泣かない男
本作は月世界シリーズの第5作目となります。もちろん単独でも話は通っていますが、興味をもたれた方は他の4作も読んでいただけますと、一層本作を楽しめると思います。
なお、このシリーズは時系列が錯綜していますので、蛇足ながら時系列に沿った参考資料を作ってみました。作品を読む参考になれば幸いです。

≪参考資料≫

 

「なるほど。ここでのたれ死ねと言うことか」

「とんでもない。この地区には、作業用ロボットがひしめいているから、きっと生き残れると思ったのだ。たとえ犯罪者とは言え、かつては共に研究をした仲間じゃないか」

白々しい。

私は怒りに任せてつばを吐いた。それは地面に到達するや否や、たちまち凍り付いてしまう。ボブ・ロビンソンが私の流刑地としてここを選んだ目的は明白だ。

「なるほど、ここでの会話は記録されているからな。おまえはいい子ちゃんを装わなくてはならないわけだ。苦労するな? 私のほうはもう、中央委員会も何も関係はない。だから査定など気にせず、大声で思ったことを言わせて貰うよ。貴様らすべて 地獄に落ちるがいい!」

「おやおや、ずいぶんと汚い言葉を使う。それが君の本性だとは、少々残念だよ。だが、これで君とはお別れだ。餞別代りに、君の侮辱に対して寛容をもって応えよう」

言葉は穏やかだが、ボブの顔は「寛容」とは程遠い。青筋を立てて怒りを必死に押さえ込んでいる。ざまあみろ。せめてこのくらいの楽しみでもなくちゃ、やりきれないさ。

私が続けて罵詈雑言を吐き出そうとするのを、彼は両手を挙げて押しとどめ、すばやく言った。

「もう結構。私は行くよ。これ以上侮辱されるのもバカバカしいのでね。それじゃあ、アルバート博士。お元気で」

最後の方は、閉まる宇宙船の扉によってかき消された。

私はしばらく、ごうごうと大きな音を立てて飛び去るボブの後ろ姿を眺めていたが、やがて我に返り、周りを見渡して大きくため息をついた。

延々と広がる凍土。

シベリアの大地は、歓迎してはくれないようである。

私は荷物を背負うと、悪夢のような重力の中を、よたよたと歩き出した。

 

私とボブは、月の研究機関の同僚だった。

正確には、私の研究を、ボブが手伝っていたのである。彼は肩書きこそ私と同列だったが、実際は助手、それも使えない部類の助手でしかなかった。研究よりも、政治の世界に居たほうが、よほど出世できたであろうと言う種類の人間である。

私の研究とは、簡単に言えば生体の神経と機械をつなぐというものである。これが実用化すれば、義肢や生命維持装置など、多彩な応用が予想される。

ボブは私の研究に金のにおいをかぎつけ、近寄ってきたのだった。

彼のような人間には近寄って欲しくなかったのだが、しかし、彼のたった一つのとりえを、私は一番必要としていたのだった。そのため、仕方なく彼に、共同研究者の地位を与えたのである。

ボブの唯一にして最大の能力。

それは金を集めてくるのが上手いということだ。

私の研究のさわりくらいしか理解していないくせに、そのさわりの知識と弁舌をもって、いろいろな企業から研究費を集めてくる手腕は、確かに、感心せざる得ない。

「君のすばらしい研究成果を、効率よく、最大限に君へ還元するのが、私に与えられた役目だと思っているんだ。だから、金のことはすべて私に任せ、何も心配しないで研究に没頭してくれたまえ」

そう言ってわざとらしく笑う彼の脂ぎった顔は、いつしか私の最も嫌うものとなっていた。しかし、研究を続けるためには、彼の能力に頼らざるを得ない。ジレンマで胃を壊したことさえあった。

