| 聖者の行進 |
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彼は宇宙を飛び回る、CTC(宇宙貿易商社)のエリートセールスマン。それも超一流のスーパーセールスマンだ。 いや、だった、と言うべきだろうか。 順調に出世街道を驀進していた彼の計画が狂ったのは、同僚の結婚からだった。 時にはあくどい事もして優秀な成績を残しつづけた彼の狙っていたポストが、事もあろうに同期で一番出遅れていると思われていた、いい加減な男にさらわれてしまったのだ。 そう、同僚は彼が必死に売上を伸ばしている間に、社長の娘を射止めてしまったのだ。彼がクサるのも無理はない。憂さを晴らすために、彼は呑めない酒を呑み過ぎ、盛り場のケンカ沙汰に巻き込まれ、不名誉な傷をその経歴に残してしまう。 あとはお定まりの一本道。 辺境のクライアント開拓のために、宇宙航路図にも乗っていないような田舎へ飛ばされたのは、致し方ないとは言え、彼の心を痛く傷つけた。しかし、おちるところまで落ちて吹っ切れたのだろう。彼は今回の仕事に、並々ならぬ意欲を燃やしていた。 「こんなところで終わってたまるか。俺は必ず這い上がってやる。見てろよ? コネだけで出世した奴なんかに、負けてたまるか」 唇をかんで決意を固めると、男は宇宙船の窓から見える、辺境の星をにらみつけた。
他星からの訪問者などめったに来ないのだろう。 クライス星の住人は、星を挙げて男を歓迎してくれた。実に、善良で屈託がなく、これほどスレていない星がまだあったのかと男を驚かせるほど、クライス星は純朴な人々であふれ返っていた。 彼は最初、単純に歓迎を喜び、やがて疑問を抱き、最後には絶望を感じるようになった。なぜなら、この星の住民は、あまりに善良で表裏がなく純粋なために、彼の持ってきた商品の出番がありえないとわかったからだ。 武器、酒、タバコ、セキュリティをブレイクするコンピュータソフト、そして麻薬。悪徳のないところに、大もうけはありえない。 かといって、今から住民に悪徳をはびこらせるのでは、時間がかかりすぎる。原始人にコンピュータを売り込むまでに、いったいどれだけの教育が必要なのだろう。 それに、いくら本社に返り咲きたいからといって、善良な星の住民に悪徳をはびこらせた、ユダの汚名を着るのは真っ平ごめんだ。いや、汚名くらいはどうと言う事もないが、そんなことをすれば必ず星間社会で非難の的になるのは、火を見るより明らかだ。 当然出世の道は閉ざされる。男は絶望に押しつぶされそうになった。 「くそ、なんてことだ。俺はこんなところで終わってしまうのか?」 男はギリギリと歯軋りをして、悔しさを噛み締める。 「諦めるものか。決して諦めるものか」 彼は豪奢なホテルの一室で、明かりも点けずにぶつぶつとつぶやき続けた。
空からやってきた男が、奇妙なことを言い出した。 男は、この星の永住権をほしいと言い出したのだ。訳を聞くと、彼のいた世界の汚さに比べ、この星があまりにも純粋で、穏やかで、素晴らしい世界だからだという。 人々は、彼の言う「汚い世界」に興味を持ち始めた。彼はその資料を、誰にでも快く見せてくれた。人々はそのあまりの刺激的な内容に、驚き、恐怖した。 定期監査でやってきたCTCの上司は、男に向かって言った。 「なるほどな。まずは住民に悪徳の魅力を教えようというのか。しかもこの方法なら、星間法に引っかかることもない。君はあくまでこの「素晴らしく純粋な世界」に亡命したいがために、住民と仲良くなると言う平和的な目的で、住民の願いに答えているだけなのだからな」 上司の言葉に、男は肩をすくめた。 「しかしだな、果たしてそううまく行くのか?」 続く問いに、彼はまたも無言で肩をすくめるだけであった。 そして上司の懸念は的中した。 住民は最初の頃こそその刺激的な内容に興味を引かれていたが、もともと純粋で穏やかな人々である。やがてその汚い世界に、あからさまな拒否反応を見せるようになったのである。 上司は彼の真似をして肩をすくめると言った。 「どうやら君は失敗したようだな。まあ、どうせこんな閑職に追いやられてしまったんだ。これからは適当に、楽しくやったほうがいい。どうやら君はこの星で人気があるようだから、 上手くやれば美味しい思いもできるだろう。