正しい公務員
小さな村だ。

住民は全部で30人。ほとんどが老人と子供だ。しかし、生活用水は各家庭にある井戸水なので、水溶性の毒は使えない。毒ガスみたいな空気を汚す毒も、後々のことを考えると使用できない。

考えた末に俺が出した結論は、一戸一戸、殺してまわると言うものだった。俺は別に殺人狂ではないし、仕事熱心でもない。できればとっとと終わらせたいのだが、なかなかそうも言ってられないのだ。

この村は原因不明、正体不明の感染症に冒されている。

俺は政府の極秘指令を受けて、この村の住人を根絶やしにやってきたのだ。俺だって老人や子供ばかりのこの村を全滅させるなんて仕事、もちろんしたいわけじゃない。はっきり言って吐き気がするよ。

だが、俺は役所の人間で、国民のために働く公僕なのだ。どんな仕事だって、国民のために誠意を持って行う。それが正しい役人の姿だろう?

俺は各家庭の窓や吸気口などから催眠ガスを流し込み、寝入ったところをひとりづつ殺していった。聞きたくもないだろうから、細かい描写は避けるが、俺の仕事はきわめてスムーズだったといっていいだろう。役所の仕事はもたもたしてるなんて、誰にも言わせないくらいにすばやかった。

全ての住人を殺し終わると、俺はタバコに火をつけた。

自分のやったことの恐ろしさを、他のみんなの笑顔のためだと言い聞かせ、押しつぶす。自嘲気味に笑ってみようとしたが、それはあえなく失敗した。これから先、当分は彼らの死に顔に悩まされることになるだろう。苦痛の中で死んでいった者がいないのが、せめてもの慰めか。

俺は携帯を取り出し、上司に報告した。上司は「ご苦労」のヒトコトさえ言わずに、わかったとだけ言って電話を切る。殺人者とは話したくないと言うわけか。自分で命令しておいて、勝手なものだ。

そうしてしばらくタバコを吸っていると、突然回りが明るくなる。

驚いて動けない俺に向かって、幾つものライトが浴びせられ、同時にハンディマイクからの声が聞こえてきた。

「君は完全に包囲されている。武器を捨てて大人しく投降せよ」

何で?

と思ったのは一瞬だ。少し考えて、すぐに状況を把握することが出来た。何の事はない。俺は生贄なのだ。これだけの住人が一斉に、それも他殺死体で発見されて、タダで済むはずがない。

俺はなんとなく、死体の掃除屋みたいな秘密集団がいるのかと想像していたのだが、考えてみればそんなものがいるわけがない。というより、そんな集団を雇うより、俺を狂人に仕立てたほうが簡単だし、何より安上がりだ。

国民の血税を、俺ひとりを助けるために使うわけにはいかないと言う事だろう。そう言うことならば、まあ、仕方あるまい。

俺は問答無用で銃弾の嵐を浴びた。

 

「知事、例の件はどうなった?」

「無事に解決しました。村人は全員、狂人の手によって殺害されてしまいましたので。これで一安心ですな、総理?」

「何を言うのだ?30人の尊い命が失われたのだぞ?まことに残念な話じゃないか?」

「これはこれは、まったくそのとおり。遺憾です。遺族には、早急にしかるべき補償をする準備が整っています」

「よろしい。それでは、この件については終わりだ。ところで、次回の選挙なんだが……」

 

俺を襲った弾丸は、奇跡的に全て急所を外れていた。

死体袋に入れられて車で運ばれる途中、川にかかった橋の上で、隙を見て袋ごと車から転げ落ちる。そのまま水に落ちた俺は、急流に運ばれてあっという間に川下へ流されていった。

俺が死んでいると思っているヤツラは、川に落としたと言う自分たちの落ち度を、決して上司に報告すまい。なぜなら彼らも役所の人間だからだ。

ほぼ間違いなく死んでいる俺の死体を紛失したからといって、この仕事自体の結果には何の影響もない。

だとすれば、彼らの行動はひとつ。書類に処理済のはんこを押して、すべて終わりだ。わざわざ査定を下げるためだけに余計な報告などする馬鹿は、少なくとも俺の同僚には決していないはずだ。

俺は袋ごとしばらく流されて、やがて下流の川原に流れ着いた。そこで袋から這い出ると、橋の下にいるホームレスに助けてもらって一命を取り留めた。

傷が治り体力が回復するまでそこにいた後、俺は総理大臣と県知事を殺すために、計画を練る。こちらの手駒は俺の体力と知識、それに断固たる決意だけだ。

ヤツラを殺すという、断固たる決意。

役所の人間が考えることはわかっている。ヤツラの弱点もよくわかっている。後は行動あるのみだ。

復讐?

馬鹿言っちゃいけない。俺は彼らに対して何の恨みももっちゃいないよ。だって彼らは俺の上司であり、国民の意思によって選ばれた国民の代表なのだから。

ただ、彼らのようなやからがこの国の舵取りをしていては、やがて国民を裏切ることは必至だ。だから俺は彼らを殺すのだよ。

国民のために殺人をすることは構わない。だが、それを恥じたり、保身のために取り繕うようなヤツラには、この国を任せては置けないだろう?

だから俺はヤツラを殺す。国民が裏切られる前に、彼らを排除しなくてはならない。

ただ、あくまで希望なんだが、もし俺が詰め寄ったら、彼らは黙って死んでくれるかもしれないと言う期待も持っている。彼らが真に国民の幸せを願う公僕なら、俺の指摘に納得して、喜んで死んでくれる可能性だってあるかもしれないのだから。

もちろん、嫌だというのなら、俺が殺してやる。あの村の住人のように。

彼らは国民のために死んでいった。一般人がそれだけの犠牲を払っているのに、公僕が安穏としているわけには行かないだろう?

もちろん彼らを殺した後は、俺自身も命を絶つ。幾ら国民のためとはいえ殺人者がのうのうと暮らしていては、国の秩序が保てないのだ。もちろん一個人としては、損な役割だと思うし、ばかばかしい話だなとは思うよ?

でも、俺は誇りをもってヤツラを殺し、満足とともに死んでゆくだろう。

なぜなら俺は役人で、国民のために働くのは役人の仕事だからだ。

国民の幸せのために全てをなげうつ。

それが正しい公務員の姿だろう?

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