| 男達の挽歌 |
本作は「ティンプリーミシリーズ」と「トパーズタウンシリーズ」の両方にまたがる話になっています。
「おっさん、カッコつけても、痛い思いをするだけだぜ?」 周りを囲んだ若者達の代表格が、そう凄んで見せた。言われた当のおっさん、ティンプリーミは、彼らに追われていた女に一瞥をくれると、肩をすくめて半笑いを浮かべている。 場所とナマリから見て、この若者どもは隣町のトパーズタウンの住人であることは間違いない。本来なら揉め事を避けたほうがいいのだが、なんと言ってもティンプリーミだ。 こんな口の聞き方をされて黙っていられるほど、この男は大人ではない。 「別にかばう気はねえんだけどな。そう言う態度で来られると、また話は変わってくるんだよ、これが」 「なんだ? おまえ何言ってるんだ?」 「別にこの女から金をもらってるわけじゃないし、放っておいてもいいんだけどよ。今日は少しばかり機嫌が悪いんだ。おまえらこそ、とっとと尻尾を巻いてトパーズタウンに帰れ」 ティンプリーミの言葉を聞いて激昂したのは、目の前にいる若者達ではなく、後ろにいた男どものほうだった。 ティンプリーミと彼らは街外れのこの場所で、宴会をするために集まって来ていたのだ。そこへこの女が、若者達に追われながら、助けを求めて飛び込んできたというわけである。 「トパーズタウン? てめえら、クソったれのトパーズヤロウどもか」 男達は気色ばみながら怒声を上げる。 今度のセリフは分かりやすかったのだろう。彼らはお互いに仇敵を見る目でにらみ合った。 「その女は、老人福祉協会の金を持ち逃げした盗人なんだ。盗人をかばうやつは同罪だぜ? やっぱり山の向こうは盗人ばかりってわけか?」 トパーズタウンの人間と、山ひとつ隔てたこっちの街、セルダンタウンの人間は、コトあるごとにいがみ合っている。 元々どちらも貧乏な街だったのが、数十年前、トパーズタウンにトパーズが産出(で)るようになってから、貧富の差が一時的に拡大した。 トパーズバブルで金を持ったトパーズタウンの連中は、セルダンタウンの連中を含めたほかの街の人間を、あからさまに馬鹿にするようになったのだ。 それでも金があるうちはよかったのだが、やがてトパーズが掘れなくなると、今までのやっかみも手伝って、こちらの連中がトパーズタウンを目の敵(かたき)にするようになったのである。 あざけりが憎しみを呼び、復讐が復讐を呼んで、今ではほぼ完全に交流を断絶している。落ちぶれた成り上がりと、万年貧乏人の悲しい争いだ。 「なんだと、このヤロウ! 俺達が盗人だって言うのか? おまえらみたいに女をいじめることしかできない腰抜けが?」 一触即発である。 と。 「まあ、どっちがどうでもいいよ。俺は大の男が女ひとりによってたかって、って言う絵づらが気に入らなかっただけだ。その女が泥棒だって言うんなら、文句をつけるスジじゃねえ」 「でも、ティンプリーミ!」 後ろにいた男の、このセリフを聞いて、トパーズタウンの若者達は飛び上がった。まさか、この男が最強のガンマン、ティンプリーミだって? 男を片手で制したティンプリーミは、穏やかな表情で言い募った。 「というわけで、俺達がもめる必要はなくなったってワケだ。おまえらはその女を連れて速やかにこの場を去る。俺達は何もしない。これでいいな?」 生ける伝説であり、もっとも凶悪なガンマン、ティンプリーミの出現に完全に腰が引けてしまっている若者達は、ガクガクと首を縦に振ると、女を連れてゆこうとした。こんなところで、死神ティンプとやりあうなんて馬鹿げている。 と。 若者達の隙をついて、女が叫んだ。 「ティンプリーミ! マッカートニーに伝えて。老人福祉協会は……」 みなまで言わせず若者が女の口をふさぐ。するとティンプリーミはゆらりと一歩前に出た。若者達はぎくりと固まったまま、彼の一挙手一投足に固唾(かたず)を呑む。 「おっと待った。マックの名前が出りゃ話は別だ。どうやらその姉ちゃんは俺のダチに用事があるらしい。離してくれ」 若者達は一瞬鼻白んだが、しかし、死神ガンマンの言うことに逆らうわけにも行かない。それに相手がティンプリーミなら、彼らの上にもイイワケが利くというものだ。 しぶしぶと女を離した彼らは、悔しそうに唇を噛み締めながら山の向こうへ帰っていった。 ティンプリーミは女に向かうと、にやりと唇の端を曲げる。 「で? どういう話なんだ?」 しかし、女は黙ったきり首を横に振るばかりだ。 「おいおい、助けてもらっといて、それかよ?」 周りの男達がそう凄んでも、女はかたくなに口を閉ざした。 「つまり、マックのところへつれて行け、ということかな?」 女がうなずくと、ティンプリーミは大げさにため息をついて肩をすくめた。
