| ルナティック |
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ばるん、ばるるん! ばばばばばば…… ……ばすん! 「ち、だめだ。止まっちまった」 小太郎は舌打ちしてエンジンを蹴飛ばした。もっとも予備のバッテリーとモーターで動いているから、たいした力ではないし、したがって空冷単気筒エンジンには、傷ひとつつかない。 まあ、使い込んだエンジンは傷だらけで、ひとつやふたつ傷が増えても、いまさらどうってこともないのだが。 小太郎は携帯を取り出した。 「よう、半蔵。やっぱだめだったわ。新しいエンジン、お前のところで買うから、ひとつ見繕ってくれ」 一時間後、小太郎の家の前に、友達の解体屋、半蔵が現れる。新しいエンジンを持ってきたのだ。 とは言っても、解体屋がもってくるんだから、新品のエンジンではない。小太郎が所有することになるはずの、新しいエンジンという意味だ。 半蔵の持ってきたエンジンを覗き込んだ小太郎は、驚いて大声を上げた。 「おいおい! こりゃなんだ? Vツインじゃねえか。こんなエンジン、俺のフレームには乗らねえよ」 半蔵はにやりと笑いながら、小太郎の顔を覗き込む。 「水冷Vツイン1800ccだ。ラジエータほか水冷ユニット込みで50万でいいよ」 「いらねえよ! V−RODか? 空冷の単気筒もってこい」 「ば〜か、ハーレーじゃねえよ。VTX……ホンダだ。丈夫で精密な、ホンダのエンジンだ。軽く20年は持つぜ?」 むう、っと考え込んだ小太郎。まあ、こうなれば、この手の男は簡単なものだ。結局、ものの10分で、半蔵は小太郎の首を縦に振らせた。 話がついたので、二人でエンジンをガレージへ運ぶ。といっても小太郎は緊急バッテリー駆動なので、力仕事のほとんどは半蔵だ。ガレージの台に横になると、小太郎は半蔵に向かって片目をつむった。 「おう、よろしく頼むぜ?」 「まかせとけ」 小太郎の外装をはがしながら、半蔵が親指を立てた。職人の手で、小太郎の身体は見る見るフレームだけにされてゆく。 こうなればやることもないので、小太郎は携帯を直接脳につないで、TVを見始めた。 もともと空冷単気筒のエンジンが載っていたところに、はるかにでかいVツインエンジンを載せるのだ。フレームを切った貼ったして、かなり強引な大手術を行った末、それでもなんとか乗せてしまったのは、さすがに半蔵の腕前である。 「おし、これでいいだろう。小太郎、エンジンかけてみろ」 半蔵の言葉に、ゆっくり立ち上がった小太郎は、セルモータを回した。 きゅきゅきゅ…ばるん!ごばばばばばばばっ! 「お? オートチョーク! なんだよ、これってインジェクションなのか?」 「おうよ、これでセッティングも簡単だぞ。ま、ちょっとあったまって回転が安定するまで、少し待ってろ」 やがてエンジンが温まり、回転が落ち着いてくる。 どるっ、どるっ、どるっ…… 「ちと、あけるぞ?」 小太郎の問いに半蔵がうなずいた。 どるっ、どるるるるるん、ばるるるるるるるるるる! 「コォー! いい音じゃねえか。思ったより振動も少ないし」 「たりめーだ。んじゃ、なんか不具合あったら電話しろよ。ああ、そう。バッテリーずいぶん使ったろうから、ちゃんと充電しておけよな?」 「ああ、さんきゅ。しばらく慣らしてから、一回そっちに顔出すよ」 「わかった。じゃあな」 半蔵は片手を挙げて帰って行った。その後姿を見送ってから、小太郎は一度家にもどる。出てきたときは靴を履き替えていた。ミシュランの最新モデルのスニーカーだ。 「さて、行ってみようか」 エンジンを軽くあおってから、小太郎はゆっくりと歩き出す。フレームの様子や、手足の調子を見ながら、徐々にスピードを上げてゆく。 やがて、小太郎は国道に出た。 国道は夕方の帰宅ラッシュの少し前、まだすいている。環状の国道を左折して、内回りのルートを取ると、ここでエンジンを開放した。 ばるるるるるるるる! V型独特の鼓動を響かせて、小太郎は疾走する。ぐいっと言う加速と共に全力ダッシュ。フレームをゆがませながら、高速での旋回。ほんのしばらく走っただけで、小太郎はこのエンジンの虜になっていた。 あまりのパワーに、ハイグリップラバーを張ったスニーカーの底が滑ってしまった時など、ニヤニヤと笑いさえ浮かべてしまう。 帰宅途中のサラリーマンや、荷物を運んでいる運送業者の間を縫って、小太郎は駆けに駆けた。