| おふくろの古新聞 |
| 久しぶりに帰った実家の部屋に、ダンボール箱が置いてあった。開けて中を覗いてみると新聞紙の束が積んである。 「なんだこりゃ?じゃまくせえな」 俺が家を出て、もう15年。俺の部屋はすっかり物置になっていたのだが、たまに帰ったとき眠れるように、布団を敷くスペースだけはあった。 その貴重な空間をこの謎のダンボールが占拠していたのだ。このままでは今晩泊まれない。 と、ちょうど表にちり紙交換がやってきた。近頃じゃ珍しいな、と思いながらちょうどいいのでその古新聞の束を持っていってもらう。 あいたスペースに布団を敷いたあと、弟の部屋で酒盛りをはじめた。いい具合に酔っ払っていると、おふくろがやってくる。 「あそこにあった古新聞、どうした?」 「あ?ああ、あれか。ちり紙交換に出した」 「なんで!」 そう叫んだおふくろは、家を飛び出していった。 「なんだ?あの古新聞がどうかしたのか?」 「さぁ、よくしらない。なんだか今朝になって急に、おふくろが引っ張り出してきたんだよ」 弟は興味なさそうに答える。 「どうしたの?お義母さん、血相変えて出ていったけど」 俺の彼女がやってきてそう聞いた。今日はこいつと結婚するって報告のために、実家に帰ってきていた。 親父の仏壇に線香を上げたあと、女同士話し始めたおふくろと彼女を置いて、俺は酒瓶を抱えて弟の部屋に来たわけだ。 「さあな。へそくりでも挟んであったんじゃねえか?」 俺はのんきな声でそう言うと、杯を空ける。
しかし、夜になってもおふくろは帰ってこなかった。 さすがに心配になってきた俺は、ちり紙交換の車に書いてあった社名をうろ覚えながら思い出し104で調べてもらう。すぐにわかったその会社へ電話をすると、どうやらおふくろも来たらしい。 しかし、すでに古新聞は港に運ばれたと言う。古紙を日本より高く買い取ってくれる、中国行きの船に積むらしい。 俺はその港へ電話してみた。すると、電話に出た「係の人間だ」と名乗る男が、ほっとしたような声で言った。 「古新聞の束をひっくり返して調べさせろ、とおっしゃって聞かないんですよ。力ずくで追い払うわけにも行かないし困っていたんです。今すぐ迎えに来てください」 彼女の運転する車に乗って、俺達は港へ向かった。 たどり着いた港の倉庫のそばで、おふくろは汗だくになって古紙の山の中を這いずり回っていた。その鬼気迫るとでも言ったらいいような様子に、俺はなんだか少し寒気を感じ、同時にえらく悲しくなる。 「おふくろ、ついにボケちまったのかな?」 震えるようにつぶやいたその声は、かすれて、あまりに小さかったので、弟や彼女には聞こえなかったようだ。 おふくろの後ろまで近づき、まさに声をかけようとした寸前、おふくろが歓喜の声をあげた。 「あったっ!」 嬉しそうに古新聞の束を抱えるおふくろを連れて、俺たちは関係者に詫びを告げると、家路につく。 おふくろは迷惑をかけたと素直に詫びたが、帰りの車の中でもずっと古新聞の束を抱えていた。とても嬉しそうに。
家に帰ると、俺と彼女を呼んだおふくろは、俺たちに向かってその古新聞の束を差し出した。 彼女は困惑して俺を見る。 俺は「やはりボケちまって、これを札束かなんかと勘違いしているのかな」と、悲しい思いで新聞束を受け取った。 すると、おふくろは誇らしげに胸を張り、にっこりと笑う。 「それはね、おまえが生まれた日から毎年取っておいた、おまえの誕生日の新聞だよ。ウチはお金がなかったから、お友達を呼んで誕生日会をやったりしてやれなかったけど、これだけは毎年とっておいたんだ」 それから彼女に向かうと、嬉しそうに続ける。 「これからは、あなたが取っておいてやってね?」 彼女は何度もうなずいた。 お袋は満足そうに微笑むと、俺に向かってどうだといわんばかりに片目を瞑ってみせる。俺は嬉しいような悔しいような複雑な思いで、負け惜しみを言った。 「俺んち、新聞とってねえよ」 「それじゃ、これから取りな」 俺は彼女に向かって肩をすくめた。彼女は嬉しそうに笑う。何事かと様子を見に、二階の部屋から降りて来た弟が吹きだした。 「おふくろ、やるじゃん」 弟に向かって思いっきりピースサインを出してから、おふくろは急に「あっ!」と叫んで俺を見た。どうしたと無言で問い返した俺にむかって、おふくろはつかつかと近寄ってくると、いきなり俺の握っていた酒瓶を取り上げる。 「なにすんだよ?」 「おまえ、あたしを迎えにきたとき、あたしがボケたって言ったろ?罰として今日はもう酒飲ませないよ!」 「聞こえてたのかよ」 「あたりまえだよ!まだまだ耳も脳みそも元気なんだ。あたしは100まで生きるんだからね?」 おふくろは、そう言ってカラカラと高笑いをした。 |