「で、私に伝えたい話というのは?」 マッカートニーの屋敷の巨大な応接間のソファに、主人のマッカートニー、ティンプリーミ、女の三人が座っていた。人払いをしたため、他には誰もいない。 女はそれでもしばらく逡巡していたが、意を決したのか、ポツリポツリと話し出した。 「あたしはトパーズタウン老人福祉協会に勤めているんだ。あたしだけじゃなくて、あたしの彼や他の友達も、ほとんどはあそこに勤めている。あそこはトパーズタウンでもデキの悪いやつばかりが仕方なく就職を決めることが多いんだ。吹き溜まりみたいなもんさ」 「ふむ。まあ経営母体が国だし、福祉施設という性格から言っても、そう言うこともあるでしょう。「老人福祉」と「青少年の非行防止を含めた就職斡旋(あっせん)」の両天秤というわけですか。まあ、悪い話ではないですね」 「うん、それは分かってるんだよ。あたしらだってオチコボレばかりだから、給料が安くても、仕事がきつくても、それはそれで仕方ないと思ってるさ。もちろん、中には頭にきて辞めちまうやつも多いんだけれど」 マッカートニーは、ほう、と少々驚いたような顔で女を見た。 「へえ、オチコボレだなんて自分で言うわりにはまともなコト言うな」 マッカートニーの代わりにティンプリーミが言った。マッカートニーは無言のままうなずいて、女に話の先を促す。 「でね、その友達のうちの一人が会計の手伝いをしているんだけど、そいつがおかしなことを言い出してさ。国から助成金がいっぱい来てるのに、なんでこの施設はこんなに経営が苦しいんだろう? って」 「ふむ」 「それでボ……いや、ジャックが、ああ、ジャックてのはアタシの彼氏なんだけど、彼が会計主任をとっ捕まえて、ちょっと脅かしたんだよ。そしたら、驚くじゃないか。国からの助成金は、ほとんど上の人間が掠めてるって言うんだ」 マッカートニーは真剣な顔でうなずく。それまでは鼻毛を抜きながら聞いていたティンプリーミも、話がここに至ると、改めて座りなおした。 「上の偉いさんが寄ってたかってむしった、絞りカスみたいな残りで、設備代とあたしらの給料を支払うんだ。そりゃあ、経営が楽なわけはないだろう?」 「なるほど。それで君はその助成金を盗んだのですか? どうせ掠められる金だからと?」 マッカートニーが探るような目つきをすると、女はぶるぶると首を横に振って、気色ばんだ。 「違うよ。そりゃあ、あたしだって金は欲しいけれど、でもね、あたしらは毎日毎日、家族から放り出されたり、身寄りの一人もいない爺さんや婆さんと一緒にいるんだ。あのひと達のお金を、ちゃんとあの人たちのために使ってやりたいだけだよ」 「まあ、言ってることはまともだが、本心だって証拠もないな……」 疑い深い顔つきのままティンプリーミが鋭い視線を向けると、女はキッとその目を見返す。その様子を見て、マッカートニーは穏やかな声で先を促した。女はうなずいて話し出す。 「だけど、あたし達にはそんな力がないだろ? どうしたらいいか分からなくなっちゃって。で、トパーズタウンの醜聞なら、敵対するこっち側に持ってくれば上手いコト行くんじゃないかと思って。マッカートニーファミリーの名前は有名だから」 「ひとつ聞きますが」 マッカートニーは人差し指を立てて、女の顔を覗き込む。 「あなたは、本当にこの金が要らないんですね? この金はその老人達のために使っていいんですね?」 女は一瞬言葉につまったが、思い直して首を縦に振った。 「ホントはさ、彼には少し掠めちまえって言われたんだ。だけど、やっぱしそれって……なんか、寝覚めが悪いだろ? だから、いいよ。金はあの人たちにあげておくれ」 「ははは、彼氏の言うことももっともだが、まあ、そうしないオマエさんの心意気が気に入った。後の話はこっちでカタつけてやるから、安心してトパーズタウンに帰りな」 ティンプリーミが豪快に笑う。