| 殺害しますよ? |
|
「昨日、妻が亡くなっておりおましたので、夕飯を一人で食べました」 「そうですか。それは大変でした」 人工蛋白で作られた擬似ポークソテーと言う寂しい晩飯にかぶりついていると、突然、そんな会話が聞こえてきた。顔を上げると、店の中には俺しかいない。 ドライヴインにある、深夜営業のレストランだから当たり前のことだが。 んじゃ、今のは誰の会話だ? と、きょろきょろしていると、ガラス張りの深夜レストランの表に、外国人らしき男がふたり、立ち話をしているのが見える。タクシー待ちのようだ。 いくらか酔っ払っているようだが、怒鳴り声で話しているわけではないから、彼らの会話が店内に聞こえるわけがない。 普通なら。 「ああ、しまった。携帯か」 俺はあわてて耳に手を突っ込むと、耳内端子を取り出し、ポケットから出した本体につないだ。設定画面を立ち上げると、集音レベルを「盗聴」モードから「通常」モードに切り替える。 昨日まで、不法入国組織の手伝いをしていたので、携帯が「盗聴」「翻訳」モードのままだったのだ。 翻訳モードはともかく、盗聴モードなんて、もちろんデフォルトなわけはない。安物の携帯を改造した、いわゆる違法改造携帯だ。 もっとも、探偵をやっていて改造携帯を持ってないやつなんていないから、とりたてて俺が悪党というわけではない。ちょと気の利いた探偵なら、みんなご同様だ。 耳内端子を元通り耳の中へ戻し、本体をポケットにしまう。今どき珍しい、完全耳内タイプの端子は、すっぽりと俺の耳に収まった。 この端子は耳の中のスピーカであると同時に、しゃべった言葉を頭蓋骨の振動から拾う、骨伝導マイクでもある。 若い子なんかだと、片目にかぶせる小型モニタ一体型の端子、通称「スカウタ」を使う者がほとんどだ。それならポケットの中で本体を操作して、歩きながらでもメールができる。 だが、俺は携帯でメールをすることがほとんどないし、何よりスカウタは遠近感が狂うから嫌いなのだ。スカウタのモニタは半透明で、向こうを見えるようにしてあるのだが、慣れないと普通に歩いていても転びそうになることがある。 なんてのは、まあイイワケだな。 要は最新型は高い上に機能が多すぎて、俺にはもてあますだけなんだ。まぁ、「大人なんだから、話せりゃいいじゃん」ってところかな。 飯代を払ってレストランの外に出ると、男達はまだそこにいた。なんとなく興味を持った俺は、あらためて携帯を「盗聴」モードに切り替える。すると、彼らの会話が聞こえてきた。 「妻が亡くなったのは上司のせいです。ですから私は、あの男を殺害しようと考えています」 「それは当然ですね」 タクシー待ちの男達は、えらく物騒な話をしていた。しかも、そんな話をしながら、ニヤニヤと笑ってやがるのだ。これだから、外国人って言うのは気持ちが悪い。 が、こういうトラブルは俺の飯の種になる。バカ正直に浮気調査だの迷い犬探しだのなんて、やってられないさ。 俺は、男達の後をつけることにして、自分のクルマに飛び乗った。 相槌を打っていただけの男を途中で降ろすと、男を乗せたタクシーは郊外の住宅街へ向かう。一瞬どっちを追うか迷ったが、ここはどう考えても「あの男を殺す」と言っていた方だろう。 タクシーは、程なく彼の家に着いた。 昨夜、妻が亡くなっているというのに、彼の家は何事もないかのようにひっそりとしていた。火葬場の予約が取れなくて、通夜を遅らせているのか? しかし、妻が殺されたと言いながら、それを悼むでもなく、悲しむでもなく、むしろヘラヘラ笑いながら、殺した相手をぶっ殺すなんてことを言っているやつだ。何か他に事情があるかもしれない。 と、ガレージが開いてクルマが出てきた。ガレージの扉が自動で閉まりきる前に、男のクルマはわずかにモーターの音を響かせて、あわてて走り去ってゆく。 俺はイグニッションをONにすると、その後を追う。 こっちは追尾用レーダーと静音モータを組み込んだ尾行専用モデルだから、まず、見失うことはないだろう。もちろんどこのメーカだって「尾行専用」なんて作ってないから、これも違法改造車。 静音モータはともかく追尾用レーダーは高速道路のETCを誤作動させる場合があるので、当局に見つかったら、かなりいい額の反則金を払わされるのだが、これがないと商売にならないのだからしかたがない。 男は繁華街へ車を向けた。尾行しやすいのは助かるが、いったい、どこへ向かっているのだろう? 殺す相手の家だろうか? と、繁華街の駐車場に車を入れ、男は駅前通りをにぎやかなほうへ歩き出した。俺もクルマを、こちらは路上駐車すると、ダッシュボードに「往診中」の札を出す。 ある医者にスキャンダルがらみで強請(ゆす)りをかけたとき、ついでに戴いてきたのだ。これがあると駐禁を切られないので、なかなか重宝している。 男は足取りも軽く繁華街を闊歩する。とても、昨日妻を亡くしたとは思えない。そのままスキップでもしかねない勢いで、一軒のバーに入った。俺もその後に続く。 先ほど呑んできたのに、また呑みに来たとは考えづらい。ここに目当ての男がいるのだろうか? カウンターに陣取った男から、三つほど離れた席に俺も座る。 しばらく一人で飲んでいた男に、やがて、近づく人物があった。この男も外国人だろう。なめし皮のような真っ黒い皮膚は、年齢のためか、シワがよっている。 ごつい顔をした男だ。