ゆげさん
僕はゆげさんが嫌いだ。

ゆげさんは、ド低くしたハーレーダヴィッドソン・ローライダーで、ステップをガリガリ削りながら、どんな場所でもキチガイじみたスピードでかっ飛んでゆく。

同じアメリカンのVTXに乗るムラさんと並んで、夜の峠でステップから火花を散らしながら速いマシンを追い詰めてる姿は、確かにカッコいい。

でも、ゆげさんはなぜか僕にきつく当たるんだ。僕の走りが危ないって言っては、会うたびにゲンコツなんだよ?自分で連れてきたハイドさんだって相当キレた走りをするのに、ハイドさんには文句を言わないんだ。

「ハイドはクルマで、おめーは単車じゃねえか」

そう言われりゃ、そりゃそうさ。でも、危ない走りをしていることには変わりない。第一、ゆげさん自身が、仲間内じゃいちばんキレてるんだ。そんな人に「危ないから」って言われたって、全然ピンと来ないよね。

僕は20歳で、仲間内じゃいちばん若い。もちろん経験も一番少ない。それはわかってるし、ゆげさんたちの凄さもわかる。でも、じゃあ僕がいちばん遅いのかって言われたら、絶対にノーだ。

僕より遅い人だっていっぱい……言い過ぎた。二三人はいるし、それだって、昨日までのことさ。今日からはゆげさんやムラさん、コンさんたちにも負けないよ。だって……へへへ。今日、納車だったんだ。

カワサキZX12R。

どう?ビリビリって来なかった?僕なんかもう、契約した日からしびれっぱなしさ。178馬力、最高速300km/hを超える、本物のモンスターだ。今までのゼファー1100とはケタが違うんだ。

土曜の夜。颯爽と乗り付けた僕を見て、みんなの目が点になる。次の瞬間には集まってきたみんなが、僕を質問攻めにした。

きもちいい!

僕はゆげさんのところまで行って、誇らしげに胸を張った。

「ゆげさん、今日は負けませんよ?」

とたんに隣でタバコを吸っていたムラさんが、ごほごほっとむせて吹きだした。今までならバカにされたら、悔しくて突っかかっていったんだけど、今夜の僕は違う。12R乗りは、そんなつまらないことは気にしないのさ。

ゆげさんは、たっぷり一分以上、僕と12Rを眺めてからぼそっと言った。

「ゼファーだって乗れてなかったのに、そんなに早く死にてえのか?」

これにはカチンと来たけれど、それでも僕は充分余裕を持ってにっこりと笑った。ゆげさん、相手が12Rじゃさすがに分が悪いんで、機嫌が悪いんだろう。

 

やがてみんなで走り出す。

とは言っても、みんなで仲良く集団走行なんかはしない。次の集合場所を決めたら、そこまではみんなばらばらだ。ゆっくり行く人もいれば、ずっとメーター振り切りっぱなしってな人もいる。

走り出すとすぐ、ゆげさんが僕のそばに寄ってきて前に出た。僕は仕方なく、ゆげさんの後ろについて走る。いつもならそこはムラさんがいる場所なんだけど、ムラさんは僕の後ろについている。

なるほどね。新しいモンスターマシンを買って舞い上がってる小僧が怪我をしないように、ゆげさんとムラさんでフォローしようって言うんだ……

ナメやがって。

それでも国道までは我慢した。そして国道に乗った瞬間、僕は178馬力を全開にする。きゅるるっと一瞬リアタイアがスピンした後、12Rは弾かれたように加速し始めた。

ゆげさんのローライダーはあっという間にミラーの点だ。ムラさんのVTXは少しだけついて来たけれど、それも精々100キロ付近まで。ま、ここまでは当たり前なんだよね。

仲間内の二輪で僕の12Rと張れるのは、リカさんのハヤブサとか、静香さんのブラックバードくらいのものだ。あとは4輪でトモさんのR33か。ま、どっちにしろヨーイドンの加速だけなら、ゆげさんたちに負けるわけはない。

