| スパイク |
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ガシャン! エールのビンはまっすぐすっ飛んで、コンクリートの壁で、派手な音を立てて砕け散った。逆さに振っても、一滴も落ちてこないので、トサカにきてそのまま、壁に向かってぶん投げたのだ。 「うるさいなぁ、なに?」 パイプベッドで眠っていた女が起きあがり、じっとこちらを見る。そのまなざしに含まれる、非難の色に気づいて、スパイクはギロリと睨み返した。 「なんでもねえよ。うるせえな。つーか、おめーもう出てけよ」 無表情で言いながら毛布をはぐ。 女はムッとした顔で起き上がると、のろのろとベッドを降りる。それから、キッとスパイクをにらんで、いきなりまくし立て始めた。 「冗談じゃないよ! あンたが家に来いって誘ったんじゃないか。ヤるだけヤったら帰れって? ヒトを何だと思ってるんだ、ちくしょう!」 「何言ってやがる。おめー、今の今まで、丸一日、俺のベッドで寝てたンじゃねえか。俺はこれから仕事があるから、帰れって言ったんだ」 「ふん、仕事だって? どうせロクな仕事じゃ……」 ここでドアが勢いよくノックされる。スパイクがおぅと答えると、ドアを明けて使いっ走りの小僧が2人、部屋に入ってきた。女はあわてて、はだけていた服の前を合わせる。 小僧どもはその姿をニヤニヤと眺めながら、スパイクに2メータ近い、大きなスキーバッグを差し出した。スパイクは黙って受け取ると、ファスナーを開いて中身を確認する。 後ろからそれを覗き込んだ女は、ひっと息を飲んだ。 スパイクは女を振り返り、にやりと笑う。 「ああ、確かにロクな仕事じゃない。だから、帰れって言ったんだよ。首を突っ込むと、長生きできねえぞ?」 女はあわてて自分のバッグを引っつかむと、ののしることさえせずに、飛び出して行く。その姿を笑いながら見送ったスパイクは、小僧どもに振り返ると言った。 「ご苦労だったな?」 「いや、これからのあンたに比べりゃ、クズ仕事さ。あンた、あんまり頭はよくねえけど、俺ら、あンたのこと、結構好きなんだぜ? 寝覚めが悪いから、死ぬなよな?」 「へ、カワイくねえやつらだ。だが、ま、ありがとよ」 共犯者意識とでも言うのだろう。ガキどもがいっぱしの口で自分を心配してくれるのがなんともくすぐったく、うれしくて、スパイクは珍しく素直な笑顔で、彼らに答えた。 「そうだ。ガソリンもって来た。ジェイクさんが、あいつはバカだから、忘れて女と寝てるかもしれない。ガソリンスタンドまで行ける分だけでも、おめえらが持ってけ、って言うからさ」 「てめえ、ジェイクは『さん付け』で、俺はあンたか?」 小僧の頭を笑いながら小突き、ガソリンの入ったジェリ缶を受け取る。 「じゃ、あばよ。死ぬなよな、スパイク」 「死ぬ、死ぬって何度も言うな、縁起悪りい」 彼らが行ってしまうと、スパイクは単車にガソリンを入れる。それからスキーバッグを単車の横にくくりつけた。長いバッグは先の方がずいぶんと単車の後ろにはみ出してしまったが、何とか固定される。 ラッキーストライクをつかみ出し、一服つけると、スパイクは大きく深呼吸をして、独り言ちる。 「さてと。んじゃあ、一発、地獄に向かって出発と行くか」
