かわいいおかあさん
「おい、小僧! いるか? おまえの大好きな先輩が、お忙しい中をわざわざ遊びに来てやったぞ? なんか食わせろ」

「あ、先輩。おお、もうそんな時期か。今月も終わりだなぁ」

「なんだと? なんのことだ?」

「先輩、毎月毎月、月末になると飯をタカリに来るじゃないですか。来月くらいは、ちゃんと計画的に給料使ったほうがいいですよ。怪しげなバイトばかりしてないで」

「ふん、俺だって今月はきちんとやってたんだ! 悪いのは俺じゃない。パーツ屋だ。よりによってインジェクションコントローラだぞ? 買うだろ、普通」

「また単車のパーツ買ってオケラになったんですか。毎月のことじゃないですか。まいいや、今月は仕送りが多かったし。ラーメンでも作りますよ」

「おお、おまえ相変わらず、いいやつだな。俺が成りあがったアカツキには、一番の側近にしてやるからな」

「いや、心の底から結構です」

「謙虚なやつめ。おや? これはなんだ?」

「どう見ても仕送りの封筒じゃないですか。だめですよ、中身抜いちゃ」

「ち、気づかれたか。しかし随分と分厚い封筒だなぁ……ってなんだ、手紙が入ってるのか」

「あーもー! ブツブツ言いながら勝手にあけないでくださいよ!」

「ん? なんだ母親からか。マザコン野郎め」

「うちの母親、心配性ですから。ちゃんと返事書かないと、田舎からここまで飛行機に乗ってやってきちゃうんですよ。一人暮らしするまでに、説得に三年かかりましたからね」

「なに? 今どき何て親だ。よし、俺に任せろ。そんな時代遅れの親は、俺がNASAに言って、成層圏まで打ち上げさせたあと、地球周回軌道に乗せてやる」

「いや、先輩、NASAに人脈(コネ)とか絶対ないから。だいたい、そんなところに母親置き去りにされても困るし」

「まあいい。で、その人工衛星予備軍はなんて言って来てるんだ?」

「打ち上げませんてば。まいいや。読みますよ? えーと……シュン君お元気ですか? 母さんは元気です。この間の水着コンテスト、なんと優勝しちゃいました……か。なんだ、やっぱり出場したんだ」

「ほほう、熟女の水着コンテストか? なんとまあ、マニアックな。おまえの田舎は変わった性癖の人間が多いようだな」

「違いますってば。普通のコンテストですよ。海辺でよくやってるやつ」

「なんだと? おまえの母さんてな、幾つなんだ?」

「35です。あ、写メがありますけど、見ます?」

「ん? どれどれ……なっ!……こ、これは……」

「結構若く見えますよね? たまにナンパとかされてるみたいですよ。よく、「ナンパされちゃった〜」なんて喜んでますから。いい年して」

「とりあえずキャッチボールしよう。親交を深めようではないか。親子の」

「せ、先輩。何を言い出すんですか。うわ、なんつーウサンクサい笑顔だ」

「バカもん! 水臭いぞ! 父さんと言え。もしくはファーターでもいい」

「やですよ。なんですかそれは」

「う〜む、わがままなやつめ。だが、父親にわがままを言うのは、息子の特権だからな。仕方ない、特別にダディと呼ばせてやる。おまえ以外では、郷ひ@みだけなんだぞ? よろこべ」

「いや、郷ひ@みはダディって呼ばないですよ。彼自身がダディだから」

「細かい男と、マザコン男は、モテんぞ?」

「先輩ほどいい加減なよりは、だいぶんマシだと思いますがね」

「しかしまあ、随分かわいい母親だ。あれだな? もと父親の愛人だったのに、おまえの実の母親を追い出して、後釜に座ったクチだな。そして夫の連れ子との確執。なつかないおまえを虐待する母親。命の危険を感じたおまえは、こうして家を出た、と」