問題はこの後。

一般車がちらほら出てきて平均速度が落ちてくると、とたんに他のメンバーが顔を出す。やがて国道は田舎に差し掛かり、道が上下右左にうねり始めてくると、完全に混戦状態になった。

最初からまったくスピードが落ちてないのは、ゆげさんとムラさんくらいのものだ。暗闇の中をハイビームで探りながら、僕は必死にアクセルを開けた。

まさかここまで迫られるとは思わなかった。今まではまるきり追いつけなかったので、ゆげさんたちがここまで速いとは知らなかったのだ。つーか、いくらなんでもキレ過ぎてる。

ただでさえうねうねと曲がりながら、激しくアップダウンする道。ゆらゆら車線を変える一般車や、空気の壁で単車を弾き飛ばすトラックの間を抜けて、なおかつこのスピード。キチガイ沙汰だ。

と。

ババババババッ!

牙をむくカーヴに呑まれそうになり、一瞬アクセルを緩めた僕の横を、ゆげさんのローライダーが抜き去ってゆく。うわっと驚いて避けたところで、避けた側からムラさんが抜いていき、二度キモを冷やす。

さらに後ろからヘッドライトが追いついてくる。恐怖で縮み上がり全身に力が入る。僕は無理やりアクセルを開けて、ムラさんの後についた。そして右に車体を倒しながらカーヴを抜けているムラさんとその前のゆげさんを、大外から強引にぶち抜く。

やった!

と思ったときにはすでに遅かった。僕の頭に閃光が走る。

ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい!

そう思いながらも、迫ってくるガードレールから目が離せない。股間は縮み上がり、全身は固まりながら、不思議とヤケに冷静な頭で「ああ、死ぬな」って思った。

ガツン!

衝撃に何がなんだかわからないまま、僕と12Rは道路に投げ出された。

 

……はずだった。

ところが……あれ?と思った瞬間。

 

ザッパーーン!

僕は海中に放り込まれ、盛大な水しぶきを上げていた。絡みつく海水に身体を絡め取られ、大量の水を飲みながら、それでも何とか岸にたどりつけたのは奇跡と言ってもいいかもしれない。

ちょうどガードレールが途切れたところから、僕は海に投げ出されたらしい。ほとんど水平に海へ飛び込んだ僕は、かすり傷一つしないで済んだのだ。

ついてる。奇跡だ。

水浸しの重い身体を引きずって岸に上がると、路肩にみんなが停まっている。僕はばつの悪い思いをしながら、みんなのもとへ向かった。

みんなが集まった中心には、ゆげさんが座っていた。ムラさんに向かって笑っている。

そこで僕の全身が恐怖に固まった。

なんて事だ!ゆげさんの脚が!

よく見ればムラさんは、ローライダーとガードレールにはさまれて、ちぎれてしまったゆげさんの脚を、引っ張り出しているところだったのだ。

僕は大声を上げながらゆげさんに駆け寄ってゆく。

「ゆげさん!ゆげさん!」

その声に振り向いたゆげさんは、笑いながら片手を挙げた。駆け寄った僕は、ムラさんの全開の拳を喰らってひっくり返る。一瞬意識が飛んだ。しかし、慌てて飛び起きるとゆげさんに近づいた。

「バカが。ゆげが左から突っ込んで、おまえがガードレールにぶつかるのを助けたんだぞ?」

そういいながらムラさんは、僕をにらんだ。

そう、僕が海に飛び込んだのは、奇跡なんかじゃなかったのだ。僕を救うために、ゆげさんは僕とガードレールの間に飛び込んだ。おかげで僕はゆげさんをはさんだままガードレールに沿ってすべり、そのまま海に放り出されたって訳だ。そして、ゆげさんは……

僕はあまりのことに全身が震えだして止められなくなる。いや、そうじゃない。そんなことより!

