彼は、「だったら丁度、うちに漫画で簡単に三国時代の事が判る本が有るから、それを見せて上げるよ」と言ってくれました。そしてそれを早速見せて貰いました。それがコレです。 この本は、簡潔ながら非常に判り易く、しかも時代の流れ等も良く判る漫画でした。はっきり言って、今の中国史好きな私を作ってくれた一番の原点。と言えば、多分この漫画と成るでしょう。(ちなみにこの直後、自分でも購入して、今でも自分の本棚に有ります。) と言う事で、自分は三国志の時代に嵌りつつ有る説明はしましたが、三国時代と言う、時代自体知らない方も居られるかも知れないので、ここで三国志を知らない方向けにも、簡単に時代背景を、上記学習漫画程度に説明します。 中国の漢王朝と言う、前後併せて四百年続いた統一王朝が有りました。しかしそんな王朝も、この頃に成ると政治も乱れ、かなり求心力も失われて来ました。そこへ「太平道」と言う新興宗教を中心とした、農民反乱「黄巾の乱」と言う大叛乱が勃発します。 その大乱に因って、漢王朝の力は益々形骸化し、実を伴わない、名前だけの存在と成下がりました。そこへ、乱平定で名を上げ始めた英雄達・地方の有力者等が豪族化した者達を中心とした、数多の英傑達が活躍する。まさしく群雄割拠の時代へ突入します。 そこから勝ち残って、勢力を伸ばし始めた曹操。勢力は遅くまで伸ばす事は出来ずに居たが、漢皇室の末裔として、漢王朝復興の理想に燃え、曹操の野望に対抗する劉備。(小説ではこの2人の対立を中心に、劉備を主人公として描いている)また曹操と同じく、江南(中国南部)で着実に群雄割拠の争いを勝ち残り、勢力を伸ばして三鼎の一足を担った孫家の孫権。それら三者を中心として、それぞれがうち建てた王朝「魏」(曹操)・「呉」(孫権)・「蜀」(劉備)。最期はその三国の興亡を、描く内容と成って居ます。 こう言う風に判ると、南北朝の対立。と言うよりは、どちらかと言うと、上記で一番最初に興味を持って来た、と言う説明をした”戦国時代”に、より近いと思います。 曹操が、漢の皇帝を奉じて、天下に号令出来る立場を利用して、勢力を伸ばした構図等は、織田信長を彷彿とさせましたし。また、それら三国鼎立の状態も、劉備の参謀、諸葛孔明によって意図的に作られた物だった。と言う事等。(これは物語上、孔明を必要以上に凄い人に描いている背景等も有るのですが…)また、群雄割拠の最終的勝者が、魏呉蜀。その三者の何れでも無かった。と言う事実も、非常にドラマ性を感じました。 この頃には、日本の戦国時代と並ぶ様に、中国の三国時代が好きに成って居ました。 知識への欲求も高まり、まず学習漫画では、群雄割拠と言う時代背景の説明だけは有ったのですが、三勢力以外の、その他群雄達に関しては、董卓・袁紹以外は、”群雄割拠図”の様な、地図に併せた一覧表だけでした。そこで一番知識欲求が高まったのが、それらの群雄達です。それにはやはり、もう少し詳しい(でも程良くお手軽な)書籍の方が良いと思い、選び購入したのが、”講談社、青い鳥文庫「三国志」”でした。 この本で、大凡の三国志で登場する群雄(豪傑や名参謀も)についても、知る事が出来、ますますこの世界にハマって行きました。 その後、高校に進学した時には、遂に羅漢中作の「完訳三国志演義」(凄くぶ厚いし、字が小さくビッシリ書かれて居る)まで読む程にまで成ってしまいました。 当時自分が通っていた高校は、程度の低い学校だったので、この様な物を読む生徒は居なかった。と言う事で、先生には、こいつ頭がおかしいのでは無いか?と思われる程でした(苦笑) と、こうして中国史については、三国志の時代のみに興味を持ったのですが、その欲求が、更に広がって来るのも、時間の問題と成って居ました。 まず、その切っ掛けと言うのが、筆者が英雄豪傑達が犇めき合う。”群雄割拠”の状況が、自分的には一番歴史的知識の欲求を擽られる人間で有る。と言う事実でしょう。 また、そんな自分に気が付いたからだと思います。 ここで自分的に、日本の歴史の”物足り無さ”に気付きました。それは、日本の歴史上。何度かの動乱期は経験して居ても、”群雄割拠”の状況の時代と言うのが、戦国時代位しか無い、と言う事でしょう。(他の有名な動乱期”源平合戦”・”南北朝”・”幕末維新期”等が有りますが、これらの時代は、どちらかと言うと、有力な陣営を主とした、派閥争いの様相が強かったですし…) そこで、三国志で興味も湧き、同じ東洋と言う事で、文化的にも近い部分の多い、中国に目を向けました。 何と言っても、中国の歴史は、「中国四千年の歴史」と昔から言う位ですので、歴史上起こった事件も膨大です。 その歴史の中での王朝の交代等も、幾度と無く行なわれました。皆さんも学生時代に、試験勉強等で、数え歌の様な感じで習ったと思います。♪殷・周・春秋・戦国・秦・前漢・新・後漢・三国・晋・五胡十六国・南北朝・隋・唐・五代十国・宋・元・明・新・…♪と言う様に。