野良犬たち

「瑪瑙(めのう)さん、瑪瑙信一さん、こちらへどうぞ」

「はい。おや、ずいぶん若い先生だなぁ。俺と同い年くらいかな?」

「さてと。どうしました?」

「いや〜先生、右の奥歯が痛くて仕方ないんです」

「判りました、じゃあそこへ座って口を開けてください。さて、それじゃ診てみましょう。おやおや、これはずいぶんとひどい」

「やっぱり、虫歯ですか?」

「これじゃあ、削らないとだめだなぁ。今日はもう予約もいないし、削っちゃいましょう。ちょっと時間かかりますけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。お願いします」

「それじゃ、麻酔しますね。よ……っと。これでいい。じきに効いてきますから、それまでちょっとお待ちください。ところで」

「はい?」

「瑪瑙(めのう)さんと言うのは、ずいぶんと珍しいお名前ですね」

「はあ、宝石の瑪瑙ってあるじゃないですか? なんでも先祖がアレの採掘だか加工だかに携わっていたらしいのですが、俺はよく知りません」

「そうですか。私の同級生にも同じ名前のヒトがいますよ」

「へえ、珍しいなぁ。俺、今まで生きてて、同じ名前のヒトに会ったことないですよ」

「それがねぇ、あなたの前でこんなことを言うのは申し訳ないんだけれど、嫌なやつでしてねぇ。高校時代、よくいじめられたんですよ」

「ははぁ、それはそれは……」

「いや、ご気分を害されたなら、申し訳ない」

「いいえ、かまいませんが。それではその方とは交流はないんですか? いえ、同じ苗字のヒトなら、一度会ってみたいなと思ったものですから」

「残念ながらありませんでしたね。ところでどうです? 麻酔は効いてきましたか?」

「え〜っと、うん、だんだんしびれてきたような……おや、なんだかおかしいな?」

「どうしました?」

「いえ、歯だけじゃなくて、なんとなく全身がジンジンしてきたような気が……」

「ああ、それでいいんですよ。全身に効く麻酔をしたんですから。もっとも、頭には影響ありませんから、意識ははっきりしているはずですが」

「えぇ? どうしてです? そんなに大変な手術なんですか?」

「あなた、ずいぶんと鈍いですねぇ。あなた自身が言ったじゃないですか。瑪瑙という名前には、今まで会ったことがないって」

「え……どう言う……」

「あなた珍しい名前だから、私のほうはすぐにわかりましたよ。まだ思い出せませんか? 私ですよ。学生時代あなたにいじめられて学校を辞めた、加藤ですよ」

「加藤……かと……バカトウ?!」

「思い出されたようですね?」

「あ、いや。それじゃあ、あなたがあの加藤?」

「そうですよ。高校を辞めた後、大検に受かって歯科大学に入り、歯科医師になったんです」

「あ、いや、なんと言っていいか……」

「何も言わなくていいです。黙ってコレを御覧なさい」

「その脚は……」

「そう、あなた達にいじめられて、二階から突き落とされたときに痛めたものです。残念ながら、切断するしかありませんでした。まあ、歯科医をやるには、あまり関係ありませんがね」

「そ、それは……済まなかった」

「やめてくださいよ。中途半端に謝ってもらっても、脚が元に戻るわけじゃありませんから」

「それじゃあ、どうしたら」

「許してくれるかって? 安心してください。金輪際、許す気はありませんから。謝罪は無用です」

「しかし、それでは」

「無用だといったでしょう? いいんですよ。私もあなたから左脚一本に相当するものを戴きますから」

「脚一本に相当する?」

「奥さん、可愛らしいヒトですね? お子さんも、ずいぶん元気な女の子だ。目に入れても痛くないんじゃないですか?」

「き、きさまっ! 妻と娘に! やめろ!」

「おや、ヒトの脚を奪っておいて、ずいぶんな言い草ですね? やはり、あなたの謝罪なんて信用できないことがよくわかりました」

「いや、済まないとは思っている。できる限りの謝罪や償いはするつもりだ。だが、それは俺のやったことで、妻や娘には関係ないだろう?」

「もちろんですよ。誰があなたの奥さんやお子さんに危害を加えるなんて言ったんです? かわいいですねと言っただけじゃありませんか」

「そんな、詭弁を……いや、済まなかった。私が勝手に勘違いして、失礼なことを言ってしまったようだ。申し訳ない」

「ふふふ、そんな歯軋りしながら言われても、謝られてる気がしませんがね。ま、いいでしょう。それより、本題に入りましょうか?」

「その脚の治療にかかったお金や、慰謝料はきちんと支払うよ。あの時一緒にいた、田中や木村とも連絡を取って、君の前で謝罪させる。どうかカンベンしてくれ」

「あのねぇ、そんなことで私の気が晴れるとでも思っているんですか? この脚のために、どれだけたくさんのものを失ってきたか、あなたにはわからないでしょうが」

「しかし、それではどうすれば気が済むんだ?」

「決まってるじゃないですか。同じ思いを味わってもらうんですよ」

「あ、脚を切り落とす気か? そんな……」

「あなたの脚なんかもらってどうするんです? それをホルマリン漬けにして眺めていたって仕方ないじゃないですか。もちろん身体の一部は戴きますが、もっと金になるものを戴きますよ」

