| 夢のなかへ |
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なんだってこう、世の中はうまくいかないのか。 いや、そうじゃない。なんだってこう、僕の人生はうまくいかないのか。貧乏くじばかりを引かされて、いつも損ばかり。まったく、生きているのが嫌になってくる。 TVからは、「前向きに」「自分らしく」「素顔のままで」、なんてのんきなポップスが流れてくる。冗談じゃない。素顔のままで生きられないから、こんなに色々悩んでしまうんじゃないか。世の中そんなに、単純でも、甘くもないんだ。 僕はまた大きなため息をついて、夜の繁華街を家に向かって歩いていた。 僕が繁華街にいるなんて、珍しいコトなんだけれど、これにはわけがある。職場の連中が合コンをやるとかで、ひどく珍しいことに、男が足りなくなったらしく、急きょ、僕が誘われたのだ。 急に誘われることからわかるように、僕は普段、あまりこういう席には呼ばれない。自分ではそう暗くもないし、見られないほどブ男ってワケでもないと思っているんだけれど、どうも人付き合いが上手く出来ないし、女性とも縁がない。 これがきっと、「運がないやつ」ってことなんだろうな。 久しぶりにお誘いがかかったので、勢い込んで出席してみたはいいけれど、結果は案の定、散々なものだった。とにかく、やることなすこと、ツイてないんだ。 気の利いた冗談を思いついて口に出せば、ちょうど同じタイミングで、声のでかいやつが大声を出して、僕のジョークをかき消してしまう。または、僕がトイレに行って戻ってみると、なにやらさっきまでと全然違う話題で盛り上がっている、なんて具合さ。 結局、僕以外の全員が、解散するころにはそれぞれの相手を見つけ、仲良く夜の街に消えていってしまい、いつの間にか帰ってしまった女の子もいたようで、僕は一人、店の外に取り残される。 ああ、またか。 大きくため息をついて、僕は歩き出した。 と。 「どうにも、ツイてないみたいですね?」 夜目に浮き上がるほど真っ白な顔をした貧相な男が、僕に向かってそう言った。僕はキャッチか何かだと思って、そのまま放って行こうとしたんだけれど、男はしつこく僕に付きまとう。 「ねえ、あなた、モテないでしょう?」 核心を突かれて、思わずカッとなる。 「うるさいなっ! だったらなんだって言うんだ?」 「モテたいと思いませんか?」 「思うけど、君の世話にはならない。モテる薬も、マニュアルも要らないし、モテる店にも行かないよ」 「そうじゃありません。夢を見るんですよ」 男が不思議なコトを言い出したので、僕は思わず足を止める。 「夢?」 「そうです。夢の中なら積極的に、どんな大胆なことでもできるでしょう?」 「そりゃあそうだけど、でも、結局夢の中じゃしょうがないだろう?」 「そうですかね? それじゃあお聞きしますが、夢の中でモテるのと、現実にモテるのと、いったい、何が違うんですか?」 「妄想の中でモテたって、虚しいだけだ」 「あーわかってないなぁ」 男は、にやりと笑って話を続ける。 「いいですか? 虚しく感じるのはいつです? 夢が覚めたときでしょう? ではなぜ、夢だとわかると虚しいんです? 現実じゃないから? じゃあ、現実だとなんで嬉しいんです?」 なんでだろう? 僕は少し考えて、その答えに気付く。 「現実なら、いつでも好きなときに、女の子と遊べるから」 「じゃあ、いつでも好きなときに、女の子と遊ぶ夢を見られたらいいんじゃないですか? 極端な話、夢の中で女の子を抱けるなら、そしてそれが、現実と何も変わることがないほどリアルなら?」 「う〜ん」 僕は考え込んでしまった。そう言われてみれば、現実と夢の差なんて、ひどく曖昧に感じる。いつでも好きなときに、リアルな感覚の、好きな夢を見られるなら……そりゃあ、確かに悪くない。 