弱き者、汝の名は
「神託など、あるわけがなかろう」

アレイ老が叫んだ。長老の前で仁王立ちしつつ、ガロンは唇を噛んでにらんでいる。長老に逆らうようなガッツのある人間は少ないから、ガロンは孤立状態だ。

両者はにらみ合い、周りの人間はそのにらみ合いを息を潜めて見守っている。沈黙が続く。

「神託はある」

沈黙に耐えかねたガロンは、血を吐くようにそう叫んだ。あるに決まっている。神がいないとしたら、今まで神殿を守りつづけていたガロンの一族の苦労は、一体どうなってしまうと言うのだ?

「ガロン、先祖の仕事を守りつづけたいと言うお主の想いは、大変すばらしいものだ。しかし、もはや我々は限界に来ている。時が満ち、我々が危機に陥ったとき神託がある。などと言う古代の迷信のために、これ以上神殿を維持することはできないのだ」

それはガロンも充分にわかっている。

この世界のわずかな土地の数十パーセントをも占める、巨大な神殿を取り壊さなければ、増えすぎた人々は、もう、生きる場所がないのだ。

お互いに殺し合いをしてしまうと言う、最悪の事態は、すぐそこまで迫っている。

だが、それでも神殿を壊すことは許せない。自分の一族の努力が無になる悔しさだけでなく、漠然とした「カン」のようなものが、神殿を壊すなと叫びつづけているのだ。

「なにか、方法があるはずだ。神がこのまま我々を見殺しにするとは思えない」

「ガロン!いいかげんにしなさい。神と言うのは、我々の祖先が考え出した、人々を戒めるための規律の総称なのだよ。何かがあったとき、都合よく助けてくれるような、万能の存在など、この世にはいないのだ」

「長老、それは神への冒涜だ。神罰が下るぞ」

「もし、本当に神がいて我々を救ってくれるのなら、この老いぼれに下る神罰など、いかほどのものでもないわ。だが、そういう誰かに頼るような考えでは、みなで協力して危機を脱するコトは出来ない」

長老アレイは、諭すような声音で、ガロンに語る。

「ガロン、今必要なのは誰かに事態を預けて思考停止してしまうことではなく、人々が一丸となって、この事態を乗り切るために、自分自身で考えることなのだよ」

ガロンには返す言葉がない。

「一時間後、神殿を破壊する」

アレイの宣言に、ガロンはうなだれるしかなかった。

どうにか話し合いが終わり、今後の方針が決定すると、人々は次々と「合議の間」を後にした。

ただでさえ人間が増えすぎて息の詰まるような思いをしていると言うのに、これ以上、狭い合議の間に居続けるなんて真っ平だ、といったところだろう。

その人々とは反対方向にむかって、ガロンは肩を落として歩いてゆく。神殿の入り口へつくと、いつものように祭壇の前に立ち、神への祈りをささげるための儀式に入った。

一のボタンを押し、二のボタンを押し……

突然。

地の底から響くような轟々と言う音が、神殿全体に響き渡る。

「な、なんだ?」

祭壇から突然、半透明の立体的な映像が現れた。驚愕するガロンの目の前の空間に、老いた人間の姿が浮き上がる。その姿は、まさにガロンが守りあがめて来た、神の像にそっくりだった。

「愛しい我が子達よ。どうやら時が来たようだ」

おぉぉ!

歓声にガロンが後ろを振り向くと、何事かと集まってきた人々が、その映像を見て、次々と神の前に平伏してゆくところだった。

アレイ老さえ、地面に頭をこすり付けて身体を震わせている。先ほどの神をも恐れぬ発言に、神罰を恐怖しているのかもしれない。

しかし、ガロンには「いい気味だ」などと思う余裕はなかった。彼自身が、畏れおののいていたのである。平伏するみなの上を、神の声は朗々と響いてゆく。

「子供たち、よく聞きなさい。私は、今おまえ達が住んでいる世界を作った、創造主だ」

おぉ、と言う歓声が上がる。ガロンは神が居たという事に、恐れつつも感動していた。

「私は、おまえ達が生まれる遥か昔に、すでにこの世から去っている。しかし私は、やがて遠い未来におまえ達が陥るであろう危機のことは、すでに予見していた。そこで、可愛いおまえ達に、このデジタル……いや、映像を残すことにしたのだ」

またも「さすが神だ」「おお!我が父よ!」などと感嘆の声が上がる。

「子供たちよ。おまえ達はおそらく今、人口過多によって絶滅の危機に瀕しているであろう。だが、これは予定されていたことなのだ。おまえたちの中の半分はこの世界から去らなくてはならない」

意外な神の言葉に、動揺が走る。

「神殿の地下に、今、冥界への入り口を開いた。みなのことを思い、自分を犠牲にしようという勇気あるものは、この入り口をくぐるがいい。それが半分に満たなければ、弱い者、必要のない者も冥界に入れ」