「まさか……な、内臓?」

「ほほう、察しがいいですね。話が早くて助かる。田中さんの時なんか、ずいぶんゴネましてね。苦労しましたよ」

「田中の内臓を切り取ったのか!」

「摘出、と言ってください。人聞きの悪い。もちろん 、まだそんなことはしてませんよ。彼にも考える時間が必要でしょうからね。まあ、なんと言おうと、必ず内臓を切り出してもらいますが」

「きさま……何と言うことを……それでも人間か!」

「黙れ! その薄汚い口を開くな! 人間か、だと? ならば貴様らのやったことはなんだ? あれがヒトとして許されることなのか?」

「あれは……」

「学生だったから、子供だったから、そんな言葉で済ませる気か? 冗談じゃないぞ? お前らは寄ってたかって、一人の人間の人生をめちゃくちゃにしたんだ。俺の人間としての尊厳は、お前らによって踏み潰されたんだ」

「……」

「そこで黙り込むくらいの人間性は、まだ残っているようだな。毎日毎日ゴミのように扱われ、奴隷のように扱われ 、挙句の果てに脚を一本切り落とさなくてはならなかったんだぞ? 俺にわびる気があるなら、万分の一でも同じ痛みを感じるがいい」

「わ、わかった……」

「ほう、腎臓を売る決心がついたか」

「う、い、いや…それは……何らかの方法で、君には必ず報いるから」

「ふん、まだわかっていないようだな。いいか? 例え腎臓を摘出したとして、そう簡単に売りさばけると思うか? 内臓を売るためには、それなりのルートにコネクションがいるんだ。つまり、俺にはそういう知り合いがいるということだよ。言っている意味がわかるか?」

「ぼ、暴力団……」

「まあ、それに類する連中だ。あんまりふざけたことを言っていると、取り返しのつかないことになるぞ? 俺は、金が欲しいんじゃないんだ。金なんかオマエよりはよっぽど持ってる。俺はオマエに身体の一部を奪われる気分を味わって欲しいんだよ」

「そ、そんな……」

「腎臓ひとつなくなったって、生きてはいけるだろう。かわいい女房や子供にも会える。脚がないよりは、よっぽど普通に生きていけるんだ。むしろ慈悲深いと感謝してもらいたいくらいだね」

「……」

「まあ、いい。とりあえず、お前の携帯をよこせ。コレに連絡先を入れておく。決心がついたら連絡しろよ」

「……」

「そう、暗い顔でうつむいてられたら、こっちまで気がめいってくるじゃないか。もう、麻酔は切れたろう? とっとと帰れよ」

「わかった……」

「おい、田中か? 俺だ、瑪瑙だ」

「判っている。加藤の件だろう?」

「そうだ。あいつ腎臓を売れなんていってきやがった。おまえ、どうする気だ?」

「どうするも何も、腎臓なんて売れるわけないだろう。なんで俺がバカトウなんかに、内蔵売って金を払わなくちゃならないんだ」

「そ、そうだよな? 俺だってわびる気持ちはあるから、慰謝料を払えってんなら喜んで払ったさ。自分のしたことから逃げる男じゃないからな、俺は」

「俺だってそうさ。だが、内臓を売れって言うのは、わけが違う。だいたい、犯罪行為じゃないか。おい、瑪瑙。ちょっと考えがあるんだが」

「なんだ? 内臓を売らなくてすむなら、何でもやるぞ」

「うむ。内臓を売るのは犯罪だ。かといって嫌がれば暴力団がやってくるかもしれない。だからな、どうせ犯罪をやるなら、後腐れのないようにしようと思うんだよ」

「というと……ま、まさか……こ、殺すのか?」

「よくわかったな。オマエは昔から勘がいい。そういうことだ」

「し、しかしいくらなんでも殺すのは。それに、暴力団も黙ってはいないんじゃないか?」

「そこだよ。おそらくやつと暴力団の接点というのは、金だろう。だとしたら、やつが死んだとしても、それほど必死になって犯人探しをするとは思えないんだよ」

「う〜む。そう言われると……」

「実はな、木村にはすでにこの話をしてあるんだ。あいつはこの話に賛成してくれている。オマエだって、そのまま座して破滅を待つつもりじゃないだろう?」

「う、うん。それは、もちろん」

「それにな、いざとなったら木村に罪をかぶせちまえばいいんだよ。あいつ、俺に借金してて、もう、首を吊る寸前まで行ってるんだ。生命保険をかけて事故を装って自殺するか、てなところまで追い込まれていたんだぜ?」

「そうなのか? それは知らなかった」

「だから、返済をまってやる代わりに、手伝えって言ったのさ。もし、ばれそうになったら、罪をかぶってくれれば借金は棒引きにしてやるし、家族の世話もしてやるって言ったら、あいつ喜んでうなずいたよ」

