| 竹取翁醜聞 |
あるところに、竹取の翁(おきな)と呼ばれる老人がいた。 もっとも、竹取とは仕事の種類だし、翁とは老人のことだから、当然、本名ではない。竹を取って籠(かご)などを編み、生計を立てているのだから、もちろん、金持ちでも、高貴な身分でもない。 むしろどちらかと言うと、変わり者の偏屈な爺さんなので、妻も友人もいない、孤独なひとり身だ。 彼は、全身に大きなやけどを負っていた。そのため、顔は醜くひきつれ、無愛想な表情とあいまって、なかなかに他人を寄せ付けない、恐ろしげな雰囲気を身にまとっている。 しかし、誰がそのヤケドの由来を聞いても、爺さんはかたくなに口を閉ざし、決して明かそうとはしなかった。そのため、人々の間では、先日、殺された、鬼の生き残りではないか? というような憶測まで、飛び交っていた。 最も老人は、鬼と言うにはいささかくたびれ、貧相ないでたちであったから、それ以上、人々が疑うこともなかったのだが。 爺さんのところには、通いで世話をしてくれる老婆がいた。 彼女がなにものなのかは、村の誰も知らない。 いや、たいていの者は、彼女が爺さんの女房だと思っている。しかし、通いであるから、当然、夜になれば彼女はどことも知れぬ自宅へ帰り、爺さんはひとりで、長い夜を過ごすのである。 人々は、彼の顔に残った、大きなやけどの痕(あと)が、他人を遠ざける理由の一端であると、勝手に解釈し、それ以上、老人に深くかかわることをしなかった。 しかし、彼に寂しさはない。 むしろ、余計な気遣いや雑音を排除したくて、この歳になるまで、連れ合いを持たなかったのだ。なぜなら、彼には昼間の竹取とは別に、もうひとつ、夜の顔があるからだ。 ぽたり、ぽたり。 大きいばかりの、荒れ果てた屋敷。 元は、どこぞの公家か大名の、別荘だったらしい建物だ。さびしく不便な場所にあるので、手放されたあとは、手を入れる者もなく、荒れ果てるままになっている。爺さんは、ここに住んでいた。 ぽたり。ぽたり。 その屋敷の奥の座敷から、今夜も怪しげな物音が聞こえる。 「ふうむ。大筋はこれでよかろうが、いったい、何がいかんのだろう?」 爺さんはぶつぶつと独り言ちながら、奇妙な形をした、ガラス製の南蛮の容器をつかって、なにやらぶくぶくと泡立ったり、ぽこぽこと瓦斯(ガス)を発する液体を混ぜ合わせている。 そのそばには、金属の棒を突き刺された犬猫や、ひも状のなにかの線をつながれたヘビ、カエル、なかには、はらわたを引きずり出された、どうやら胎児らしき遺体まであるではないか。 背筋の寒くなるような、恐ろしい光景の中、しかし、爺さんは冷静な様子で、黙々と作業を続ける。 その目の前に横たわるのは、ひとりの小さな女の子。 素っ裸の身体は、まるで白磁のように美しいが、血の気と言うものがまったく感じられず、まるで、蝋人形のようだ。彼女の細い腕には、透明の管が差し込まれ、それは大きなガラス製のビンにつながっている。 先ほどの、ぽたりぽたりと言う音は、そのガラス瓶の中の、赤黒い液体が立てる音であった。 「うぅむ。このままでは、また、腐ってしまう。わしも歳だし、もう、墓暴(はかあば)きのような重労働はしたくないのだがなぁ」 つまり、この娘、いや、この遺体は、暴(あば)いた墓の中から盗んできたものなのだ。そんな恐ろしいことを、まるでそこいらで竹でも採ってくるかのように、淡々と独り言ちる爺さん。 そうして腕を組んだまま、しばらく考えていたのだが、突然、はたと手を打つと、嬉々として動き出した。 やがて、準備が整ったのか、爺さんはむっつりと黙ったまま、横にある機械のスイッチを入れる。 瞬間。 びくん。 娘の遺体は、まな板の上の魚のように跳ね上がった。 爺さんは、会心の笑みを浮かべる。 それから、娘のまだ幼い胸に耳を当て、口元に手をかざし、やがて。 「誕生日おめでとう。わが娘」 と、小さくつぶやいた。