彼は資金を調達するために飛び回り、私は研究室で研究に没頭する。そんな毎日が続いていたある日。

「ねえ、アルバート。ちょっと時間あるかしら?」

美しい声に、私は瞬時に反応した。

身体の機能すべてが、研究用から彼女用へシフトする。私の最も愛する人は、ショートカットの髪を揺らしながら、月ドームの中でも一番大きなこの研究室へ入ってきた。

「や、やあ、リュイ。もちろんかまわないよ。君のためなら、いつだって私はヒマ人さ」

あまり気が効いてるとも思えないが、私には精一杯のセリフと笑顔であった。リュイはその名のとおり大きな緑色の瞳を、少し不安げに曇らせて、私のそばまでやってくる。

それと同時になんともいえないよい香りが、鼻腔に流れ込んできた。私は夢見心地になり、思わずぼうっと彼女の横顔に見とれる。

「ねえ、アルバート。この資料を見てもらえない?」

彼女の言葉に、私はあわてて差し出された資料を手に取った。天文学が専門の彼女らしく、それは流星群の資料だった。

しばらくその数字の羅列が意味するところを検討していた私は、やがてとんでもないことに気づいた。

「こ、これは……大変じゃないか!」

「やっぱり、そうよね? あまりにも信じがたい結果なので、どうしても冷静な第三者に見て欲しかったのよ。あなたほど優秀な人がそう言うなら、間違いないわね?」

彼女に褒められても、しかし、私は喜ぶどころではない。いま見せられた資料の示す結果が、あまりにも衝撃的だったのだ。

「今すぐ、政府とコンタクトを取るべきだ。ここの電話を使ってもかまわない。長めに見積もっても、その流星群がこの月を襲うまでに、あと2年しかないと言うコトになるのだから」

「うん。そうするわ。政府筋からの回答があるまで、このことは極秘にしていてくれる?」

「もちろんだとも。いたずらに混乱を招くわけにはゆかないからね」

彼女は強くうなずくと、研究室の電話を取り上げて、しかるべき場所に電話を入れる。私はそのあいだも、衝撃で愕然としていた。

やがて話が終わったのか、彼女は電話を切ると真剣な顔で言う。

「これから、中央委員会に顔を出すことになったわ。このことは完全極秘だそうよ。少なくとも、中央委員会が対策を立てるまではね」

「私もゆこうか?」

彼女は首を横に振って、優しく微笑んだ。

「ありがとう。でも大丈夫。別に取って喰われることもないでしょう。大事な研究の邪魔をしてごめんなさい。こんなことを知った後では、冷静に研究が進められないかしら? あなたの邪魔をしてしまったのではないといいのだけれど」

「心配無用だよ。それより急いだほうがいい」

彼女はうなずくと、きびすを返して駆け出した。

私は駆けてゆく彼女の後ろ姿を見送ると、ほうとため息をついた。まったく驚いた。流星群に衝突されては、大気を持たない月は、一瞬で穴だらけになってしまうだろう。

もっとも、中央委員会の指揮のもと、それなりの対策は取られるだろうし、我々の科学力なら、それほど極端に恐れることもあるまい。いままでも小規模な流星はすべて、ミサイルやレーザーで打ち落としてきたのだ。

多少準備は必要だろうが、月の破滅などを心配する必要はない。

そう結論付けた私は、改めて自分の研究を開始した。

しかし、私はそのときの自分の甘さを、後悔することになる。

翌日のことだ。

研究室の扉が乱暴に開かれた。そんな入り方をする者はボブ以外に居ないはずだから、私は顔も上げずに鋭く言い放った。

「おい! 扉はもっと丁寧に開けてくれないか?」

「それは悪かったわね。でも、安心して。以降、二度とこの扉を開けることはないでしょうから」

響き渡ったリュイの言葉に、思わず飛び上がる。

「リ、リュイ、いや、すまない。君だとは思わなくて……」

「黙って。あなたの言葉なんて聞きたくない。私からヒトコトだけ忠告しておくわ。あなたみたいな人間は、いずれ地獄に落ちるでしょう」

烈火のごとく起こっているリュイに、私は唖然としてしまう。何がなんだかちっともわからない私に向かって、リュイは緑色の瞳に怒りの炎を燃やして叫ぶ。

「まったく、なんて男なの? アレだけ黙っててと言った秘密を、ぺらぺらと話してしまうなんて。しかも自分はこんなところで、マスターベーションみたいな研究に没頭しているんだから、あきれるしかないわね」

