| 鍵のない密室 |
| 蹴っ飛ばしたボトルのそばで、俺は酒にまみれて丸まって寝ている。 テーブルの上には写真が一葉、俺と同じく酒にまみれて丸まっている。あいつと撮った古い写真だ。燃やしてしまおうと思ったんだが、浴びた安酒のせいなのか何度やっても、写真にはちっとも火がつかない。 いいかげん頭に来て、俺は写真を放り出す。写真の中では、俺とあいつが幸せそうに笑っている。むしゃくしゃして、ごろりと仰向けになった俺は、足をテーブルの上に放り出す。 と、テーブルについた傷が目に入った。 そんなものにさえ詰まっている思い出に、俺はまたかんしゃくを起こしテーブルを蹴飛ばす。テーブルは派手にひっくり返った。 もしかしたらその衝撃で新たな傷がついて、前の傷は消えてくれるかもしれない。そんな天文学的な確率に期待しながら、それでも俺はテーブルのほうに目をやることが出来ない。 とんだ腰抜けだ。 それに、思い出の一つ一つはテーブルじゃなくて、俺の心に刻まれているんだ。こいつはそう簡単には消えない。消せやしない。 突然何もかもが嫌になって、叫び声を上げながら、俺は立ち上がった。しかし立ち上がっても、することもない。仕方ないから窓を全開にする。 あ、雪だ…… いつのまにか外は真っ白に染まっていた。冷たい風が吹きこんできて、暖房とタバコで淀んだ空気を追い払う。ついでに俺の頭の中身まで、綺麗さっぱり掃除してくれりゃいいのに。 それでも俺は、なんだか少し気分が晴れたような気がした。 無造作に投げてあった革ジャンを着込み、単車のキーを持って玄関に向かう。座ってゆっくりブーツを履き、その間に気が変わらないことを確認する。 雪の降る夜に単車で走るなんて、自殺行為なのはわかっている。しかも、泥酔してるんだから、俺は今夜確実に死ぬだろう。 もし、走れれば、だが。 俺は生唾を飲み込むと、ゆっくりとドアノブに手をかけた。金属製のドアは、音もなく開いてゆく。冷たい雪風が吹き込んできて、俺の頬をたたいた。気持ちいい。やがて、俺はゆっくりと一歩前に踏み出す。 いや、踏み出そうとした…… そしていつもの通り、俺は外に出られなかった。絶望に打ちひしがれたまま、俺は扉を閉める。 閉めかけたちょうどそこにダチがやってきた。俺のいでたちと顔を見て、何が起こったのか察知したようだ。苦々しげな顔で聞いてくる。 「ダメなのか?」 俺は力なくうなずいた。 「そうか……」 俺たちの間に沈黙が流れる。俺はその沈黙に耐えかねて、いつもと同じ繰言を、ぶつぶつとつぶやいていた。 「あの時、俺がくだらない口喧嘩ごときでつまらない意地を張らないで、さっさと謝っていれば。いや、たった5分でいいから引き止めていれば。そしたら、あいつは……」 「事故には遭わなかったかもしれないし、それでも遭ったかもしれない。それは神様だとかそういう類のものにしか決して判らないことだ。おまえが背負いこんだって、どうなるものでもないだろう?」 「ああ……わかってる。判ってはいるんだよ……でも……」 「ああ、そうだったな……」 頭ではわかっている。俺が自分を責めたって、彼女が帰ってくるわけじゃない。この部屋から出ないからと言ったって、現実を見ないですむわけじゃない。それでも…… 「おう、見てみろよ」 「雪だろう?見たよ」 「いいや、もう雪じゃないさ」 のろのろと振り向くと、窓の外には月が出ていた。 一面真っ白な世界に、月が煌々と照っている。 ダチは俺のほうを見ないで、月を見上げながら言った。 「それは、彼女の呪縛じゃないぜ?判ってるとは思うけどよ。おまえがおまえの心を縛ってるんだ。勝手に責任を感じて、勝手にてめえの心を縛っちまってるんだよ」 「ああ、わかってる……」 「彼女の人生なのに、そして彼女の死に何の関係もないのに、おまえが責任を感じているんだぜ?考えようによっちゃ、ずいぶん傲慢な話じゃねえか?」 「ああ、そうだな……」 埒があかないと思ったのか、ダチはそれきり口をつぐむと、転がっているボトルを黙って取り上げてラッパのみする。 俺はまた月を見上げた。目に染みるほど、月も、雪も、白かった。 月明かりに輝く雪の中に、彼女の顔が浮かんでくる。雪のキャンバスの上で、彼女が心配そうに小首をかしげている。 俺はその幻に向かって、いや、俺自身に向かってつぶやいた。 「判ってはいるんだよ……」 それでも俺は彼女が逝って以来、どうしても、この部屋から出ることが出来ないでいる…… |