(皆さん懐かしいですか?(笑) でも試験勉強で覚えたなら、もう思い出したくも無いでしょうし、もう覚えて居ないでしょうか?(苦笑)) まぁ兎に角、この様に一気にその王朝群を書いただけでも、これだけの王朝交代劇が行なわれて居た訳です。 と、言う事は、その数だけ動乱期も有った、と言う事です。 筆者は思いました。これだけ動乱期が多いなら、その全部が、群雄割拠の状況では無かったとしても、日本の様に、一回だけでは無く、少なくとも数回は”三国志”に近い魅力的な時代が有ったのでは無いか!?と考えました。 当時、既に他の時代にも興味を持って居たので、前出の”漫画・中国の歴史”シリーズの、人物辞典。と言う物を手に入れて居ました。 それは中国の歴史の流れが、一通り解る様な内容だったので、他の時代にも興味も湧きましたし、この時代等は面白そうだな?と言う、目星も付きました。そんな感じで嵌って行き、中国史全体の知識を深めて行きました。 それで、どうせなら、この面白い時代を、同じ様に、三国志位しか、中国史は良く知らないけど、群雄割拠の様な状況には萌える。と言う方も多いと思い。そんな方達に、他にもこんなに面白い時代が有ったんですよ?と知って貰い、楽しんで頂ければ嬉しいと思います。 |
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次に、楽しみ方ですが、基本は↑の最後の方に書いたのが主な目的です。 ですから、サイト全体の捉え方と致しましては、日本の戦国時代や、三国志の世界等、”群雄割拠”に楽しみを感じる人に、このサイトを通じて、新たな楽しみを見出して頂けたら嬉しいと思います。 コンテンツ個別では、取り上げた時代には、それぞれ魅力的な、名君・英雄・豪傑・名参謀・名宰相・美女とのロマンス、等が存在します。 また、これらの時代には、後世、有名と成った人物の”モデル”と成った人物(例:名軍師、諸葛孔明の性格や能力、そしてその出で立ち等のモデル。や、このページ冒頭で登場した、筆者が歴史に興味を持つ切っ掛けと成った”独眼竜正宗”の、”独眼竜”のモデル等も登場します。)や、これらの時代の人物達(このコンテンツで取り上げる人達)が残した、現在の我が国にも残る”名言”等、故事も沢山有ります。それらの人物達の生き様等を中心に、”人物”をメインに、これらの時代の流れ等も、解り易く書いて行けたらと思って居ます。 また、このWEBは、時代を限定して取り上げて居る。と言う事も有り、より深く、これらの時代に関しては、完成したら何処にも負けない!位の意気込みで、更新して行きたいと思いますので、宜しくお願い致します。 |
| 尚、このページの記事のソースは、所蔵して居る関係書物を中心に、WEB上で公開されて居る、中華書局の正史を自分で日本語に訳せる部分。またweb上で、正史を翻訳されて居る場所等。それと、歴史系掲示板等での話題(史実で有ろうと判断出来る物)。等で、自分の文章で書いて行きます。 ソースや参考文献等は、勿論ちゃんと開示したいと考えて居ます。 また、これらの時代には、講談等で使われる所謂”演義小説”の題材に使われている場合も多く有ります。それらは、事実には無い創作なエピソードも少なくは無いですが、その中でも、面白く、有名なエピソード等は、この時代に興味を持って貰いたい。と言うサイト主旨から、フィクションで有る事を断わった上で、載せる事も考えて居ます。 最後に、筆者も、成るべく間違いは書かない様注意は致しますが、如何せん当人本職の学者でも研究者でも御座いません。基本は、ただの趣味の欲求を満たす為にだけ行なって居る事ですので、間違った事を記してしまって居る可能性も大いに有り得ます。 それらの原因に因って、何らかの不利益が生じても、管理人と致しましては、責任を負えませんので御了承下さい。 また、もし間違いを発見された博識な方が居られましたら、こっそりと(暖かく)その旨お伝え頂けると助かります。 尚、対象時代ですが、中国の動乱期ですと、他には1.殷周革命・2.春秋-戦国時代・3.楚漢争覇・4.五胡十六国・5.南北朝時代・6.蒙古勃興・等も有りますが、2と4以外は、どれも群雄割拠と言うよりも、限られた陣営の勢力伸張争い。と言った感じです。また、2は分裂期間も長く、群雄対群雄(人対人)と言うよりは、国対国の争いの歴史と言う感じで、まだ中国と言う一つの国内での争いと言うよりは、黄河・揚子江周辺地域での国の興亡の様子。と言う感じで、どちらかと言うと欧州の国々の状況に近い気がします。4は、これも同じく群雄と言うよりは、民族間の戦争と言う様相を持って居ます。これらの事を考え、取り合えずそれらの時代は割愛させて頂きました。 しかし、サイト全体が形に成り、管理人に余裕が出て来ましたら、2.3.4等は、人物も魅力的な者も多いので、加えるかも知れません。まぁ宣言は致しませんが…(苦笑) |