「ま、待ってくれよ。一体、な、何の話だ?」

「とぼけないで! これだけ世間が騒いでいるのに、知らなかったでは済まさないわ」

途方にくれる私の表情を見て、彼女も少し冷静になる。声のトーンを落として、ゆっくりと喋りだした。

「本当に知らないの? あきれたものね。あなたのおしゃべりがどんな状況を巻き起こしているか、自分の目で確かめるといいわ。携帯くらいもっているんでしょう?」

私はあわてて携帯を引っ張り出すと、TVチューナを起動した。チャンネルは選ぶ必要がなかった。どのチャンネルも、同じニュースであふれていたのだ。

しばらく見ているうちに、状況が理解できてくる。

TVでは、興奮したアナウンサーが、流星群の衝突コースを声高に叫んでいる。CGが、月に向かってくる流星群が及ぼすであろう被害の予想を、悲惨な映像で描き出している。

私は背筋に冷たいものが走るのを感じながら、リュイに向かって叫ぶ。

「私じゃない! 私はあれから誰とも会っていないんだ!」

「この事を知っているのは私と政府以外には、あなたしか居ないのよ。イイワケは私じゃなくて、彼らにするといいわ」

そう言いながら彼女が指した研究室の入り口で、黒尽くめの剣呑な男達が数人、私のことをじっと見詰めていた。なんと言うことだ。私は国家機密漏洩の容疑をかけられているのか。

黒尽くめの男達にとらわれながら、私は大声でリュイに叫んだ。

「私じゃない! 私じゃないんだ!」

彼女はそれきり、二度と私と目を合わせることはなかった。

 

国家機密漏洩は、重罪である。

私は非公開の裁判にかけられ、問答無用で流刑星行きを言い渡された。つまり、6倍の重力が待つ地獄の星、地球への流刑が決まったのである。

実際に地球へ送られるまでの数日間、私は情報をリークした犯人を推理し続けていた。

いや、し続けるというのはウソだ。

私にはすぐに犯人がわかったのだから。あそこには私とリュイしか居なかった。リュイがリークするはずはないし、私もしていない。それではあと誰が居る?

簡単だ。

彼女が使った電話である。

電話に盗聴器なり録音装置が仕掛けられていたに違いない。そして私以外にそれが出来る人間はただ一人。ボブだ。あの男が電話を盗聴して、流星群の話をリークしたとしか考えられない。

だが、なぜ?

私を陥れることが、彼にどんなメリットをもたらすというのだ? 彼は私の研究を金にすることを考えていた。私が捕まって損をすることはあっても、得をすることなどないはずじゃないか? それとも研究がほとんど完成した以上、私は邪魔な存在だったのか。

いや、まて。

たとえ研究を企業が買ってくれたとはいえ、その後のフォローが彼にはできない。私は必要なはずじゃないのか?

私がいなければ、彼は研究の権利を売るしか、金を得る方法はない。売ってしまえばそれきりだが、私が居ればアドバイザーなり、さらに改良を加えるなりして、長い間、金を得ることが出来る。

そんな単純な天秤に、彼が気づかないはずがない。

ではなぜ?

