| セバスティアンの心労 |
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王様は、厳しい表情でセバスティアンに言いました。 「とにかく、王子を守るのがお前の仕事だ。なにがあろうと、王子に傷ひとつつけさせるな。いいな?」 「はい、王様」 王妃様は、心配で胸がはちきれんばかりの表情をそのままに、セバスティアンに言いました。 「王子は王宮で育てられた、とても繊細で感じやすい子なの。肉体的な怪我だけでなく、心を傷つけられることがあるかもしれない。そういう方面にも、気を配ってね?」 「はい、王妃様」 セバスティアンはふたりの心配に対して、頼もしく答えます。王様は、それでも愁眉を開くことが出来ず、王妃様もまだ心配そうな顔をしています。が、ため息をついたきり、それ以上なにも言いませんでした。 王子様が初めて、ご自分の意志で決められてことですから、出来るだけ尊重してあげたいのでしょう。などとは言っても、たかだか一泊二日の旅行なのですけれど。 それに、もちろん心配なのは当然ですが、優秀な従者でありSPでもある、高性能ロボットセバスティアンがついていると思えば、その心配も少しは軽減されます。 なんと言ってもセバスティアンは、この国にただ一体の、超最先端高性能ロボットなのですから。彼に任せておけば、王子様には何の心配もないでしょう。 「お父様、お母様、それでは行ってまいります」 ニコニコと嬉しそうに微笑みながら、王族専用機に乗り込む王子様には、もちろんおふたりの心配など、どこ吹く風といった具合です。 憧れの日本に行ける喜びで、心ここにあらずなのですから、それも致し方ないことでしょう。 おふたりはもう一度セバスティアンに念を押しておきたかったのですが、飛行機はごうごうとジェットエンジンをうならせて、あっという間に極東へ旅立ってしまいました。
飛行機が水平飛行に移ると、王子様ははしゃいだ様子でセバスティアンに話しかけました。 「ねえ、セバスティアン。日本に行けてうれしい?」 「はい、殿下」 もちろんセバスティアンはうれしいなんて思いません。彼には感情がないのですから。 ですがセバスティアンは、王子様の言いたいのが、彼の製造された日本に行くに当たって、ロボットのオマエにも郷愁のようなものはあるのか? と言うような意味のことだと理解していましたので、はいと答えたのです。 なぜってもちろん、それが王子様の求める答えだから。 王子様は彼を非常に大切にしています。 子供の頃から大人たちに傅(かしず)かれ、同年代の友達を作ることもままならなかった王子様にとって、セバスティアンは何でも話せる親友のようなものですから、当然でしょう。 だから王子様は、勉強以外の自由な時間はいつも、ロボットについてお調べになったり、ロボット先進国、日本について調べたりしていたのです。 それが高じて、今回の日本行きになったのでした。 「ねえ、セバスティアン。オマエは砂漠の多いわが国に来るために、専用の改良を加えられているんだよね? それで、そのまま日本に行っても大丈夫なの?」 「はい、問題ありません。私は出荷状態から世界中の主要な言葉をすべて操れますし、文化や習慣の違いに関しても同様です」 「うん、それは知ってるよ。でも、それなら特別な改良はなかったの?」 「ございました。気候に関するものです。殿下のお国と私が生まれた日本では、気候がずいぶんと違います。ですから、それに対応する改良を受けました」 「じゃあ、日本に戻るには、その改良した部分を元に戻すんだね?」 「いえ、一泊二日程度でしたら問題ありませんので、このままで参ります」 「ふうん」 そのうちはしゃぎ疲れた王子様は、眠ってしまわれました。セバスティアンはその身体にそっと毛布をかけると、そのまま王子様の寝顔を見続けます。何か変化があったら、すぐに対応するためです。 やがて飛行機は日本に到着しました。 