| ディアブロ〜悪魔 |
| ぽつぽつと看板の明かりが灯る国道に、金属のささやきが低く響く。 悪魔の名を冠するモンスターは、その内に秘めたエネルギーをひた隠し、まさにささやくような低いエグゾースト(排気音)を響かせている。ランボルギーニディアブロ。これがノックのマシンの名だ。 やがてディアブロは、その漆黒の車体を国道沿いのファミレスの駐車場に入れる。続いて入ってきたのは、ハイドのダッヂヴァイパーだ。ド派手な黄色い車体を、こちらもよじるようにして駐車する。 「ノックさん、失礼ですけど、ディアブロって思ったより静かなんですね?国産車の車検対応マフラーの音と、そんなに変わらないような気がするんですが?」 どう見ても理系の真面目な大学生といった風情のハイドの言葉に、ノックは不敵な笑みを浮かべて答えた。 「ああ、オモテから聞いたらそうだろうな」 いぶかしげな顔をするハイドに、ノックは無言でアゴをしゃくる。ハイドは言われるままに、ディアブロのコクピットに収まると、ドアを閉めて軽くレーシング(空ぶかし)した。出てきたハイドが言葉を発する前に、ノックはにやりと笑う。 「な?」 「ええ、驚きました。中で聞くと、まさにV12サウンドですね?」 「そ、まわりにどう聞こえるかなんてどうでもいいんだよ。中で運転する俺がイケればな」 「ハタで聞いてたら、ただの変態ですよ。そのセリフ」 笑いこけるハイドのアタマを小突くと、ノックはディアブロをいとおしそうになでた。まあ、ある意味、変態といってもいいかもしれない。クルマだの単車だのに人生をささげてるバカは、多かれ少なかれこんなもんだ。 「しかし、ディアブロって、やっぱ速いですね?」 「バカ、他のといっしょにするな。こいつはな、200kg以上の軽量化を施し、サイドバー付きのダッシュ貫通ロールケージを組んであるんだ。ベースは初期型だけど、エアロとかもSEモデルに交換して、リアのパネル周りをみなメッシュにして冷却効率をアップさせ、さらにリアバンパーも外して軽量化してあるんだ。渋滞で溶けて変形しちまうからな」 ノックは自分のディアブロの改造点を話しはじめた。こうなると大抵のクルマバカ、単車バカは、止まらない。こちらもやっぱり自分のヴァイパーが最高と思い込んでいるハイドは、急いで話題をそらした。 他人の車なんて、どうでもいいのだ。 「そーいや、あのうわさ聞きました?」 とたんに、ノックの顔が曇る。 「ああ、湾岸の赤いディアブロか?」 「ええ、トモさんのR33が食われたらしいですよ」 「トモは33に乗せられてるからな。トモが喰われたからってそのディアブロが33より速いとは言えねえだろう?」 スカイラインGTR、R33は、現存する国産スポーツの中では最速である。もちろんクルマや単車と言うものは、操るものの腕がいちばん大きくものを言うのだが、このクルマはそんな言葉さえ空しくなってしまうほど、誰が乗っても速い。 しかも、いくらトモが女の子だとは言え、彼女もマーマレードスプーンのメンバーである。そのトモのR33が得意なステージの湾岸線で食われたと言う話は、メンバーの中ではちょっとした事件なのである。 「ま、そのうち俺のディアブロが、敵(かたき)を取ってやるさ」 「あの33も700馬力くらい出てますよ?」 「だからどうした?トモは所詮、33を上手く走らせる程度なのさ。俺はディアブロ使いだ。同じディアブロに乗ったら、俺の方が速い」 「同じじゃないかもしれませんね?」 ハイドは面白そうな顔で、ノックを煽る。ノックは不愉快そうに眉をひそめると、タバコを灰皿に投げた。 「いくぞ、ハイド。湾岸だ」 どうやら、やる気はマンマンのようである。