私は疑問を抱えたまま、地球行きのシャトルに乗せられた。

すると、驚いたことに、そのシャトルには、ボブが乗っていたのである。

「ボブ! オマエが情報をリークしたんだな!」

「おいおい、アルバート。ひどいことを言うじゃないか。リュイが言うには、そのことを知っていたのは、彼女と君以外いなかったんだろう? どうして僕にそんなことが出来る?」

「オマエが電話を盗聴したんだ」

ボブはさも驚いた風に両目を見開くと、苦笑しながら首を横に振った。

「こりゃまた、ひどい言いがかりだ。そんな証拠でもあるのか?」

白々しい芝居だ。証拠など残っているわけがない。とんまな私が黒服に連れて行かれた隙を見て、盗聴器をはずせばいいのだから。

私は悔しくて、ギリギリと歯を食いしばった。

そんな私に、ボブは爆弾を落とす。

「そうそう、君に言っておくことがある。僕は、リュイと結婚することになったんだ。本当なら君にも式に参列して欲しかったんだが、こうなってしまっては望むべくもない。いや、本当に残念だよ」

目の前が真っ暗になる。

そして、次の瞬間、私はすべてを悟った。

なるほど。彼は私の研究が生む利益よりも、リュイを取ったのだ。私の胸の中に、どす黒いものがあふれ出す。

「キサマ! それが狙いだったのか! リュイを! キサマ!」

「ほらほら、そう興奮しないでくれないか? 君がリュイに惚れていたことは知っていたが、こればかりは仕方ないだろう? 私達は愛しあっているんだよ」

リュイの本心はわからない。しかし、この男が口先で彼女をだましたことは間違いないだろう。

私は怒りで身体のコントロールがうまく出来なくなっていた。ぶるぶると震えながら、全身にあふれ出す怒りを、彼にぶつける。

飛び掛った瞬間、私の意識は失われた。

数時間後、意識を取り戻した私は、ボブがスタンガンを用意していたことを知る。私は拘束衣を着せられ、地球につくまでの間、貨物室に放り込まれていた。

 

飛び去った宇宙船は、いまやすっかり見えなくなり、空にはずいぶんと密度の薄くなった星たちが、弱々しく瞬いている。空気のない月と違い、大気の厚い地球では、見える星の数も少ないし、光も弱い。

その弱さがなんだか自分のこれからを暗示しているように思えて、私は心細さに泣き出したくなった。しかし、このままここで眠ってしまえば、ボブの思惑どおり、凍土の上で凍死することになる。

ヤツの思い通りにだけは、決してなるまい。

皮肉なことに、ボブにへの復讐心だけが、私の生きる支えだった。私は6倍の重力に悲鳴をあげる身体を引きずって、ボブに対する呪詛の言葉をわめきながら歩き出した。

どれだけ歩いただろう。

疲労困憊し、もはやこれまでと覚悟を決めた私の前に、大きな影がさす。よろよろと頭を上げてみれば、それは作業用のロボットだった。ボブが皮肉混じりに言っていたことが、現実になったのだ。

この広大なシベリアで作業用ロボットに遭遇する機会など、何千万分の一以下だ。どうやらこれは、ボブに復讐せよという神の思し召しなのかも知れない、などと都合のいいことを考えながら 、私は疲労のあまり、そこで意識を失った。

最初に目に飛び込んできたのは、木で出来た粗末な天井であった。

私はぼうっとしたままそれを眺めていた。やがて頭の焦点が合ってきて、今までのことを思い出す。私はかけられていた毛布を跳ねのけて、飛び起きた……つもりだった。

しかし大重力に慣れていない身体は、情けないほど貧弱な働きしか出来ない。実際にはのろのろと身体を起こしたに過ぎなかった。起き上がると、すぐそばに若い男が一人座っていることに気づいた。