なんという!なんと言う厳しい言葉だろう。しかし、神は弱い者を淘汰し、強く必要とされるもののみ残れと言われる。考えてみれば、それが自然の節理であり、神の摂理なのかもしれない。

しかし、それでも弱い者を切り捨てるという神の姿勢に、ガロンは困惑と反発を覚えた。

みな、神の言葉に恐れおののきながら、お互いに顔を見合わせている。しかし、なかなか名乗りをあげる者は居ない。

しばらく逡巡してから、ガロンは名乗りをあげた。

「俺が行こう」

「おぉ、ガロン。おまえこそ真の勇者だ」

アレイの言葉など聞こえないかのように、ガロンはみなを見まわした。

「他には?俺と来る勇気のあるやつは居るか?みんなのために死のうというやつは居るか?」

その言葉に、勇気を振り絞った何人かが応える。しかし、当然の事ながらその数は半分には遠く満たない。

すったもんだの末、ガロンが出したくじ引きという選択を、アレイ長老が退ける。

神は弱い者、必要のない者をとおっしゃられた。くじでは神の言葉に逆らうことになる。というわけだ。

さっきまで神など居ないと言っていた同じ口で、平気な顔で神の言葉などと言うアレイの姿を見て、ガロンは怒りとあざけりを覚える。

しかし結局は、長老の言葉にみなが従うことになった。長老に近い者や、裕福な者が残り、貧しい者、荒くれ者、病気の者やその家族が、冥界行きと決まる。

アレイ老を筆頭とした残り組の者達は、ガロン達が神殿の下に開いた入り口をくぐるとき、涙を流していたが、しかし、その顔にはどこかほっとした表情があった。

次々と入り口をくぐり、最後にガロンが入り口をくぐるとき、後ろの方から神の声が聞こえてくる。

「残った者達よ。おまえ達は選ばれた……」

その声をいまいましく聞きながら、ガロンも冥界への入り口をくぐる。暗く長いトンネルが続く中を、ガロン達は絶望に向かって歩き出した。

 

ただ、唖然と立ち尽くすしかなかった。

ガロン達は入り口をくぐったあと、長く歩き、ついに冥界へとたどり着いた……はずだった。

しかし、眼前に広がる光景は、誰もの想像をぶっちぎりで超えていた。彼らの目の前に現れたのは……

遥か彼方まで続く、果てしない大地。

みんな息を飲んでその光景を見つめつづけた。当然だろう。彼らの誰一人として、今までこれほど広い空間を見たものは、いや、想像したものさえ居ないのだから。

やがて呪縛から解けた人々は、恐る恐る振りかえった。その後ろに広がるのは、巨大な、あまりにも巨大なドーム。

「俺達は、この中に居たのか?」

ガロンが思わずつぶやく。

と。

ドームの外側の壁の一部が開いて、映像が映し出された。現れたのは、もちろん、神の姿だ。

「我が子達よ、心配しなくてよい。この世界の全ては、おまえ達のものだ」

みんな食い入るように神の映像に見入っている。

「かつてこの星の上では、君達の祖先、その中には私も含まれるのだが、その我々が所狭しと住んでいた。しかし、愚かな我々は、争いによって自分自身を滅ぼしてしまったのだ」

神は、いや、彼らの祖先である男は、映像の中で悲しそうに語りつづけた。

「破滅を予見した私とその仲間は人類の救済のために、このドームを作った。しかし、ただ生き残るだけでは、また同じ過ちを繰り返すことになる。そうならないために、我々は同じ過ちを繰り返しそうな人間を隔離することにした」

混乱していたガロンは、だんだん事態を飲みこめるようになってきた。

「ドームの中に残った者達は、強欲であったり、他者を省みなかったり、「己は強く、この世界に必要だ」などと自ら言ってのけるような者ばかりだ。彼らには、ドームの中で何も知らないまま、幸せに生を全うしてもらう。そして、君達はこの世界の新しい担い手になるのだ」

ガロンは、神の意図を完全に理解した。彼らは遠い過去から手を伸ばし、ガロン達をより分けたのだ。

「さあ、諸君。この広大な世界は、君達のものだ!どう言う世界を作りたい?」

神の問いかけに、人々はお互いの顔を見合わせた。そして、みなの視線がガロンに集まる。

ガロンはしばらく考えてから、近くにあった棒を拾い上げると、ドームの壁面に浮かぶ神の姿に向かって、思いっきり叩きつけた。

がしゃん、と言う音と共に、彼らの祖先の映像は消える。

ガロンはみなを振りかえり、にっこりと笑って言った。

「みなのためにならないから、過ちを犯したから、だから隔離する?冗談じゃないね。せっかく手に入れた俺達の本当の世界を、そんなケツの穴の狭い世界になんぞ、断じてするものか!」

その言葉に一瞬、みんなは水を打ったように静まる。

そして、次の瞬間には、ガロンと共にドームを壊し始めた。

彼らを切り捨てなければならなかった「弱い仲間」を救い出すために。

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