昨晩のこと。 引っ掛けた女がベッドで寝入ってしまうと、スパイクはそうっと女のバッグから紙幣を抜き取って、自分のポケットに入れていた。その時ちょうど、女が寝返りを打ったので、一瞬、驚いたスパイクは、思わず女を振り返った。 女は毛布を抱きしめてぐっすりと眠っていたが、びびった自分に腹が立ち、一瞬、かぶった毛布ごと蹴っ飛ばしてやりたい思いに駆られ、苦労してそれを押さえ込んだ。 スパイクは現在、執行猶予中だ。 ここで問題を起こせば、またクソッタレの監獄に戻らなくちゃならない。 この街の監獄は、ぶっちぎりに待遇が悪いうえに、居住区にガキと大人の区別がないのだ。スパイクが酒やタバコを覚えたのも、バックバージンを失ったのも、全部このクソッタレの監獄の中だ。 冗談じゃない。あんなところには、二度と戻るものか。 そう思って、怒りを押さえ込むのだが、瞬間湯沸し器みたいな頭が冷えるには、もう少し時間がかかりそうだ。 スパイクは黙ったまま立ち上がると、レザージャケットを引っ掛けて表に出た。出口のところに停めてあるVツインは、二週間前からガソリンが入っていない。自分の単車を忌々(いまいま)しそうににらみつけてから、街外れの廃ビルを出て、盛り場へ向かう。 女のバッグから抜いておいた紙幣が数枚があるから、とりあえず酒代くらいは何とかなるだろう。まあ、ならなくても知ったことか。 ジャケットのポケットを探り、ラッキーストライクをつかみ出す。数本残った中から一本抜き取ると、安物のオイルライターで火をつけて、深々と吸い込んだ。 ほうっと煙を吐き出してあたりを眺めると、数人の男女が楽しそうに嬌声を上げながら、盛り場へ向かって歩いてゆくところだった。彼らの楽しそうな様子に、なんとなくむしゃくしゃして、スパイクは通りに停めてある車のドアを蹴飛ばす。 と、中で寝ていた男が、何事かわめきながら出てきた。スパイクは悪びれもせず、かったるそうに言った。 「どうせボコボコで、どこを蹴られたかだって、わからねえじゃねえか」 男が罵声を浴びせながら、突っかかってくる。スパイクはひょいとそのコブシをかわすと、足を出して転ばせ、そのスキに駆け出した。やっちまうのは簡単だが、今は執行猶予中。 なるたけ問題は起こしたくない。 しばらく適当に走って男をまくと、ようやく盛り場に足を運ぶことが出来た。途端にむしゃくしゃした気分が、スキっとはっきりしてくる。夜の盛り場とネオンは、スパイクにとってはビタミン剤みたいなものなのだ。 「そういえば昨日、ジェイクが、なんか言ってたっけか」 ポケットをまさぐると、一枚の紙切れ。 「ナックル? ずいぶんときな臭い、いい名前だ」 にやりと片頬を上げると、くしゃくしゃの紙切れに書かれた地図を見ながら、スパイクはご機嫌に歩き出した。もちろん、昨夜ジェイクが教えてくれた店、ナックルに向かうためである。 エレベータを降り、店の前まで来て、違和感を感じた。 「うん? どうも様子が違うぞ?」 きな臭い名前の割には、なんだかやけに上品なのだ。少なくとも、レザージャケットにボロボロのジーンズをはいた男が、気軽にくぐれる類の店ではない。 が、ここまで来て引き返すのもバカくさい。なあに、高い店ならジェイクにツケてやればいいんだし、入るのを断られたらヒト暴れして、警察が来る前にフケればいい。 スパイクは、扉を明けた。 「いらっしゃいませ〜」 中から、大勢の女の声が迎える。 やはり、座っただけで、スパイクのフトコロが素寒貧になることは間違いない種類の店だ。もっとも、入り口で腹を決めていたスパイクは、そう臆することもなく、店の中にツカツカと入る。 どうやら薄汚いなりでも止められることもなく、上等そうなソファにどっかりと腰掛ける。店のママと言う女が挨拶に来た後、別の可愛らしい女が隣に座った。 「エールを三本まとめてもってこい。それと、バーボンだ」 「はい」 女はおとなしくうなずくと、席を立つ。うん、素直に言うことを聞く女なんて、まったく、久しぶりだ。買いに行った酒の半分を、帰ってくるまでに飲んじまうような女とは、やっぱり違うものだな。 と、スパイクは妙なところで感心する。 意外なことだが、スパイクはこの手の女が多い店には、ほとんど出入りしないのだ。もっとも、それは彼が女好きじゃないと言うことではなく、単にフトコロ具合の都合なのだが。 