「よう、目が覚めたかい。あんた、月の人だね? 遺伝子が悪くて、放り出されたのか?」

屈託なく笑いかけてくる、驚くほど美しい顔の青年に気おされて、私は一瞬口ごもった。そして何か言いかけた時。

恐ろしいことに気付いた。気付いてしまった。

「これは……これはっ!」

男は私から顔をそむけて、苦しそうな声で言った。

「すまない。助けに行くのが遅れたせいで、間に合わなかった」

信じられない現実の前に、パニック寸前になっていた。

ひじから先の両腕と、膝から下の両足が、失われていたのである。理由はわかっている。凍傷だ。凍傷で凍ってしまった部分を切り落とされてしまったのだ。

しかし、理解できることと、受け入れることは次元が違う。

両手両足を失ったコトを受け入れられず、グロテスクな芋虫のようにごろりと無様に転がりながら、私は叫んだ。

「そんな! まさか! 私の腕が! 足が!」

「落ち着け」

男の言葉が、スイッチになった。

「落ち着けだと?! どうやって! 両腕と両足を失ったんだぞ? なんでだ! なんで私ばかりこんな目にあわなくちゃならない! おおぉ! 神よ! どうして私だけが!」

叫んでいる間、男は黙って私を見ていた。

私はおうおうと獣のように声を上げて泣き続けた。

薄暗い小屋の中に、私の絶望だけが響き渡る。

どうして!

どうして私だけが!

絶望と怒りは、やがて沸騰をやめ、どろりとした液体になった。大量の毒を含んだその液体は、芋虫のごとき身体の中に満ちてゆく。毒液でいっぱいになったとき、私の心にはひとつの結晶が生まれた。

憎悪。

こんな目に合わせた男、ボブに対する純粋な憎悪の結晶を抱いて、私はみすぼらしい小屋の汚いベッドの上で、静かに座っていた。

やがて落ち着いた私は、ひとつ不思議に思って質問した。

「月の情報は、地球にはほとんど来ないはずだ。君のような若者が、何で優性遺伝子保護法のことなんかを知っているんだ?」

男はにやりと笑うと、汚い皿に入れられたスープを差し出す。それを見て自分がひどく空腹なことに気づいた私は、皿をひったくるようにしてスープを飲んだ。

「皿もスプーンも、あんたらには重いだろう。気をつけなよ?」

男はそう言って笑う。確かにどちらも、まるでナマリででも出来ているかのように重かった。そうだ、ここではとにかくすべてが6倍重いのだ。

「俺は、その法律によって殺されたんだ。俺の親父は、地球に送られたときに、俺の遺体をもってやってきた。そして俺の体を凍土に埋めて、ロボットと一緒にここを開拓したんだ」

驚くべき告白を、男は淡々と語った。私は重たいスープ皿を格闘している手を休め、男の顔を見つめる。

「オヤジはそれから20年、一生懸命働いた。そしてついに石油を掘り当てたんだ。まあ、埋蔵量はそれほど多くなかったが、それでもプラスティック製品なんかのレトロ商品を作るには充分な量だったらしい。石油が枯渇する頃には、ひと財産築いちまった」

胃袋にスープが入って始めて、自分の体がものすごく冷えていることに気づいた私は、話を聞きながら、またスープをすすった。身体が温まってほぐれてゆくのが、とても心地よかった。

「親父はその金で、俺の身体からクローンを作った。それが今、あんたの目の前に居る俺さ。安心したのか、親父はそれっきり死んじまった。で、俺はオヤジのあとをついで、石油を掘り続けているのさ。もうずいぶん見つけて、これでも結構金持ちなんだぜ?」

男はおどけて笑う。

私はようやくひと心地ついて、空の皿を返しながら聞いた。

「金持ちなのに、何でこんなところに住んでいるんだ?」

「あんたを待って居たんだ」

奇妙なセリフに、私は首をかしげる。

「私を?」

「まあ、あんただけじゃない。月から放り出された月人は、たいていこことかアフリカとか、地球人でさえ生存が厳しいところに放置されるんだよ。あと腐れないように、死んでもらいたいんだろうな。自分達の手は汚さず、地球の厳しい環境に殺させる。まさにルナティック(月人)らしい、汚いやり口だ」

