パーフェクトワールド
パーフェクトワールド。ここはそう呼ばれている。

たしかにすべてが滞りなく運営されているという意味では、ほぼパーフェクトだ。はるか悠久の昔から、パーフェクトワールドは、「ほぼ」パーフェクトでありつづけている。

この世界でもっとも大切なもの、それは「秩序」。

朝起きてから夜眠るまで、僕らの生活、いや人生は完璧にデザインされている。

生まれたときから遺伝子をデザインされ、精神の深層にある自分の可能性を引き出され、自分に最も合った仕事につき、自分に最も合った配偶者と結ばれ、より優秀な子孫を生み出してゆく。

僕らは社会のために働き、社会は僕らを守りはぐくんでくれる。疑問や不満など持つものは、ほんの数%しかいない。

そう、この数%ってのが問題なわけだ。

この数%の存在によって僕らはこの世界を評するときに「ほぼ」と言うあいまいな形容を用いなくてはならないのである。

何であろうと盲目的に従うのは愚かなことだと僕も思うが、それ以上に愚かなのは、自分を守り生かしてくれるシステムに対して、なんら論理的な理由もなく反抗することだ。

自分の努力不足を棚に上げて、己の不幸を社会や世界のせいにする。これほど愚かで、自分勝手な行為はないだろう。

しかも、この愚か者どもが、金切り声をあげて主張する「不幸」と言うのが、「自由がない」だと言うのだから、呆れるしかない。

パーフェクトワールドほど、自由を尊重してくれる世界が、どこにあるというのだ?

そりゃあもちろん、いろいろなことが制限されてはいる。しかしそれは、他人の自由を損なわないための、最低限守るべきラインだ。

ところがこの愚か者どもは、そんな自由では足りないと言うのだ。自分たちに比べて、支配階級の人間は、自由度が高いと憤るのである。

信じられないほど、自分勝手なヤツラだ。

ヤツラの自由度が、僕や、さらに上の人間たちより低いのは、それだけ社会に貢献していないからに決まっていると言うのに。

パーフェクトワールドの創造主。第一市民、クインテッド・ルカールの理念を、彼らはちっとも理解していないと言えるだろう。

神の身でありながら自らを「第一市民」と呼ぶわれらが父は、パーフェクトワールドをより完璧に近づけるため、今日も心を砕いていらっしゃる。

我々は、ルカールのために、そして我々のすばらしい世界のために、社会の一員としてできる限りの事を成すべきなのだ。

もちろん僕も、PWP(パーフェクトワールドポリス)の一員として、先ほどあげたような愚か者どもを根絶するために、寸暇を惜しんで彼らの摘発に力を注いでいるのである。

パーフェクトワールド、万歳!

 

パーフェクトワールド。ここはそう呼ばれています。

確かにこれ以上の世界は望めないほど、すばらしく素敵で美しい世界です。自然にあふれ、人々は微笑み、穏やかな空気に満ちあふれた世界なのです。

ここの概念はただひとつ。それは「愛」です。

私たちは、全てを愛します。そして全ての人たちは私を愛してくれます。慈愛と赦しに満ちた、本当の桃源郷、それがパーフェクトワールドなのです。

この世界をおつくり下さった全能なる存在、カルテット・ルカールは、汝の隣人を愛せとおっしゃいます。私はまだ未熟者ですから、時々他人に対して怒りや失望を持ってしまいますが、それは本来とてもいけないことなのです。

なぜなら、ルカールがそうおっしゃるのだから。

パーフェクトワールドはその名とは裏腹に、いまだ完璧な世界ではありません。一部の愚かな、いえ、愛すべき罪びとたちは、この世界には刺激がないといって無法を繰り返します。

しかし、彼らを憎んではなりませんのです。彼らはきっとルカールが使わした天使が姿を変えた者たちなのですから。

彼らは、私たちのルカールへの心を試す、試金石なのでしょう。無法を繰り返すもの、罪びと、それらを赦すことこそ、真の愛でありルカールの望んだパーフェクトワールドなのだと思います。

全ての人が、ひとつになって「愛」を語り、赦し、穏やかな日々を寿(ことほ)いでゆく。

ルカールのお姿を拝見させていただくたびに、いつかここをそんな世界にできるよう、全身全霊で「愛」と「赦し」と「平和」の目標に向かってゆこうと、私はいつも決意を新たにするのです。

パーフェクトワールド、万歳!

