| 星の王子様 |
| ちょっとしたコンピュータのミスだった。 いや、コンピュータもミスをすることはあるが、ほとんどの場合、ミスというものは人為的なものだ。今回も正確には、扱う人間のミスだった。 人口の調節をコンピュータに頼っている今日、出産管理業務というのははっきり言って閑職である。そこにまわされた新人が、今年の新人の中では群を抜いて使えない男だったとしても仕方ないだろう。 おまけにここを取り仕切るベテランの職員が、よりによってその日に限って体調不良だったというのも、神様がどうのというよりは単なる偶然だったに違いない。 新人が打ち込んだコマンドは、ちょっとしたタイプミスとそのあとの確認作業のいいかげんさによって、実行に移されてしまう。 命令を受けたコンピュータは細心の注意を払って、丁寧な作業で精子と卵子を結合させた。そしてその遺伝子が選ばれた理由から換算して、その遺伝子をもつものにふさわしい仕事を選択する。 もっとも適合する職業は非合法なものであったから、そこから類推していちばん近い仕事を選び出したのだ。 とにかくそんな経緯で、彼はコンピュータで管理するような人口過多の時代に、医者と同じくらいこの時代には必要ない職種、葬儀屋として生まれたのだ。
男の名前はサイド・トムラ。彼ははるか昔に絶滅させられたはずの、この国の闇に生きてきた暗殺集団、弔(トムラ)一族の血を受け継ぐ最後のひとりとなった。 ゆりかごから墓場まで、コンピュータに管理される時代だ。 連続でくしゃみをしただけで、全自動の医療システムが起動するような時代では、殺し屋も、葬儀屋も、医者と同じくらい行く場所がなかった。 徹底した管理システムが、幸か不幸か彼を成人にまで育て上げた。 ところが社会には、サイドが社会人として生きてゆくための受け入れる器がないのだ。葬儀という儀式は、合理性に欠けるという理由で、30年前に廃絶されているのだから。 行政、司法に携わる人々は、困惑した。 遅まきながら彼のことが調べられ、彼がこの世に生まれてきたことは間違いであったことが判明する。しかし、だからといって殺すわけには行かない。大昔の囚人矯正プログラムが引っ張り出され、彼はそのプログラムによって再教育を受ける。 しかしサイドはその再教育プログラムを受け入れなかった。やはり管理者が居ないことを上手く利用して、彼は自分の心に響いた教育プログラムだけを受け入れる。 それはコンピュータおよび情報管理の技術と、テロリズムに代表される破壊活動の基本、戦略や戦術の基礎、そして…… 音楽だった。 サイドはコンピュータの扱いや破壊活動の基本を熱心に学び、それと同じくらい熱心に、古今東西のいろいろな歌を聞き、覚え、歌う。 なぜそこまで熱心になるのか、彼自身にもわからなかった。 彼は手に入れた技術を持って、いろいろなところへアクセスしては、大量の情報を得る。 いわく… この世界は管理によって一定の人口を保たれている。そして、すべての人間とその操るロボットたちに、各各の個性に応じて仕事が割り振られる。言わばここは、完全に完結した世界である。 そのため、この世界には高々二万人の人間しか居ない。 二万人はそれぞれが必要なものを作ったり、調べたり、補い合って生きている。人々は死の時期さえ予測され、彼らの死にあわせて新しい命が作られるシステムになっている。 ところが自分は、限りない偶然によって生まれた、この世界には居場所のない人間だということ。 そんな話を次々に聞かされて、サイドは泣いた。 誰も自分を必要としていない。誰も自分を愛してはくれない。 それなら、何のために生まれてきたのか? サイドは学んだ。歴史を学び、生き物の理を学び、宗教を学んだ。サイドは考えた。生きる意味。生まれてきたわけ。自分の存在。 なぜ、自分が求められたのか? なぜ、自分は要りもしないことを学んだのか? 偶然とは思いたくなかった。これには何かしらの必然性があるはずだ。それは何でもいい。たとえ神の意志などという、およそ科学的とはいえない理由でもいい。何かの理由があるはずだ。 サイドは考えに考えた。そして、ようやく答えが出たと確信する。
完全に調和の取れた無駄のない世界というものは、その一部の破綻が逆に全体に及ぶ。サイドは効果的に破壊活動を行った。瞬く間に二万人のうち半分が滅んだ。 いくら、内部の人間の攻撃を想定していない世界だったとは言え、その効率のよさは、彼の祖先である弔(とむら)の一族も、おそらく舌を巻いたであろう。一方的な虐殺だった。 彼はおびえる一万人の中からジェノとスーのふたりの女を選び出した。自嘲気味に唇の端を吊り上げると、彼はつぶやく。 「どちらが僕と一緒になる?」 スーはそっぽを向いた。ジェノは助かりたい一心で愛想笑いをした。彼は二人を皮肉な笑顔で眺めながら、銃を持ち上げる。 次の瞬間、スーの頭が吹っ飛んだ。そして驚いて固まっているジェノに向かって銃口を突きつけると、笑いながら言う。 「一応聞いてはみたんだけどね。スーには好かれなかったみたいだ。君は?僕のことが好き?」 ジェノは助かるために必至でがくがくとうなずく。と、うなずいている頭が轟音と共に消滅した。巻き散らかされた血の海の中で、サイドは狂ったように笑い出す。 「これはね、占いだったんだよ?スーが僕を選べば、スーと僕でスーサイド…自殺しようと思っていた。でも僕を選んだのはジェノ、君だ。君が選んだということは、占いの結果はジェノサイド…虐殺だ。で、手始めに君から死んでもらったわけさ」 くすくすと笑いながら、サイドは姿を消した。 その数ヵ月後、残りの一万人はことごとく滅んだ。
星の上に王子様がひとり。 その周りには二十万以上のロボットが、傅(カシズ)いている。 「ねえ、聞いてくれるかい?」 ロボットの一体が、小首をかしげるように見える動きで、サイドの次の言葉を促す。 「これでようやく、僕の仕事が出来るよ。全人類の葬儀って言う、偉大な仕事がね…………あのね、思うんだけど僕が無意識のうちに歌を好んだのは、きっとこの時のためだったんだよ。そう思わないか?」 ロボットは答えない。 サイドは悲しそうに肩をすくめると、壮大な宴の準備にかかった。 彼の生きた証を刻むために。 大きな、大きな墓標が作らる。そのそばには、この星のあちこちから集められた、あらゆる珍味と美酒が用意されている。サイドは墓標の正面に作られた玉座に座り、ひとりっきりの宴を始めた。 サイドは泣いていた。泣きながらひとり歌を歌い始める。己の身勝手さに泣き、滅んだ人類を思って泣き、それでもこうせずにはいられなかった自分に泣き、歌いつづけた。 天まで届きそうなほど巨大な墓標の周りに、二十万体のロボットが静かに立っている。 その真中で王子様は、泣きながら歌う。 全人類への鎮魂歌は、いつまでも、いつまでも続いた。 |