やがてエールをもって来た女に、スパイクは優しく話しかけた。彼にしては、大変珍しいことである。ヤらせるか、ヤらせないか。普段の彼にとって、女の基準、評価は、その一点のみなのだ。 「おまえ、美人なのか、なんなのか、はっきりしないな?」 「ひどいなぁ。やっぱりタイガー(こわもての客)だった。目が綺麗だから、もしかしたら優しいかもって、期待してたんだけどな」 「だが、可愛い。会ったばっかだし、よくわかんねーけど、おまえは嫌いじゃないな。俺のこう言う勘ってのは、結構当たるんだ。好きなもの、何でも飲めよ」 「ありがとう。じゃあ、このエールを一緒に飲んでいいかな?」 「それじゃあ、店の稼ぎにならねえだろう?」 「ん、いいよ。なんとなく、私も、あンた嫌いじゃないから」 が、ヒトの金だと思っているから、スパイクは景気よく飲む。 ジェイクにツケることを了承させて店を出たときは、すっかりベロベロのご機嫌になっていた。執行猶予中なんて言葉は、頭の片隅にも残っていない。 「スパ〜イク! ご機嫌じゃねえか? どうだ、いい店だっただろう?」 よろよろと歩くスパイクに近寄ってきたのは、もちろん、ジェイクだ。 「おぅ、てめえ。ひでえ店を紹介しやがったな? なんだ、ありゃ? 座っただけで、素寒貧になっちまうところだったぞ? 今日の飲み大は、全部おめえにツケたからな?」 「OK、OK。かまわねえよ」 意外な答えに、スパイクの目が細くなる。あのジェイクがおごる? 冗談じゃねえ。そりゃあ絶対、なにか裏があるに決まってる。 「おい、ジェイク。てめえ、いったい何をたくらんでやがる?」 「人聞きの悪いことを言うなよ、スパイク。ちょっと頼みごとがあるだけだ」 そらきた。 「まあ、嫌なら嫌で構わないが、そのときは今日の飲み代は自分で払うんだな」 まあ、そんなところだろう。スパイクはむすっとした顔で、ジェイクの言葉を待つ。あんな高そうな店の飲み代、スパイクのどこを叩こうが、逆さに振ろうが、出てくるわけはないのだから仕方がない。 「嫌なら2000、今すぐあの店に払いに行け。OKなら、飲み代はチャラの上、4000のギャラだ。まあ、考えるまでもねえと思うがな?」 「だから、考えてねえよ。つーか、4000だって? 本当だろうな?」 ジェイクは、にやりと笑ってうなずく。 「あんまり楽しい仕事じゃなさそうだ」 スパイクが不機嫌な顔で言うと、ジェイクはつばを吐いて言った。 「楽しい仕事なんて、あるわけねえだろう。そう言う寝言は、犬にでも食わせとけ。いいか、スパイク。これぁ、ロップさんの仕事だ。ってこたぁ……」 「ふん、ビッグパパの仕事ってことか。ち、厄介なことになっちまったなぁ」 「その代わり、報酬はでかい」 「でかい分、ヤバイってことだろうが。で? 何をやれってんだ?」 「ちょっとした、届け物だ。パラダイスアレイの事務所に、20丁の拳銃と5丁のサブマシンガンを持って行くだけさ。簡単な仕事だろう?」 スパイクは思わず天を仰ぐ。 「なにが、ちょっとした届け物だ。パラダイスアレイのロップさんの事務所って言ったら、ジョシュアストリートとの境界線、スーサイドパークの近くだろう? ジョシュアの連中 とやりあってる、最前線もいいところじゃねえか」 「そうだっけ? まあ、昼間ならポリスだっているんだし、いくら『自殺公園』だって、そう、危ない仕事じゃねえだろう?」 「ふざけろ。だったらてめえが行け。大体、そんなヤバイ仕事なら、ビッグパパなら、1万くらいは出すだろう? なんで4000なんだよ? てめえのフトコロに6000入ってるンじゃねえのか?」 「バカ言え、俺の取り分は4000だ。おめえが6000。で、あの店の飲み代が、2000。ぴったり勘定が合うだろうが」 一瞬ムカッと来てぶん殴りかけたスパイクは、思いなおして力を抜く。