ノスタルジックナイト
沈んでゆく太陽を見送りながら、薄い色の満月が顔を出している、そんな夕暮れのことだった。

飲み始めて一時間。

タケヒロ、ヨシヒサ、ユミジ、フジオの4人は、ほろ酔い気分になっていた。タケヒロが長い髪を掻きあげながら、ふと気づいたように声をあげる。

「明日休みだから、今日はゆっくり飲めるな」

「タケさんもっスか?俺も珍しく休みなんですよ、明日」

ごつい体躯のユミジが答えると、対照的に細身で浅黒いヨシヒサもにやりと笑って、

「なんだ、ユミジもタケさんもか。俺もだよ」

五杯目のジョッキを空けた金髪のフジオが続けて、

「俺も、俺も、俺も!なんだ、みんな休みなんだ?」

「フジオは毎回休みじゃねえか!」

「タケ!それを言うな!んじゃ、今日は飲んだくれようぜ!な?な?な?」

全員がそろって明日の心配をしないで飲める機会は、忙しい彼らにはそうそうあるものではなかったので、その嬉しさもあいまって自然と酒量が増えてゆく。

飲み始めたときはまだ黄昏だった空が、一軒目を出るころにはすっかり真っ暗になったいた。

4人は夜風に吹かれながら、繁華街を歩いてゆく。

酔い覚ましのためか、ユミジがでかい身体に似合わない、小さな缶ジュースを一本買った。一気に飲み干すと、ゴミ箱に投げ込む。が、酔っていたからだろう、狙いはそれて道端に転がってゆく。

ゴミ箱にぶつかった空き缶は、カラカラ転がってフジオの足元までやってきた。フジオはそれを拾い上げると、捨てようとゴミ箱に向かって歩き出す。

と、何を思ったか突然足を止め、缶を持ったまま仲間のところにひき返してきた。もの問いた気に自分を見る3人に向かって、金髪を振り乱しながらフジオは高らかに宣言する。

「な、缶蹴りやらねえ?」

一瞬の空白の後、3人から同時かつ同様の、呆れたため息が発せられた。

「ガキじゃねえんだぞ?馬鹿馬鹿しい」

3人の気持ちを代表してタケヒロがそう言うと、フジオはニヤニヤしながら口を開いた。

「あん?マジでそう思うか?」

「あたりめえだ!」

「でもよ、「何でもありの大人の缶蹴り」だぜ?携帯とか使っていいんだぜ?最先端技術と大人の財力をふんだんに使った、言わばスーパー缶蹴りだ」

「やらねぇ……ん〜?」

残りの三人はしばし考え込む。

ワルノリ好きの男たちが逡巡していたのは、ほんの五分のコトだった。

「せ〜のっ、ジャンケンポンッ!」

「イェ〜!ユミジが鬼ィ〜!」

「どうでもいいけど、めちゃめちゃはしゃいでるなフジオ……もう30過ぎてるんだからさぁ……

ユミジが呆れた声を出す。

「へん、負け犬の遠吠えは聞こえんな。それ、タケヒロ!缶蹴れ、缶蹴れ!思いっきりな?」

「わーったよ、うるせえヤツだな。行くぞ?それっ!」

タケヒロが蹴った缶は、駅前のロータリーを転がってゆく。それを追ってユミジが駆け出すと同時に、残りの3人は思い思いの方向に全速力で駆け出した。

缶を拾って戻ってきたユミジは、1から100まで数えるなんて久しぶりだなぁと思いながら、大きな身体を丸めてその場で100をカウントする。

数え終わってあたりを見回すが、当然3人の姿はない。ユミジは、ワクワクしている自分に気付いていた。

「さ〜てと……」

つぶやきながら、見当をつけたあたりで携帯をかける。

人ごみの中に、聞きなれたヨシヒサの着メロが鳴る。

「そっちかっ!」

ユミジは駆け出した。が、ヨシヒサは既に姿を消していた。しばらく考えたユミジは、カンの方に戻りながら、もう一度かける。しかし、今度はバイヴにしているらしく、どこからも音が鳴らない。

しばらく呼び出しているウチに、ヨシヒサの携帯が圏外になった。ユミジは、にやりと唇をゆがめると、周りを見回す。

探し物はすぐに見つかった。

カンの置いてある所に一番近い地下鉄の出口のそばまで行くと、カンを見張りながら物陰に隠れる。そして何度かかけなおしていると、不意にヨシヒサの携帯が繋がって呼び出しになった。

