ピアス

ピアスが壊れた。

確か近所のコンビニにあったはずだと思って、サンダルを突っかけアパートを出る。一分歩いた先のコンビニに入ろうとすると、入り口でブザーが鳴り、スタッフがやって来た。周りの客に見られたが、まあこれは仕方ない。

「お客様、申しわけありません。お客様のIDが…」

「だから、ピアスを買いに来たんだ」

若い男のスタッフにみなまで言わせず、俺はぶっきらぼうに言った。男は慌てて頭を下げる。

「そうでしたか、失礼しました。いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」

促されてキャッシュコーナのとなりにある、身分証明関係の機械の前に案内される。まったく面倒だが、ピアスがなければなにも出来なくなってしまうのだから仕方ないだろう。

「それでは機械の指示にしたがってください。約五分でID確認とICチップの再発行が行われます」

「こっちの古いのは?」

「あ、こちらのゴミ箱へ捨ててください。お持ちになってもよろしいですが」

これも気に入っていたんだが、開けてICチップの交換となると結構な金がかかる。新しく登録すれば手数料もぐんと安いから、とりあえず間に合わせの安いヤツを買っておいて、今週末にイケてる奴を買いに行こう。

俺は壊れたピアスを外してゴミ箱に放りこむと、ID機のタッチパネルに触れて、再発行作業をはじめた。指紋と虹彩をスキャンさせ俺を確認させる。

画面に現れたいくつかのデザインの中からピアスを選ぶのだが、ここでちょっと迷った。どうせ後で買いなおすにしても、あんまり変なデザインのは嫌だから、少し画面の前で考え込んでしまう。

と、なにかトラブルが発生したようだ。画面がフリーズしてしまう。隣の機械は使えそうだったので、俺はそちらで手続きをはじめる。しかし、指紋のスキャンをしたところで、機械が別の反応を見せた。

「ただいま手続き中です。手続きが済んでから、もう一度アクセスしてください」

ああ、つまりさっきの機械が手続き中なんだな。俺は画面が固まっている方の機械の前で、しばらく待つ事にした。しかし、待てど暮らせど、機械はうんともすんとも言わない。俺の後から来た人が隣の機械でピアスを買い換えたところで、俺のしびれも切れた。

呼び出しボタンを押して、スタッフを呼び出す。そのアクションによって、店中をスキャンしたコンピュータは、ID確認の取れない者、つまり俺を見つけると警告を発した。

「ID確認ができません。速やかにピアスを装着するか、認証機の前で確定作業をしてください」

だから、その認証機が俺を認識しないんだろうが!

コンビニのスタッフに事情を話し、認証機の修理スタッフが呼ばれる。結局、フリーズした機械を直すのに明日までかかると言われた俺は、人生で初めてピアス無しのままコンビニを出る。

コンビニから警察に連絡が行っているので、もし認証の必要があれば警察にいけばいいと言われた。まあ、一晩くらい何もしないで寝るのもたまにはいいかと思いながらアパートに帰る。

アパートの管理人を呼び出して、事情を説明した。管理人が警察に電話をしてようやく確認が取れたので、俺は自分の部屋に入る事が出来た。

もっともマスターキーで開けてもらったので、明日までは部屋にいないとならない。もし出ると、オートロックを開けるのに、管理人と警察を呼ばなければならないからだ。

ベッドに寝転がって天井を見上げながら、俺は大きくため息をついた。やれやれ、こんな事なら壊れたままにして家で寝ていればよかった。

部屋中の家電がすべて俺にそっぽを向いている中で、俺は心細い思いで天井をにらみつづけた。機械達は、ID認証用のピアスをしていない俺を、俺だと認めてくれないのだ。

俺の部屋にあるすべての機械にとって、俺はまだ帰宅していないことになる。当然、風呂も沸かしてくれないし、明かりも点けてくれない。窓さえも開けられないときてる。

つまり、寝る以外にやる事がないのだ。

例えば、酒を飲むにも冷蔵庫はあけられない。

野菜や肉の値札についたICチップでその商品を認識し、栄養バランスからコスト、俺の嗜好まで考えて献立や買物リストを作成しくれる全自動冷蔵庫だから、登録していない者は扉を開けることは出来ない。

テレビも見られない。

俺はPCでテレビを見ているんだが、そのPCは俺以外の人間が起動することが出来ない。DVDやケーブルTVも、もちろん同じだ。

携帯も使えない。

個人情報がいっぱい詰まった携帯ならなおさらだ。十年前の指紋スキャナ付きみたいな古い携帯ならともかく、今時の携帯でピアス認証しないものは皆無だ。指紋スキャナなんてつけるスペースがあれば、メーカは別の機能をつけるだろう。

なんて考えていくうちに、だんだん不安が募ってきた。だって考えても見ろよ?俺は今、人間以外には存在を認められていないんだぜ?

確かに管理人や、コンビニのスタッフは俺がこの世に存在している事を簡単に認めてくれた。

だけど、人間以外の機械にとって、俺は今存在していないのだ。決して窓口で顔を上げない役所の職員などにとっても、IDのない俺は存在しないのと同じ事だ。

人間なんて、親しい人以外はどうでもいい。

俺の生活を支えているのは、機械達なのだ。俺は今、世界中の情報から隔離され、世界中の機械からそっぽを向かれている。

今、俺は社会的に死んでいるのだ。

圧倒的な不安と恐怖が襲ってきて、俺はベッドの中で丸くなって震えながら朝が来るのを待った。

次の日の朝一番で警察に行く。警察のID認証機が一番信用できるからだ。普段なら絶対しないようなダサいピアスを受け取った時、俺は安堵で全身の力が抜ける思いだった。

 

前夜。

帰り支度をしているID認証機の修理スタッフに向かって、コンビニの店員が話し掛ける。

「その機械、よく故障しますね?」

振り向いた男は、無愛想にうなずいた。コンビニの店員は何かを思い出したようにぶるっと震えると、男に向かって言った。

「実はこのまえ、僕も同じ目にあったんですよ。いやぁ、アレは怖かったなぁ。まるで無人島に一人でいるような気持ちになりましたからね」

それを聞いた修理スタッフは、唇の端をゆがめて笑った。

「それが狙いなんだ」

「どういうことです?」

「時々わざとああいう被害を出して、ピアスの大切さを実感させるんだよ。ピアスは国民を管理する道具だとか、いずれピアスを使って国民をコントロールしてゆくつもりだとか、そう言う意見がよくあるだろう?」

「最近多いですね」

「そんな連中も、一度こういう被害にあえば、二度と口を開かなくなる。なんだかんだ言って、ピアスがなきゃ生活が立ち行かなくなるのは、みんな同じだからな。自分がピアスなしの生活をしてみれば、ピアスを批判する気はなくなるさ」

「それって、政府が行なっているんですか?もしかすると本当に、いずれピアスで国民を管理する気なんですかね?」

冗談めかして言った店員の言葉に、男は相変わらず無愛想なまま答える。

「さあな。俺は上から言われて、仕事をしているだけだから。まあ、でもここまでして反対意見を押さえ込もうとしてるんだから、何にもないって事はないんじゃないか?」

男はそう言い捨てると、道具を担いで帰ってゆく。

店員はその後ろ姿を見ながら「まさかぁ……」とつぶやいて、ぶるっと震えると、両腕を抱え込んだ。

それからふと気付いて、迷子の子供みたいな顔で自分のピアスに恐る恐る触ってみる。

しかしその手には、いつもと同じ手触りが帰ってくるだけだった。

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