「僕の人生に、そんなサスペンスはないです」

「んじゃ、逆だ。年の差の少ない連れ子に、みだらな思いを寄せる継母。やがて欲望は頂点に達し、ついにおまえは母親と」

「やめろー! もう、カンベンしてくださいよ! 想像しちゃったじゃないですか! だいたい、なんで継母に決定してるんですか。普通に本当の両親ですよ」

「なんだ、つまらん。しかしまあ、それなら彼女と俺の愛をはばむ邪魔者は、どこにもいないわけだな」

「それは愛じゃなくてストーキングだと思われます。それと、ウチの親父の存在を、アタマから無視してませんか? ウチの両親、すごく仲がいいですからね。ヘンなこと言わないでくださいよ?」

「なんだよ! それじゃあ、俺のこの燃え上がる愛と情熱の行き場は?」

「燃え上がる欲望じゃないですか。おねがいですから、人の母親をそう言う目で見ないでください」

「あーやだやだ、マザコンのヤキモチかよ。いいか? 母親だって人間なんだ。おまえが親離れできないから、彼女は本当の愛に向かっての、運命の第一歩を踏み出せないんだよ!」

「本当の愛ってのは、先輩のどこを押しても出てきませんよ。一ヶ月以上彼女が続いたためしがないくせに」

「ふん、まあいい。続きを読め」

「なんで母親からの手紙を、朗読しなくちゃならないんだろうなぁ。え〜と……実は母さん、最近ストーカー被害にあってるんです……えぇ? なんだって?」

「うむ。それだけ「妖しい人妻フレーバ」を醸(かも)し出していれば当然だな」

「ストーカ犯、先輩じゃないでしょうね? えっと、なになに……相手は50歳前後の男で、気づくといつもそばにいるの。もう、気持ち悪くてしょうがないわ。父さんに言ったら、一度追っ払ってくれたんだけど、今度は父さんがいないときにやってくるの。警察に言っても、被害がないうちはどうしようもないんだって。かあさん、怖くてしょうがないから、シュンちゃんに帰ってきて欲しいな……って、要はこれが狙いか」