なんたってここの住人ほど、騙しやすい連中はいないからな」 上司が定期船に乗って帰ってしまうと、彼は録画しておいた今の情景を、星の人々に公開した。そして、驚き怒る住民に向かって、彼は穏やかに言った。 「このように、私のいた世界では、騙しや裏切りが当たり前なのです。ニコニコと笑って握手する反対の手には、いつも銃を握っているのです。私はもう、こんな世界には居たくない。穏やかで、純粋なあなたたちと、本当に幸福な人生を歩んでゆきたいのです」 彼へ疑いのまなざしを向けていたものも、この言葉には愁眉を開いた。彼は自分の上司の悪意を公開し、自分たちの事を誉め、仲間になりたいと言っている。 いくら田舎の星だとはいえ、まがりなりにも星間連絡船が来る程度には、中央とのつながりがある星だ。ある程度の情報は彼らにも入ってくる。少なくとも、自分たちが田舎者で、中央の星々へ出てゆけば、笑いものになるか騙されて犯罪の被害者になってしまうだろうと言うことを自覚できるくらいには。 憧れと、羨望と、嫉妬の入り混じった思いで眺めていたそんな中央社会の人間が、自分たちの方が優れている、素晴らしい、と褒め称え、自分も仲間に入れてくれまいかと、願い出ているのだ。 優越感を感じた者も、少なからずいるだろう。そしてその優越感は、彼への哀れみと寛容に繋がる。 クライス星政府は、あの悪徳な上司の無礼な態度に、CTCの出入りに対して厳しい制約を設けると言う答えを持って報復し、同時に男の永住を認める声明を発表した。
男への優越感と寛容は、いつのまにか尊敬へと代わってゆく。なぜなら彼は、この星に素晴らしい物をもたらしてくれたのだから。 彼は永住の認められた記者会見の席で、穏やかな笑顔を浮かべながら言ったのであった。 「私の元いた世界にも、ひとつだけ誇れるものがあります」 それは何だと言う質問に、彼は胸を張って答える。 そしてそのあと、それがなんなのかを淡々と説明した。彼のもたらしたものは、人々を魅了した。なるほど、そんな考え方があったのか! と、狂喜乱舞する人々もいたほどである。 彼はそれを決して押し付けなかったが、代わりに知りたいというものには誰にでも、懇切丁寧に説明して回った。彼のもたらしたものは、瞬く間にこの世界を席巻する。 それは、愛を語る不思議な宗教だった。 クライス星にも、宗教はあったが、辺境の開拓星に生まれた宗教である。彼らを阻む自然の猛威を、あらぶる神々の怒りと考え、神の怒りを静め、神のご機嫌を取る、きわめて自然崇拝に近い宗教でしかなかった。 そこへもたらされた彼の神の姿は、それ自体が奇跡と言ってよかっただろう。彼の神は人々を愛し、決して怒らない。彼の神はささげモノを要求せず、ひたすらに与えてくれる。 愛という甘美で心休まる、最上の贈り物を。 人々は考える。この愛にあふれた神は、彼が言うところの「穏やかで、純粋な」自分たちにこそ、ふさわしいではないか。荒々しい自然との戦いに疲れきっていた人々の心に、彼のもたらした美酒は、瞬く間に染み込んでいった。 人々は彼のもとに集い、赦しと愛を求めた。彼は「私は神ではない。神はみなと共にいる」と言い続け、決して華美な生活や贅沢な品々を受け取ることはない。それが彼をますます聖人に見せ、彼のもとにはより多くの人々が集まってくる。 彼の教団はあっという間に膨れ上がり、巨大な勢力を持つようになった。しかし、彼の教団はその勢力を振るうことをせず、常に人々に愛を説くだけだった。 彼のもとに集う人々の多さと、彼の教団の勢力の増大に、政治的な脅威を感じていた政府は、彼に政治的野心がないことや、持った勢力をむしろ好ましい方向に導いていることを知って、安堵に胸をなでおろす。 なんだかんだ言って中央からきた人間だから、大きな力を持ったら豹変するかもしれない。そんな緊張を持って男を監視していた人々の期待を、彼は見事に裏切って、聖職者の何たるかと言う姿を見せつけた。 彼の教団はどんどん巨大になり、クライス星全土に広がった。