湾岸を流して三回目のことだった。時刻はもう、夜中の3時。最高速アタックをするには、ちょうどいい時間である。 あきらめてそろそろ帰ろうかなどと携帯で話していたふたりの前に、その真っ赤な車は突然現れた。件(くだん)のディアブロである。合流から、突然爆音を響かせると、そのディアブロはノックのディアブロの真後ろにつけた。 一拍おいて、一気に加速し始める。ノックも慌ててアクセルを踏んだが、すでに数十メーターの差が開いていた。後ろで見ていたハイドが、感心したようにうなる。 「速い!ありゃ、ただのディアブロじゃないな」 と。ハイドの携帯がなる。慌てて受けたハイドの耳に、ノックの緊迫した声が聞こえてきた。 「ありゃ、SVTTじゃねえか。PMEの看板マシンだ」 「速いんですか?」 「見たとおりだよ。最大出力1187ps、最大トルク128kg/mだったかな?ディアブロの世界記録を持ってる、まあ、バケモノだ」 それきりノックの電話は切れた。悪魔の中の悪魔、SVTTを追うのに精一杯なのだろう。ハイドは「せ、せんひゃくはちじゅうなな馬力?」とバカみたいに繰り返したきり、アクセルを緩めた。 彼のヴァイパーは400馬力強。しかもその力を中低速に振った、加速重視のドラッガーだ。とてもじゃないが、追いつけるものではない。少なくともハイドの腕では、その膨大な差は埋められない。 幸い、湾岸線にはトラックが何台か走っていたため、ノックはおいてゆかれることもなく、SVTTを観察することが出来た。 「なるほど。乗ってる奴の腕は、マシンに追いついてないな。無駄にテールが流れてやがる」 湾岸線は最高速アタックで有名ではあるが、実は言われるほどそのステージとして優れているわけではない。田舎の、例えば北海道の道などに比べ、絶対的に交通量が多いのである。逆にいえば、ある程度パワーの劣るマシンも、そこにつけ入る隙があるのだ。 例え目の前の車線がクリアであっても、隣の車線にトラックが走っているのといないのでは、心理的な圧迫感がまったく違う。時速250キロを超えるハイラインバトルでは、その圧迫感と言うのはバカにならない。 200キロなら止まって見える一般車が、250キロではこちらに向かって走ってくるように見えるのだ。最高速アタッカーは、この心理的な圧迫に歯を食いしばって耐えながらアクセルを開けるのである。 先行する赤いディアブロは、大井から環状線へのルートを取った。ノックは片頬をあげてにやりと笑った。その瞳は、自信に満ちあふれる。 「くっくっくっ、イケる。どっかん加速勝負ならキツいが、環状線なら勝てる。こいつはディアブロに乗れてない」 ノックは薄笑いを浮かべながら、アクセルを開けた。 ランボルギーニディアブロは、ドリフトコントロール扱いが難しい。2シーターにもかかわらず、シートからリアタイヤまでの距離が異常に長いため、リアが流れたと思ってからカウンターを当てるのでは遅すぎるのだ。慣れない者が無理に攻めれば、そく大スピンは免れない。 そして首都高速環状線はガタガタに古びた路面で、常に交通量も多い。いくら1000馬力を超えるモンスターでも、そのパワーを全て使い切ることは、まず難しいだろう。コントロールの難しいディアブロであれば、さらに。 二台は環状線に入った。 内回りを狂ったようなスピードで駆け抜ける。 RR(リアエンジンリア駆動)のノックのSVは四駆のSVTTに比べて、コントロールはさらに難しい。しかし、赤いディアブロはドライバーの腕が劣る。赤と黒、二台の「悪魔」は、まるでランデブーするかのように、絡み合いながら環状線を疾走する。 やがて、浜崎橋ジャンクションが近づいてきた。勝負は二週目に入る。 高速コーナーの立ち上がり、赤いディアブロのリアタイアは、ずるずるとスライドする。タイアが1187馬力のパワーを受け止めきれないのだ。よろよろとケツを振りながら、それでもキチガイじみた速度で加速してゆく赤いディアブロに、ノックは畏敬の念さえ感じていた。 「上手いとはいえない。しかし、確かに根性はすげえ。あれだけとっ散らかってるくせに、それでもアクセルを踏むのか」 しかし、ノックとてディアブロ使いを自称する男だ。おいそれと負けるわけにはゆかない。じゃじゃ馬ディアブロを、繊細に、大胆に操りながら、徐々に赤い悪魔を追い詰めてゆく。 八重洲通りが迫ってきた。 これをくぐれば長いのぼりの直線である。そしてその先には、江戸橋の直角コーナーが、牙をむいて待っている。 「江戸橋で勝負をかけよう」 ノックの握るステアリングに、力がこもる。 やがて二台は八重洲をくぐった。 オォォォォォォォォォォ!! ランボルギーニの傑作である二台は、まさにディアブロの名に恥じない悪魔の咆哮を上げながら、長い坂を駆け上ってゆく。