 

クインテッド・ルカールとカルテット・ルカールの二人は、兄トライバル・ルカールの前で、自分たちの作った世界を自慢していた。

優しい微笑みと共に、二人の幼い弟の言い分を聞いていた兄は、ゆっくりと首を横に振りながら言った。

「ふたりとも、まだ、パーフェクトな世界の作り方がわかっていないみたいだな」

その言葉に不満げな顔をする弟たちの頭を優しくなでて、兄は自分の世界を見せた。

「ごらん、これが兄さんの作ったパーフェクトワールドだ。もちろんまだまだ完璧とはいえないけれど、いずれは細かい調整も済む。完璧な世界って言うのは、こうやって作るんだよ。

二人は我先にと押し合いながら、兄の作った世界を眺める。しかし、しばらくして顔を上げると、二人の顔には複雑な表情が浮かんでいた。

兄の作った世界は、混沌と喧騒にあふれていた。いつもどこかで争いがおき、いつも誰かが泣いている。これのどこが完璧なんだと、二人は顔を見合わせた。

「これのどこが完璧なんだ? と聞きたそうな顔だな?」

兄の言葉に二人がうなずく。兄はにっこりと笑うと、自分の作った世界を指差していった。

「ここにいる者たちは、みんな自分の力で生き、世界を構築していると思い込んでいるんだ。彼らにももちろん「神」と言う概念は存在するが、それはきわめて希薄なものだ。いたらいいなぁ、もしかしたらいるんだろうなぁ、とまあ、その程度の認識でしかない。おまえたちの世界のように、「創造主ルカール」はいないんだよ」

「それで?」

「わからないか? 彼らのひとりとして「生かされてる」、「飼われてる」とは、露ほども思ってないのだ。おまえたちの作った世界には、世界そのものに疑問を投げかける連中がいただろう? だけど私の世界の人間とってこの世界は、疑問の余地もない唯一無二の現実なんだ。」

「しかし、こんなに混沌として、秩序のかけらもない……」

「我々にとっての秩序など、箱庭に生きるものにはどうでもいいのだ。パーフェクトワールドの、パーフェクトと言うのは、そんな低い次元の話ではないのだよ」

「じゃあ、彼らのためのパーフェクトと言うこと? でも、彼らは争ったり憎みあったりして、とても完璧な幸福を得ているとは言い難いよ?」

「そう意味で、彼らの願いに答えることなど、不可能だよ。なぜなら、彼らが求めるのは、自由でありながら誰かに生かしてもらうこと、好き勝手にやりながら責任はとらなくていい。そんな世界なのだから」

二人は、また顔を見合わせる。兄はその様子を見ながら、完璧な世界界の創造主たる、堂々とした態度で宣言した。

「あらゆる可能性を秘めている、と、住んでいる者たちが心から信じている世界。結果、希望に満ちあふれた未来になるかどうかではなく、未来への希望を永遠に持ち続けるコトのできる世界。すべての意思を持つ者が、飼われている事に気づかない世界。それが真の、パーフェクトワールドなんだ」

弟たち二人はようやく得心したのか、兄に向かってにっこりと微笑んで見せた。

それから、ふと思いついたように、兄に向かって質問する。

「ねえ、兄さん。じゃあ、ダブル兄さんはいったいどんなパーフェクトワールドを作っているの?」

その問いに、兄は顔を曇らせた。

「……うん、ダブル兄さんの世界のことは、実は私にもよくわからないのだよ。しかし、兄さんが作る世界だ。そりゃあきっと、すばらしく完璧な世界に違いないよ」

それから三人は昼食を取るために、手を繋いで家に向かった。

 

私は三人の弟たちの後ろ姿を見ながら、小さくつぶやいた。

「おまえたちのいるのが、私の作った世界なんだよ、可愛い弟たち」

弟たちの無邪気な姿に微笑んでいた私は、そこで突然思い当たり、笑いを引っ込めて考え込んでしまった。

「もしかしたら私のいる世界も、シングル・ルカール……私の兄が作った、より大きな世界の一部なのかもしれない」

と言う思いが、頭をもたげてきたのだ。

そしてさらに、兄さんのいる世界も、父や母の作ったもっと大きな世界の一部なのだとしたら……

いったい、本当の世界は、真のパーフェクトワールドは、どこにあり、どんな姿をしているのだろう?

不安になって天を見上げてみたのだが、もちろんそれらしい証拠など、何一つ見つけることは出来ない。

私はぶるぶると頭を振って、ゆっくりと歩き出した。

この世界を、私のパーフェクトワールドを、より完璧にするために……

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