「そんな夢を見せるコトのできる、つまり夢をコントロールする機械があるんですよ。使ってみますか?」 ものすごく怪しい男なんだが、妙に説得力のある彼の言葉に、僕は思わずうなずいていた。僕はうなずくや否や、あっという間に繁華街の一角にある、平凡な目立たないビルの一室に連れ込まれた。 部屋の真ん中に、なにやら仰々しい、複雑そうな機械が置いてあった。SF映画にでも出てきそうな、いかにもというカンジの機械だ。イスの背や、頭を入れるんだろうパーマをかける機械みたいなものから、カラフルな無数のコードが這い出している。 「これに座るの?」 「ええ、そうですが、いくつかの注意事項と、夢の内容のリクエストをお聞きしないといけません」 「注意事項?」 「そうです。いいですか? この機械は、大変リアルな夢を見せてくれます。逆に言うと、場合によっては刺激が強すぎて、あなたに傷害を与える危険も持っているんです。例えば夢の中で 高いところから落ちれば、その恐怖とショックで、実際に命を失うことさえある、といった具合に」 僕はなんだか怖くなってきて、しり込みしながら聞き返した。 「危険なの? それじゃあ、嫌だなぁ」 「でも、それくらいリアルで敏感だからこそ……」 そこで男は言葉と切ると、下卑た笑いを浮かべながら声をひそめて言った。 「女の子と遊ぶ夢が、より楽しくなるんですよ?」 なるほどっ! それなら、仕方ないよな! 「そりゃあいいや。じゃあ、早速見せてよ。僕はね、女の子にモテモテになる夢がいいな」 「まあ、それも出来ますけどね。でも、考えてみてください。ただ、何の苦労もしないで、漠然と大勢の女の子にモテたとして、楽しいのは最初だけですよ?」 「そうかな?」 「そうです。私は何人もの人に夢を見せてきましたが、あまりにご都合主義の夢は、最初こそ面白いけれど、みなさん、すぐにつまらなくなってしまうんです」 「まあ、そうなのかもしれないね」 「ですから、最初はなるべく現実に近い状態から、時には失敗や悔しい思いもしつつ、モテたり振られたりしながら、いろんな恋を楽しむ。と言ったカンジがよろしいんじゃないかと。モチロン、強制はしませんが」 そういわれてみると、なんだかその方がいいように思えてきた。確かに、たくさんの女の子が、誰も彼も僕が大好きなんて単純な話よりは、純愛、略奪愛、悲劇、時には喜劇。いろんなドラマを演じてみたい。 「わかった。大筋はそちらに任せるよ。出来るだけ色々なドラマを盛り込んでくれないか」 「承知しました。それで、料金なんですが、前払いでは騙されるような気がするでしょう? かといって、全部体験してから、面白くなかったから払わないなんて言われても困ります。ですから、夢の途中で私が出てきて、その時に続行か、やめるかをお聞きします」 「ふうん、なるほどね。わかったよ」 「それでは、イスにお座りください。明日の朝、自宅で目覚めるシーンから始まります。楽しい夢を……」 僕は期待に胸を膨らませながら、イスに座った。
いつものように朝、目を覚ます。なるほど、夢は始まったようだ。 僕は、いつもと同じ自分の部屋で、ゆっくりと身体を起こす。いたっていつもどおりで、取り立てて夢の中にいるカンジはしない。実は、あの男に会った事のほうが夢だったのだろうか。 まあ、万が一騙されて、からかわれたんだとしても、お金を取られたわけでもないし、危害をくわえられたわけでもない。別に大騒ぎする必要もないだろう。 ところが、起きていつものように出勤した僕は、驚いてしまう。 同僚の美奈子さんが、僕の席に来るなり、「はい、これ、あげるわ」と言って、旅行のお土産か何かをくれたのだが、その時、彼女の目は明らかに潤んでいたのだ。 美奈子さんは優しい人だから、今までもお土産をくれたりすることはあったのだけれど、こんな風にきらきらと目を潤ませていたことはなかった。