竹取の翁の家に、天女と見まごうばかりの娘がいる。 評判は、風をまいて近隣を駆け巡った。村の人間は、例の通いのばあさんを彼の妻だと思っていたから、当然、彼らの孫かなにかだと勘違いしていた。 しかし、やがて彼らは、爺さんと親しい(とは言っても、彼らが夫婦ではないと言うことを、知らない程度の親しさなのだが)人々から、その娘が、竹の節(ふし)の中にいたという、世にも奇妙な話を聞かされることとなる。 彼女は、その生まれの不思議さと、それ以上に、その美しさを持って、人々から、畏(おそ)れに近い崇拝をいただくこととなった。そして、そう言う話になれば当然、貴族の若者が押しかけてくる。 世にも見目麗(みめうるわ)しい娘、しかも、貴族の娘のようにお高くとまった扱いづらい女ではなく、その身分からいえば、側室にしたとしても充分に喜ばれるだろう、こちらの非常に扱いやすい立場の娘。 貴族の若い男たちは、そう高をくくって彼女を娶(めと)りに、竹取の翁の元へ現れる。しかし、その娘、かぐや姫は、一筋縄ではいかない、驚くべき難物だった。 後世に残る物語では、そのとき彼女が、世にも難しい無理難題を吹っかけたと言うことになっているが、これは貴族の若者たちが、あとで自分たちを正当化するために騙った、作り話である。 彼女はみなに平等に、しかも簡単な条件をつけたのだ。簡単と言うのはしかし、技術的な難易度の問題であって、彼らを取り巻く状況から言えば、確かに、非常な無理難題であった。 彼女はただ一言、 「百万両の金銀を用意して欲しい」 と言っただけなのである。 しかし、都でさえ疫病が流行(はや)り、道々に倒れる行き倒れなど珍しくもないようなこの時代において、それほどのお金を用意できるのは、天子様くらいしかいらっしゃらない。 貴族の若者たちは、しぶしぶと引き下がるよりなかった。 まさか、嫁に迎えたいと言っておいて、支度金が用意できないからやめるなどとは、彼らの肥大したプライドが許さない。結局、家柄云々をたてに、自ら言い出した願いを引っ込め た。 仲間内には、彼女が無理難題を吹っかけたとして、話をうやむやにしてしまうことを選んだのだ。 「百万両、一人くらいは用意してくれるかと思ったがな 。それだけの大金があれば、研究を続けるにも、ずいぶんと楽なのだが。何せあの人は、アレで、なかなかにケチだからなぁ」 翁が、皮肉な微笑を浮かべながらつぶやく。かぐや姫はその言葉に翁を見、小首をかしげて、それから、穏やかに微笑んだ。 「まぁ、そうあせって値切ることもあるまい。いずれ天子様が、お前に会いたがるかも知れぬ。そのときはせいぜい吹っかけて、お前を高く売りつけるとしよう」 かぐや姫はしかし、翁のそんな冷酷な言葉にも、微笑んだまま、うなずくだけだった。彼女は、翁の言うことなら、何でも聞くのだ。翁が死ねと言えば、彼女は笑ったまま死を受け入れるだろう。 しかし、それは彼女が翁に心酔しているからではない。 彼女には、死の意味がわからない、それだけの理由だ。 翁の学んだ外国の言葉では、リビングデッド、もしくはゾンビと呼ばれる彼女は、その高貴で怜悧な見かけに反して、子犬ほどの知能も備えてはいない。彼女には二つの欲望しかないのだ。 食欲と、服従欲。 腹を満たし、絶対的上位の支配者である老人に全ての判断を預ける。イヌとまったく同じ、その本能だけを満たすために生きている、彼女はまさに、野生動物であった。 イヌと違うのは、彼女は人間の、しかも幼女といっていい年齢であるために、性欲、繁殖欲がない、それだけだ。そしてそれは、老人には、必要のないものだった。 「あ……ごはん……ごはん」 まったく純粋で、まったく他意のない、心の底からの欲望を、彼女は言葉にした。老人はうなずくと、彼女のための食事を取りに行く。しかし、もともと貧しい竹取の老人だ。