トップレディ

「民主主義って言うのはね、つまるところネズミ講といっしょなの」

トップレディは、諭すようにやさしく笑う。しかし、その瞳の光は、やさしさとは一番遠い冷酷さをたたえていた。女はその冷たい光を真正面から見据えて言い返した。

「少なくともまだ、民主主義は破綻していないように思えますが?」

「破綻してない?あなたの目は節穴なの?国家というのは規模が大きいから、破綻に時間がかかるだけですよ。それにもう、破綻の片鱗は見えてきています」

「破綻の片鱗?」

「そう。ネズミ講というのは、基本的に騙される会員がたくさんいないと成り立ちません。でも、構造が単純だから、人々は騙されている事にすぐに気付くでしょう?民主主義国家の運営も同じことなんです。この形態の国家を運営するには、たくさんの愚かな民衆が必要なの」

「それが破綻しかけていると言うことは、みんなが、民主主義の構造的欠陥に気付いたと?」

「残念ながら、そうではないですね。むしろ愚かな民衆が、さらに質を低下させ、箸にも棒にもかからなくなってしまったんです。ネズミ講の構成員にするには、欲望レベルが低すぎるのです。お金を欲しがらない人はネズミ講に引っかからないでしょう?まあ、明らかに為政者が愚かなせいなんですがね」

「いったい何が愚かだというんです?」

「民衆に物質的文化生活こそ最上だと思い込ませ、中流意識を煽って、快適な生活、文化的な生活という目標を持たせた。ここまではよかったんですけどね。調子に乗ってやりすぎてしまった」

「やりすぎた?みなが豊かになったことがいけないんですか?」

「物質的に恵まれていることが豊かかどうかの議論はこの際おいておくとして、問題はエサを与えすぎて、民衆の欲望レベルが低くなってしまったってこと。面白いことはたくさんあって、しかも手軽に手に入る。そう言う社会では活気が薄れ、出生率が低下してゆく事は自明の理であるのに」

「つまり、リスクを負わなくても、そこそこ満足できる生活が保障されてしまっている。だから人口が増えない。それが民主主義国家の破綻につながってゆく、と?」

「そういうこと。民衆というものは、基本的に動きたがらないんですよ。それでも「食べられない」と言うような単純なものから、「隣の方がいい生活をしている」と言うようなものまで、それぞれに切羽詰った事情があるからこそ、ネズミのように働き、ネズミのように増えるんです」

女は黙ったまま続きを待つ。

「ですからね、このままこの国が民主主義を続けていくのは不可能なんですよ。ネズミ講の会員が足りないんです。現に、自国の中に寄生先を見つけられなくなった経済は、海外に向かって動き始めているではないですか。一番最初に、国際化だのグローバルだのと言い出した国はどこだか覚えてますか?民主主義のリーダーである、あの国ですよ?」

「そこまではよくわかります。しかし……」

「どうしてそれが、男が必要ないと言う話とつながるのか?といいたいのですか?あなたほど聡明な人が、まだわからないとは驚きです。男というものはその愚かさとバイタリティによってのみ、存在を許される生物なのですよ。」

「……」

「生物学的に言っても、男は女の亜種なの。それも劣等亜種ね。男性を決定するY遺伝因子が、男性器の情報でしかないということくらいはご存知でしょう?彼らは、種の保存のために突然変異した、一代限りの飛翔型のイナゴと一緒なんです」

「しかし……」

「生物としての人類の本流は、女にあります。男というのは、劣悪な環境において、人類に速やかな進化を促すために生まれた、飛翔型亜種なんです。生命力は非常に弱いのに、やたらと攻撃的でテリトリー意識が強い。瞬発的な力には優れていても、持続性に欠ける」

トップレディは、自分の言葉の意味をよく理解させようとでも言うのか、そこで言葉を切って女の顔を覗き込んだ。聡明な女は、彼女の言葉を反芻するように、じっくりと考え込んでいる。

トップレデイが話を続けた。

「ね?種が危機的になったとき、新しいフィールドへ出てゆくためには優れた特性ですけれど、安定してしまえば、むしろ種の保存には必要のない特性ばかりでしょう?」

「それで、もう我々に男性は必要ない、と?」

「構造的欠陥のある、民主主義もね。土台、男と女が同列だなどと考えるから、話がややこしくなるのですよ。男と言うのは明らかに、女より劣った生物なのですから」

トップレディは自信に満ちた笑顔を見せる。

「現に、男性に魅力を感じなくなった女性が、飛躍的に増えてきているではないですか?人類において、男性の役目はもう終わったのです。人類は今、大きな転換期に来ているのですよ。国際社会だなんだというのは、民主主義というネズミ講の破綻を先延ばしにするためだけの、単なる悪あがきです」

「……」

「男性の攻撃性や冒険性は、学問の分野においてのみ、その力を発揮できるでしょう。ですから、そう言う比較的優秀な血族を残して、残りの大多数の男は排除されるべきなのです。女性100に対して男性5くらいの比率が理想ですね」

「つまり……」

「そう、つまり民主主義の代わりに「女性主義」がこれからの社会の理想となるのです。民主主義の逃げ場所としてではなく、女性主義の発展のためにこそ、「国際社会」や「グローバル」といった言葉は使われるべきなのです。そして、あなたも私も、その礎(いしずえ)とならなければなりません」

