うすのろニック
ニックのバカが、いつものようにナイフを振り回しながら店に飛び込んできた。店中の客の視線が集まる。

「ユ、ユダ!て、てめえ、か、か、覚悟しや、が、がれ」

そのセリフで、一同はニックに興味を失うと、それぞれおとなしく呑みはじめた。ニックのナイフが誰に向いているのか、それが唯一の興味だったからだ。

俺じゃなければいい。つまりはそう言うことだ。

名前を叫ばれた当の本人は、やたらとかったるそうに立ち上がると、ニックに向かって両手を上げる。立ち上がった拍子に、漆黒の長い髪がゆれ、黒いカーテンのごとく広がる。

「OK、降参だ。俺が悪かった。一杯おごるから勘弁してくれ」

「て、て、てめえは、い、いつも、ひ、人の女に手を、だ、出して……」

「あーわかったわかった。んじゃ、オモテで決着つけるべよ」

そう言い放つとユダはスタスタと店の外に出た。ニックが慌ててその後を追う。ニックは195センチ150キロ、対するユダは170センチ65キロ。知らないものが見れば、大人と子供だ。

そして実際にも、この二人の差は大人と子供だった。ただし、ユダが大人でニックが子供だ。自分の後ろ姿に飛び掛ってくるニックの攻撃を予期していたユダは、充分に力を矯めた後ろ蹴りを放つ。

150キロの体重を全力で突進させてきたニックは、ユダの振り出した強烈な後ろ蹴りに向かって自分から突き刺さっていった。げえっ、と舌を吐き出したニックのアゴ先に、振り向いたユダのブーツの先が突き刺さる。

頭を縦に揺らされて昏倒するニックには目もくれず、ユダは店に戻ってバーボンのグラスを傾け始めた。もちろん興味を示すものは誰もいない。

トラブルは力で解決。これはこの町のルールなのだ。まして、町いちばんのケンカ巧者ユダと、うすのろニックじゃ最初から勝負は見えている。酒の肴にもならないようなケンカじゃ、賭けだって成り立たない。

 

トパーズの鉱脈で一発当てようと狙っていた父親に連れられて、ユダがこの町にきたのはちょうど20年前。

その頃はこの町も、産出するトパーズのおかげで、随分とにぎわっていた。一攫千金を狙う山師たちが、週ごとに増えてゆくようなありさまだった。

それから10年は、この町の全盛期だった。砂とサボテンしかないような田舎町は、トパーズの莫大な鉱脈によって、あっという間に活気あふれる町へと変貌したのである。

ユダの父親はたくさんの山師とともにこの町へ移り住み、生涯をトパーズの発掘に当てた。しかし、父親が十年かけて掘り当てたのは、商品価値のべらぼうに安い青色のトパーズ鉱脈だった。

トパーズは黄色、金色、橙、褐色、ピンク、紫、赤と多彩な色をもつが、ブルーのトパーズの結晶だけは、カットすると更に色が淡くなり、宝石としては余り魅力がないため、殆ど市場に出回ることがない。

ユダの父親が全財産を賭して買い取った山には、このブルートパーズだけが産出するのだ。

父親は、この事実を知り、失意の中で首をくくった。母親は同じく採掘に失敗した別の男とともに、ユダを置いてこの街から逃げ出した。

それからずっとユダは、ずっとひとりで生きてきた。

どうやって?

簡単だ。母親譲りの美貌と天性の口八丁で、町の女どもをたぶらかしてきたのだ。15で天涯孤独になったユダの、それが唯一の生きるすべだったのだから。

女を食い物にして生きるということは、当然ながら他の男とのトラブルを抱えることになる。

最初の頃は女を寝取られた男たちにボコボコにされていたユダだったが、どんな奴だって毎日毎日ケンカをしていれば嫌でも強くなる。

トパーズを掘り尽くされた町が衰退するのと反比例して、ユダの腕っ節はめきめきと上がっていった。金にあかせて女を囲っては、その女をユダに寝取られるという醜態を繰り返してきた、町いちばんの金持ちの息子、ニックのおかげといってもいいかもしれない。

はじめのころこそ、ばれるたびにニックに殴られてきたユダだったが、そのおかげで、気がつけば町いちばんのケンカ巧者になっていたのである。トパーズタウンで今、ユダにかなう男はいない。