「そんな、そんなことよりきゅゅきゅ……ム、ムラさん。きゅきゅ……」

「救急車か?」

ムラさんの言葉に僕はガクガクとうなずいた。驚きと恐怖で、言葉がうまく出てこない。完全にパニックだ。それなのにムラさんは救急車を呼ぼうともせず、僕をにらみつけている。

と。

突然その顔が崩れ、ムラさんの大声が響いた。同時に、みんなも大声を上げる。なにやってるんだ、みんな?僕をののしりたいなら構わない。後でいくらでも、殴るなり蹴るなりすればいい。それより今は、まずゆげさんを……

そこでふいに気付く。気付いたとたん、僕は呆気に取られて立ちすくんでしまった。みんな気が狂ってしまったのだろうか?

みんなは、笑っていたのだ。

ムラさんどころかゆげさんまでが、腹を抱えて爆笑している。

何がおきたかわからないまま途方にくれていると、ようやく笑いやんだゆげさんが、僕に向かってちぎれた脚をさし出した。しばらくその物体を見つめたまま固まっていた僕の頭は、それがなんなのかようやく理解した。

義足だ。

ゆげさんの脚は義足だったのだ。

「こっちはもともとねえんだよ。ずっと前に事故で無くしちまったんだ」

そう言うとゆげさんは、にっこりとウインクした。

僕は言葉もなく、そこに立ち尽くしていた。

それからみんなでゆげさんの脚を修理して、ベコベコになったハーレーを、呼び出したゆげさんの友達のトラックに乗せた。

ゆげさんの友達は「夜中に呼び出すんじゃねえよ」なんてブツブツ言っていたが、それでもわざわざ来てくれるんだから、基本的に人がいいんだろう。

「今度、キャバクラおごるからよ」

と、にっこり笑うゆげさんに中指を立てた後、彼はトラックをきしませながら帰っていった。僕の単車は海の中だから、取りに来るとしても後日だ。むしろ、あきらめた方がいいかもしれない。

 

僕とゆげさんは、ハイドさんのヴァイパーに乗って岐路についた。

「ゆげさん、ごめん」

クルマの中で僕がそう言うと、ゆげさんはゴツンとゲンコツをくれたあと、おかしそうに笑った。

ハイドさんは前を見ながら僕に「リョウ」と声をかけてくる。他の人はたいがい「小僧」としか呼んでくれないんだけど、ハイドさんは僕より後に来たから、名前で呼んでくれるんだ。

「ゆげさんはさ、君が可愛いんだよ。こないだ焼き鳥屋で飲んでるとき聞いたんだけど、昔のゆげさんそっくりなんだってさ」

驚いてゆげさんを見ると、ゆげさんは義足をいじっていて聞いてなかった。聞こえない振りをしているのかもしれないけど。ハイドさんはミラーでその様子を覗き込むと、ケタケタと笑った。

「やだよな、おじさんは。すぐにそう言うこと言うんだから」

「うるせえハイド。しっかり運転しやがれ」

「はいはい」

それでもハイドさんはくすくすと笑っている。

すると突然、ゆげさんは僕に向かって座りなおした。なにごとかと緊張しながら構えていたら、ゆげさん、いきなり義足を外して僕に渡す。思わず受け取ると、急に目をキラキラさせながらしゃべりだした。

「見てみろよ。この義足、オールアルミの削りだしなんだぜ?んで、ここんとこ見てみ。な?オーリンズのサスペンションだぜ?バネはプログレに特注だ。それからボルトは全部チタンでさ……」

まるっきりガキみたいな顔で、義足のメカを説明するゆげさんに、僕は思わず吹き出してしまった。ハイドさんとミラー越しに目が合うと、ふたりで肩をすくめて大笑いをしてしまう。

「バカ!笑ってないでちゃんと聞けよ。ここがいちばん凄いんだからよ」

これがマーマレードスプーンのアタマ、ゆげさんだ。

そんでもって、僕はゆげさんが大好きなんだ。

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