が、女はまだ何か言いたいことがあるようで、もじもじと居心地悪そうに座ったままだ。 「まだ、何か?」 やさしい声でマッカートニーが言うと、彼女は意を決して話し出す。 「サインを……くれない? マッカートニーのサインを持ってれば、彼だってお金を全部あげちまったことに文句は言わないだろうから」 驚きに、男達の表情が一瞬固まる。それから不意に、大きな笑い声が響いた。 「こりゃいいや。マイケル・マッカートニーもずいぶん人気者になったじゃねえか。先代も喜ぶだろうぜ?」 「茶化さないでくださいよ、ティンプ。あなたの名前を聞くと、いまだに義父さんは青くなって食欲が減退するんですから。まあ、今じゃすっかりいいおじいちゃんになって、孫と遊ぶのだけが生きがいですから、あなたが殺しに来るなんてことは思ってないでしょうけど」 そういって笑ったマッカートニーは、女に視線を移すと、優しい声で言った。 「私のサインなんか、それほど価値があるとは思えませんが、まあ、欲しいというのなら書きますよ。少し待っててください」 数分後、マッカートニーのサインを大事に抱えた女は、やけに足早く、屋敷を去ってゆく。その後ろ姿を見ながら、二人の男は顔を見合わせて苦笑していた。
マイケル・マッカートニーは、隣町、トパーズタウンの老人福祉施設における公金横領事件を、大々的に公開した。公開されるや否や、事件は当初の予想を超えて、あちらこちらに大きな波紋を投げかけた。 抜け目ないマッカートニー家の二代目は、女の情報を鵜呑みにせず、手下を使って徹底的に資金の流れを調べさせ、十分な証拠を伴って告発した。 女の言ったことはほぼ事実で、トパーズタウンの老人福祉施設での公金横領は、比較的簡単にそれを証明できたのだが、その過程でさらに別の場所の、同じような不正を暴くこととなった。 つまり、当のマッカートニーの住む、セルダンタウンの福祉施設にも、同じような横領がはびこっていたのである。どこでも、腐った役人や上層部の考えることは同じというわけであろう。 「驚いたな」 ため息交じりに言ったのは、ため息などとは最も縁の遠そうな凶銃使い、ティンプリーミである。マッカートニーも肩をすくめてうなずいた。 「まったくです。でもまあ、どこでも上の方って言うのは、誘惑が多いですからね。己を保っていなければ、腐るのは簡単だって事なんでしょうが。私も含めて、ウチの連中も少し気を引き締めさせないといけませんねぇ」 「そうじゃねえよ」 ティンプリーミは首を横に振りながら、友人にイタズラっぽい目を向ける。 「この騒ぎで、オマエさんの株が、驚くほどあがっちまったことに驚いたのさ。知ってるか? 今じゃ街の連中、いや、セルダンタウンだけじゃなくトパーズタウンの連中まで、オマエさんのことを見直して、町長に、なんて声が上がってる始末なんだぜ?」 この街の情報のほぼすべてを掌握する大資産家の二代目は、またもや肩をすくめるしかないようである。 「ああ、聞いています。でも、そんな話は一過性の熱病みたいなものですよ。私が、いや、マッカートニー家がこのあたりの産業の裏側を牛耳っていることは、誰だって知っていることです。そんなウラの人間に、表に出てこいなんて、本気で思っている奴がいるものですか」 「へえ」 ティンプリーミは面白そうにマッカートニーの顔を覗き込む。 「オマエみたいに賢い男でも、わかってないことはあるんだな?」 「どういうことです?」 「あのな、ここいらの人間ってのはさ、飽き飽きしてるんだよ」 「なにに?」 「すべてにさ」 ティンプリーミは目の前のグラスに、サイドボードから勝手に取り出したアルマニャックをどぼどぼと勝手に注ぐと、水でも飲むようにぐいと干して、不敵な笑いを浮かべた。 「こないだの祭り、覚えてるか? トパーズタウンで二週間ほど大きな祭りがあっただろう? なんでも昔あそこにいた、ユダとか言う男が始めた、大掛かりなバイクウィークが」 「ああ、ありましたね。ずいぶんと大成功だったみたいじゃなですか? トパーズが取れなくなってから、閑古鳥が鳴きまくる不景気な町だったのが、あれ一発でずいぶんと町が潤ったって聞きました。その上がりを狙って、山ひとつ向こうを牛耳ってるグリフ・シュナイダーの一家が、ちょっかいをかけてくるんじゃないかってな話も聞いたような」 「そんな、やくざモンの話はおいておけ。