言ってから、私もルナティックだということに思い当たったのか、男は顔をゆがめて笑った。

「で、あんたは何をしたんだい?」

促されて、私は今までの経緯を話した。男は黙ったまま、話を聞いていたが、私がすべて話し終わると、大きなため息をついて唇をゆがめた。

「まさに、ルナティック(キ○ガイ)だ。地球では月人を天界の天使か何かのようにあがめている奴もいるが、その話を聞いたら、さすがに幻想を抱くことはなくなるだろうな」

「まあ、人間なんてどこでも、そう大した違いがあるわけじゃない」

「まあな。地球でも似たり寄ったりだよ。だが、地球人は少なくとも、あんた達よりは団結している。それもひとえに、月人に対する憎悪のおかげなんだから、皮肉なものだよ」

「ふふ。私がボブへの呪詛を力の源にして歩いていたのと、同じようなものだな」

我々は、肩をすくめて苦笑しあった。

「重力に体が慣れるまで、ここに居るといい。慣れたら、もと月人が多く住む居住区へ連れて行ってやるよ」

ああとうなずきかけた私に、天啓がひらめく。

「なあ、ここのロボットは何台あるんだ?」

「1000台はくだらないな。何でだ?」

「二台ほど、分けてくれないだろうか? 代金は……そうだ、これで」

私は持っていた荷物を解き、中から貴重なコンピュータなどの電子機器を取り出した。資源の少ない月では、何より小型化が優先される。月と地球の技術力の差の中でもっとも顕著なのが、この小型化技術だ。

「それだけもらえればおつりが来るが、しかし、ロボット二台で何をやろうって言うんだ? 石油を掘るには足りないぜ?」

私は男に向かってにやりと微笑むと、己の心の中で復讐の炎が消えていないことを確認した。

あとは、覚悟を決めるだけだ。

 

一年の月日が流れた。

私を助けてくれた男は、出発の見送りに来てくれていた。いや、彼だけではない。この一年で知り合った、多くの仲間が集まってくれていた。

「しかし、まさか本当にやるとはな」

「当たり前だ。私からすべてを奪ったあの男に復讐するのだ」

「まあ、ここいらの人間は、みんな月への復讐を夢見て生きているようなもんだから、それはわからないでもないがね」

男の言葉に、周りの仲間も強くうなずく。一年前、やってきた私を胡散臭げに見ていた彼らは、私の計画を聞くや、瞳を輝かせ、大声を上げて笑い、その瞬間から同志になることを約束してくれたのだった。

それも無理ない。彼らの夢をかなえる者が現れたのだから。

彼らのほとんどの夢と期待を背負って、私はこれから月へゆく。

密航の手配から、必要なものすべては、仲間が分担して手に入れてくれた。みな、私のために命さえ投げ出す覚悟で、協力してくれたのだ。

私はその見返りに、たった一つの贈り物を送る。

月の破壊。

それだけだ。

そしてそれは、ここにい居る誰もが望んで止(や)まないものだった。

「じゃあ、ゆくよ」

私の言葉に、仲間達は決意のこもった優しい瞳でうなずき返す。私は彼らの心を胸に抱きしめて、トラックの荷台に乗り込んだ。このトラックで宇宙港にゆき、月行きのシャトルの貨物室に詰まれるのである。

貨物室は気密されていないので、密航者のチェックが甘いのだ。

彼らもまさか、復讐者が肉体を機械に作り変えてやってくるとは、予想だにしないだろう。月でさえ最先端である機械と生体神経をつなぐ技術が、地球にあるなどと想像できる者はいない。