信号が青に変わるたびに、キュキュっと靴底を鳴らしてダッシュするのが、もう、楽しくて楽しくて仕方ない。 ずいぶん走って体が軽くなってきた。ガソリンがないのだろう。 どうやら腹もすいてきたので、近くのレストランに入ることにする。テーブルに着くと足元からノズルを引っ張り出し、身体につなぐ。ガソリンが流れ込む感触にほっと一息つくと、やってきた店員にチキンカレーを注文した。 さすがにチェーン展開している大きなレストランなので、店員はすべてエンジンを切り、バッテリー駆動している。 この間ツーリングに行った先で入った店では、おばちゃんがディーゼルエンジンだったので、定食が煤けていたなぁなんて思い出しながら、出てきたチキンカレーをほおばった。 食事が終わって一服していると、携帯が鳴る。着信を見ると、恋人の夢子だった。あわてて通話ボタンを押す。 「あ、小太郎?」 「おう、どうした?」 「あのね……話があるんだけど」 ついにきたか。 小太郎は思った。ここのところ、夢子は何やらふさぎこんでいたし、笑うことが少なくなった。どうもおかしいなぁとは、小太郎も感じていたのだ。 30分後、夢子の家のそばにある小さな喫茶店で、二人は差し向かいに座っていた。夢子がなかなか切り出さないでいるので、小太郎は自分から言ってみる。 「別れたいのかい?」 一瞬驚いて小太郎を見つめた後、夢子は小さくうなずいた。それから何か言おうとしたが、見る見る瞳に涙が溢れ出す。 そっちから別れるって言っときながら、何で泣くのだろう。これじゃあ、まるで俺が悪いみたいじゃないか。不満に思いながらも、小太郎は黙って座っていた。 そのうち、落ち着いてきたのだろう。夢子が涙をぬぐいながら、ぽつりぽつり話し出した。 要約すれば「新しい男が出来た」と言うだけの話に自己憐憫、自己満足、自己正当化の糖衣をかぶせるものだから、話が終わった時には、深夜になっていた。 「つまり、他の男と結婚するから、俺とは別れるってことだな?」 「ごめんね。最初はそんなつもりじゃなかったんだけど……」 「ああ、もういいよ。別に怒っても恨んでもいないから。今まで楽しかったよ、ありがとう」 「うん、私こそごめんね? 小太郎、いい人だね」 別にいい人のフリをしたつもりもなかったのだが、そう言われると何やらむかっ腹が立つ。 が、まあ、ここで余計なことを言えば、話がさらに長くなり、しかも泥沼になることは請け合いだ。いい加減面倒になった小太郎は、黙って微笑む。 別れ際、 「幸せになれそうか?」 と、聞いた時、複雑な顔で微笑みながら、最後まで答えなかった夢子の顔が、やけに印象深かった。おそらく夢子は、二度と自分とは口を利かないだろう。 地球人と結婚して、それでもルナティックとかかわりをもてるほどガッツのある女に、小太郎は生まれてこの方、一度も会った事がない。 夢子は比較的自由な考えの持ち主だが、それでも地球人と結婚する以上、ルナティックとは関わりたくないのが本音だろう。夢子はこれから、静音モーターを組み込んで、地球人の中で生きていかねばならない。 ルナティック上がりの人間が地球人の中でやっていくには、相当な迫害や苦労を覚悟しなければならないだろう。 それでも、そのチャンスをもらえただけ、夢子は小太郎よりもツイている……のだろう、きっと。 それからしばらく国道を走り、半蔵の店についたときには深夜と言うより早朝に近かった。もっとも、宵っ張りの半蔵なら、この時間に起きてることは間違いない。 小太郎が店の中に入ってゆくと、半蔵が自分のエンジンをいじっていた。 半蔵のエンジンは水冷直列四気筒の2000ccで、200馬力を搾り出す怪物だ。エンジンの引き上げなど、力仕事が多いのだから、まあ当然と言えば当然なのだが。 「どうした? 調子悪いのか?」 小太郎の様子を見て取った半蔵が、心配そうに声をかける。 と言ってももちろん、甘ったるい友情話ではない。自分の組んだエンジンに不備があったのかと心配しているのだ。半蔵はプロなのである。 「いや、エンジンは最高だ。ものすげえ気に入ったよ」 「んじゃ、なんでそんな不景気なツラしてるんだよ」 小太郎は夢子と別れた話をした。 半蔵は、問題が自分のエンジンではないとわかると、鼻毛を抜きながら適当に聞いている。もっとも、小太郎にとっても、やたらと心配されたりするより、その方がよっぽどありがたいのだが。 「そうか、夢子のやつは地球人と結婚するのか。まあ、このクソっタレの世の中じゃ、その方が利口だな。ルナティックと結婚して、一生差別されて生きてくよりは、ナンボか幸せだろうよ」 「ちぇ、遠慮のねえ奴だ。すこしは優しい言葉をかけてみろってんだ」 「ばーか、そんなのは地球人に任せておくさ。俺たちは、戦う相手が多すぎるんだ。そんな甘いこと言ってたら、明日も知れないぜ」 「……だな」