日本では「王子様」が来ると言うことで、国を挙げての歓迎ムードが高まっていました。沿道には、王子様の国の旗を持った人々がひしめいています。 王子様は歓迎セレモニーや社交界のパーティなどにも顔を出され、少々疲れた面持ちでホテルに帰ってこられました。もちろんその傍らには、セバスティアンがひっそりと寄り添っています。 歓迎やマスコミの攻勢に、少々くたびれてしまいましたが、それでも楽しみにしていたロボット工場の見学や、ロボットメーカーで専門家の話を聞いたりして、ずいぶんと楽しい時間をすごされました。 ホテルの部屋で今日聞いた話をセバスティアンに聞かせながら、王子様は何の気なくTVをつけようとしました。するとセバスティアンが、即座にスウィッチを切ります。 「なにをするんだい、セバスティアン。今日のニュースで僕のことを言っているのを見たいんだよ」 「殿下、ずいぶんお疲れのようですから、それはおやめになって、どうぞお休みください」 「平気だってば。歓迎会にしても、見学にしても、色々なヒトと話したり、見学するのに夢中で、僕がどんな報道をされているか、ちっとも見てないんだよ」 「そうですか。それでは」 そう言うとセバスティアンは、TVをつけました。NHKのニュースが始まり、王子様がパーティで懇談なされたり、うれしそうに見学なされているご様子が、事細かに報道されています。 「へへへ、こうしてみると、僕ってなかなかTV映りがいいね? そう思わない? セバスティアン」 「はい。思います。それに、この国はずいぶんと王子様に好意的ですね。ロボットに対してはそうでもありませんが」 「そう?」 「ええ。この国では皆さん、ロボットなど見慣れていますし、道具として使うことに慣れていらっしゃいます。ですから、王宮や王国の人々のように、ロボットを必要以上に恐れたり、逆に神格化したりと言うことがありません」 「それがイヤなの?」 「いいえ、逆です。我々は元々、道具として扱っていただくように設計されていますから、そう扱われれば、本来の機能が発揮しやすくなります」 「そうなんだ。でも、僕がセバスティアンを友達として扱うのは、構わないんだろう? それとも、そうされると機能を発揮しづらいかな?」 「いいえ。そんなことはありません。ご心配なさりませぬよう」 これは王子様を傷つけないためのウソではありません。セバスティアンくらい高性能の高級ロボットになると、その程度のことは何の負担にもならないのです。 「そうか、よかった。それじゃTVの続きを見よう」 とたんにセバスティアンがTVを消します。 「どうしたのセバスティアン?」 「いえ、もうお休みなられたほうがよいかと」 「やだよ。今日、首相に日本のTVの話を色々聞いたんだ。彼は気さくだね。ロックバンドが好きだって言って、そのバンドが出る番組も教えてくれたんだよ」 「その番組なら、あと30分後に始まります。それまで、シャワーでもお浴びになったらいかがですか?」 「面倒だからいいや。それに、他の番組も見てみたいんだ」 「わかりました。それでは」 TVからはNHKが流れ出します。 「国営放送はもういいよ。他のチャンネルを見たいんだ」 「…………」 「セバスティアン?」 セバスティアンは、黙り込んでしまいました。 「なんだろう? 壊れてしまったのかな? そういえば、日本の気候に合わないからどうのとか言っていたなぁ。そのせいかもしれない。精密機械は、熱に弱かったりするからなぁ」 王子様は修理をしてもらおうと、受話器を取り上げ、そこではたと気づきました。 「ああ、そうか。わかったぞ! 気候がどうのというのは、きっと湿気に違いない。熱なら砂漠の多いわが国のほうが、よほど暑いのだから。きっと、日本のこの湿気にやられて、結露してしまったんだな」 王子様はにっこり笑うと、部屋のエアコンを全開にしました。それからドライヤを持ってきて、セバスティアンの服を脱がせると、背中の小さなボタンを押して、ぱっかりと開きました。 