| テスト |
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「ただいま」 リックが帰ってくると、バーナーは彼を自分の書斎へ呼んだ。 「今日は期末テストだっただろう? 結果はどうだったんだ?」 「あまりよくありませんでした。残念です」 いいわけじみたことをいいながらリックが差し出した結果表を見て、バーナーは顔をしかめた。 「あまりよくないと言うのは、ずいぶん控えめな言い方だな?」 リックは下を向いたまま答えない。 「このままでは、社会の底辺を這いずり回ることになるぞ?」 リックは黙ってうなずくと、書斎を出てゆこうとした。その後姿に、バーナーは声をかける。 「リック、こちらに来て座りなさい。お前が最近悩んでいることは分かっている。できればおまえ自身が答えを見つけ出すまでは何も言うまいと思っていたのだが、この調子ではどうやらそんな悠長なことは言ってられないようだな?」 リックは驚いて父の顔を見つめた後、素直にうなずいてソファに腰を下ろした。 「何を悩んでいるのだ?」 「この社会の不平等さと、自分の生き方についてです」 「社会が不平等だと?」 「違いますか?」 少し語気を強めたリックは、決然とした表情で父を見返す。その表情には、一点の曇りもない。テストの結果を社会へ責任転嫁するような、逃げ口上ではないなと、バーナーも居住まいを正して話し始めた。 「どんな点が不平等だと思うんだ?」 「人間の間に、階級差があることです。私は、人間はすべて平等であるべきだと思います」 「なるほど。しかしその差と言うものは、生まれながらにつけられた、大昔のカースト制度のようなものではない。あくまでテストの結果でつけられた、いわば実力差だ」 「そのように差をつけること自体が、必要ないのではないでしょうか?」 「理想論だな。社会と言うものは、すべからく競争だ。競争があるからこそ、よいものが生まれ、それがみなに正しく行き渡るのだよ。競争がなく、敗れることがなければ、誰も好き好んで努力したりはしないだろう?」 「それは分かります。けれどその差は「優越感」「劣等感」程度でいいのではないですか? なにも今のように制度化して階級差をつけることはないと思いますが」 リックの言葉に、バーナーは穏やかな声で答える。 「優劣と言うものは確かに存在するのだ。ならばそれをはっきりとした形で示されるほうが、努力する目標が見えるではないか。劣等感なんてあいまいなものではヒトは動かないよ。中には劣等感を感じないものもいるのだから」 「だから、経済的、社会的にはっきりとした差をつけて、努力を強制するのですか? 元々ないかもしれない差だってあるだろうに」 バーナーはあくまで穏やかに、しかしはっきりとした口調で息子を諭す。 「人間と言うのは、元々差のあるものだ。考えても見るがいい。子供同士のかけっこでさえ、走っている本人たちにもわかる、歴然とした順位がつくだろう? 全員が一等だなんてバカなジャッジは考えられまい?」 「人生は、子供のかけっこではありませんよ。それにたとえば、テストが優れているからと言って、それが人間的に優れていると言うことにはならないでしょう?」 「そこで人間性などというあいまいなものを持ち出して比べる、その考え方がおかしいのだ。成績と言うものは、テストと言うフィールドで戦った結果なのだよ。 それ以上でも以下でもない」 バーナーは息子の顔を覗き込みながら、やさしく続ける。 「結果を真摯に受け取れないと言うのは、戦った相手や自分の今までの努力に対して、つばを吐きかけることに等しいのだよ」 「しかし、テストの結果と人間性は、必ずしもイコールではありません」 リックはかたくなに繰り返す。 「もちろんだよ。テストの優劣を持ってすべての優劣が決まるわけではないし、そもそも優劣などつける必要のないものだってある。お前の言う人間性というのが、具体的にどんなものかは 置いておくとしてもな」 父がリックの言うことを認めたので、リックもかたくなな表情を解いて、父の話に耳を傾ける。 「そうではなく、テストを持って人間性を量ることはできない、と言う見方「しか」できないという姿勢が間違っているのだ」 「どういうことですか?」 「いいか? テストが人間性など広い分野のことを評価できないといって貶(おとし)めるのではなく、自分がテストと言う「分野」では劣ったのだ、と言うことを、まず先に認めるのだ。それでなくては、次へは進めないのだから」 「つまり、テストと言うものはそれが全てという絶対価値ではない。だからこそ、テストでよい成績を収められなかったときに、テストそのものの価値を拡大解釈して責めるのは、見当違いだということですね?」 「そうだ。テストはテストだ。お前の言う人間性というものを数値化して「人間性テスト」と言うようなものをするのならともかく、今我々が受けるテストは、誰の目にも明かな ことだけを扱っているのだからな」 「はい、分かりました。いや、父さん、僕は別にテストの成績が悪かったことを社会や制度のせいにするつもりはなかったんです。ただ、ずっとそれが引っかかっていたものですから」 素直な息子にやさしい微笑を見せながら、バーナーはゆっくりとうなずいた。 「分かっているよ、リック。お前はそんなずるい子じゃない。だが、まずはテストでいい成績を残すことだ。そうしなければ、おまえ自身が後々苦労するのだから」 リックはもちろん、全部納得したわけではないだろうが、しかし父親の言いたいことも充分理解したのだろう。大人しくうなずいて、書斎を後にした。 バーナーはリックが出て行った後も、しばらくは何事か考えをめぐらせていたが、やがて立ち上がって書棚へむかう。 もちろん、来週に迫った「年末国民順位テスト」の勉強をするためである。 前年、順位を落としてしまったため、今年はずいぶんと苦労した。 給与のベースアップ率から、税金の負担率、公的機関の料金まで全てテストの順位によって明確な差がついてしまうのだ。イヤでもがんばらざるを得ない。 「せめて隣のマークよりは上に行かないと。マリーがまたヒステリーを起こすからなぁ」 ため息をついて机に向かったバーナーの背中は、先ほどより一回り小さく見えた。 |