だいたい、グリフ・シュナイダーつったら、アレだろ? 昔、証券屋、不動産屋、高利貸しなんかとつるんで、トパーズタウンの連中を株式投資で引っ掛けた、例のアイツだろ?」 「ええ。もっとも、最悪の状態になる前に、怖気づいたんだか、気がとがめたんだかして、連中がなけなしの財産をはたいて投資しようとするのを、やめさせたって話ですが。まあ、基本的には人がいいんでしょうね」 「だから、そんなコトはどうでもいいんだよ。そうじゃなくて、祭りの話だ。あのときの若い連中の盛り上がり方って言ったら、とても寂れたトパーズタウンとは思えない盛況だった」 「ええ」 「いや、若い連中だけじゃない。年寄り達だって、火がついたような大騒ぎを繰り広げていただろう?」 「そうですね。バイクウィークに来た、荒っぽいはずの単車乗りたちが、地元のテンションに面食らっていたくらいでしたね」 「だろ? それだけみんな、刺激つーか生きがいみたいなものに飢えてたんだよ。シケた、何の変化もねえ暮らしに、飽き飽きしてるんだ。ただ、金がねえから仕方なく、しょぼくれた生活に甘んじてるんだ」 「まあ、そうでしょうね。しかし……」 「黙って聞け。それでも何とか暮らしていけるうちは、誰も冒険なんてしようとはしない。守るものがあるやつほど、それは仕方ないことだ。だけど、今回の祭りで、何かきっかけがあれば暮らしが大きく変わるかもしれないっていう可能性に、みんな気づいたんだ」 「きっかけ……」 「そうだ。何年も町を離れていたユダなんて男の持ってきた話に、株式で痛い目を見たはずの連中が、それでも乗っかっただろう? もしかしたら、って希望を持っちまうんだよ、ヒトは」 「それはわかる気もします。そして結果的に、ユダの持ってきた話は大当たりしました」 「うん。だが、それは重要なことじゃない。いくら当たったといっても、年にいっぺん、二週間ばかりの祭りの上がりでみんなが潤うわけじゃないからな。だが、祭りが当たったことで、連中は火がついちまった」 「次の何かをやろうっていうんですか? そんな話は聞いて……」 「バカたれ、全然わかってねえな。言っただろう? ずっと守ってきたやつがそう簡単に攻めに転じられるわけはないんだ。もちろん気持ちは攻めたいと思っているさ。だが、次もうまくいくとは限らない。でも、何か大きいことをやりたい」 「はあ」 「はあ、じゃねえよ。察しが悪いな。そんなときに、希望が具体的な形を持って現れたんだ。わかるか? 連中が乗っかってもいいって言う、でかい船が見つかったんだよ」 「え? あ……」 何かに気づいて、口を開いたまま絶句したマッカートニーに、ティンプリーミはにやりと笑って見せる。 「そう、おまえだ」 「な……」 「あのマッカートニーが、不正を暴いた。そういえば二代目になってからは、昔のように非道なことがなくなった。人買いかと思われた話でさえ、実は近親姦から女の子を守るための方便だった」 「いや、待ってくださ……」 「もしかしたら、二代目のマッカートニーは、頼れるんじゃないか? 自分達を、今のどうしようもない状況から救い上げてくれるんじゃないか? 連中がそんな風に思ったとしても、無理はない」 思わぬ話の展開に、さすがのマッカートニーも言葉を失って、このずいぶん年上の友人の顔を、ただ、呆けたように見つめるしかない。 「完璧だよ。どれだけ綿密に計画しても、ここまでの完璧な状況は作れるモンじゃない。偶然とはいえ、オマエには恐ろしいまでの天運があるな」 「そんな……」 「つまり連中は、新しいヒーローが立ち上がるのを、いまや遅しと待ってるんだ」 「私は……」 「ユダの持ってきた話でさえ、アレだけ盛り上がったんだ。それが今度は、莫大な資産と、巨大な組織を持つオマエが、マイケル・マッカートニーが中心になって話を進めるんだぜ? 連中が、おっそろしいほど期待するのも無理はないだろう?」 「ですが……」 ティンプリーミは何か言いかけたマッカートニーを片手で制すと、またもごぶりとアルマニャックを飲んで、うれしそうに笑った。 「あきらめろ。お前はこれを期に、裏の顔を捨てて、表に出るんだ。いや、捨てなくてもいい。裏も表も、セルダンタウンもトパーズタウンも、お前が全部面倒を見るんだ。いいな?」 「ティ、ティンプリーミ!」 