| 影の男 |
| 僕は影。現代の闇に生きる男だ。 もっとも、プレジデントの「影」のような一流ってワケじゃない。腕もそこそこ、所属も中小だから、せいぜい芸能人の影くらいが関の山だ。 それでも、きちんと仕事をこなしていれば、いずれは僕にもチャンスが回ってくるだろう。その時に備えて、日夜訓練を怠らないでいるんだ。 おっと、彼女がやってきた。彼女はまあ、一流のアイドルと言っていいだろう。僕の今までの仕事の中では、一番のVIPである。 この仕事を問題なくクリアできれば、次には大きな仕事が回ってくるかもしれないから、僕の顔は自然に厳しく引き締まる。 彼女は扉を開けて僕を部屋に招き入れた。 彼女がクローゼットでお化粧をしている間に、僕はすばやく部屋の中を見まわる。彼女は不機嫌な顔で、時々ちらちらと僕を盗み見ているようだ。 もちろんそんな視線など無視して、僕は流れるようなよどみのない動きで各部屋を渡ってゆく。 ベッドサイドのゴミ箱を漁り、彼女の使ったティッシュペーパーや、ガムの噛みカスを拾い上げると、丁寧にしまいこむ。バスルームで彼女の体毛を拾い上げ、これも包んでポケットへ。 彼女が触った可能性のある場所、何かを残した可能性のある場所は、全て完全に見て回らなくてはならない。それらが済んでから、今度は最新の七つ道具で、部屋の全てをくまなく掃除する。 10分後には、この部屋に残った彼女の痕跡は、跡形もなくなる。彼女の化粧が終わる頃、僕の仕事も完了した。 ふと、人の気配を感じて振りかえると、彼女が嫌悪感いっぱの顔で立っている。 「ねえ、それってどうするの?あなたが持って帰るわけ?」 この手の中傷には慣れている。 「いいえ、もちろん処分しますよ」 「でも、売ろうと思えば、莫大なお金になるでしょ?」 「そりゃ売れるでしょうね。そして僕は信用を失い、職を失うわけです。心配なのはわかりますが、どうぞ信用してください。我々はプロですから」 「プロのお掃除屋さんってワケだ」 彼女はそう言って嘲笑する。 我々の仕事をよく知らない人間の中には、まるでストーカまがいの我々の仕事を、やたらと嫌悪するひとがいる。まあ、傍目には怪しく見えることは間違いないから、普段ならいちいち相手にすることはない。 しかしさすがにこれは言いすぎだろう。彼女は一気にブレイクしたから、まだ業界の日が浅い。だから我々の怖さを知らないのだ。 僕は彼女に優しく微笑むと、ゆっくりと話し出した。 「いいですか、お嬢さん?我々「影」があなたの周りを警護しなければ、あなたは髪の毛やその他のなにかを、不用意に残してしまうのですよ?どれだけ気をつけても素人は、まったくなにも残さないと言うのは絶対に無理です」 「わかってるわよ。そこからわたしのクローンが作られたら、その赤ん坊が高値で取り引きされてしまうということもね。だから、あなたがそういう誘惑に駆られないのか心配になって……」 「我々の賃金は、あなたのクローンを売って得られるお金の数倍に当たるんですよ。と言うよりね、事務所が私に払う報酬は、あなたへの報酬より多いんです。これで安心していただけますか?」 彼女は唖然としてしまった。そりゃあそうだろう。その額が一体いくらになるか、おおよその見当くらいはつくだろうから。 僕はなにも知らない彼女が少し可哀想になったので、いろいろと教えてあげることにした。 「ねえ、考えても御覧なさい。私達は遺伝子を含めた、あらゆる個人情報を漏らさずに隠匿処分できるのですよ?」 彼女はポカンとしている。血のめぐりの悪い女だ。 「だから、我々が本気になったら、たとえ相手が警察でも、どんな証拠も一切残さずに処分することが出来るのです。たとえば、あなたを殺した後でもね」 ここまで話してようやく彼女も、事の重大さに気付いたようだ。ありありと恐怖の色を浮かべて、固まってしまっている。 「例え殺人を犯したとしても、現行犯でない限り、現行の警察力では、我々を逮捕起訴することは事実上不可能なんです。わかります?我々はこの国で唯一、法律の外に居るといっても過言ではないのですよ」 完全に毒気を抜かれた彼女は、怯えて震えている。それからの3週間、契約期限の日まで、彼女は非常に協力的になってくれた。おかげで、ずいぶん仕事が楽だったよ。
最終日の仕事が終わった後、僕は彼女の事務所に行って、残りの報酬を受け取る。社長はにこにこしながら、僕の肩を叩いた。 「いや〜おかげで助かりました。これであの子も少しはおとなしくなるでしょう。今度来るマネージャも、ずいぶん仕事が楽になるはずです」 僕は黙って微笑んだ。 社長は何か聞きたそうにしていたが、なにも言わずに愛想笑いをして僕を送り出した。 僕は夜の町を歩きながら、社長が何を聞きたかったのか考える。まあ、大体わかるけどね。 彼の聞きたかったのはきっと、「本当に、人を殺しても証拠を残さないで居られるのか?」ってコトだろう。もし本当なら、僕に殺人依頼でもするつもりだったのか。殺したい人が、たくさん居るんだろうな。 僕は煙草をくわえて火をつけながら、含み笑いをしつつ独り言を言う。 「社長、そんなことが出来るほど腕があったら、アイドルの「影」なんてやってませんよ」 もちろん一流の「影」なら、本当に警察の目さえくらますことも出来るだろうけど、僕らには到底、無理な話だ。僕はそういう一流の作った伝説に乗っかる、いわば「影の影」みたいなものなんだから。 「影」は警察にもわからないように、人を殺すことができる。 確かに出来る人もいるけれど、それはほんの一部であり、まあ、都市伝説みたいなものだ。僕たち二流三流は、一流が作った伝説に乗っかって、寄生して生きていると言われても仕方ない。 一流の衣を借りるペテン師みたいなものだ。 でも、そんな風に考えていると、なんだかムナしくなってくる。だから、がんばって腕を上げ、経歴を積み重ね、いつかは…なんて思っているのだけれど、現実はそうそう甘くない。 いくらがんばっても、チャンスなんて簡単にはめぐって来ないのだ。まったく、ストレスばかりが溜まってゆくんだよ。 それで時々、今回みたいに依頼者を脅かしては、溜飲を下げているのさ。 情けないのは、自分でもわかってるんだけど、こればかりは、なかなかやめられないんだよなぁ。 |