| 天井 |
| 「ユキオ!ごはんよ!」 いつものおふくろの怒鳴り声を無視して、俺はベッドに転がると、タバコに火をつけて、天井を見上げる。 あ〜あ、つまんねえ、つまんねえ、つまんねえ。なんで世の中、こんなにつまらねえんだ?いっそのこと、他の世界に行っちまいたいぜ。俺はしらけた気持ちで、なんの気なく天井を眺めて煙を吐く。 あれ?あんな所にあんな染みあったっけか?なんだか目玉みたいで気持ち悪いな。と思っていたら、急に身体が金縛りになる。 うわっ、なんだぁ? とにかくすべてが動かせない。声も出せない。でもまあ金縛りなんていずれ解けるだろう。俺はそう高をくくった。 とりあえず何も出来ないから、仕方なく天井を眺める。タバコを灰皿に移しておいてよかったな、何てのんきなことを考えていたのだが、不意に気づいた。 天井の染みが広がっている。いや、目玉みたいな二つの染みの下に影が出来始めている。 おいおい、待ってくれよ。もしかしてあれは鼻じゃないのか?見ているうちに、影はだんだん大きく濃くなってきた。間違いない、あれは鼻だ。なんだ?その下にも何か出てきたぞ?あれは……口だ! 天井の染みは見る間に立体化してきて、今やはっきりわかるほど人間の顔のようになって来た。俺は驚いて目を見開いたままだ。本当はすぐにでも逃げ出したいのだが、いかんせん金縛りで体が動かない。 顔はどんどんせり出してくる。いや、顔だけじゃない、手や足まで出てきたぞ?うわぁ、大変だ。誰か助けてくれ!コレが夢なら、早いトコ覚めてくれ! それでも身体が動かせない俺は、その一部始終を見ているしかなかった。そいつはもう、天井から身体半分ほど抜け出してきて……おや?まてよ?おやおや? コレは……これはこれは…… 抜け出てきた人物のディテールがハッキリしてくるにつれ、俺の心は恐怖より期待と興味に満ちてきた。 抜け出してきたのは女だった。それも、ものすごい美人だ。 いや、それだけじゃない。美しい顔の下には、豊満な胸、くびれたウエスト。街中で会ったら間違いなく見とれたまま呆けてしまうような美人が、俺の部屋の天井から抜け出してきたのだ。 彼女は完全に抜け出ると、ベッドの上の俺に覆い被さってきた。甘い香りが鼻をくすぐる。こりゃまた、ご機嫌だ。 彼女はセクシーな吐息が顔にかかるほど、俺に接近してくる。いいね、いいね。前言撤回だ。コレが夢なら覚めなくていいぞ。 ついに彼女の艶かしい唇が、俺の唇に触れた。彼女の身体が、俺の身体の上に乗ってくる。俺はもう、絶好調にご機嫌だった。まさに至福ってヤツだ。 これは夢じゃないぞ。その証拠に、彼女に乗られた重みでベッドが沈むじゃないか。ははは、こりゃいいや。 俺は幸せな気持ちで、彼女の重みを受け止める。ベッドが少しきしんで、俺の身体はベッドに沈む。沈んで…沈んで… まてよ。どこまで沈むんだ? 気づけばもう、俺の身体は、ありえないほどベッドの奥に沈んでいた。今や、顔の両脇は完全にマットにはさまれている。それでも止まらない。沈んでゆく…… まってくれ。待ってくれよ。 助けてくれ。だれかっ! その時ドアをノックする音がした。おふくろだ。助かった!おふくろ!助けてくれっ!早くドアを開けてくれっ! もう、ほとんどベッドの中に沈みながら、俺は心の中で叫んだ。 ドアが開いた。おふくろが中に入ってくる音が聞こえる。 助けてくれよ、おふくろっ! おふくろは入ってくるなり、大きな声を出した。何を言ってるのか、よく聞き取れないが、とにかくこれで助かるだろう。俺は安心すると同時に、意識を失った。
「ご飯だって言ってるでしょ。早くしなさい、ユキコ!」 「はーい、おかあさん」 |