狼狽するマッカートニーに、ティンプリーミは極上の笑顔で答える。 「あの日、親父の敵(かたき)を取れって言って来た日、オマエは俺が切なくなっちまうくらい、まっすぐだった。そして、マッカートニーの後を継いでからも、それは変わらなかった 」 「…………」 「俺はさ……本当は、もしかしたら、でかい資産と巨大な権力の前に、オマエも昔の先代みたいになっちまうんじゃないかと心配してたんだぜ?」 「ティンプリーミ……」 マッカートニーは言葉を捜したまま、何もいえない。その顔を父親か、兄のような慈しみの眼で見つめながら、ティンプリーミはうなずいた。 「だが、オマエは変わらなかった。汚い世界でも汚く染まらず、まっすぐに生き抜いてきた。オマエに、ウラの世界は似合わねえよ。もう、いいだろう。表に出て、本来の心のまま、まっすぐに生きてみろや」 それほど自分を心配してくれていたのか。 あの日からずっと、ティンプリーミは自分を…… マッカートニーは熱いもので胸がいっぱいになる。 何か言おうとして口を開きかけたマッカートニーは、思い返して口を閉ざし、やがて無言のままうなずいた。 力強くうなずいた。 ティンプリーミもうなずき返す。 男ふたり、それ以上の言葉は必要なかった。
「マック! いったいどういうことだ?」 駆け込んできたティンプリーミにみなまで言わせず、マッカートニーは首を横に振る。 「私ではありません」 その言葉を聞いて、ティンプリーミはとりあえず大人しくなった。マイケル・マッカートニーが自分ではないと言っているのなら、それは真実だ。少なくともティンプリーミにとっては、その言葉だけで充分だった。 ティンプリーミとうなずきあった次の日、マッカートニーは町長選に出馬を表明した。その数日後に泡沫候補の何人かが出馬を取り消したことから見てもわかるように、彼の当選は出馬と同時に確定していたといっていいだろう。 だがそこに、驚くべき情報がもたらされる。 マッカートニーが大量の武器を買いつけ、あまつさえその代金を踏み倒したというのだ。 大量の武器は大きな抗争を意味する。そして、その代金を踏み倒すということは、マイケル・マッカートニーが信用するに足りない人物だという印象を与える。 人々は驚くと共に、期待を裏切られた怒りに燃えたが、しかし、まさか「あの」マッカートニーに詰め寄るわけにも行かず、燃え上がった怒りは行き場もないまま膨れ上がっている。 「とにかく、誤解を解かなくちゃならならないだろうな」 ティンプリーミが言うと、マッカートニーはかぶりを振った。 「いいえ、それは後でもいいです。何もあわてて今回当選する必要はありません。それよりも、私の名を騙った連中の真意を探らないと」 「なるほど、そうか。しかし、どういう連中なんだろうな? お前を敵に回そうって言うんだから……あ、あれか? 例のグリフ・シュナイダー……」 「それはないと思います」 即座にマッカートニーが答える。首を傾げて説明を求めるティンプリーミに、彼は穏やかな口調で答えた。 「彼が景気回復したかに見えるトパーズタウンを欲しがっているのは事実ですが、しかし、あの町が本当の意味で回復したわけではないことが判らないほど、彼は愚かではありません」 「と言うと?」 「彼ほど切れものなら、私に景気回復と言う、金と時間のかかる仕事をさせて、充分にうまみが出てきたところで改めてちょっかいをかけてくるでしょう。私が彼なら、そうしますからね」 「はあん、なるほどな。てーと、オマエの名前を騙った連中ってのは、いったい誰なんだ? 見当はついてるのか?」 「見当というか、もう、犯人はわかってますよ。これでも一応、マッカートニー家というのは、情報収集をもっとも得意としているので」 恐怖政治のような力技の支配をしていた先代と違い、マイケルの代になってからのマッカートニー家は、情報の収集と解析および操作による配下のコントロールに力を入れていた。 「なに? 誰なんだ?」 ティンプリーミが詰め寄ると、マッカートニーは穏やかに微笑む。 「それじゃあ、今から彼らに会いに行きましょう。彼らの真意を聞いてみないと」
