ロマンティックが止まらない
初夏のあたたかな陽光が、木々の葉の上で弾み、こぼれれ落ちてくる。涼やかな風が、ゆらぎながらその葉先を躍らせる。

柏の木の下の、僕の一番好きなベンチ。この公園の特等席。いつもの二人の待ち合わせ場所で、僕はさっきの電話の効果を期待しながら、携帯を握り締めて待っていた。

僕は、頬をなでる風の心地よさに目を細めながら、入道雲の作る造形に見入ってしまう。一時だけ、あの人の顔を忘れた。もちろん、一瞬のこと。僕はもう、あの人なしでは生きていけない。

「待ったかい?」

待ち焦がれていた声に後ろから呼びかけられて、僕はバネ仕掛けのように振り向く。振り向いた先には、「僕の全て」が立っていた。

「どうした?遅れたから怒っているのか?」

見とれたまま固まっている僕に、優しく微笑を投げかけながら、その人はゆっくりと近づいてくる。

「ううん。怒ってないし、待ってもないよ」

急いで答えた僕の顔を、ちょっぴり意地悪にのぞきこみながら、光一は薄笑いを浮かべる。

「なんだ、待ってなかったのかい?俺のこと好きじゃないんだね?」

もちろん、光一が本気で言ってるわけじゃないのは判ってる。それでも、こんなふうに言われると、僕はいつもあせっちゃって、うまく答えられない。

「え?え?そ、そんなわけないじゃないか!そう言う意味じゃないよ!」

「じゃあ、どんな意味だ?」

「だからそれは……」

不意にいたずらっぽく微笑むと、光一は僕の唇に人差し指を当てた。

「判ってるよ」

なんて、なんてきれいな笑顔なんだろう。

光一の指の触れた部分が、なんだかジンジンする。そのジンジンが唇から広がって、僕の全身に広がってゆく。心臓が、思い出したみたいにドキドキし始めた。

僕はこの笑顔のためなら、もう、どうなってもかまわない。衝動的に、自己破壊の欲求が高まってくる。

めちゃくちゃにされたい。

光一の顔が、すっと近づいてきた。それだけで僕は恍惚に包まれて、うっとり瞳を閉じる。

自然に開いた唇から、ため息がもれる。

唇が触れた。

あとのコトはよく覚えていない。夢中で光一にしがみついた記憶だけが、うっすらと残っているだけ。

 

公園のそばのホテルの一室で、僕は光一がシャワーを浴び終わるのを待っていた。しばらくして出てきた光一は、なんだか悲しくなるくらい優しい笑顔で僕を抱きしめる。

僕はいつのまにか涙を流していた。

「どうした?何がそんなに悲しいんだ?」

ベルベットのような光一の声が、僕の心を優しくなでる。それでいっそう悲しくなってきて、僕はイヤイヤをしながら光一の手を逃れようとする。

光一はいっそう強く僕を抱きしめると、耳元でささやいた。

「言ってごらん?」

一瞬だけ躊躇したが、僕の口から胸イッパイになった想いが、自然に溢れ出してしまう。

「だって、だって、どんなに光一の事を愛していても、光一とは決して結ばれないんだって思ったら……急に悲しくなっちゃって……」

光一は黙り込んでしまう。

僕はあせって、矢継ぎ早に言葉を続けた。

「ごめんね?こんなこと言うつもりじゃなかったのに。いつも優しくしてくれて、僕、本当に嬉しいよ。時々でいいから、僕のことを愛して。それだけでいいから。あとは何もいらないから」

光一に嫌われたくなくて、僕は必死にそう言った。でも、光一は何も言わないで考え込んでいる。僕は不安で胸がいっぱいになる。

やっぱり光一も、本当は女の子の方が好きなんじゃないだろうか?とか、あんまり好きだ好きだ言うもんだから、うっとうしくなって嫌われるんじゃないだろうか?とか、いろんな不安が頭の中を駆け巡る。

そんなときでも僕は、一番の不安だけは考えることさえしたくなかった。それだけは、一瞬でも長く忘れていたい事だったから。

ほんの二、三分のことだったかもしれない。でも、僕には永遠に感じられるような沈黙のあと、光一はゆっくり腕時計を見る。

僕は、切なくて切なくて、その様子から目をそらした。

光一は僕に向かって、優しく言った。

 

「時間だけど、延長する?」

僕は悲しい気持ちでうなづくと、財布を取り出した。

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