ジェイクはチンピラだが、腕は立つし、割りのいい仕事を回してくれるのだから、ここは我慢のしどころだろう。 そう言う自分もチンピラだと言うことは、どうやら忘れているようだ。 「どうせあそこのママは、てめえの女なんだろう? あと1500よこせ。それで手打ちだ」 「500」 「1000」 「750」 「OK。わかったよ。それでいい。その代わり前金だぜ? 4000と750。きっちり今すぐ払いやがれ」 「前金で2000。残りは仕事の後だ。常識だろう? おめえみたいなクズに全部やったら、仕事しないで逃げるに決まってるからな」 「ち、わかったよ。クズにクズって言われてりゃ、世話ねえや。で、ブツはどこにあるんだ?」 「一時間後におめえの家まで、使いっ走りの小僧にでも、もって行かせる。それまでに準備しておけよ? あのしみったれた単車にも、きっちりガソリンくれとけ。歩いて行ける様な場所じゃねえからな」 「わかってるよ。誰がジョシュアの縄張りに歩いて行くかってんだ。俺ぁ自殺志願者じゃねえんだぞ」 「そうか。俺はまた、おめえはいつも死にたがってるのかと思ってたぜ」 そう言って肩をすくめて苦笑いすると、ジェイクは右手をひらひらをさせながら、くるりときびすを返し、夜の街へと消えてゆく。 スパイクは大きくため息をつくと、家に向かって歩き出した。 ここまでが昨日の話で、こうしてスパイクは、いやいやながらも、物騒な仕事に首を突っ込むハメになったのである。
ジョシュアストリートはジョシュア・ジョンソンの支配下にある。 もともとは、別の名前だったのだが、自己主張の激しいジョシュアが、ジョシュアストリートと名づけて以降、みんなその名前で呼ぶ。 ジョシュア側の人間は、恐怖と尊敬をこめて。 それ以外の者は、揶揄をこめて。 一方、パラダイスアレイはビッグパパの勢力下だ。地獄みたいな場所にパラダイスなんて名前をつけるとは、まったく悪趣味な、なんともパパらしい話だ。 もちろん、パパ側の人間はそんなことは言わないが。 大陸の大動脈であるトレインのステイション(駅)のうち、隣り合った二つの駅が、別々の勢力に牛耳られているわけで、これで問題が起こらないほうが不思議と言うものだ。 ほかにも勢力はあり、そのレイアウトはずいぶんと入り組んでいるのだが、大まかに、パパ側かジョシュア側に分かれると言っていいだろう。 そして、そのふたりの勢力が真っ向からぶつかっているのが、今、スパイクの目の前に広がっている場所、スーサイドパークだ。 なぜ、『自殺公園』なんて物騒な名前がついているのかは誰も知らない。みなが知っているのは、『自殺公園』は名前ばかりで、この公園で見つかるのは、他殺死体の方が圧倒的に多いってことだけだ。 他殺が多い理由は、説明するまでもないだろう。 スパイクは単車をまたいだまま、そんな物騒な場所で、5人の男に囲まれていた。もちろんスキーバッグには、20丁の拳銃と5丁のサブマシンガンを持ったままだ。 飲みすぎて小便をしたくなり、ちょっと単車を停めたのがまずかった。小便をし終わるころには、ばらばらと現れた男たちに、囲まれてしまっていた、と言う寸法である。 もっとも、相手は小口径のリボルバー1丁が厄介なくらいで、他は、スウィッチナイフやバタフライナイフばかり。バッグの中のサブマシンガンを使えるなら、制圧は簡単だ。 しかし、これは届けモノである。 もちろん、殺されるくらいなら使うが、できるなら使わないでおきたい。パパはともかく、ロップさんは結構渋チンだから、使った弾丸の代金を請求されるのは、まず間違いないのだ。 「よう、兄さん。ちょいと有利な投資の話があるんだが」 5人の中でも、比較的年かさの、ちょっとインテリ風の男が、そう言いながらニヤニヤと笑う。