「ジャック、どうするんだ?」 「どうもこうもないだろう。こうなったらマッカートニーのヤツラが俺達を狙ってくるのは間違いない。それに……あのティンプリーミもな」 ジャックの言葉に、周りの連中は絶望のうなり声を上げる。ジャックを責める言葉は出尽くし、責任転嫁の相手も思いつかず、あとはマッカートニー一味を待つばかりとなってしまった彼らに、他にできることはないのだ。 「どうして、こんなことになっちまったんだ?」 誰かのか細い声に、ジャックが吠える。 「いまさらそんなことを言って、どうなるって言うんだ! こうなったらもう、腹をくくるしかないんだよ!」 「しかし……」 腹をくくれているのは、当のジャックだけのようである。 その情けないさまを見て、ジャックはため息をついた。それからみんなを叱咤しようと息を吸い込んだ、その瞬間。 ごん。 目の前が真っ暗になり、ジャックは意識を失う。 数分後。 目を覚ましたジャックの前には、人っ子一人いなくなっていた。誰かがジャックの後頭部を殴りつけ、彼が気を失った隙に、みんな逃げてしまったのだろう。 ずきずきと痛む頭を押さえながら、ジャックは大きなため息をついた。 「まあ、殺されるのが俺ひとりで済むなら、ある意味いい選択かもしれないな」 半分本音、半分強がりで独り言ちてみる。 と。 バルルン! 太い排気音と共に、一台の大きな単車が現れた。 「おい、てめえ、ジャックか?」 ジャックがうなずくと、単車に乗った男はでかい声を張り上げる。 「早く乗れ。もうすぐマッカートニーとティンプリーミがやってくるぞ」 イヤも応もない。このまま殺されるくらいなら、一か八かこの男に乗ってみたって損はないだろう。どうせこれ以上のマイナスはないのだから。 一瞬でそう決断したジャックは、男の単車のタンデムシートに飛び乗った。 きゅきゅきゅっ! 激しいスキール音をあげて、単車は走り出す。ジャックを助けた男は、しばらく走ってハイウェイに出ると、あっという間に150`まで加速する。ビリビリという風切り音に負けまいと大声を張り上げて、ジャックは男に話しかけた。 「なあ、あんたなんで俺を助けてくれる?」 「オマエ、例の株式投資の一件でグリフ・シュナイダーを止めただろう? オマエのおかげで、俺のダチが身包みはがれなくて済んだのさ」 「そうか、そいつはよかった。人助けなんてつもりはなかったんだが、こうなってみるとあの時グリフを諭(さと)したのも、無駄じゃなかったな。ところであんたの名前は?」 「ユダだ」 「なに? じゃあ、あのバイクウィークを計画した、あのユダか?」 「そういうことだ」 奇妙な因果の元、二人の男はハイウエイを疾走する。 と。 前方に人影。 なんだ? とユダが目を凝らした瞬間、単車の前の道路が爆(は)ぜた。あわててブレーキをかけられた単車は、ゆらゆらと蛇行しながら、道を外れる。道を外れかけ、スピード が遅くなったところに、第二波がやってきた。 がん! 激しい音と共に、ユダの単車のフロント周りが大破し、単車は荒野の土の上を、かなりの勢いで滑る。 もっとも、先ほど減速していたおかげで、それほどひどいことにはならずに済んだのだが、それでも二人は単車から投げ出され、気を失った。 しばらくして、ユダが先に目を覚ます。 彼らを覗き込んでいるのは、マッカートニーとティンプリーミの二人だ。 「ちぇ、捕まっちまったか。まあ、あれほどの射撃だ。ティンプリーミ、あんただろうとは思ったけどな」 言われたガンマンは、にやりと笑って親指を立てた。 そこへマッカートニーが話しかける。 「あなたも、彼らの仲間なんですか?」 「いや、ちがう。おっと、助かりたくてウソをついてるわけじゃないぜ? 別にこいつと一緒に殺されたって構わないが、本当に仲間って訳じゃないから、そう言ってるんだ。もっとも、これからでも仲間になりたい男だとは思っているがね」 その言葉に、ティンプリーミとマッカートニーの二人は、存外穏やかな表情でうなずいた。と、ジャックがようやく意識を取り戻す。 「あ……あれ? なんだ? 何で生きてるんだ?」 「殺す気がなかったからさ」 ジャックの疑問にティンプリーミが答えた。そこでジャックの頭も、ようやく焦点を取り戻す。 「ユ、ユダ! 無事だったか! よかった」 「ああ、なんとかな。これから無事だとは思えないが」 ジャックの言葉を聞き、 ひねた笑いを張り付かせたユダを見ながら、今度は二人が驚く。 「なんだと? それじゃあ、例の祭りを企画したってのは……」 ティンプリーミの言葉に、今度はユダが親指を立てた。 