私は一年をかけて、自分の身体をロボットのそれに置き換えていった。

いまや、私の身体で残っているのは、この脳だけである。脳の生命維持のために、小さな酸素ボンベとブドウ糖輸液を持つ以外、私はロボットとほとんど変わらない。

いや、月のロボットに比べれば、その強度は6倍以上だ。

大きさでいえば、少し大柄な男とさほど違いはないこの無敵の身体を持って、私はボブに、月世界に復讐するのである。

「じゃあな。出来れば生きて帰ってこいよ?」

私は男の言葉にゆっくりとうなずいた。しかし、それが不可能なことは、私自身が一番わかっている。胸の中の憎悪の結晶を抱きしめて、私はトラックの運転手に合図を出した。

 

宇宙港の警備は、容易(たやす)くかいくぐれた。

月に送る数台のロボットの一台と入れ替わり、私は貨物室に積まれる。脳を覆う容器は真空中でも活動できるように加工されていたので、退屈なことを除けば、別段、危険を伴う旅でもない。

私は月に到着するまでの間、身体を失った怒りと憎悪をもう一度反芻(はんすう)し、ボブへの殺意を毒液に変えていった。

やがてがたんと揺れて、シャトルは月に到着する。このままコンテナでロボット工場まで言ってしまっては、中央委員会のあるドームから最も遠くなってしまう。

月港に到着すると同時に、私は行動を開始した。

コンテナから飛び出すと、驚く宇宙港作業員を尻目に、旋風をまいて走り出す。6分の1の重力下では、思うように身体が動かせないかと思ったが、補助コンピュータのおかげで、違和感なく動くことが出来た。

自分の技術の成果に、心の中でにやりと笑うと、私は発車寸前の高速列車の貨物室に飛び乗った。私はもう、心の中でしか笑うことが出来ない。

港で騒がれて、高速列車を止められるかと思ったが、どうやらあの作業員は怠惰な人間だったらしく、連絡を怠ったようだ。自分のしたことの重大さも気付かずに、彼は今頃、家路を急いでいることだろう。

やがて高速列車は、中央ドームに入ってゆく。ステーションで貨物室から降りた私は、改札を飛び越えて一直線に中央委員会のあるビルへ駆け出す。

今度はさすがに鉄道職員が追ってきたが、私の足に追いつけるわけもない。彼らは追うのを辞めて警察に連絡したようだ。しかし、もう、遅い。目の前には、中央委員会のビルが迫っている。

ものすごい勢いで駆けてくる不審人物に、警備の人間がフリーズを叫んだ。もちろん私は止まらない。警備員はショックガンを取り出した。一年前、シャトルの中でボブが私に喰らわせた、例のスタンガンだ。

いやな記憶を刺激され、私の怒りが高まる。

ふん、止められるものなら、止めてみるがいい。

高速で走ってきた勢いを利用して、私は警備員の一人を殴りつけた。男の頭が、首から下を残して、爆発したように消し飛ぶ。一拍おいて血煙が舞い、それからようやく同僚の警備員が悲鳴を上げた。

その頃にはすでに、私の身体はビルの中に飛び込んでいる。

一瞬考えて、エレベータの前を通り過ぎ、そのまま非常階段へ向かった。この身体なら、階段を上ったほうがずっと速い。それにエレベータを途中で止められたら、厄介だからな。

40階にある非常ドアを蹴破ると、とたんに猛烈な嵐が吹き付けてきた。

いや、それは嵐ではなく、マシンガンから吐き出された銃弾であった。数人の黒服を着た男達が、腰だめにしたサブマシンガンから、私に向かって銃弾を叩きつける。

もっとも、サブマシンガンの弾丸は拳銃弾である。私にとってはちょっと激しい雹(ひょう)みたいなものだ。弾丸の嵐の中を、私はあえて余裕を見せながら歩き出した。男達の表情がこわばる。

