幸せのかたち
僕は不細工で粘着気質。

太っているし、自慢じゃないが30過ぎて未だに童貞だ。胃腸が弱いから、息がくさいし体臭もひどい。そのうえ肌も荒れている。

何度死のうと思ったかわからない。ひどいときは、一日に何度も死のうとした。しかし、死ぬ勇気さえないのだ。情けないを通り越して、むしろあきらめの境地に達している。

そんな僕に、幸運の女神が微笑んだ。

宝くじに当たったのだ。

いや、お金が当たったわけじゃないんだ。ある美容整形外科のキャンペーンに当たったのさ。

まず、美容整形。それから脂肪吸引。

美しい顔と、スマートな身体。欲しかったものを手に入れた喜びで、僕は有頂天だった。鏡に向かって自分の姿を眺めながら、心の底からふつふつと自信が湧いてくるのを感じた。今まであれほど嫌いだった鏡を、僕は毎日のように眺めた。

眺めるたびに、美しくスマートな僕がそこにいる。

そうすると不思議なもんで、粘着気質だった性格も、物事にこだわらないようになる。胃腸の調子もよくなって、食事だっておいしく食べられるし、肌もつるつるになってくる。

友達も増え、可愛らしい彼女も出来た。彼女は女医で、とても裕福なのにもかかわらず、僕を誰よりも愛してくれるのだ。幾ら見た目がよくなったとは言え、僕は素寒貧なんだよ?

そんな僕を助けて愛してくれるんだから、彼女の気持ちは本物だろう?

僕は幸せの絶頂にいたと言ってもよかっただろう。

「ねえ、ずっといっしょにいてね?」

「それは僕のセリフだよ」

「だって、あなたみたいな綺麗でスマートな人は、すごくモテるでしょう?わたし、なんだか不安なの」

「でも、僕がかっこ悪くなったら、君だって離れていってしまうだろう?」

「そんな事はないわ。私はあなたのやさしい心が好きなんだもの」

「うふふ、ありがとう。嬉しいよ」

もちろん、彼女の言葉が言葉だけだってことはわかってる。金も社会的地位もない僕の、作り物のこの顔が好きだというのなら、それで全然かまわない。美しい顔と、やさしい心だけは、いつまでも絶やさずに君のそばにいるよ。

君といられれば、僕は幸せなんだ。

「そんな仮定の話よりも、今、もっと愛し合おうよ」

なんて、昔の僕なら間違っても言わないようなセリフを吐きながら、彼女を抱き寄せる。そして、唇を合わせようとしたそのとき。

TVから流れてくるニュースに、僕は凍りついた。

(……と言うわけで、この整形外科医のずさんな手術によって被害をこうむった人間は、数百人にも達しています……)

アナウンサーの声に何気なくTVを見た僕の目に映ったのは、僕の顔を手術した医者が逮捕される姿だった。

僕は慌てて飛び起きると、TVを食い入るように睨み付けた。彼女の不信そうな声が後ろから聞こえてくる。僕は、取り繕った笑顔で振り向くと、彼女を抱き寄せた。

嬉しそうに僕を抱きしめる彼女の腕の中で、僕は恐怖に震える。その晩は、一睡も出来なかった。

次の朝、鏡を見た僕は驚愕に目を見開く。

まぶたが腫れぼったくなって、綺麗な二重だった目が昔の一重の頃にそっくりになっていたのだ。なんと言うことだ……僕の顔は崩壊し始めている。僕は悲鳴をあげた。

悲鳴に驚いて出てきた彼女を突き飛ばして、僕は逃げた。

僕は町をさ迷い歩き、そのままホームレスになった。

 

あのすばらしい日々の思い出を胸に抱いて、日々崩壊してゆく己の姿に恐怖しながら、僕は人目を避けて生きつづけた。

「やっと見つけた」

すっかりもとの姿に戻ってしまった僕の前に、ある日突然、彼女が現れた。僕は悲鳴をあげて逃げ出そうとしたが、行く手を彼女に阻まれる。

「どうして逃げるの?」

僕は彼女の前で土下座すると、整形で顔や身体を作り変えたことを全て打ち明けた。彼女は黙って聞いていたが、全てを聞き終わると、なんとも言えないやさしい声で微笑みながら言った。

「ねえ、そんなに外見が変わってしまったのに、どうして私があなたを見つけられたかわかってる?」

僕は、驚いて彼女を見つめた。

「言ったでしょう?私はあなたの心を愛しているんだって。姿かたちが好きだったとしたら、ここまで追ってこないとは思わない?」

僕は、いつのまにか涙を流していた。醜く太り、崩れて元に戻ってしまった顔をくしゃくしゃにゆがませて、僕は泣いた。彼女は黙って僕を抱きしめてくれた。

彼女の腕の中で泣きながら、一生この人と生きていこうと、固く心に誓った。後から後から涙があふれてきた。涙といっしょに今までのストレスや、わだかまりも流れ出してゆく。