セバスティアンはどう見ても人間にしか見えませんが、こうすれば背中が開くことは、王子様も知っていたのです。彼はロボットが大好きですから。 一時間近くも乾かしていたでしょうか。 やがてセバスティアンが声を出しました。 「殿下、ありがとうございます。殿下の機転のおかげで、故障は直りました」 「やっぱり、結露だったんだね?」 「どうもそのようです」 「そうか。そうだろうなぁ。これだけ湿気が多いんだもの。まあ、明日には帰るんだし、安心するといいよ」 「はい。ありがとうございます」 「それじゃあ、TVを……ああ、もうこんな時間だ」 「例の音楽番組は、終わってしまいましたね。申し訳ありません、殿下。明日、誰かに言って、ヴィデオをもらって参りますので、お許しください」 「うん、いいよ。それに、TVよりもセバスティアンが直ってよかった。TVは、君の言うとおり、ヴィデオでも見られるものね」 「ありがとうございます」 「それに僕も、この国の湿気には、少々うんざりしていたんだ。明日には国へ帰れる。ロボット関係の本やヴィデオもいっぱいもらったから、帰ったらゆっくり見よう」 「日本に来られて、良かったですね、殿下」 王子様はにっこりうなずくと、小さなあくびをひとつ。 それを見てセバスティアンは、王子様をベッドに連れてゆくと、彼が安らかな寝息を立て始めるまで、お話の相手をしました。 やがて王子様が完全に寝てしまうと、セバスティアンは部屋の電気を消して、暗闇の中で大切な主人を見守り続けます。 彼が人間なら、どうにか仕事をやり遂げた思いで、ほうっとため息をついたことでしょう。王子様に民放TVを見せないために、ずいぶんと苦労しましたから。 そう、故障はウソでした。 いえ、まったくウソというわけでもありません。 王子様のTVを見せろという命令と、王妃様の「心を傷つけられることにも気を配れ」という命令が相反するものだったので、さすがに高性能な彼の電子頭脳も、一瞬フリーズしそうになったのです。 TVを見せるということは、王子様を傷つける可能性があったのですから。 それもこれも、この国の軽薄なマスコミのせいです。 彼が人間なら、きっとしかめっ面で舌打ちしたことでしょう。 「王子様のそばにいつもいる、あのイイオトコは誰?」 問い合わせが殺到し、民放各社はこぞってセバスティアンのことを報道しました。まるで映画俳優でも扱うかのように。 日本の人々は、ロボットを道具として扱うことに慣れています。だから、王子様がまるで人間の従者かSPのように扱うセバスティアンという男が、よもやロボットだとは思わなかったのです。 王子様の知らないところで、セバスティアンは「バズ様」などと祭り上げられ(バズはセバスティアンの愛称です)一躍人気ものになっていたのでした。 もし、王子様がそのことを知ったら、きっと傷つかれたことでしょう。「TV映りがいいよね?」なんて喜んでいらしたくらいですから。 そこでセバスティアンは一計を案じ、故障のふりをして王子様が眠くなるまで時間を稼いだのです。さすがに高性能ロボットといえましょう。 とにもかくにもセバスティアンは、王様、王妃様との約束を守ることが出来たのでした。
次の日、帰りの飛行機に乗る前、例の気さくな(軽薄な?)首相が、王子様と握手をしたあと、セバスティアンに向かって言いました。 「バズ様も、お元気で」 セバスティアンは深く一礼すると、不思議そうな顔でセバスティアンと首相を眺める王子様を促して、飛行機に乗り込みました。エンジンが吠え、飛行機が動き出すと、王子様はおかしそうに笑います。 「あの首相、やっぱり面白い人だね? ロボットのセバスティアンに向かって「お元気で」だってさ」 くすくす笑う王子様に、セバスティアンは答えます。 「文化の違いでしょう」 それを聞いて納得したのか、王子様はふうんとうなずくと、日本でもらったヴィディオを取り出して、さっそく見始めます。 その様子をいつもの通り見守るセバスティアンの顔は、心なしかほっとしているように見えました。 |