その反対にニックは、ユダにこっぴどく殴られすぎて、いつのまにか頭のねじが緩んでしまっていた。

だからユダは、ニックにケンカを売られれば当たり前のように手加減ナシでやっつけるが、他の奴がニックをいじめようとすると、その相手が動けなくなるまで徹底的に殴りつける。

ねじが緩んでしまったニックは、他の奴とケンカするときは割りあい分別があるのに、ユダが相手のときだけはナイフから拳銃から、手元にある武器は何でも使う。

ニックはユダが大嫌いで、ユダはニックが結構好きなのだ。

 

ユダの宝物はバイクだ。

HONDAのVツインが彼の愛機。馬鹿でかい車体と、それを振り回すハイパワーにユダはぞっこんイカれてる。いつかはこのHONDAに乗って、この死にかけたクソったれの町を出てゆくつもりだ。

そのためにユダは、女に貢がせる。15のときから貢がせつづけ、今や蓄えはかなりのものになっていた。ズダ袋に詰まった札束を眺めながら、ユダは唇の端を吊り上げる。

「これだけあれば」

ついに町を出るときが来た。

ユダは単車のバックシートに山盛りの荷物を積んで、いつもの酒場に顔を出した。常連のバカどもにだけは、出発の挨拶をしておかなけりゃ。

バカどもは、驚いたようだったが、それでもユダに手荒い歓迎の嵐を浴びせた。みんな、こんなシケた町を出てゆきたい。だがそれだけの蓄えも、勇気も、バイタリティもない。そんな疲れて薄汚れた男たちの期待を背に、ユダはついにこの町を出るのである。

キリのない乾杯攻撃を全て受けきって、かなり酔っ払いながらユダは店を後にした。

と。

単車のそばに大きな影が立っている。酔いにかすんだ瞳を凝らせば、それはニックだった。

「どうした?デカブツ。最後に俺に殴られにきたのか?」

「な、なんだよ、ユダ。本当に、い、行っちまうのか?」

「ああ、おまえとのケンカも、もう終わりだな」

「なあ、ユ、ユダ。それなら、なら、お、おまえの鉱山をお、お、俺に譲ってく、く、くれよ」

「あ?いや、かまわねえけど、あの山はもう三重の抵当に入っているから、借金のカタマリだぞ?いいのか?」

「いいい、い、んだよ。おまま、ま、えとのお、お、思い出だ」

ユダは小首を傾げて笑った後、ニックに向かって言った。

「おまえのオヤジはたいした商売人だが、二代目のおまえは駄目だな。そんな感傷におぼれて銭を使うようじゃ、いい商人にはなれないぜ?」

そういいながらも、ユダの顔は喜びに満ちていた。あのニックが、ねじの緩んだうすのろニックが、そんな事を言ってくれるなんて。危うく涙を見せそうになりながらも、男の旅立ちにふさわしい爽やかな笑顔でニックに握手を求めた。

「ありがとよ、ニック。元気でな?」

「あ、ありがとう、ユダ。げ、元気で、や、やれよな?」

ユダは片手を挙げてニックに応えると、アクセルを開けた。

 

一直線の国道を、ユダはひたすら走りつづけた。

いい加減腰が痛くなるまで走りつづけるうちに、日付はひと周り。ガソリンスタンド以外では停まらなかったユダも、さすがにそろそろゆっくり休もうと、カフェの併設されたスタンドに入った。

テキーラとチリビーンズを持って席に座ると、薄汚れたスプーンでチリビーンズをかきこみながら、がぶがぶとテキーラを空ける。喰い終わってようやく人心地つくと、タバコに火をつけながら、カフェのTVに目を移した。

今日のハイライトは終わり、特集の時間になっている。青白いニュースキャスターが、淡々と特集のニュースを読み上げていた。

「長い間、無価値とされていた青、または無色のトパーズですが、放射線などの高エネルギー線を照射し、更に加熱することによって、美しいブルートパーズへ変貌させるという実験がついに成功しました。これによって、今まで二束三文であったブルー、および無色のトパーズの価値は、跳ね上がると予想され、早くも投資家たちは……」

しばらくの間、TVの画面を呆然と眺めていたユダは、やがて店中に響き渡るような大声で笑い出した。店の客やスタッフは、何事かとユダを伺う。

「ははははははっ!やりやがった!ニックのガキ、ねじが緩んでるだ?なんの、なんの。オヤジ以上の商売人じゃねえか!まったく、してやられたぜ!」

店の中に、ユダの笑い声がいつまでも響き渡っていた。

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