彼女と一夜を過ごし、朝起きた僕は、鏡の中に昨日より少し、まぶたの腫れが少なくなった自分を発見した。それが始まりだった。

その日から毎日、僕は彼女と愛にあふれる日々を過ごし、その結果、ストレスで太っていた身体は、元のスマートさを取り戻した。顔も、日を追うごとに前の美しい顔に近づいてゆく。

これが愛の力か!

恋をすると女性は綺麗になるという。

きっと僕の身体の中でも、恋する女性と同じようにホルモンとかそう言った物質が分泌されて、綺麗になったのだろう。まさに「愛の力」以外の何モノでもない。

僕は今朝も彼女を抱きしめて、心からの愛をささやく。

ああ、僕は彼女のためならなんだって出来る。胸が張り裂けそうなほど、彼女が愛しい。愛しているよ、僕の愛しい人……

 

幸せの後には、不幸が来ると言う。まさにその格言のとおり、僕は病でこの世を去ることになった。

でも、ちっとも不幸だとは思わない。何十年分の幸せを、彼女に与えてもらったのだから。だらだらとあのまま生きているのと、今のこの幸せを天秤にかけたら、僕は何度生まれ変わっても、こっちを選ぶだろう。

僕はベッドの中で彼女の手を握り、心から言った。

「幸せだったよ。ありがとう。永遠に愛してる」

 

彼の没後、彼女が学会に発表した論文は、賛否両論を含めて大いなる旋風を巻き起こした。

彼女が行った実験の非人道的な内容に、一般人からはものすごい抗議が起こる。

彼が不治の病で余命幾ばくもないと知った彼女は、仲間の医師と共謀して彼に催眠術をかけ、その効果と脳が作り出すホルモンによって人間の姿を変える実験をしたのだ。

実際には何もせず、彼に整形を施したと催眠をかけ、それによって得た自身と脳内ホルモンの力によって、彼自身の力だけで変貌してゆく様を、全て記録したのである。

特に、作り物のTVニュースを見せ、彼の姿を一度崩壊させるくだりでは、あまりの抗議にTV局の電話がパンクしたほどだった。

しかし、その劇的な効果は多くの人を魅了し、それほどの抗議があったに関わらず、彼女の創り出した「催眠美容整形」は爆発的に人気を博した。メディアで散々彼女を非難した人間さえ、ほとぼりが冷めた頃には彼女の病院の門を叩いたほどだ。

しかし、彼女は莫大な富と名声を手にしたにもかかわらず、死ぬまで結婚することはなかった。

「そりゃあ、あれだけの手ひどい裏切りをしたんだ。他人が信じられなくなるのも当然さ。彼女は報いを受けたんだよ」

口さがない人々の間で、そんな言葉がささやかれた。

 

催眠美容はあたりまえになり、彼の名など忘れ去られたある日。

彼の墓の前に、彼女が立っていた。

「はじめは、本当に実験のつもりだったんだけどね」

そういいながら線香と花を供えると、彼女は薄く笑った。

「あなたは全身全霊をかけ、心の底から私を愛してくれた。そんな風に愛されて、なんとも思わない女はいないわよね?ホームレスになったあなたを探しているとき、私は心からあなたを求めていたわ」

さわやかな風が、供えられた花を揺らす。

「あなたを失ってから得た富や名声は、何も私を慰めてはくれなかった。私を支えてくれたのは、あなたが死に際に残した言葉だけ」

彼女はにっこりと笑いながら、彼の墓に語りつづける。

「死の間際に全てを打ち明けた私に向かって、あなたは微笑んでくれた。あなただけは、私の心を信じてくれた。そして、自分が死んだら、研究結果を世に出すといい、って言ってくれたわね?」

そのときの彼のセリフを思い出しながら、老いた彼女はふと空を見上げた。真っ青な空で、思い出の中の彼はやさしく微笑んでいる。

「僕は、催眠美容のおかげで、こんなに素敵な幸せを手に入れられたんだ。実験結果を世に出せば、たくさんの人が僕みたいに幸せになれるよ。みんなが君みたいな素敵なひとに会えるかはわからないけどね?」

思い出の中で彼は、そう言って片目をつぶった。

「私も、あなたにあえて幸せでした」

彼女はそう言って、墓石の前に座ると、ゆっくりと目を閉じた。

口元には、幸せな微笑をたたえて。

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