僕は思わずにやりとしてしまう。 いきなり知らない美人がやってくるんじゃなく、僕がひそかに思いを寄せていた美奈子さんから攻めてくるとは、あの男もなかなかツボを心得ているじゃないか。 どうせ夢だ。ここはひとつ思い切って彼女を誘ってみよう。万が一夢じゃなかったとしたって、今までと同じ、失恋の失敗談が一つ増えるだけなんだから。 僕は、お土産を渡して帰ろうとする美奈子さんに言った。 「ありがとう、美奈子さん。お礼って言うわけでもないんだけれど、良かったら今晩、食事でもしませんか?」 美奈子さんは一瞬びっくりしたような顔をしてから、にっこりと笑ってうなずいた。 やった! 一瞬そう思ってから、これが夢なんだと気付いてがっかりする。それから、夢は夢でも、僕の都合のいいようになる夢なんだと思い直して、役に徹することにする。 「よかった。僕、美奈子さんが好きなんだ。イヤだって言われたらどうしようかと思ったよ」 美奈子さん、僕のセリフに顔を真っ赤にしてしまう。 可愛いなぁ。 退社後、僕は美奈子さんと食事をした。どうせ夢だと思っているから、いくらでも大胆になれる。美奈子さんは、僕の冗談に涙を流して笑い、真面目な話を真剣に聞き、口説き文句に耳まで真っ赤に染めた。 幸せな夜を過ごし、僕は家に帰った。 すると帰り道、電車の中で女の人に、痴漢に間違われてしまう。もっとも、僕の身の潔白はすぐ証明され、女性はお詫びのしるしにと、僕をお茶に誘ってくる。さすがに夢らしい展開だ。 僕はそのまま、驚くほど奇麗で色っぽい女性と飲みにゆき、そのまま彼女とステキな一夜を過ごす。まさに、理想的なシナリオである。しかし、驚いたのは、この後だ。 朝方、ホテルを出たところで、ちょうど美奈子さんに目撃されてしまったのである。しかし、あわてることもない。どうせこれは夢なんだ。 僕はそのまま女性と別れると、平気な顔で仕事に向かった。 職場で美奈子さんに会ったが、彼女はぷいと横を向いてしまう。なるほどね。こういうトラブルがあったほうが、恋は盛り上がるもんな。なんだか、ゲームをしてるみたいだ。 ゲームなら、ここで美奈子さんを放っておいてはいけないだろう。どうせ他にもたくさんモテるんだとしても、やっぱり何も努力しないでいるよりは、色々動いてみた方が面白い。 僕は帰り際、美奈子さんを捕まえると、嫌がる彼女を説き伏せて、食事に行く。そこで今朝のことが、誤解であると力説した。誤解も何も、僕は彼女が勘ぐっている通り他の女と寝たのだけれど、ドラマやゲームなら、ここは誤解でなくてはならない。 とんでもない誤解をされてしまった、不運な男の役を、僕は精一杯演じた。夢の中なんだし、いくらでも大胆になれる。僕は堂々と彼女の目を見て、誤解を解くためにあらゆるイイワケを試みた。 結局、美奈子さんは僕を許した。と言うより、誤解をしてごめんなさいと、逆に謝ってきた。僕らは仲直りし、その夜を共に過ごした。
朝のやわらかい光の中で、美奈子さんの寝顔を見ながら、僕はこれ以上ない満足に包まれていた。昨日の晩、美奈子さんが寝たあと、色々考えて、ステキな結論に達したからだ。 万が一、これが夢じゃなくて現実だとしたら、僕は可愛らしい恋人を手に入れたわけだ。そして、これが夢だとしても、これだけリアルな夢なら、何の不満もない。そのうち出てくる、例の男に金を払って、いろんな恋をしまくるって言う夢の続きを見るだけだ。 どっちだとしても、素晴らしい結末なんだよ。 ね? ステキな結末だろう? 僕は真面目に働かなくなった。 だって、どうせ夢なんだし。 そして、夢だと思っているから、真剣に考えない。真剣にならないから、仕事でも奇抜なアイディアを思いついたし、それを強引に実行することが出来た。会社の人間関係や、勢力争いの構図も、他人事だと思っているから良く見える。 