「そうか。さすが田中だ。お前は学生の時から、切れ者だったもんな」

「ははは、よせよ。それより、どうなんだ? お前も乗るか?」

「もちろんだ。いざという時の保険まであるんなら、喜んで乗らせてもらうよ。あのバカトウに一泡吹かせてやる」

「じゃ、決まりだ。早速、木村の家で作戦を練ろう。今からこられるか?」

「う、うん。わかった。すぐに行く」

「なるほどな。小悪党の田中の考えそうなことだ。殺人を犯すのに保険とはね。まったく、自分の身だけは、何があろうと安全なところへ置いておく。昔から変わってないな、あいつは」

「……」

「小ずるく立ち回り、自分はキレ者だなんて吹かしやがる。それに太鼓持ちの瑪瑙が、諸手を上げて賛成ときた。ますます高校のころのままだ。で、実際の犯行は立場の弱い木村、お前にやらせる 気なんだな?」

「う、うん」

「昔からそうだった。オマエはいつも立場が弱くて、俺をいじめる実行犯だった。最初のころはお前を一番憎んだものさ。だが、俺は馬鹿じゃない。誰が一番唾棄すべき人間かは、 わかっているつもりだよ」

「か、加藤……くん」

「オマエはヤツラの命令でいじめた後、必ずわびに来ていたもんな? そんなやつを、俺がいつまでも憎むと思うか? こうして、俺のためにヤツラの考えを知らせるスパイの役割をやってくれていることだし、オマエはもう、カンベンしてやる」

「あ、ありがとう」

「だから、オマエは俺の計画通り、逆にやつらを殺すんだ。なあに、いくら二人いたって、拳銃があれば大丈夫さ。あいつら、俺をナイフで刺し殺そうというんだろう?」

「ああ、そう言ってた」

「事故に見せかける手間さえ、めんどくさがったわけだ。コレがなぜか判るよな? あいつら、ハナから犯行を隠す気なんかないんだよ。お前にすべて押し付ける予定なんだ」

「そ、そうだろうね。話し合いの時でも、僕はろくに参加させてもらえなかった」

「そしてもちろん、お前が捕まったら、完全に知らん振りを決めこむぞ? お前のアリバイを作っておくなんていいながら、ヤツラは犯行時間、自分達だけで海外にでも行くつもりさ。 あいつらはいつだって、自分を安全な場所におきたがるんだ」

「でも、僕がヤツラを殺したとして、その後はどうなるんだ? 君が助けてくれるのかい? もし、助けてくれないなら、僕は当初の予定通り、自殺して家族に金を残すよ」

「なに言ってるんだ、当たり前じゃないか。俺には暴力団の仲間がいるんだ。悪いようにはしない。お前がヤツラを捨て、俺についてくれたこと、本当に感謝してるんだ。なにせ、片足の俺じゃ、ヤツラを上手く殺せるか自信がないからな」

「わかった。そういうことなら、君に協力しよう」

「うん、頼むぜ?」

「ふふふ。まさか木村もあの銃に、三発目を打つと暴発する仕掛けがしてあるとは思うまい。これで俺の脚の落とし前はつく。しかし、馬鹿なヤツラだ。善良な一市民の俺に、暴力団の知り合いなんているわけないじゃないか……うん? 誰だろう、今頃……め、瑪瑙! なぜ、オマエがここに?」

「木村が田中を撃ったところで、俺はやつに飛び掛って首を絞めたんだ。おかげでこの通り、俺も脚に一発食らったがな。これでおまえと同じだよ。はははは」

「ま、待て。その銃には仕掛けがあるんだ。まずは話を聞いてくれ」

「うるさい! 俺がそうそういつも腰砕けのイエスマンだと思うなよ? 俺だってやる時はやるんだ! 暴力団なんて怖くないぞ! こうなったら、おまえなんかぶっ殺してやる」

「馬鹿、やめろ! オマエは正当防衛だったんだろう? 俺が証言してやるから、まずは落ち着け。話を聞け」

「うるさい! おまえみたいなペテン師に、騙されるものか! それにな、俺にも考えがあるんだよ」

「考え、だと?」

「いいか? この銃には木村の指紋がついてるんだ。お前を殺したら、コレを木村の死体に握らせて、やつの仕業にするのさ。つまり俺は、借金に困った 木村が田中を殺すのに巻き込まれた、って話になるわけだ」

「俺のコトはどうするんだ? 俺が死んでいたら、お前にも疑いがかかるぞ? 医院のコンピュータにデータが残っているんだからな」

「なに言ってるんだ。同級生なんだから、訪ねたっておかしくはないだろう? オマエが木村に殺された理由なんて、タダの同級生で患者でしかない俺が、知ってるわけもない。警察にはそう言うさ」

「やめろ! その銃は暴発する細工がしてあるんだ」

「お前の言うことなど、誰が信じると思う?」

「やめろぉ!」

 

「7時のニュースです。千葉県柏市の歯科医、加藤博文さん宅に、拳銃を持った男が忍び込み、加藤さんの頭に銃を突きつけ撃とうとしましたが、拳銃は暴発。これにより、犯人の瑪瑙 信一と加藤さんは死亡しました。警察によれば……」


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