同時にユミジはカンに向かって走り出した。まさに、しなやかな細身の身体を翻しながら、地下鉄の出口からヨシヒサが走り出してくるところにぶつかる。

「ヨシヒサ見っけっ!」

叫びながらカンを踏む。出遅れたヨシヒサは、悔しそうにこちらに向かって歩いてくる。

「くっそ〜!そう言う使い方もあったか」

「ま〜な。頭脳の勝利だな」

「ぬかせ」

そのとき、ヨシヒサの携帯が震えた。通話ボタンを押して、ヨシヒサはなにやら誰かと話している。と、ユミジに向かってトイレに行って来ると言ったまま歩き出した。

ユミジが次の作戦を考えていると、ヨシヒサが帰ってくるのが見える。そのまま、人ごみの中を探そうとして、ユミジは妙な違和感を感じた。

もう一度よく見ようと目を凝らすのと、ヨシヒサ、いや、ヨシヒサの上着を着たタケヒロが走り出したのが同時だった。

「タケさん見っけ!」

間一髪、空缶を踏みながらユミジが叫ぶ。

「くわ〜っ!惜っしい!」

「上着の交換っすか。きったねぇなぁ!」

「基本だろ?本当は通行人の借りようと思ったんだけど、さすがに誰も貸してくれなかった」

「当たり前っすよ」

「こうなりゃ、フジオに託すしかないな」

「粉砕しますけどね」

にやけながら戻ってきたヨシヒサに軽い一発をくれると、ユミジはフジオの携帯にかけた。当然、音は聞こえない。

「さすがに言い出しっぺだけあって、わかってやがるな。さ〜てと、どうやって見つけるか……」

電車が吐き出す帰宅途中の人ごみに目を凝らしながら、ユミジがつぶやいた。空缶の前で腕を組んでいる男達3人を避けるように、人ごみは移動してゆく。

男がひとり、スーツケースをもって歩いてくる。別の男が携帯でなにやら話しながら、歩いてくる。また違う男が、母親らしい老婆の手をひいて歩いてくるのが見えた。横には妻と思しき女性も見える。

ユミジの視線は当然そこには留まらず、そのまま人ごみをスキャンしてゆく。とにかく、全てがあやしく見える。

「何で俺は、こんなコトでムダに緊張してるんだ?」

ユミジが内心で苦笑しながら呟いた時、先ほどの妻と一緒に老婆を連れていた男が、突然走り出した。

驚きながらもとにかくカンに駆け寄り、フジオの名前を言いながらカンを踏んだ。残りはフジオしかいないのだから、当たり前だ。

「あっぶね〜!フジオが最後じゃなかったらヤられてた。しっかし、普通そこまでやるか?」

協力して貰った老婆と娘にお礼を言ったあと、戻ってきたフジオに向かってユミジが言う。

「へへへ、俺が何のために携帯だの大人だのを強調したか、わかったか!全てはこのための伏線だったんだよっ!」

「みつかっちゃ、しょうがねえけどな」

「うるせえぞ、タケヒロ!おめ〜らが速攻で捕まるから、俺の作戦が台無しじゃねえか!」

「作戦ってほどのモンじゃないですよ」

「あ、ヨシヒサまでそう言うこと言うかっ!」

 

3人のやり取りを尻目に、それまで黙りこくって駅前ビルの工事中の場所を眺めていたユミジが、急ににやりと笑ってその一角を指差した。

「長縄やらねえ?」

指差した先には、工事用のトラロープ(黄色と黒のナイロンロープ)の巻いた束があった。

一瞬おいて、ヨシヒサとフジオが走り出す。

3分後、駅前のロータリーに、長縄をやる男4人が出現した。タケヒロとユミジが縄をまわし、ヨシヒサとフジオが順番に入ってゆく。

「うわっ!タケっ!はえぇよ!段々速くするんじゃねえっ!うわっ!あぶねっ!」

「ば〜か。当たり前だろっ!いいから、早く引っかかって俺と交代しやがれっ!」

「なんだ、タケさんも飛びたいんだ」

大笑いしながら、4人の縄跳びは続く。

いつの間にか彼らの周りには、ほろ酔い気分の酔漢たちが集まってきていた。

「俺らも入っていいですか?」

声をかけてきたのは、まだようやく20代前半と見える男達3人。

「オッケ〜にきまってんじゃん!やろうぜ!」

フジオの叫びに、酔っ払い3人は嬌声を上げながら、縄を飛んでゆく。誰かが引っ掛るたび、そこで爆笑が起きる。途中で縄をまわすのを交代しながら、ユミジとタケヒロも飛んで、笑った。

周りには野次馬が集まり始めている。

そのうち、仕事帰りのOLと思しき女性が、参加を申し出る。これでプロトン(集団)のテンションは一気にヒートアップ。ヒールを脱いだ女性が縄に入ると、周りからは歓声が沸いた。これに勇気づけられて、野次馬の中からも続々と参加者が増えてゆく。

そのうち、工事現場に走った幾人かがもう一本のロープを持ってくると、駅前ロータリーは大長縄大会の様相を呈してきた。

ほろ酔いの大人たちの縄跳び大会。

疲れ果てて帰ってきたはずの人々は、目をキラキラさせながら縄を飛んでゆく。飛ぶ者、見る者の嬌声で、駅前は大騒ぎだ。

が、当然こういう事態を、あまり快く思わない職業の方々がいる。駅前交番から、ついに見かねた警官が二人飛んできた。さすがにみんな、縄を飛ぶのをやめる。

「こら!何をやってる!早く解散しなさい!」

水を差されて、しぶしぶと引き上げかけた集団の中から、声があがった。

「オマワリさ〜ん!ケイドロやろうよっ!」

そのヒトコトで、みんながどっと沸く。一瞬しらけかけたムードが、また一気にヒートアップし始めた。2人の警官は、何とかそれを押し留めようとする。しかし、熱の上がった集団に対しては、彼らの制服さえ幾ばくの効果も発揮できない。

高まった圧力が膨れ上がった瞬間。タケヒロ、ヨシヒサ、ユミジ、フジオの4人がバカでっかい声で歌い始めた。

ちゃっちゃらっちゃらっちゃちゃ、ちゃっちゃらっちゃらっちゃちゃ、ちゃらちゃっちゃ〜

オクラホマミキサーである。

呆気に取られた後、爆笑が起こった。

大笑いしながら、人々はフォークダンスを踊りだす。もう、警官達にも止める術はなかった。歌いながら踊っている人びとを眺めながら、警官はため息をつくと、諦めて夜空を見上げる。

その目に映るのは、煌々と青白い光を放つ「この事態の本当の犯人」とでも言うべき………

 

満月。

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