150年前、月の基地へ移り住んだ人々は、その後数代で完全に月に適応してしまった。重力が地球の六分の一しかない月世界で、彼らは地球人とはまったく違った進化を遂げたのである。 低重力のため、細く優美な姿となった月世界人は、幻想的に輝く月の姿と相まって、地球人に身悶えさせるような羨望を感じさせることとなった。 そう、月の人間は、まさに天界に住む者だったのだ。地上の人々は月を眺め、そこに住む優美でたおやかな天界の住人に、憧れと嫉妬を持っていた。 しかし、30年前に起こった大流星群の激突により、大気を持たない月世界は、木っ端微塵にされてしまった。 月を破壊した流星群は、当然地球にも降り注いだが、地球には厚い大気の壁がある。ほとんどは地表に達する前に燃え尽きてしまった。 皮肉なことに、地球の大気で燃え尽きた流星群は、息を呑むほどに美しかったそうである。 故郷を失った月人、通称ルナティックは、六倍の重力と戦いながら、地球で暮らすことを余儀なくされた。 低重力の下で育った細く優美な肉体は、母なる大地に還った瞬間、非力で何の役にも立たない貧弱な荷物となり、たった10年で、月人は天界の住人から非力な役立たずの難民へと、その地位を失墜させていったのだった。 「俺たちの遺伝子に組み込まれた低重力の焼印が消え去るまでには、もう何世代かがいるだろう。それまでは、こうやってエンジンを積んだ身体で生きていくしかないんだ」 半蔵は、特に悲壮な顔も見せず、淡々と事実を語る。それはこの時代の月人の、典型的な姿だ。 もちろん中には、かつての栄光にしがみつき、月人こそ貴族だというようなことを言っている者もいる。だが、大多数の月人とその末裔は、大重力下で生きるために、身体をサイボーグに改造して、下層階級として生きている。 一部の富んでいる者こそ、サーボモーターや人工筋肉を使うことが出来たが、大多数の難民月人は、中古バイクなどのエンジンを使うしかない。サーボや人工筋肉は、目が飛び出るほど高いのだ。 そしてそのために、月人の見かけは、かつての自分たちの祖先と比べて、いや、地球人と比べてさえも、醜くグロテスクになった。 醜い月人は、数箇所の月人地区に押し込められ、ひしめき合って生きている。地球人は、その他の広大な土地で、ゆったりのんびりと暮らしているというのにもかかわらず。 月人の暮らしは、数世紀前の地球人、いや、それ以下であった。 「まあな。夢子みたいにエセ地球人になるしか、このどん底の暮らしから抜け出せないって事だな」 そう言う割に、小太郎も半蔵も、決して悲壮な様子はない。 「ああ、そうだな。だがよ、もし、誰かがおまえを地球人にしてやるって言ったら、おまえどうする?」 宝くじに当たったら、と同じくらい、月人の間でよく交わされる会話である。それに対する答えも、大抵は同じだ。 「冗談じゃないね」 「じゃあ、地球人と同じ権利を与え、無料でサーボモーターをくれるって言ったら?」 「ば〜か」 二人は顔を見合わせて、大声で笑った。 どれだけ差別されようと、月人の中には彼らのように、決してへこたれない者達がいた。そして地球人に取り入った者達を尻目に、彼らは自分たち流に、人生を謳歌する。 やがて彼らは、その熱にあふれた力強い人生によって、ぎゃくにどん詰まりを迎えて行き詰まっていた地球人から、自分たちの場所を取り返すこととなるのだ。 ルナティックの名は、はじめは嫉妬と畏怖に迎えられ、次には嘲笑と哀れみを受け、ついには独立独歩の代名詞として、尊敬を受けるまでになる。 そしてその動きの中心に、小太郎と半蔵がいたことは、言うまでもない。 与えられるサーボより、自分で組んだエンジン。 差別する側から与えられるものが、どれだけ美味だとしても見向きもせず、すきっ腹を抱えて笑い飛ばすのが月人。 後年そう言われることになる「月人気質」は、こうしてゆっくりと出来上がっていったのである。
二人は夜空を見上げる。 煌々と照る月は、彼らには特に甘く美しい。どちらからともなく、彼らは月人の誇りと共に、つぶやいた。 「ルナティック(月人)はルナティック(キ○ガイ)」 「それがルナティック(月人気質)」 |