| 負けられない |
| 博之の額からにじんだ汗が、足元に滴り落ちる。 相棒のキムのあえぐような息遣いをすぐ傍に感じながら、博之は噴き出した汗を両手でぬぐう。 「博之?」 キムが小さな声で話し掛けてくるのを、博之はあえて無視した。キムも博之の尋常ならざる様子に呑まれたのか、それ以上言葉を続けることもなく、自分も汗をぬぐいながら黙り込んだ。 博之の猛禽類のような鋭い瞳は、ちょうど反対側にいる敵の姿を、まるで高性能レーダのようにしっかりと捉えている。 戦いは一瞬で決まる。 しかし、そこに至るまでのプロセスが長いのだ。いや、むしろそれこそが真の戦いなのだとも言える。 敵から一瞬足りとも目を離さず、博之は微動だにしない。陣立てはこちらが断然不利だ。圧倒的に敗色濃厚といっていい。 しかし博之には、数々の戦いで培った経験と自信があった。その経験と自信が今までの連勝を支えてきたのだ。 限りない静寂の中、時間だけが刻々と過ぎてゆく。 自信に満ち溢れていたはずの博之の表情に、わずかな曇りが見え始めた。その表情を敏感に捉え、キムが博之を見つめる。アイコンタクトでキムに大丈夫だと知らせた博之だったが、実際のところはかなり限界に近くなっていた。 焦りは博之の血圧を上げ、内圧を高めた。強いて敗因を挙げるとしたら、それだったのだろうか? 博之はその5分後に敗れた。久しぶりの敗北であった。 「博之、大丈夫か?」 心配そうなキムに照れ笑いを浮かべながら博之は答えた。 「いっやぁ、あいつすげーわ。完敗だよ」 そのセリフにキムは呆れた顔で答える。 「なんだ!またやってたの?体によくないからやめたほうがいいって、あれほど言ったのに」 「まあ、そう言うなよ。しょうがないだろ?あいつと俺は、同時に入ったんだぜ?負けられないじゃないか」 キムは呆れて肩をすくめる。 「まあ、場所はこっちのほうが断然不利だったんだけどな。それでも、あいつはすごいよ………いいかキム?」 博之は胸を張って、誇らしげに言った。 「サウナってのは、戦場なんだぜ?」 |