「おう、そりゃ俺だ。あんたみたいな有名人に知っててもらえるとは、俺も意外と出世したもんだな?」 「ふふん。ああいう祭りなら、真っ先に俺を呼べって言うんだ」 バカな男同士だけに通じる連帯感で楽しげに話す二人を見て、苦笑を漏らしながら、マッカートニーはジャックのほうに話しかける。 「ジャック。私は別に、あなたを殺そうと言う気はなかったんですよ。私にたてつこうって言うような人間が、こんなにずさんな計画を立てるわけがないと思っていましたから。これは私とこうして会話する機会を得るためのものだったのでしょう?」 きょとんとするジャックに向かって、マッカートニーは辛抱強く繰り返した。 「最終的な目的はわかりませんが、あなたがこういう方法で私にコンタクトをとったというのは、評価したいと思ってます。町長選に出馬すると言うこの時期に、こういう形でアクセスされれば、無視するわけにはいきませんからね。戦略として、非常に効果的だと思いますよ」 あっけに取られたままマッカートニーの言葉を聞いていたジャックは、そこで初めて両手を振りながら叫んだ。 「ま、ま、待ってくださいよ。いや、評価してくださるのはありがたいけど、俺はそんなこすい手は使いませんって。いくらなんでも死ぬ危険を犯してまで、あなたに会って言うことなんてないです」 いぶかしげな顔をしたマッカートニーに、ユダが補足する。 「俺はさ、ダチが破産するのを救ってくれた男を捜してたら、このジャックという男に行き当たったんだ。で、ある筋の情報でその男がマッカートニーをハメて、それがばれて殺されかけてるって聞いたんで、とりあえずこいつを助けるために飛んできたんだよ」 マッカートニーはユダに向かってうなずく。 「それでは、二人とも私の名前を語った人間に心当たりはないと?」 二人は同時にうなずいた。 「なんだと、それじゃ振り出しじゃねえか」 ティンプリーミが天を仰ぐと、マッカートニーは三人の男を均等に眺めながら、軽く微笑んだ。 「そうでもないですよ。これで犯人がわかりました」 驚く三人に、マッカートニーはおどけてウインクする。 「私の部下を装うとして、取引に絶対必要なものがあるでしょう? 普段は厳重に管理されて、取引先など信用できる人間しか知らないものが」 三人の男は、腕を組んで思案する。 と、ティンプリーミが大声を上げた。 「あぁ! そうか! あいつか!」 マッカートニーはにっこり微笑んでうなずいた。 「ええ、そういうことです」
マッカートニーへの疑いは、あっという間に晴れた。 彼を失脚させるための策謀を、ある人間がジャックに依頼したと言う驚くべき話を、実行犯のジャックが明らかにしたからだ。 本来なら司法取引によって執行猶予をもらえるはずだったジャックは、その依頼主の名前を聞かれても頑(かたく)なに口を閉ざしたため、短いながら実刑を食らってしまった。 ユダはマッカートニーに新しい単車を買ってもらい(もっとも、前のとそっくり同じホンダだったのだが)来年のバイクウィークを宣伝するために、各地を放浪する旅に出てしまう。 セルダンタウンの町長選は、信頼を取り戻したマッカートニーの圧勝で終わった。 ジャックは黙っていたが、人々の間では、マッカートニーをハメたのが悪事を暴露されたトパーズタウンの元福祉施設の人間だと言うのが決定事項になっていたので、それも当然の帰結である。 新しい単車に乗って旅立つユダを見送りに来ていたマッカートニーとティンプリーミは、彼の後ろ姿が見えなくなると、どちらからともなく肩をすくめて笑った。 「しっかし、ジャックも頑固だな」 「まあ、そういう男だとは思ってましたがね。取引に絶対必要なもの……つまり「私のサイン」を持っていたのは、取引先以外には彼女しかいないと聞いたときも、一瞬で決断しましたし」 「俺なら間違いなく、そんな裏切り女はぶっ殺すけどなぁ」 「でも、老人達に金を返してやってくれと言ったときの彼女の目は、確かにまっすぐでしたよ」 「今にして思えば、あの子の言った彼氏って言うのは、本当はジャックのことじゃあなかったのか。万が一のために、元彼のジャックの名前を使ったわけだな。