僕はゲーム感覚で出世した。 そしてますます、幸せな気分になった。現実なら、出世して万々歳だし、夢だとしても、恋愛ばかりじゃなくこんなゲームも面白い。そんな風に、時には株に手を出して失敗したり、博打で大もうけしたりしながら、僕は人生を謳歌していた。 そんなある日。 ついに僕の前に、あの男が現れる。 へえ、やっぱり夢だったんだ。 でも、僕は思ったほどがっかりしなかった。この3年、常に夢だと思って生きてきたのだ。むしろこれからは、もしかしたら現実なんじゃないか、と言う不安なく、もっと思い切った人生が歩める。 「結婚おめでとうございます」 「ありがとう。とは言え、君が現れたってことは、これは夢なワケだ。結局、現実に美奈子と結婚できたわけじゃなかったんだな」 「不満ですか?」 「とんでもない。満足してるよ」 「今の人生はお気に召してますか?」 「最高だね。面白いよ。そこそこモテるし、時には失敗や不運もあるけど、おおむね楽しいことばかりだ。今まではもしかして現実なのかもと言う心配もあって、あまり無茶はしてこなかったけれど、あなたに会えて夢だってコトがわかったからね。これからはもっと大胆にやるよ」 「まあ、あまり無茶をすると、ショックが大きすぎて死んでしまうこともありますから、程ほどにしてくださいね?」 おーっと、そんなこと、忘れてたよ。 「そうだね、それには気をつけよう」 「それにしてもうまくやってますね?」 「そうだろう?」 僕は胸を張る。 男は僕から料金を受け取って(もしも夢なら、この画像を記録しておいて、それがそのまま契約書になるんだ)、街の雑踏に姿を消した。僕はその後ろ姿を見送りながら、もう一度つぶやく。 「そうだろう? うまくやっているだろう?」 そう、僕はうまくやっている。そして、これからもうまくやるだろう。 ああは言ったけれど、僕はいまだに、もしかしたらこれが現実かも知れないと言う思いを、捨て切れていない。だからこれからも、夢でも現実でもいいように、考えて生きるだろう。 夢ならこう、現実ならこう、常に二つの選択肢を用意して、どちらに転んでも上手くいくように、細心の注意を払って、ゲームを進めるのだ。現実だったとして困らないように最低ラインを確保し、夢だったとき後悔しないように、最大限の冒険を試みる。 どん底にならないよう、常に現実を見つめ、後で後悔しないよう、常に挑戦しつづけるのさ。死の間際になって、現実だったとしても後悔しないように、精一杯、生きるんだ。 それでもし夢だったとしたら? それならそれで、老人の最大の夢がかなうじゃないか。 僕は目覚めて、楽しい夢の記憶を持ったまま、若返るんだから。
美奈子は男に札束を渡しながら、感心したようにため息をついた。 「それにしても、たいしたものね?」 「皆さん、そうおっしゃいます」 「最初聞いたときには、なんて高い料金だろうと思ったけれど、あなたの会社にお願いして、本当に良かったわ」 「決して高くないですよ。ただ結婚相手を見つけるだけじゃなく、その相手を大改造して、出世させ、その後のお客様の人生までも保障するのですからね。当社のアフターサービスは万全です」 「ええ、本当ね。あの目立たなくて何事にも自信のなかった彼が、あなたにお願いした日には食事に誘ってくれたし、仕事もバリバリこなすし、なんに対しても、自信満々で生き生きしてきたもの。ほんと、今になってみれば、安い料金だってわかるわ」 男は黙って、頭を下げた。 「ところで、ひとつ聞きたいんだけど」 「なんでしょう?」 「どうやって彼をあんなに自信たっぷりな男に変えたの?」 「企業秘密です」 「そう……まあ、そうでしょうね」 「ですが、あえて説明させてもらえれば」 男はここで初めて、にっこりと笑った。 「男には、夢が必要なんですよ」 |