| 聖剣伝説 |
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その街には伝説の剣があった。 街の郊外にある、普段は誰も近づかない小高い丘。そのてっぺんに鎮座する巨大な岩の中心に、伝説の聖剣はまっすぐに刺さっている。 そのため、基本的には神聖な場所であり、立ち入り禁止の場所であった。もっとも、何も面白いものがあるわけじゃないから誰も近づかない、というのが本当のところだったのだが。 どんな力持ちだろうと、びくとも動かすことができないその聖剣には、ご多分に漏れず、ありきたりな言い伝えが添えられていた。 いわく「この剣を抜くことのできる者は真の勇者。彼こそが、世界を救う救世主である」と。 それじゃあこの世界が、救ってもらわなくてはならないほど荒くれていたのかといえば、別に取り立てて騒ぐほどのこともない。 もちろんみなの胸に厭世観は広まっているし、終末思想ははびこっているし、活気が薄れているのは事実だ。 だが、それはたいていの時代にあるもので、今が取り立てて終末だという、はっきりした根拠や現象があるわけじゃない。 しかし、人というものは他人の苦労や不幸には割りあい鈍感だけれども、こと、自分の苦労や不幸と言うものにはものすごく敏感で、なおかつ過大評価をする傾向がある。 つまりこの時代の人間も、今こそ一番不幸で、限りなく終末に近いどん底の時代だと思っていた。多分、あんたたちと同じように。
学者のジークフリードはちょっとエゴイストなところはあるけれど、冷静沈着にして博覧強記。皮肉屋っぽいが二枚目で、とにかく頭が切れる上に、細身ながら身体も鍛え抜かれている。 これだけ条件がそろっているのだから、街の女の子たちにも大人気だ。少々冷たいところがまた、女心をくすぐるらしく、彼の周りには、いつも女の子が群れていた。 普通ならそんな状態、ほかの男たちが面白いわけもないのだが、ジークフリードというのはそこいら辺も心得ていて、基本的に女より男との約束をとるタイプだったから、男たちからもそれなりに人望を得ていた。 もちろん賢くて抜け目のないジークのこと。 男との約束をとった後に、女の子にフォローを入れることだって忘れないのだが。まあとにかく、ジークというのはそんな男だ。 そうだな、簡単に言うと、鍛冶屋のハンスは正反対だと思っていればいい。そう、小心者で少々鈍いけれど、やさしくて人のいい、聖剣の丘の下に住んでいるあの男だ。 二人は何の偶然か、同じ日に妻を娶ることになった。 面白いことに、どちらの妻も甲乙つけがたいほど、かわいらしく、優しく、気がきいて、よく働く娘だった。 ジークの相手は少し控えめ、ハンスの相手は少し派手好きという違いはあったが、二人とも自分の妻になる相手を溺愛し、その様ははたで見ていても照れくさくなるほどであった。 そして婚礼当日。 誰が言い出したのだろう。例の聖剣を、二人に抜かせてみようという話が持ち上がった。どうせ抜けないことは判っているが、まあ、お祭りの余興みたいなものだ。 もっとも人々の中に、「もしかしてジークなら」と言う思いが、少しだけ存在したことも否定できない。それくらい、ジークはすべてにおいて優れていた。 宴もたけなわになり、進行役が剣の話をすると、人々は否が応にも盛り上がる。万雷の拍手に迎えられて、ふたりの花婿は丘に登った。 ジークは剣を握り力いっぱい引っ張った。しかし、当然のことながら剣はびくともしない。人々から、一瞬残念そうなため息がもれ、そのあと、笑い声に変わった。 なかなか、気の利いた面白い余興だったじゃないか。 そしてばらばらと宴会場に戻りだしそうになり、それではハンスにあまりにも失礼だと、一応形だけ残ることにした。 ハンスも剣を握る。 握ったときにはすでに人々から笑いが漏れていたが、その声は途中で凍りついた。 ずるり。 あっさりと、あまりにもあっさりと剣は引き出され、ハンスの手の中で美しく輝いた。まさに一同唖然としたあと、そこいらじゅうが蜂の巣をつついたような騒ぎになる。 まさかハンスが。 中には鍛冶屋のハンスがニセモノの剣を作ったのじゃないかと異議を唱えるものもいる始末。 と。 そんな声をジークフリードが一喝する。 「バカを言うな! アレが街一番の力持ちにさえ抜けなかったことは、みな良く知っているじゃないか! それにハンスはたいした力を込めていなかったのも、見れば判るだろう?」 いわれてみればそのとおりだ。 直前のジークフリードが力いっぱい引っ張っても抜けなかったのに、ハンスが引いたらあっさりと抜けた。これはまさに、ハンスが救世主だということではないか? 疑惑の声は、人々の喝采にかき消された。