「なるほど、やはり若い肉体が忘れられないんだな?」

「だからー、やめてくださいってば。でも、いくらなんでも僕を帰らせるために、そんな嘘はつかないと思いますよ? ばれたら僕を怒らせることは判ってるだろうし」

「おまえなんか怒ったって、怖くもなんともないけどな」

「そう言う問題じゃないです。でも、このストーカってのが本当なら、確かに気味が悪いなぁ。ゴールデンウイーク、実家に帰ろうかなぁ」

「うむ、それがいいだろうな。ああ、俺のことは心配するな。ゴールデンウイーク暇だから、ついていってやるよ」

「いや、連れて行きませんから、絶対。何が悲しくて、ストーカをふたりに増やさなきゃならないんですか」

「えらい言われようだな。まあ、その辺は帰省の列車の中で話し合うとして、問題はそのストーカをどうするかだな」

「いや、列車の中とか、意味わかんないし。どうしても行くって言うんなら、両手両足を拘束させてもらいますからね」

「それじゃ、なにもできないじゃないか!」

「何をする気なんですか! 目隠しと猿轡も追加したいくらいですよ」

「う〜む。そこまでするなら、それはそれで楽しみな気もする」

「ち、真性だ。それならいっそ、そのまま先輩の自宅で放置プレイにしません? そのほうが、いろいろと安全だし。」

「それはイヤ。放置ってのは、いつ帰ってくるかわからないところがいいんじゃないか。つーか、それよりアレだ。ストーカの特徴とかは書いてないのか?」

「えっと……ああ、ありますね……50代の男で、白髪の長髪に黒縁めがね、身長160センチくらいで痩せ型。ええ、それから……」

「時に、おまえの実家ってどこだっけ?」

「いきなり今さらだなぁ。母親がいつも飛行機で来るって言ったじゃないですか。北海道ですよ」

「なるほどな……ああ、だいたい解った。まあ、おかあさんは心配ないよ」

「なんでですか?」

「おまえ、今まで話してて解らなかったのか?白髪の長髪に黒縁めがね、身長160センチくらいで痩せ型。おまけに北海道とくれば、犯人は明白じゃないか」

「え? え? そうなんですか?」

「ムツだ」

「は?」

「ムツゴロウしかいないだろうが。おまえの母親は王国に目をつけられたんだ。アレだな。きっと嫁の来てがない王国の事態を重く見たムツが……」

「………もね、あきれて反論もできませんよ。だいたい、ムツさんて50代じゃないでしょう?」

「そうか? あのひとって昔からずっとあんなんじゃなかったっけ? つーか、ムツゴロウって年取るの? つーか、マジで地球人?」

「宇宙人じゃないとは思いますよ」

「それにしては、人類よりも他の動物を大事にしすぎる。まあ、人類を大事にしても、あんまり金になんないから……」

「ストップ! ムツさんの誹謗中傷をしてる場合じゃないですよ。ストーカ対策を考えないと」

「ああ、それなら大丈夫」

「なんでですか?」

「ムツゴロウが犯人じゃないなら、他にそんなことをする犯人は一人しかいないから」

「えぇ? 誰なんです?」

「ホントにわかんないの? おまえ、脳みその使い方をもう少し勉強したほうがいいぞ?」

「む。でも、確かに先輩、成績だけは優秀だからなぁ……人間としてはともかく」

「なんだと? キサマという男は、可愛がってやった恩も忘れて……おや? 携帯が鳴ってる。誰だろう? ああ、親父か……もしもし? ああ? ああ、わかったよ。近いうちに帰るから、大人しくしてろよな? ああ、じゃあな」

「お父さんからですか? 先輩の親もやっぱり心配なんでしょうね。つーか、冷静に考えて僕の親より先輩の親のほうが、100倍くらい苦労が多そうだもんなぁ」

「やかましい。心配してるのは、むしろ俺の方だ。ウチのオヤジは、おまえが考えている100倍以上の駄目人間なのだ」

「いや、駄目人間なのだ! とか宣言されても答えようがないです。ああ、それよりも犯人ですよ。僕がトンマなのは認めますから、ストーカ犯人教えてくださいよ」

「本当にトンマだなぁ、もう、読者のほうは見当がついてると思うぜ? わかってないのはお前だけだ」

「ええ? そうなんですか?」

「アレだ、おまえの母ちゃん追っかけまわしてるのは、間違いなく、
俺のオヤジだな」

「…………」

「今、電話で、新しい恋人ができたって言ってたから、九分九厘、ヤツだろう。とりあえず大人しくしとけって言っておいたから、しばらくはストーカ被害もないものと思われる」

「……ああもう、どこから突っ込もう、これ」

「まあ、ゴールデンウイーク、お前の家に行ったとき、俺がやめるように言っておくよ」

「なんでウチに来ることを前提にしてるんですか? 先輩の実家、北海道じゃないでしょう?」

「だからよ、実家に行っても親父に会えないじゃないか。おまえの母親ストーキングして北海道にいるんだから。少しは頭を使え」

「なるほど……じゃない! ヤですよ。なんで僕の実家を、そんな変態親子に提供しなきゃならないんですか」

「だって、俺の実家、このあいだ燃えちゃったから」

「え? そうなんですか? それは、それは……知らぬこととは言え」

「気にするな。燃やしたの俺だから。いや、いい加減ぼろいから建て替えようって話になってさ。解体費用が意外に高いもんだから、それなら燃やしちまえって」

「……もう、先輩に神経使うのはやめることにします。それより、絶対連れて行きませんからね? 親子対面は他のところでしてくださいよ?」

「ああ、解ったよ。NASAに頼んで……」

「え? まさか本当にNASAにツテが……って危ない、危ない。また騙されるところだった。自分のアパートで会えばいいじゃないですか」

「ヤだよ。居つかれたら困る」

「捨てイヌじゃないんだから」

「そのほうがマシだ。まあ、いいよ。新しいオヤジの家も、アテがないわけじゃないから」

「そうなんですか? 手回しがいいなぁ。で、どこなんです?」

「決まってるだろう? 動物王国だ」

「絶対、ムリだと思うなぁ……」

「大丈夫、住まわせてもらうんじゃなくて、飼ってもらうんだから。ムツさんに」

「……いっそのこと、先輩も飼って貰えばいいのに」

「ああ、それは駄目だって。去年頼んだら、思いっきり断られた」

「頼んだのかよ」


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