| 最後の晩餐 |
|
男はもぐもぐと咀嚼し続けている。 こめかみに浮かんだ筋肉が、噛むたびにもりっと盛りあがる。男は壁をにらみつけながら、その土くれに等しい味には頓着せず、機械的に口へ運ぶ。 楽しむため、食欲を満たすための食事ではない。 戦うため。 男が喰うのは、ただそれだけの理由だ。 男は死を覚悟していた。命を捨ててかからなければ、とても復讐できる相手ではないのだ。 最後の晩餐と呼ぶには、あまりに味気ない食事をしながら、男はぽとりと涙を落とした。復讐の炎に心を灼(や)きながら、殺された妻の名を消え入りそうに小さな声で呼んでみる。 「マリー」 それから、幼くして理不尽な暴力に命を奪われた、娘と息子を思い出し、今度ははっきりと涙を流しながら、その名を口にする。 「ミッシェル、ジョーニアス」 男は泣きながら、喰い続けた。 喰い終わった男は、金属片を縫いこんだベストを着込み、その上から野戦服を着る。そしてしばらくの間、何事か考えていたが、やがてゆっくりと立ち上がる。 その顔には、断固たる決意の表情が浮かんでいた。
「つまり、そいつはわれわれに家族を殺され、復讐つもりでいると言うのだな?」 大きなマホガニーの机の前で、ゴルディバが不愉快な顔でグレッグに聞いた。グレッグはうなずくと、男の経歴を読み上げる。 「なに? その男、「死神」はアフガンで傭兵をしていたのか? とすると、武器をそろえるツテや、助っ人に雇うプロには事欠かないと言うわけか。くそ、やっかいな」 「そうでもないようですよ。一応経歴だけは調べてみましたが、傭兵時代に仲間が多かったわけでもないようですし、特に優れた兵士でもありません。いや、むしろ落ちこぼれの部類でしょうか」 「ならばなぜ、「死神」などというあだ名があるんだ?」 「つまり、「この男と一緒に戦うと、命を落としかねない」くらい、使えない兵士だったと言うことらしいです。傭兵仲間で親しいものは皆無です」 「しかし、武器の調達くらいはできるのではないか?」 「盗むことはできても、それを国内に持ち込むことは不可能ですよ。われわれでさえ苦労してるのに、個人にそんなことは、絶対にできません」 そこまで聞いてようやく安心したのか、ゴルディバはげたげたと下品な笑い声を上げた。 「現実は、漫画のようには行かんと言うことだな」 「ですね。これで殺人マシーンになって帰ってきたと言うのなら、まるっきり三流アクション映画なんですが」 グレッグもにやにやと顔を緩める。 と。 表がなにやらあわただしくなってきた。走り回る部下の一人を捕まえて、グレッグが問いただした。 「何者かが警戒を破って邸内に侵入しました」 「ふん、早速きたか。バカな男だ。お前らも何をもたもたしているんだ。さっさと捕らえんか」 「しかし、恐ろしく強いのです。もうすでに、5人が殺られました」 「なに? そんなバカな。やつは落ちこぼれ傭兵のはずだ」 「とんでもない。十分に優秀な兵士ですよ」 「しかし、やつは武器を持っていないだろう?」 「最初の一人が持っていた武器を奪われました。それが……」 「なんだ?」 「MC51なんです」 部下の言葉の意味に思い当たり、グレッグは慄然とした。一瞬にして、顔が青ざめる。 「なぜだ? MC51はボスの親衛隊にしか持たせてないはずだぞ?」 「やつは下水管から侵入し、ボスの部屋に入り込んだのです」 「なんということだ。しかし、ボスが部屋にいないときで、まだよかったかも知れん」 タイミングによっては、ゴルディバを暗殺されていたかもしれないと言う思いが、グレッグに冷や汗をかかせた。 「なんとしても捕らえるんだ。できるだけ早急に」 もちろん、部下もその緊急事態は十分承知しているようだ。緊張した顔でうなずくと、全速力で駆け出す。 部下がMP5Sサブマシンガンを持って走り去ってゆくと、ゴルディバとグレッグは顔を見合わせた。 「話が違うではないか」 「ええ、どうもそのようです」 「MCなんたらが、いったいなんだと言うのだ?」 グレッグは、青ざめたまま答えた。 「先ほどの部下が持っていたMP5Sは代表的なサブマシンガンですが、ジェームスの奪ったのはそれと2センチしか変わらない大きさなのにもかかわらず、使用する弾丸がフルサイズのライフル弾なのです」 「わかりやすく話せ」 「サブマシンガンは普通、拳銃弾を使用します。ところがMC51はライフル弾を連射するのです。貫通力、射程距離、すべてにおいて最強のサブマシンガンなのです。それゆえにあなたを警護する部隊にしか、もたせていなかったのですが」 「まだわからん。いくら強い武器を持ったとて、所詮一人ではないか」 ゴルディバの言葉に、グレッグは憂鬱そうな顔で答える。 「MC51の射程距離は300メータです。サブマシンガンでありながら、アサルトライフル並みの狙撃が可能な、化け物なんですよ」 「どうしたらいいのだ?」 「この屋敷の敷地は400メータ四方。つまり、敷地の中心にあるこの邸内のどこにいても、狙撃用に20センチ四方の直線が取れさえすれば、狙撃される危険性があります」 「な……」 ゴルディバは絶句した。 「ですから、あなたは決してこの部屋から出ないようにしてください。