もちろん、本気で投資口を紹介してくれるわけではないだろう。 「俺たちに財布の中身を預けてみねえか? 倍にして返すから」 「なるほど。で、その払い戻しは100年後ってわけか?」 「ほう、話が早いな。まあ、そう言うことだ。別に無理にとは言わないがね。そのときは、お前さんをぶっ殺して、単車からスキー板まで、全部いただくだけだから」 本当にその気があるなら、問答無用で襲えばいい。それをせず、こんな脅しをかけているのは、この男たちが、ジョシュアの手の者ではないと言うことを意味している。 ジョシュアの手下(てか)なら、こんな無駄なことはしない。問答している時間で、死体を公園の茂みに投げ込めるからだ。 脅しをかけてくるのは、殺したくない証拠。 殺したくないのは、ジョシュアの縄張りで、トラブルを起こすのを避けたがっているからに違いない。 そこまで見当をつけてから、スパイクはおもむろに言った。 「まあ、俺はかまわねえンだがな。こいつの中身をジョシュアさんに届けなきゃならねえんだよ。もう、いくらか遅れてるし、どうせだったら、おめえらがジョシュアさんに持っていってくれると助かるんだがなぁ。おめーら、ここでこんなことをしてるんだから、もちろんジョシュアさんの身内なんだろう?」 言いながら、スキーバッグを少しあけて、拳銃とサブマシンガンを見せる。 とたんに男たちは落ち着きを失った。かけたカマが当たったと確信したスパイクは、一気にたたみかける。 「よう、頼むよ。これから一緒に、ジョシュアさんのところへ連れて行ってくれよ。おめーらに尋問されてたって言えば、ジョシュアさんだって許してくれるだろ? 俺一人でこんな遅れて行ったら、殺されちまうよ」 迫真の演技に、男たちはいまやすっかり腰が引けている。 「ま、まてよ。そっちは俺たちの担当じゃないんだ。いま、担当の奴を呼んでくるから、ここで待っててくれ。いいな? 余計な連絡とか、するんじゃねーぞ?」 まったく、最低の街だぜ。 慌てふためいて駆けだす男たちの背中に、にやりと意地の悪い笑みを浮かべてから、スパイクは、久しぶりにエンジンをかけられてひどく機嫌の悪い単車をなだめすかしつつ、ロップさんの事務所へ向かう。 真っ赤に溶けた夕日が、その背中を赤く照らしていた。
「おう、ご苦労だったな。おめえ、ジェイクんとこのガキだろ?」 「ジェイクとは、ダチだ。手下になった覚えはねえな」 気軽にかけた言葉に、きつめの返しをされて、事務所の張り番は鼻白んだ。が、ガキを相手に、いちいち気色ばむのもいただけないと思ったのか、ニヤリと凄みのある笑いを浮かべる。 「ほう、そいつぁ悪かったな。まあいい。報酬はジェイクから受け取る手はずだが、間違いないな?」 「ああ」 「じゃあ、もう、帰りな。ここは、ガキの来るところじゃねえよ」 来させたのは、てめえらだろうが、と言う言葉を飲み込んで、むっつりとうなずいたスパイクは、そのまま事務所を後にする。 帰り際、奥から出てきたロップさんを見て、すこしだけ臆してしまったが、そのことに腹が立つよりも、 「アレだけの貫禄を、いつかは持ちたいものだ」 と、むしろ感心してしまった。 なんだかんだ強がってはみても、ビッグパパや、息子のロップさんのようなファミリーの頂点にいる人々に、スパイクたち若造は、あこがれてしまうのだ。 いつかは俺も。 未来への野心に、ぶるっと武者震いをする。 もう一度、事務所を振り返ってから、スパイクは単車のエンジンに火を入れた。どるん、とかったるそうに起きたエンジンは、ばるん、ばすん、と不機嫌な音を立てながら、スパイクを乗せて走り出す。 帰りは荷物もないのだし、すっ飛ばせば20分で帰れるな。 頭の隅で考えながら、スパイクはアクセルをあけた。ばるるるるるっっと歯切れのいい排気音を嘶(いなな)かせ、単車は空気を切り裂いてゆく。 