速度は260キロオーバー。目前に直角コーナーが迫る。 ウオン!ウオン!ウオン! ヒールアンドトゥで減速ショックを殺しながら、二台は一気に二速までシフトダウン。突っ込み勝負で、ノックの黒いディアブロが前に出る。そのままゆらゆらと不安定な挙動を無視して、一気に江戸橋コーナーを抜けた。 と。 赤いディアブロは、減速しきれずに外へ膨らんでゆく。そして、ついに外壁と接触した。 ガリガリガリガリガリ!ガガガガガ! 外壁にヒットして蛇行しまくった赤いディアブロは、100メータ以上流れた後、ようやく停止した。 やがて深夜の高速に、静寂が訪れる。 路肩に車を止めたノックは、急いで赤いディアブロに駆け寄った。どうやら、ドライバーは無事のようだ。四点式シートベルトを外すと、扉を開いて出てくる。 瞬間、ノックは硬直した。 赤いディアブロから出てきたのは、あきれるほどに透き通った白い肌を持つ、妖精のように美しい女だったのだ。かける言葉を失って立ちすくむノックに向かって、妖精はとろけるような笑顔で微笑んだ。 「やっちゃった」 その屈託ない微笑みに、ノックの呪縛が解ける。大急ぎで取り繕ったノックは、タバコをくわえながら肩をすくめた。 「あなたが行けたから、私も行けると思ったんだけどな。腕の差が出ちゃったね」 「そうでもねえさ。俺もぎりぎりだった」 「私はミナミ。あなた凄いね。こんなに速くディアブロを走らせる人、初めて会ったよ」 ノックは照れくさそうに笑う。 「俺はノック」 「ノック?本名なの?」 「ははは、まさか。ノッキンオンヘブンズドア〜天国の扉って曲から取ったのさ。俺の走りは、いつも天国と隣りあわせだから」 ミナミはそれを聞いて笑い出した。まあ、俺はとてもスマートとは言いがたいし、イケメンとも言えないからな。ちと、かっこつけすぎたかな?なんてノックが反省していると、ミナミはつかつかとそばに寄ってくる。 何事かといぶかしむノックの頬に、やさしいキスをひとつくれると、ミナミはまたにっこりと笑った。ノックはその笑顔に、完全にノックアウト。洒落にもならない。 「ねえ、またいっしょに走ってくれる?」 ミナミの言葉に、ノックは胸を張って答えた。 「おう!いつでも誰の挑戦でも受けるぜ?また返り討ちにしてやるよ」 二人は声をあげて笑った。
土曜の夜。 マーマレードスプーンのメンバーが集まるドライヴインに、一台のランボルギーニディアブロが入ってきた。 ロードスター、つまりオープンカーだ。こいつは、ドアが上に持ち上がる「ガルウイング」。気の遠くなるほどキザな、いわゆるスーパーカーらしいスーパーカーだ。しかもボディカラーはミッドナイトブルー。これ以上キザなクルマは、早々お目にかかれるもんじゃない。 みなの注目の中、苦虫を噛み潰したような顔をしているのはハイドである。 「ありゃぁ、これまたド派手なのが来たな。こりゃきっと、ノックさんとひと悶着あるぞ」 とつぶやいていたのだが、そのディアブロロードスターから降りてきた人物を見て、ハイドは飛び上がった。 「ノックさん!」 「よう!」 右手を挙げたノックの左腕には、ミナミの腕が絡みついている。 「どーしたんすか?SVは?まさか、売っ払ってこれを買ったとか?」 ノックは慌てて手を振ると、ミナミを指しながら幸せそうに微笑んだ。 「まさか。これはコイツのだ。SVTTに乗るには、ちっとばかりテクが足りねえからさ。まずはこれでディアブロの特性を学ばせようと思って」 それからノックは、仲間にミナミを紹介して回る。 ひととおり紹介が終わったのを見計らって、ハイドはノックを捕まえた。 「んで、SVはどうしたんです?今日こそ、僕のヴァイパーとドラッグ勝負で決着をつけるんじゃなかったんですか?」 ノックはばつの悪そうな顔で答えた。 「今日は走らない。これからミナミとデートだからさ」 みんなに冷やかされながらドライヴインを後にするディアブロに向かって、ハイドは思いっきり舌を出した。それでも気がすまないのか、ブツブツと文句を言っている。 「ちぇ、何がディアブロだ。悪魔どころか、愛のキューピットじゃないか」 それから大きくため息をつくと、悔しそうにつぶやいた。 「僕もディアブロに乗り換えようかな」 |