サイレントナイト
ぱちっ、ぱちっ。

新たにくべた薪が、シケっていたかまだ生だったのだろう。焚き火は勢いよく爆ぜながら、やたらと派手に火の粉を飛ばす。

つまみに焼いたソーセージはあらかた食い終わってしまったので、仕方なく俺は非常用の小袋からチョコレートを取り出す。普段なら甘いものなんて見向きもしないのだが、さすがに1000キロ以上走って疲れたのだろう。身体が自然に甘いものを要求しているらしく、チョコレートはひどく旨かった。

黒いラベルのテネシーウイスキーをラッパ飲みしながら、あろう事かこの俺がチョコレートをつまんでいるのだ。なんだかヤケにおかしくて、俺は小さく声を上げて笑った。俺の笑い声は、いっそ清清しいとさえ言えるほど真っ黒な夜の闇の中に、まるで吸い込まれるように消えてゆく。

吸い込んだタバコの煙を吐き出すと、煙は途中から白い息に変わった。気温が何度あるのか知らないが、焚き火とウイスキーのおかげで寒さを感じることもない。むしろ頬をなでる風が心地いいくらいだ。

焚き火の明かりは周りを照らすというより、周りの闇をより引き立てるために燃えている。炎ごと闇に優しく抱かれながら、俺は満天の星空を眺める。しかし、オリオン座だけはどうにか判るが、後はただの光の点にしか見えない。

慰みに光の点を繋いで、今宵限りの俺だけの星座を作ってみる。何度作っても、酒の抜けた次の朝にはまるっきり覚えていないのだが。

気持ちのいい夜だ。

単車の傍らで、焚き火と酒。

わからないヤツには永遠にわからないだろうが、俺みたいな人種にとっては、まさに至福のひと時だ。

「そういや、あいつもこんなのが好きだったな」

俺の思いはいつしか、数年前に逝っちまった俺のダチへ向かう。俺はヤツがいたから単車乗りであり続けられたのかもしれないし、ヤツは俺がいたからそうだったのかもしれない。

もしかしたら一生出会わなくても、俺たちはお互いに単車乗りであり続けたかもしれない。もしかしたらあっという間に単車を降りて、「まともな暮らし」をしていたのかもしれない。

それでも俺は、ヤツに会えたことを感謝している。神様なんかじゃなく、ヤツ自身に。

しかし、ヤツは逝った。

俺もそろそろ潮時なのかもしれないな。そんな気持ちがふと頭を掠める。来年の今ごろには、俺は赤いちゃんちゃんこを着る年齢だ。単車を降りたとして、周りの誰もが喜びこそすれ、残念がる人間はいるまい。しかし……

 

と。

暗闇の中から、人影が近づいてきた。そいつが焚き火の傍までやってくると、俺は驚愕に顔をゆがめた。

ヤツだ。

ヤツはゴツイ革ジャンと革パンツ、鉄板付きのブーツに身をつつんで、俺の傍らに近づいてくる。そして、あのなんとも言えない人懐っこい顔で無邪気に笑った。

俺は最初の驚愕から覚めると、嬉しくなってヤツに話し掛けた。

「おう!そっちの暮らしはどうだ?」

「ああ、悪くねえよ。単車にも乗れるしな」

「単車に乗れるのか?」

「ああ、一緒にくたばったからな。死んだとき持っていたものは、全部向こうまで持っていけるんだよ」

「へえ、そういうシステムなのか」

「笑うぜ?中には現生を山ほど抱えてきたやつがいるんだ。金なんてあそこじゃクソの役にも立たないのによ」

「そうか……楽しくやってるんだな。よかったよ」

「ああ、こっちの方が面白いぜ?なんたってケニーもスペンサーもレイニーもドゥーハンもシュワンツも、みんな現役で走り回ってるからよ」

「GPライダーと一緒に走ってるのか?」

「たまにな。希望者が多くて、なかなか順番が回ってこない」

言いながら、やつはまた笑う。俺もなんだか楽しくて、久しぶりに心の底から笑った。

「そっちのほうが面白そうだな。こっちは、おまえが逝ってから数年後に、ガソリンエンジンの規制が始まってな。今じゃ単車を維持するには、莫大な金がかかるんだ」

「知ってるよ。それでもおまえは、ガソリンエンジンの単車に乗りつづけてたじゃないか。よくやるよ、まったく」

「ぬかせ。てめえだって生きてたら絶対同じことしてた筈だ」

「違ぇねえ、はははははっ」

「俺は負けねえよ。俺ひとりになったって、単車に乗りつづける」

「そうか、残念だったな」

「何がだ?」

問いただす俺に、ヤツは闇の向こうを指差した。

暗くてよく見えないんだが、それでも俺は目を凝らして、やつの指した先にあるものを見てみる……

 

なんと言うことだ!

そこには俺がいた。

俺の愛車と一緒に、ぐしゃぐしゃになった俺がいた。それでようやく、俺のいる所が崖の下だということに気づく。

気づいた瞬間すべてを思い出した。俺はこの上の峠を単車で走っていて、センターラインをオーバーしてきた車にハネ飛ばされ、崖の下に転落したのだ。

俺はゆっくりとダチを振り返る。

ダチは優しく笑いながら、うなずいた。

「そういうことだ。迎えに来た」

俺は放心状態から回復すると、ダチに言った。

「わかったよ。そっちのほうが面白そうだ」

「ああ、面白いぜ」

「まあ、それにこっちには思い残すことも……いや、ひとつだけ」

ダチは判っていると言うようにうなずくと言った。

「おまえも単車で死んだから、こっちでも単車に乗れる。行ってきな」

俺は自分の死体のそばに行く。その傍らの壊れた単車の残骸の傍に、俺と同ように希薄な存在になりながら愛車が佇んでいた。

俺は単車を跨ぐと、ダチに向かって笑って見せた。

「カミさんに詫びてくるよ」

ダチはにやりと笑いながら、親指を立てる。

女房が待ってるはずの自宅へ向かって、俺は走り出した。

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