| 美酒の代償 |
| 「最高に旨い酒を飲ませてやる」 木邑(きむら)の言葉にホイホイと乗っかって、俺は単車に跨った。深夜12時の話だ。 2台で走り出すと、木邑はクルマの少ない国道をイカレたスピードで飛ばす。俺も目いっぱいアクセルを開けて、懸命についてゆく。ヤツの単車と俺の単車じゃスペックに雲泥の差があるんだ。こりゃ、不利だぜ。 高速に乗ると、アベレージスピードがまた上がる。180キロ巡航ってヤツだ。キチガイ沙汰だ。 すっかり秋めいてきたこの頃。真夏の夜だって、この時刻に長時間走るならレザーが必要だってのに、最近の薄ら寒い秋の夜、俺達はもう2時間近く走っている。 寒い。 だんだん歯の根が合わなくなってくる。意志とは無関係にガチガチ音を立てる歯を無理やり食いしばり、俺は半分以上意地だけでアクセルを開ける。 食いしばりすぎて、こめかみが痛い。背中から這い登って全身に広がった冷気が、体温を刻一刻と奪ってゆく。 と、木邑が高速を降りた。そのまま走り続けるが、いつまで走っても街灯一つ見当たらない。なんだかどんでもないド田舎だ。 そのまま更に奥へ奥へと導かれる。俺達は峠道に入った。真っ暗で数メートル先も見えないような峠道を、ハイビームの明かりだけを頼りに走る。 走る。走る。 寒さでうまく動かない身体を無理やり動かして、俺は単車を右左に切り返しながら峠を駆け抜ける。
崖っぷちで、ふいに木邑が止まった。 俺も横に単車を寄せて、エンジンを切る。 キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン 痛いほどの静寂。 ガードレール越しに下を見ると、眼下に広がるのはごつごつした岩場だ。小川が流れているのか水音がする。 これだけ山の中になると、かなり気温が低い。俺の口から出る息が白いくらいだ。小川からも、湯気が立ち上っている。 「降りるぞ」 言い放つと、木邑は岩場をさっさと降りてゆく。俺もその後に続く。かじかんだ手足で岩場を降りるのは結構な重労働だった。 降りた目の前に、大きな水場が見えた。 いや、これは…… 温泉だ。 俺は木邑を見る。木邑は俺を見てにやりと笑う。と、次の瞬間、俺と木邑は嬌声を上げながら服を脱いで温泉に飛びこんだ。 至福。 コレほどの快感、俺は他に知らない。冷えた身体に、温泉が染み込んでくるようだ。 不意に木邑が立ちあがると、脱いだ革ジャンのポケットから何かを取り出した。 テネシーウイスキー、ジャックダニエル。 俺は全てを一瞬で理解した。ああ、確かにな。冷えきった身体に温泉と酒。そりゃ最高にうまい酒だ。 俺と木邑は温泉につかりながら、したたかに酔っ払った。身体が慣れてみれば、かなり低温の温泉であることはわかったから、そのまま寝てしまっても心配はないだろう。 事実、寝てしまったんだが。 昼過ぎに目を覚ます。木邑も同時くらいに起きた。俺達は素っ裸のまま温泉の中で眠っていたらしい。実にすがすがしい、いい気分だ。俺は大きく伸びをした。伸びた先に崖の上が見える。 「な、なんだぁ?」 俺は飛びあがる。 崖の上には渋滞の車の列が出来ていたのだ。そこからのぞくのは明らかに笑っている、顔、顔、顔。 さすがにコレだけの衆目の中を裸で出てゆくわけにも行かず、俺と木邑はそのまま温泉につかりつづけた。 迎え酒に、ボトルをあおる。 地獄谷に行っても、猿の入浴を見物するのはやめようと心に誓いながら、俺達はやけくそ気味に酒を飲む。 どこかで、猿の鳴き声が聞こえたような気がした。 |