と。 ガン! 突然の衝撃。 続いて、いきなり全身をメッタ打ちにされる。息がつまり、目の前が真っ暗になる。しばらくして、静寂が訪れ、自分をメッタ打ちにしたのが、アスファルトの道路だと言うことに気づく。 そして、訪れた静寂が、自分の耳がキーンとなっているためだと言うことに気づくころ、覗き込む顔が見えた。その顔には、見覚えがある。さっき公園で絡んできた奴らだ。 「おい、生きてるか?」 「なんとか……な」 「へえ、そいつは可哀想に」 言うと同時に、男たちはスパイクの身体を、めちゃくちゃに蹴りつけてくる。 蹴られながら、ひとりの手に鉄パイプが握られているのを見て、スパイクは、この男が、走っている自分をパイプで殴りやがったのだと気づいた。 やがてすっ転んだ衝撃が抜けてきて、頭がはっきりしてくる。 蹴られながらも致命打を避け、ごろごろと転がりながら、勝機を探す。 「てめえら、こんなことして、ただで済むと思ってるのか?」 「おめえがジョシュアの身内じゃないってことは、知ってるんだよ! よくもだましやがったな! コケにしやがって! ビッグパパ側だって言っても、誰も知らないような、ただのチンピラじゃねえか!」 奇妙な違和感を覚えながら、スパイクは急所をかばって転げまわる。そのうち蹴り疲れたのだろう、ひとりが脚をすべらせて、スパイクの前に転倒した。 スパイクは半分反射的に、その男に襲い掛かる。 ここで、ナメられたら殺される。 思ったときには、スパイクの指が男の眼窩にすべり込んでいた。ぬるりと柔らかい、嫌な感触が伝わってくるのと、目をつぶされた男が魂の抜けるような悲鳴を上げるのとは、ほぼ同時。 悲鳴に驚いて攻撃がやんだ一瞬に、スパイクは立ち上がりざま、目をつぶした男の顔の上に靴のかかとを叩きこむ。歯が折れ、アゴがはずれ、大量の血液が吐瀉物のごとく吹き出す。 が、スパイクは、 「靴のかかとだから、嫌な感触がなくてよかった」 などと、奇妙な冷静さを保っていた。 男は顔を抑えてのた打ち回り、血だらけのその様子に彼の仲間たちも一瞬ひるむ。その隙を突いて、今度はスパイクが反撃に出た。 「おぉぉぉぉぉ!」 獣のような雄たけびを上げながら、男たちのど真ん中に飛び込んで行く。 人数が多いために油断していたのと、簡単にフクロ叩きにできるハズの相手に、仲間があまりに凄惨な反撃を食らったのとで、彼らには現実的な危機感が薄かった。 一瞬、空白の時間ができる。 スパイクは、手近の男に抱きつくようにしながら、渾身の力で頭突きを食らわせた。前頭部に、相手の鼻がめり込む感触さえ感じられるほど、スパイクの全身の感覚は敏感になってい る。 逆に言えば、単車ごとすっ転がされ、蹴られまくったことで、アドレナリンが極度に分泌し、一流のアスリートのごとき、極限の世界を感じ取ることができるほど、彼は追い込まれているのだ。 相手の血のりで額を真っ赤に染めながら、振り向いてにやりと笑う。 いまなら、誰にも負ける気がしない。 鉄パイプを持った男が、恐怖に負けて飛びかかってきた。そのパイプの描く軌道さえ見えるような気がして、スパイクは余裕の笑みを浮かべながら、ひらりと華麗にかわす。 つもりだった。 しかし、感覚はついてきても、鍛えてもいない身体がついてくるわけはない。肩先に鉄パイプの一撃を食らって、スパイクは小さくうめく。もっともそれは、痛みでと言うよりも、かわせなかった悔しさでだ。 怒りに任せて相手につかみかかる。 長い得物を持っていると、懐にはいられたときに対処するのは難しい。 しかもパイプを持った男は、ケンカ慣れしているとは言え、素人(しろうと)であった。組み付かれてなすすべもなく、スパイクとともに、アスファルトに倒れ込む。 スパイクが上になって倒れこんだため、彼の身体で胃袋をつぶされた男は、ぎゅうと妙なうめき声を上げて、一瞬、動けなくなる。