それからのハンスは、大忙しだった。 人々のために玄翁(げんのう:鍛冶屋の使う金槌)を剣に持ち替え、力の限り疾走した。 環境が人を作る。 その言葉どおり、ハンスは見る見る自信に満ち溢れた、力強い男になって行った。 人々を従えて森の狼をやっつけ、安全になった森から木を切り出させると、大きな船を作り、それに乗って世界中を駆け巡る。 一方、故郷に帰ってくれば先頭に立って人々を指揮し、灌漑設備や田畑、生活に必要な施設を次々と整えてゆく。人々の暮らしは豊かになり、だれも昔の鍛冶屋のハンスを覚えているものはなくなった。 聖剣伝説の体現者である。誰が逆らうというのだ。 ハンスはどんどん富を蓄えたが、それを抱えることなく故郷の人々に放出し、それによってハンスの周りにはたくさんの人が集まってくる。 彼らを従えたハンスは、世界中の圧政に苦しむ人々を助けるために、悪の支配者と戦い、これを倒し続けた。連戦連勝。まさに英雄である。 そして、ハンスは巨大な帝国の王となった。 しかし、そうなれば当然敵も多くなる。 もちろん外側の敵なら、ハンスにかなうものはいなかったが、最も恐ろしい敵は、内側にいたのだった。ハンスのそば仕えの一人が、料理に毒を盛ったのである。 彼はハンスを毒殺するとすぐに、自殺してしまった。狂信者だったという説が有力ではあったが、真相は闇に葬られる。ハンスは毒殺され、それをたくらんだ真の犯人は見つからなかった。 しかし、そんなことより人々を驚かせたのは、ハンスの遺言だった。彼は自分の息子や、長年使えてくれた側近の誰でもなく、かつての友、ジークフリードをその後釜に選んだのである。 ハンスの暗殺はジークの仕業ではないのか? そんな声が上がったのも確かだ。しかし、ハンスの遺言は数年前に10人の立会人の前で書かれた本物であったから、ジークが査問や尋問にかけられることはなかった。 ジークは権力を握ると、今までの政治方針を一変させた。しかし、それは決して悪いものではなく、自然と調和し、自然を大事にしてゆこうといった、比較的受け入れやすい方向であった。 人々は彼の政治方針を受け入れ、 疑惑は疑惑のまま、やがて忘れられていった。
「で?」 長い話を聞き終えて、ジークフリードは男を見た。 男は鋭い視線のまま、その瞳を見返して言い放つ。 「賢明なる陛下には、私の言いたいことがお分かりになると愚考したしますが」 ジークは穏やかに微笑むと、思いのほかやさしい口調で言い返す。 「つまり卿はこう言いたい訳だ。ハンスを殺したのは、俺ではないのか? と。人々に知恵者よ、英雄よともてはやされていた俺がハンスに嫉妬して、彼の栄華の最盛期に葬り去った、と?」 相手の男は強くうなずく。 「だからその後、ハンスのやり方を責めるように、正反対の政策を敷いた、と?」 男はまたも強くうなずく。 ジークは肩をすくめて苦笑したが、相手が場合によっては刺し違えることも辞さないという態度なのを見て取ると、おもむろに話し出した。 「わかったよ、君にはすべて話そう」 男の顔が、このせりふを聞いて鋭く光った。その光を見てジークはあわてて言い募る。 「おいおい、早とちりしないでくれよ? 俺がハンスを殺したわけじゃないのだから」 「わかるものか」 「しかたないなぁ……そう、アレは婚礼の一月ほど前のことだった。俺はハンスの元を訪ね、一本の剣を注文したんだ。そう、お察しのとおり、岩に刺さっている剣と、寸分たがわぬものをね」 「そ、それじゃ……」 「うん、ハンスが抜いたのは、その剣だ。俺は抜けないふりをしただけだよ。みなが寝静まったころを見計らって、岩の剣とニセモノを取り替えたんだ」 「そんなことができるわけない!あの剣が何十人もで引っ張っても抜けないことは、確認されていたんだぞ?」 男が叫ぶと、ジークフリードは薄く笑った。 「バカにしてもらっちゃ、困るなぁ。俺は科学者だよ? あの剣の抜けない理由も、どうすればいいかも全部わかっていたんだ。