育ち盛りの娘の食欲を満たす、たくさんのおいしい食事などあるわけはない。 老人がもってきたのは、彼が食べ残した残飯と、そこらで捕まえてきた、ミミズ、ウジ、犬猫の屍骸、雑草、そのほかもろもろである。 それを「ミキサー」と呼ばれる外国製の機械にかけると、そのどろどろとした異臭を放つ液体を、粗末な木の椀(わん)に注ぎ、かぐや姫の前においた。 かぐや姫は腹をすかせた野良犬のように、その椀に飛びつくと、がつがつと異臭を放つ液体を喰らいはじめる。はたで見ているものさえたじろがせるような、強烈な異臭を放つその地獄のスープを、彼女は至福の表情を浮かべて、むさぼった。 平静を保って見ていられるのは、そこまでだった。 私はゆっくりと、姿を見せる。 「老人、あなたは、許されないことをした」 私は、心の底に渦巻く、どろどろとした憤怒を抑えきれず、冷ややかな声でそう言った。しかし、当の老人は、にやりといやらしい笑いを浮かべると、こもった声でひきつけたように笑う。 「けっけっけ。あなた様が見ていたことは、だいぶん前からわかっていましたよ。鬼を殺したように、私も殺すんですかい?」 すべてを見透かしたような老人の言葉に、私は思わす言葉を失う。するとすかさず老人はあとを続けた。 「あんたぁ、アレでしょ? 上の命令で、私を見張っていたんでしょ?」 「ふむ、そこまでわかっているなら、このあと私がどうするかも、わかっておろうな? この外道め。外法を使い死人(しびと)を生き返らせ、それを使って大金を得ようとは、もはや人外の 所業だ。覚悟して、わが剣の塵(ちり)と果てよ」 「おおっと、お待ちなさいな、渡辺様。あなたは、源頼光(みなもとのらいこう)様の命によって、酒呑童子(しゅてんどうじ)の手下(てか)である私を見張っていなさったんでしょう?」 なぜだ? なぜこの老人は、そんなことを知っている? いぶかしみながらも、私がうなずくと、老人は、にやりといやらしい笑いを浮かべた。 「それなら、一度帰ってから、頼光様にお聞きなさい。本当に、私を斬ってしまってよいかをね」 「どういうことだ? 何が言いたい?」 「私はね、頼光様のそのまた上、安倍晴明(あべのせいめい)様から命を受け、この仕事をしてるんですよ。この屋敷だって、晴明様がかつて所有していた屋敷なんですからね」 老人の意外な言葉に、私はまたも言葉を失った。 「死人を生き返らせるのは、安倍晴明様から私に与えられた、大切な使命なんですよ。いわば、天子様の御命も同じです。それを邪魔すると言うことが、どういうことかはお分かりですね? 渡辺綱(わたなべのつな) 様?」 言葉こそ丁寧だったが、しかし、老人の口調には、あざけりと侮蔑が含まれていた。私は怒りを抑えつつ、老人に吐く。 「いや、天子様がこのような人外の外道をお許しになるはずがない。安倍晴明様とて、それは同様だ。貴様はこのような外法をおこなったばかりか、天子様、晴明様まで騙り、謀(たばか)るか!」 私の中には、猛烈な怒りが湧き上がっていた。 幼い娘の遺骸をこのようにもてあそぶことが、許されるわけはない。天子様とて、安倍晴明様とて、決してお許しにはならないだろう。 「おい、本当だぞ? 本当に安倍晴明様は、私に……」 みなまで聞く必要はない。 私は刀を引き抜くと、気合一閃、老人を脳天から唐竹に割った。老人は信じられないと言った表情のまま、私を見つめながらゆっくりと二つに分かれて、骸(むくろ)と化した。 あとに残ったのは、私と、獣のような少女だけだ。 私は少女を連れ、安倍晴明様に真意を問うべく、都へ戻った。