最新型のスカウタが、その岩石のような顔に、まったく似合ってない。雰囲気から言って、一般人ではないだろう。 間違いなく、マフィアとか、それに類する人種に違いない。 男達は並んで座ると、ひそひそと話し始める。 俺はポケットに手を入れると、盗聴モードの精度を上げた。 「彼らはどうやら、今晩ここに来るようです」 「そうですか。わかりました。ご苦労様でした」 「それでですね……ん? ちょっと待ってください」 ごつい男のほうが急に言葉を切ると、ポケットに手を突っ込んだ。もぞもぞと手を動かしている。メールでも来たのだろうか? 男の左目が、うつろになった。右目でスカウタの表示画面を読んでいる人間に特有の顔だ。 いきなり。 男は立ち上がると、こちらに向かってまっすぐに歩いてくる。なんだ? なんだ? 盗聴がばれたのか? 「あなた、盗聴してますね?」 獰猛な表情とは裏腹の丁寧なセリフが、俺の携帯の耳内スピーカから聞こえてくる。やっぱり、基本が安物の携帯はダメだな。丁寧な翻訳口調じゃ、いくら脅されても危機感が感じられない。 「いったいどういうつもりですか?」 おそらくは「どういうつもりだ? このヤロウ」くらいのことは言っているんだろうが、聞こえてくる言葉がこれなので、少々強気になってしまう。 「お連れさんに用があるんだよ。ヤツの女房の死因とか、葬儀をやらないわけ、殺した相手なんかにな」 「なんですって?」 岩石男が振り返ると、例の男もこちらへ向かって歩いてきた。その姿にバーのマスターがかけたせりふを聞いて、俺は飛び上がってしまう。 「荒っぽいことは、表でやってくださいよ? 刑事さん!」 け、刑事? はとが豆鉄砲そのままの顔で、俺は二人の顔を見る。 「刑事の会話を盗聴するとは、すばらしい度胸ですね」 例の男はそう言って(言ったのは携帯の翻訳ソフトだが)獰猛な笑みを浮かべた。俺はパニックになりながら、ことの顛末を説明する。 岩石男は面白そうな顔で、同僚を見た。 「あなたは、奥様を殺害したのですか? それは驚きました」 「バカなことを言わないでください。妻は自宅で生きています」 そう言ったあと、しばらく何事か考えていた男は、やがて何かを思いついた顔で、はたと手を打った。そして俺のほうに向くと、ぬうっと近寄ってくる。俺は緊張で身を縮めた。 と。 男は俺の耳から耳内端子を取り出すと、岩石男に言って彼のスカウタを俺につけさせた。そしてなにやら調整をしていたが、やがて俺の耳に彼らの言葉が聞こえてきた。 「これで大丈夫だろう? こんどぁ、まともな言葉に聞こえるかい?」 そのセリフがまともな人間の言葉遣いとは思えなかったが、彼の言いたい意味はわかったので、うなずいた。 「つまり、こういうことだよ」 「何が?」 「いいから、おまえの携帯貸してみろ。どうせあとで強請(ゆす)るつもりで、その会話を録音してあんだろうが?」 俺は黙って携帯を差し出した。相手が刑事じゃ、どうしようもない。 刑事は俺の携帯から先ほどの会話のファイルを探し出すと、再生した。 そして、しばらくまじめな顔で聞いていたが、やがて耐えられなくなったように吹き出すと、大声を上げて笑い出す。 きょとんとした俺に向かって、やがて笑い止んだ刑事は、ファイルを自分のスカウタで再生した。俺の録音した音に続いて、彼が本来言ったであろう言葉が再生される。
「昨日、妻が亡くなっておりおましたので、夕飯を一人で食べました」
「そうですか。それは大変でした」
「妻が亡くなったのは上司のせいです。ですから私は、あの男を殺害しようと考えています」
「それは当然ですね」 刑事はまだくすくす笑いながら、俺に向かって言った。 「刑事の女房ってのはよ、ダンナが上司にこき使われるほど、自分の苦労も多くなるんだ。愛妻がぶっ倒れて寝込んでるって言うのに、こうして仕事に来るような男の女房だからな。かわいそうなもんだよ」 そこへ、岩石男が口を挟む。 「これからここで捕り物があるんだ。わかったらてめえは帰れ」 俺は牛乳を拭いた雑巾みたいな気分で、岩石にスカウタを返すと、自分の携帯を受け取って腰を上げた。手の中の携帯に視線を落とすと、怒りがこみ上げてくる。 くそ! こんなクソ機械のせいで、俺はこんな目に…… 忌々しくなって携帯をたたきつけようとしたが、さすがにここではそうもいかない。せっかく刑事たちが、やばい情報を消す時間をくれようと、気を使って返してくれたのだ。 今どきの若いサラリーマン刑事より、外国人刑事のほうが、こういうところで大目に見てくれることが多い。もっとも、その代わりに要求されるものも、もちろんあるんだがな。 俺は刑事たちに、そっと袖の下を渡した。とりあえず、このまま証拠として取り上げられなかっただけでも、感謝しなくちゃならないんだろうな。感謝なんて間違ってもしないが。 帰ろうと 店の扉を開くと、後ろから刑事の声が聞こえてきた。もちろん、例のムカつく翻訳口調だ。 「その携帯は最新型のに買い換えたほうがよいようです。それから、あなたの行為は違法ですので、明日、警察に出頭してください。その際、お持ちの携帯を持ってくることを忘れないように 」 文句など言えるわけもなく、力なくうなずく。そんな俺に、 ものすごく意地悪な笑顔を浮かべたまま、刑事ふたりは口をそろえて言った。 「証拠を隠滅すると、殺害いたしますよ?」 |