あの剣はね、剣じゃなかったんだよ」 男が唖然としているのを見て、ジークはいたずらっぽい笑顔を見せる。 「アレはね、先端に返しがついた、いわば釣り針のような形をしていたんだ。岩にあけた穴にそれを押し込んで、その上から別の石でふさぎ、強力な火炎で焼き溶かして一体化させたものだったんだよ」 「そんな……バカな」 「だがそうだったんだ。俺はそれを確かめた上で、ハンスと一緒に少しずつ岩を砕き、本物を取り出したんだ。ハンスは丘の下に住んでいるんだし、普段はみんな、あそこに近づかないから、作業は簡単だったよ」 ジークはさらにご機嫌な口調になる。 「それに本物を取り出したあとの工作は、ハンスならお手の物だったさ。なんたって鍛冶屋は、鉄を取り出すために岩を砕いたり、溶かすのが仕事だからな」 「しかし、剣を抜く話は、婚礼の当日に……」 「そう、当日に言い出されたね。その話が持ち上がったのは、もちろん、俺が振ったからさ。そのために充分な準備期間を持ち、婚礼の日取りまで決めたのだから」 「う、うそだ! それならなんで、あんたはハンスにその座を譲ったんだ! 誰もがあんたこそ聖剣を抜けると思っていたんだから、あんたが抜くほうが自然だったろうに」 その言葉にジークは、小首をかしげて聞き返す。 「どうして救世主なんかに? 俺はそんなわけのわからないモノには成りたくないな。俺が成りたいのは有名人じゃなくて、実力者だ。幸いハンスのおかげで充分に力を蓄えることができた。なんたって 俺は、救世主の秘密を知る、唯一の人間だからな」 男はまだ信じられないといった顔で、ぶつぶつとつぶやいた。 「なぜハンスは、あんたを放っておいたのだろう? この上なく危険な存在には違いないのに」 独り言に近いその言葉に、ジークは律儀に答える。 「ハンスの元を訪ねた晩に、お互い話し合ったんだよ。俺は有名になることに興味はないし、俺の女房もそんな欲はない。しかし、ハンスの女房は少々派手好みだった。それだけさ」 「なん……」 「つまり、ハンスは人々のためにじゃなく、愛する妻のために救世主になったんだ。救世主なら、派手な生活ができるだろう? そして俺は、俺自身と愛する女房のため、決してその道を選ばなかった。俺の妻は、俺が有名になるよりも、なるべく長い時間一緒にいることを望んだからだ。ただ、それだけのことだよ」 「しかしそれなら、なんであなたは自分の代になった途端、政治方針を一変させたんだ?」 「ハンスとは友達だったけれど、彼のやり方を好いていたわけじゃない。狼を絶滅させたり、いたずらに自然を破壊するのは、そりゃ発展には欠かせないかもしれないけれど、俺の好みではないのさ」 「好みじゃない?」 「そう、貧しいころならともかく、そろそろみんな自然を大切にしなくてはならないことに気づき始めている。遅かれ早かれ、ハンスのやり方は時代遅れになっていたはずなんだ」 「それじゃ」 「そう、疑惑を持ちながらも、人々が大幅な針路変更を許したのは、それが正しいと思ったからだ。そして、それもおおむね終わった。俺に残された仕事は、もうない」 男はただ黙って、ジークの顔を見つめている。 「納得したかい? したのなら、俺の後を継いでくれ」 「え?」 「さっきも言ったように、俺は陰にいたいんだ。妻もそれを望んでいる。ハンスは恩返しのつもりで俺を後釜に据えたようだが、俺にはまったく持って迷惑な話だったのさ。クラウス、後は任せたよ」 男……ハンスの息子クラウスは、父親の死の責任を追及しに来て、その代わりに父親の玉座を受け取る羽目になってしまったのであった。 クラウスを玉座に座らせると、ジークはにっこり笑って言った。 「ほかの誰がどう言うかは知らないが、俺とハンスは親友だったんだ。俺たちは、ただ、自分の妻を愛していて、彼女たちの幸せのために動いてきたのさ。なぜなら 、それが俺たちの幸せだからだ」 ジークの言葉は、確信に満ちていた。 困惑が去り、ジークに対する畏敬の念さえ感じ始めていたクラウスは、去りゆくジークに向かって声をかける。 「ジーク! あなたは聖剣伝説を信じていましたか?」 振り返ったジークは、肩をすくめてウインクする。 「さてね」 伝説の男ではなく、伝説を作った男は、足取りも軽く王の間をあとにした。 |