「それで? その外法をおこなった老人の家は、どうした?」 安倍晴明様は、私、渡辺綱の報告を聞くと、真っ先にそう言った。 私は少女の哀れさに、毛ほどの興味も見せない安倍晴明様の様子に、少々立腹と戸惑いを覚えながらも、事の顛末を語った。 「それでは、そこはそのままにしてあるのだな?」 「すぐに、検非違使(けびいし)の役人を向かわせまして、しかるべく後片付けを行いたいと思いますが」 「いや、そこはそのままでよい」 安倍晴明様は、青白い顔を私に向けると、冷たく、それだけ言った。 「晴明様、それで、あの娘はいかがいたしましょうか?」 「ここへ」 そう言われ、私は、彼女を呼んだ。 程なく、役人に引き連れられて、獣のような、しかし、天女と見まごうばかりに美しいその娘は、姿を現す。きょときょとと落ち着かないのは、例の老人を探しているのだろうか。 「哀れなものだ」 私と同じ感想が、晴明様の口から出て、私は安堵した。 哀れとお思い下さるなら、それなりに、温情ある決断をしてくださるだろう。そう、胸をなでおろした私に向かって、晴明様は、冷ややかな表情のまま、驚くべき決断を下された。 「この娘、綱(つな)、キサマが斬れ」 私は、思わぬ言葉に、二の句が告げない。すると晴明様はむっつりとしたいつもの無表情のまま、同じ言葉を繰り返す。 「綱、聞こえたか? キサマがこの娘を斬るのだ」 「は……しかし……」 「なんだ? 斬れんのか?」 「いや……しかし……この娘は、たいそう不憫な人生を……」 「綱」 穏やかだが、しかし厳しさのある声で、晴明様は言った。 「この娘は、本来、死人であった。そうだな?」 「はっ」 「では、死人なら死人らしく、黄泉の国へ送ってやることこそ、一番の幸せではないか? 違うか?」 「は……しかし……」 「見目(みめ)に惑うな、綱。キサマは、獣をしつけて、ヒトと同じように礼節をわきまえさせることが出来るか?」 「いえ」 晴明様の言いたいことは理解できた。しかし、いいえと答える以外、私に何が出来る? 私はもう一度彼女を見て、その美しさと獣の純粋さに心を痛めながら、しかし、ゆっくりと顔を上げ、晴明様を見た。 「かといって、獣と同じ扱いをして、野に放つわけにも行くまい?」 「……はい」 「ならば、キサマが斬ってやれ」 「…………はい」 万感の思いを込めて、私はうなずいた。
数日後。 私の手によって、かぐや姫は、逝った。 煌々と、満月の照らす、物憂げな夜のことだ。
かぐや姫は、月に帰っていった。
安倍晴明様は、その後、いちど手放され、老人の物になっていたあの家を、お引取りになった。そこから先は、私には一切、知らされなかったので、なんとも言うことが出来ない。 しかし、私も私なりに、あの事件のことを調べた。 もっとも、ろくなことはわからなかったが。 ひとつだけ。 あの老人、竹取翁(たけとりのおきな)のその後がわかった。いや、もちろん、彼自身のその後など、あろうはずもない。私は間違いなく、彼を唐竹に切り捨てたのだから。 ただ、かの老人には息子、もしくは孫がいたらしい。 その人物は彼の血を引いて、優秀な医者だったようだ。 もっとも、留学のために西国に向かう最中、大嵐に見舞われて、行方を絶ったそうだ。それ以降、まったく音沙汰を聞かないところを見ると、どうやら、難破した船と一緒に、海の藻屑と消えたのか。 あの老人が人間的にどうでも、優秀な人間であったことは間違いないだろう。死人を生き返らせてしまうほどの男なのだから。 だとすればその息子なり孫も、生きていれば、優秀な医者として、病に苦しむ都の者たちを救ってくれたかもしれない。人材不足の都としては、本当に、残念なことだ。 もっとも、彼の血を引いていたのだから、もしかしたら、稀代の大悪人になっていたかもしれない。せめてそうでも考えなければ、私のむなしさは癒されない。 自分の無力を慰めるため、そんな風に、あの老人の子孫が、鬼と呼ばれる様を、徒然(つれづれ)に夢想してみたりするのだが、そんなときに限って、あのかぐや姫の無邪気な笑顔が浮かんできて。 私は、大きなため息をつくのだ。 |