教祖の部屋と言うにはあまりに質素なその部屋で、男はある人物と向かい合っていた。かつての同僚、CTCの社長の婿養子はにやりと笑うとしゃべりだす。 「ずいぶんと出世したもんだな。酔っ払って傷害事件を起し左遷された一介のセールスマンが、いまやクライス星最大の教団の教祖様か。いや、まったく君は、恐ろしい男だ」 男は興味なさ気に、かつての同僚に一瞥をくれる。CTC次期社長は、かつての男のように肩をすくめると、顔を引き締めてしゃべり出した。 「考えたものだな。宗教的対立ほど、根強く、かつ、強力な戦争の動機はない。これだけ広がった教団だ、やがて勢力争いを起し、分裂してゆくだろう。そうなれば必ず争いがおこる。戦争のあるところには、武器、金、麻薬の需要が、必ず高まってくる」 「それで?」 気のない返事に、元同僚はいらだつ。 「腹の探りあいはやめようじゃないか。確かに君は巨大な権力を持った。しかし、それは張りぼてだ。なぜなら、その勢力を使って何かをやろうとすれば、必ずこの星の政府から干渉を受けるのだから」 「……」 「持っているだけで使えない、偽の権力が君のほしいものなのか? こんな田舎で聖職者のまねをして、美味い酒を飲むことや、いい女を抱くこと、その他のあらゆる快楽を我慢したまま、一生を終えたいのか? そうではあるまい?」 「……」 「この星が戦争状態になり、武器、麻薬など商品の販売ルートが確立したら、本社へ戻って来い。もちろん凱旋帰国だ。君には取締役の椅子を用意して待っているよ」 男は元同僚の言葉に、にやりと笑った。 その笑いを見て安心したのか、元同僚もにやりと笑う。しかし、次に男の口から発せられた言葉は、彼を凍りつかせるに充分だった。 「聞いたか? この男、いや、CTCは我が星に戦争を起させ、武器や麻薬を売り込もうとしている。これは明らかな星間法違反であり、弾劾されるべき恐ろしい犯罪計画だ」 男の言葉と同時に、隣室に控えていた彼の部下たちが、一斉になだれ込んでくる。CTC次期社長は、国敵に怒り心頭に達している男たちによって、あっという間に拘束されてしまった。 ゆっくりと彼の前にやってきた男は、厳しい表情で言った。 「CTCの犯罪計画は星間世界全体に暴露させていただく。もしかしたら我が星だけでなく、他の星でもこのような犯罪を企んでいるかも知れないからな」 驚きと怒りに、ぱくぱくと口を動かすだけで何もいえない犯罪に向かって、男は容赦ない言葉を浴びせつづける。 「君の身柄を拘束し、星間連合に引き渡す。おそらくそこで裁判が行われ、君は長い懲役刑を言い渡されるだろう。もしかしたら、流刑星行きになるかもしれないな」 「き、貴様……」 「もっとも、例え出てこられても、君の帰る所はなくなっているだろう。CTCはもう終わりだよ。君たちのたくらみは、星間世界の平和を揺るがす、恐るべき大犯罪だからね 。」 それから拘束された男と言うより、むしろ拘束している部下たちに向かって、男は穏やかな口調で言った。 「しかし、君が犯罪者であるゆえに、私は君を愛する」 その言葉を聞いて、部下たちは感動に打ち震える。 なんと言う愛。なんと言う大きな心。なんと言う圧倒的な「赦し」。中には薄っすらと、感動の涙を浮かべているものもいる。 男は慈愛に満ちあふれた穏やかな笑みを浮かべ、部下たちに言った。 「さあ、彼を連れてゆきなさい。しかし、決して乱暴に扱ってはならない。神は赦した。私も赦した。あとは、君たちが赦す番だ」 拘束された男は何事か叫んでいるが、そんな中傷の言葉など、部下たちの耳には入らない。彼らは、神の愛に触れ、男の愛に触れた感動で、胸が一杯になっているのだ。例えその中傷の中身がほとんど真実だったとしても、彼らは決して信じないだろう。 そして、この一部始終を別室で見ているはずの、彼の信者や国の上層部の人間も、彼のあまりに美しく絶大な「許し」に涙している今、凶悪な犯罪者の中傷などに耳を傾けるはずがない。男は聖職者なのだ。
みなが出てゆくと、部屋に設置されたカメラやマイクの電源をすべて切り、質素な部屋の中で、男は大きくため息をつく。それから、元同僚が連れて行かれた扉を見つめて優しく微笑むと、小さな声で独り言ちた。 「酒、女、その他のあらゆる快楽? そんなものが何だと言うのだ? おまえはやはり、人の上に立つ器じゃなかったんだな」 それから引出しを開け、彼に許された唯一の嗜好品、ワインとグラスを取り出して、半分ほど注ぐ。ワイングラスを掲げ微笑みながら、男はさらにいっそう穏やかな声で 、嬉しそうにつぶやいた。 「大勢の人間を支配する快感。これに勝るものがあるものか」 |