かわいそうに」 「いや、ジャックは男から見ればまっすぐで気持ちのいいやつかもしれませんが、彼女にとってはそれが逆に鬱陶しかったり、真面目すぎて息が詰まったのかもしれませんよ? そして多分、ジャック自身もそのことはわかっているでしょうね」 「だろうな。だからこそ、裏切って金を持って逃げた女をかばって、実刑まで食らって……」 「あ、そうそう。まだ、ティンプリーミには言ってませんでしたね? 私が町長になったので、その最初の特権を行使しました」 「なに? 何の話だ?」 「だから、町長特権で、ジャックに恩赦を与えたんですよ」 ティンプリーミの表情が、とたんに明るくなる。 「おぉ! おぉ! そうか! そりゃあいいや。なんだよ、新町長様! なかなかイキなことをするじゃねえか! それって、ユダには伝えてあるんだろうな?」 「もちろんですよ。だからこそ、彼は安心して旅に出たんじゃないですか。それがなかったら、彼のことです。毎日ジャックの下に通いつめてますよ。そういう男でしょう?」 「ははは、違ぇねえや。しかしまあ、それでも少なくとも今は、裏切った女をかばって刑務所に入っていることには変わりねえ。たいがい物好きなヤツだよな、ジャックも」 「彼にとっては、裏切られたと言う思いはないのでしょうね」 「そうかぁ?」 「そうですよ、きっと。みんなのためにわざわざあのグリフを諌(いさ)めに行ったような男ですよ? あの正義感は、きっと自分自身をも責めるでしょうね」 「自分を責める? なんで?」 「彼女にそんなことをさせてしまった、と言う風に。自分がもっと愛していれば、自分がもっとしっかりしていれば……」 「バ〜〜〜カじぇねえか? 男だろうが女だろうが、いい年になった人間のやったことに、なんで他人が責任を感じるんだよ? そんなもん、その女がクソだった、それだけじゃねえか」 直線的なティンプリーミの意見に、マッカートニーは苦笑する。 「ふふふ、まあみんながみんな、ティンプのようにはいきませんよ。ずっと他人に寄りかかり続ける人もいるし、寄りかかられることを喜びとする人もいますからね」 「へぇん。そんな鬱陶しいの、俺はゴメンだな。お互い一本立ちして初めて、他人をどうこう言えるんじゃねえか?」 「そんなことないですよ。厳密に言ったら、この世に誰の世話にもならずに生きているヒトはいませんからね。そうである以上、誰かが誰かに寄りかかっていようと、寄りかかられている当人以外の人間が、とやかく言うことは出来ません」 「ま……判らなくはねえが……面白くはねえな」 「どっちにしても、彼女を動かしたのは、新しい恋なんでしょうね」 「だろうな。ジャックもそれらしいことを言っていたし」 口を尖らせるティンプリーミに、マッカートニーは優しい微笑を浮かべる。しばらく二人はそのまま、ユダの消えた道のはるか向こうを眺めていた。 その間、二人それぞれに思うことがあったのだろう。 沈黙は、それほど重苦しくなく、しかし長いこと続いた。 やがて。 「恋するって言うのはステキなことですけど、場合によってはその恋で間違った、見当はずれの方向に走ってしまうこともある。そう考えると悲しいですね」 マッカートニーがため息混じりにつぶやく。するとティンプリーミは目を細めながら、彼方にそびえるセルダン山脈をながめて言った。 「そうか? 方向を見失っちまって、どこに向かえばいいのか分からないよりは、向かう方角が分かっているってのは、ずいぶんと幸せなのかもしれないぜ? たとえ見当はずれだとしても」 マッカートニーは思わずティンプリーミの顔を見た。その視線に気づいているのかいないのか、ティンプリーミは、くわえたタバコに火をつけてゆっくりと吸い込むと、煙を、心の中にわだかまっているモノごと吐き出す。 「それがハタから見て、どれだけ愚かだろうと、間違っているように見えようと、向かうべき道が見えている、守ったり愛したりする相手がいる、って信じられるのは幸せだよ、きっと」 向かうべき道を見つけられない、それはティンプリーミの弱音だったのかもしれない。しかし、タバコを吸い終わって振り向いた彼の顔には、そんな悲哀は微塵もなかった。 「さて、アンソニーのトコロで一杯やるか。マッカートニー、付き合えよ」 マッカートニーは、穏やかな微笑を浮かべてうなずいた。
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