「……それで、私が男性を擁護するような発言を繰り返すことを、快く思われないのですね?」

トップレディはゆっくりとうなずいた。

女は、深く息を吸い込むと、はっきりした口調で話し始める。

「レディ、あなたの意見にはおおむね賛成できます」

「ありがとう。わかっていただけて嬉しいわ。会合のあとに、あなただけに残ってもらった甲斐があったというものね。あなたは聡明で優秀な人材だから、早く現状を鳥瞰して、大局的にものを見る力を持って欲しいのよ」

女はその言葉が聞こえなかったかのように、言葉を続けた。

「しかし、最終的な結論においては、残念ながら私の意見はあなたと正反対です。その説明をすることを、お許しいただけますか?」

トップレディの顔が険しくなった。しかし、もちろん激昂するようなマネはせず、冷静な、少なくとも表面上は冷静な態度を崩さぬまま、うなずく。

「レディ、私が男性を擁護する理由は、簡単です。男の役目はまだ終わっていないからです。いいえ、最後まで聞いてください」

何事かを言いかけたトップレディを片手で制すと、女は話を続ける。

「女性主義社会というのは、私もその理想を同じくするものです。何の反論もありません。しかし、その時期としては未だ尚早であるというのも、同じく私の意見なのです」

「そんなことはありません。男に魅力を感じなくなった現在の状況が、それを示唆しているではありませんか?」

「男に魅力がなくなった?あなたは本当にそう思っておられます?」

「もちろん、魅力的な男がまったくいないとは言いません。しかし、全体の数から見れば、それは微々たるものです。男の魅力の平均値が大幅に下がっていることは間違いないでしょう」

「そう、それです。母性をくすぐられる男、なよやかで美しい男、洗練された男、そう言う魅力というものは言わば子供への愛や、相手に既存の女性性を投射した自己愛の変形であるということは私もわかっています。しかし、それは環境のせいでもあるのです」

「あなたらしくない、感情的、短絡的な論ですね?そうやって甘やかすこと自体が、母性愛の変形だとも言えるのではありませんか?男性が魅力的でなくなったのを環境のせいにするなんて、あまりに甘やかした考え方です」

「違いますよ。あなたのおっしゃる「環境」は、あまりにも範囲が狭すぎます。私が言いたいのは、人類というものは、地球のみで安定してしまう程度の器しかないのか?ということなんです」

「……?」

「男性が男性らしい魅力を持たなくなったのは、女性が「冒険性」「開拓性」のような荒々しいものに対して、魅力を認めなくなったからです。それは、とりもなおさず、女性社会自体が行き詰まっているからに、他なりません。なぜ、行き詰まっているか?簡単です。女性の器が一惑星程度のレベルではないにもかかわらず、こんな小さな星に詰め込まれてしまっているからです」

「……」

「男は女の亜流である。あなたの言葉ですよ?つまり、男性の末期的状態と言うものは、女性社会がいろいろな意味で飽和状態になっていると言う危機的状況の、裏返しなんです」

彼女の言葉を租借していたトップレディが、彼女の言いたいことに思い当たったのか驚愕に唖然とする。

「おわかりになったようですね?私の考える女性主義というのは、その版図をこの小さな星で終わらせる気はないということです。来るべき宇宙時代のためにも、もう少し男性を生かしておく必要があるのですよ。あなたがおっしゃったように、男の特性というものは、フロンティアでこそ、その威力を最大限に発揮できるのですから」

沈黙が流れる。

女はトップレディの顔を見つめたまま、自信に満ちて立っている。

やがて、トップレディは口を開いた。

「どうやら私の時代はここまでのようですね?すでにあなたのほうがこの世界の未来を鳥瞰できているようです。来るべきあなたの時代のために、私はこの星レベルの残務を整理して、なるべく美しい形であなたへバトンを譲ることにしましょう」

言い終わると同時に、トップレディの発していた強烈なオーラが、見る見るうちに失われてゆく。代わって女の身体には、自信に裏づけされた強烈なオーラが発せられてゆく。

政権交代は、こうして穏やかに行われ、新しいトップレディが誕生した。

男の寿命は、もう少しだけ先に延ばされたのである。

 

「おい、遅いじゃないか!」

「ごめんなさい。久しぶりの同窓会だったから、ついつい話し込んでしまって。今、晩御飯作りますから」

「まったく、この間は子供会の会合だろ?その前は、婦人会の会合だ。おまえ、ここの所やたらと出歩くじゃないか?浮気でもしてるんじゃないだろうな?」

「いやねえ、そんなわけないでしょう?忙しくて、そんな暇ないわよ」

女はいそいそと夕飯を作り始めた。

その瞳は、心なしか新しい希望に輝いているように見える。

男は首をひねってしばらく考えたが、そんな不信は、ちょうど始まったプロ野球に、頭の中から追い出されてしまった。まったく、幸せな生き物である。

台所から流れてくる鼻歌も、ひいきのチームのホームランのせいで耳に入ってこない。もっとも聞こえたからと言って、その曲に含まれる真意には気付くべくもないだろうが。

香ばしい夕飯の香りに乗って流れてくる、ホルストの組曲「惑星」は、新しい時代の到来を予感させる。いや、予感させるなどと生易しいものではない。

その時代は、すでにすぐそばまで来ているのだ。

思い当たるフシはあるだろう?

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