何がどうなろうと、あなたがこの部屋から出なければ、あいつは手が出せないのですから」 「わ、わかった」 ゴルディバは自分の椅子にしがみつくようにして、背中を丸めた。グレッグは辺りを鋭い視線で見回しながら、狙撃や強行に備える。完璧な防御体制のまま、彼らはジェームスがつかまるのを待った。 また部屋の外が騒がしくなる。グレッグは扉から顔を出した。 「何事だ」 と、表の見張りと押し問答していた男が、グレッグに向かって叫ぶ。 「ジェームスが突然、優秀な兵士になった秘密がわかりました。組織の機密にかかわることですので、極秘にお伝えするべきだと思いまして」 「わかった。おい、中に入れていいぞ」 見張りがどくと、男は敬礼して、中に入った。グレッグが扉を閉めると、ゴルディバが男に向かって問いただす。 「あの男が突然、優秀になった秘密とは何だ? 組織の機密にかかわるとは、いったいどういうことだ?」 男はいきなり身を翻すと、腰の拳銃をゴルディバに向かって突きつけた。 「こういうことさ」 飛び掛ってきた時のために備えようと言うのだろう。グレッグはゆっくりとゴルディバに近づきながら、男をにらむ。 「なるほどな。表で暴れているのは、別人と言うことか。しかし、傭兵仲間から、悪い意味で「死神」と呼ばれ嫌われていた役立たずのお前に、協力する仲間などいたとはな」 男……ジェームスは帽子を取ってにやりと笑う。 「お前らは映画の見すぎだよ。傭兵同士どれだけ仲良くなったとしても、友情で戦争をするヤツはいない。逆に言えば、俺が兵士として無能でも、スポンサーとして優秀なら、俺のために戦うやつはいくらでもいるのさ」 「ふふん、傭兵への仕事の連絡方法を知るために、傭兵部隊に入ったわけか。そりゃあ、無能な兵士なわけだ。最初から傭兵の技術を身につけようという気はなかったのだからな」 「そういうことだ」 嘲笑するグレッグに向かって歯を剥いてみせると、ジェームスは銃を構えなおした。その様子を見ていたゴルディバとグレッグは、同時に笑い出す。 いぶかしげに二人を見ているジェームスに向かって、グレッグがにやけながら話し出した。 「いいさ、じゃあ、引き金を引くがいい。いくら引いても、弾は決して発射されないがな」 「なに?」 「自動車に、キーレスエントリーと言うのがあるだろう。キーをポケットに入れたまま近づくだけで、自動的にドアロックが外れる装置だよ」 「……?」 「この邸内の銃にはすべて、あれと同じような電子制御セーフティ(安全装置)が組み込まれているんだ。私とボスのいる半径20メーター以内では弾は出ないんだよ」 「………」 「もっとも、貴様の仲間が奪ったMC51は別だがね。あれはボスの親衛隊の持つ銃だから、ボスのそばで使えなくては意味がない。貴様の仲間は優秀だったな。偶然とはいえ、この邸内で唯一 、使用可能な銃を奪ったのだから」 「俺の知っている中で、最高の傭兵だ」 「うむ、真の一流と言うのは運も良くなくてはならないということだ。それに比べて、貴様はやはり三流だったな」 ゴルディバはそういいながら、ゆっくりと自分の銃を取り出した。 「それじゃ、死んでもらおうか」 「ただで死ぬわけには行かないね」 不敵な表情で皮肉に笑うジェームスに向かって、グレッグがまた嘲笑を浴びせる。 「貴様が無駄な希望を持つとかわいそうだから、教えておこう。貴様の服に縫いこんである鉄板が弾丸をそらすなどと期待しているのなら、それは馬鹿げた希望だ。ボスの銃も、俺の銃も、鉄鋼弾を装填してある。世界中のどんな防弾チョッキでも、防ぐことは不可能だ」 「おまえ達は、防弾チョッキを着けてないのか?」 ジェームスの質問に、ゴルディバが答えた。 「この屋敷の銃は、私の前では役に立たない。そしてこの屋敷のいたるところに仕掛けたX線カメラからは、武器を隠すことはできない。おまえが防弾チョッキを隠せなかったようにな。だから、そんなものはいらないのだ」 するとジェームスは、わずかに肩を震わせて笑った。 「ふふふ、それを聞いて安心したよ。防弾チョッキをつけていたら、万が一、殺り損なうとも限らないからな」 言いながらポケットからスイッチを取り出す。 「わずか50〜100グラムのTNT火薬の周りに鉄片を仕込んだ、「対人地雷」の殺傷力を知っているか?」 「何を言っている?」 男の様子に不吉な予感を覚えたのか、グレッグは笑いを引っ込めた。 「縫いこんだ鉄片は、防弾チョッキ代わりなんかじゃない。対人地雷の鉄片と同じ効果を狙ったのさ。爆風で飛び散り、お前らを切り裂くために」 ジェームスは相好を崩した。はっきり、無邪気と言ってもいいほどの、素直な微笑だった。 「俺の最後の晩餐は、500グラムのTNT火薬だったんだよ」 信じられないといった表情で目を見開く二人のことは、しかしもう、ジェームスの目には入っていないようだ。 ジェームスは、老人が人生の最後に見せるような穏やかな、そして子供が泣き出す寸前に見せるような複雑な、なんとも言えない表情で天井を見上げた。 「マリー、ミシェル、ジョーニアス。俺もそっちに行くよ」 獣のように叫びながら飛び掛ってくるゴルディバとグレッグに向かって、この上なく穏やかな笑顔を見せた後…… ジェームスはスイッチを押した。 |