そのスキにスパイクは、相手の鉄棒を奪い取り、その尻を顔面に叩きこんだ。 眼窩の下、頬骨あたりを砕かれて、男は失神する。 立ち上がったときには、残りの二人が尻に帆をかけて、逃げ出すところだった。やれやれ、どうにか殺されずにすんだ、とほっと一息ついた瞬間。 ぱん! ぱん! 乾いた銃声が二発。 一拍おいて、逃げ出した二人が、ばたばたと倒れた。 なんだ? 驚いて銃声のした方を見ると、右手に大口径のリボルバーをぶら下げたまま、ジェイクが近づいてくるところだった。完全に安心したスパイクは、大きくため息をついてから、ジェイクに向かって叫ぶ。 「この、バカやろう。5分遅ぇんだよ! あらかた片付けちまったぜ」 ジェイクは肩をすくめて苦笑いすると、スパイクに近づいて来た。 そして。 「おい、やめろよ。てめえのクソなジョークに付き合う余裕なんざねぇんだ。いいから、早く肩を貸してくれ。いや、それよりも、早いトコ若い衆に言って、俺の単車を引取りに来させてくれ。こんな物騒なところに、いつまでも置いて……ジェイク?」 ジェイクの銃口は、スパイクを狙って、ぴたりと吸い付くように止まっていた。顔には、苦笑いを張りつけたまま。 「悪ぃな、スパイク」 「……てめえか?」 ジェイクの顔を見て、スパイクは瞬時に悟った。男たちがこんなにも早く、スパイクがジョシュアの手下でないことや、パパのところのチンピラだと知っていたわけを。 「そう言うことだ。後をつけさせてもらったよ。帰り際にこいつで、走ってるおめえを撃とうかと思っていたら、行きにちょうどいい連中とモメてくれてたんでな。こいつらに片付けてもらおうと思ったのが、失敗だった。最初から、俺が殺(や)りゃよかったよ」 「なぜだ?」 そりゃあ、親友なんてもんじゃないのはわかっていたが、しかし、殺されるほどうらまれる覚えもない。 「だから、悪いって言ってるだろう? 1万ありゃ、雇われママじゃなくて、店を持たせてやれるんだ。俺とあいつの店を」 なんだよ、そんなことで俺は殺されるのか。 まったく、本当にここは、クソみてえな街だ。 やけに虚しくなってきて、スパイクの口からは渇いた笑いが漏れる。それを勘違いしたのか、ジェイクは不愉快そうなしかめっ面で、吠えるように言った。 「笑いたきゃ、笑えばいい。だがな、おめえみたいなクソにはわからねえだろうが、本当に惚れた女なら、何かしてやりてえって思うのが男なんだよ。すべてを裏切っても、すべてを捨ててドロをかぶっても、そいつのためにな」 したり顔で言うジェイクの顔に、心底ムカついてきて、スパイクはつばを吐きながら、ゆがんだ笑みを浮かべる。 「なんだ? イイワケしなくちゃ、怖くて殺せねえのか? てめえで殺す人間に説教して、感謝してほしいのか? まったくてめえは、会ったころからちっとも変わらねえ、チキンハートだな」 「うるせえ! うるせえ!」 「ま、臆病なくらいの方が、出世するってことなんだろうよ。めんどくせえな。もういいよ、さっさと撃て、このチキン!」 「うるせえっ!」 ぱん! ジェイクをあざけった、ゆがんだ笑顔のまま、スパイクの表情が固まる。 腹に真っ赤なシミができる。シミは見る見る広がって、まるで華が咲いたように、スパイクの身体を彩(いろど)っていった。 人を撃った興奮に脂汗を流し、はあはあと肩で息をしているジェイクを眺めながら、スパイクはゆっくりと倒れてゆく。 ぶっ倒れて、目の前がだんだんと暗くなって。 そこで、急に思い出した。 「ああ……あの女の名前……聞いておけばよかった」 ナックルで会った、妙に気の合う女。 彼女と一緒に、今とはまったく違った人生を歩んでいる夢でも見ているのだろうか。 死に際のスパイクは、やけに安らかな顔だった。 |