その隙を突いて、私の両腕が風をまいた。

時速150キロを超える速度で振り回される、鋼鉄の丸太ン棒で殴られたようなものだ。男たちは苦痛のうめき声を発することも出来ずに、その場に転がった。

と。

重低音と共に、廊下の防火シャッターが閉まる。

私は駆け出した。そして防火シャッターの下を次々と潜り抜け、中央委員会のある一室にたどり着く。どうやら間に合った。

シャッターが下りる寸前、スライディングしながら扉を蹴破った。扉は紙製であるかのように、何の抵抗も見せずひしゃげて開く。

すっくと立った私の目の前に、恐怖で顔をゆがませた老人達が数人、部屋の隅で縮こまっていた。何人かのSPが私に向かって銃を突きつける。

「そんなものは通用しないよ」

言うと同時に、一人の銃が火を吹いた。

弾丸はポップコーンのように、はじけて転がる。彼らが唖然として恐怖に凍りつくと同時に、私は低い声で警告した。

「わかっただろう? 無駄な抵抗はやめろ。私はあなた方を殺しに来たわけじゃない。わかるな? 殺しに来たんじゃないんだ」

それを聞いて、老人達はあからさまに安堵の表情を浮かべた。

「ひとつだけ聞きたい。流星群への対策はどうなっている?」

思いもかねぬセリフだったのだろう。彼らはしばらく顔を見合わせていたが、やがてひとりが意を決して前に進み出た。唇が細かく震えているが、恐怖のせいなのか、歳のせいなのかは判らない。

「あれなら心配はない。迎撃ミサイルをすでに発射した。今晩にはすべて破壊されるだろう。君の目的は、それを聞きたかっただけなのか?」

私は黙って老人をひとなでした。

不運な老人は、壁に向かって一直線にすっ飛び、動かなくなった。死んだかもしれないが、構わないだろう。どうせ早晩、逝くことになっていたのだから。少しばかり予定が早まっただけだ。

「余計なことは言わなくていい。聞かれたことだけに答えろ。ミサイルは自動爆発するのか?」

凍りついた老人達は、全身をがたがたと震わせながら首を振った。

「なるほど。失敗しないように、流星群のど真ん中で爆発させる、コントロール型なんだな?」

今度は全員そろって首を縦に振る。中央委員会を牛耳る老人達のラインダンスだ。なかなかの見ものだったが、私には時間がない。驚く彼らを尻目に、私は部屋を飛び出した。

行く先はミサイルのコントロールをしているはずの、コンピュータ制御センターだ。月に関するすべての重要な電子制御は、ここで行われる。

センターは隣のビルにある。

中央集権というのも、こうなると考え物だな。そんなことを考えながら、私は同じようにビルへ飛び込む。先ほどより熱烈な歓迎を受けたが、どちらにしても月人の戦力など、たかが知れている。

私は制御センターの中枢へ入り込み、中に居た人間をすべて追い出した。コントロール装置のまん前にどっかりと腰を下ろし、向こうの用意が出来るのを待 ちながら、やるべきことを片付ける。

やがて軍が動き出したようだ。

周りはあっという間に、大勢の兵士によって包囲されてしまった。彼らの持っている重火器は、さすがの私でも耐えることは出来ないだろう。

私は大声で叫んだ。

「ボブ・ロビンソンを連れてこい。アルバートが借りを返しに来たといえばわかる。早くしないと、流星群を爆破するミサイルが制御できなくなるぞ?」

たとえここを破壊しても、ミサイルのコントロールをできなくしたとは言えない。万が一のために、代わりの制御装置を用意してるだろうということは容易に想像がつく。

だが、ここから爆破命令を送ってしまえば、話は別だ。ミサイルは流星群のはるか手前でむなしく消え去ることになる。彼らもそれを理解しているのだろう。

私が制御装置から離れると、案外あっさりということを聞いてくれた。とにかく私が制御装置に近づかないようにと、厳命されているに違いない。

数十分後、ボブ・ロビンソンは両脇を兵士に抱えられてやってきた。

「やあ、ボブ。元気だったかい?」

「アルバートはどこだ?」

「おいおい、目の前に居るじゃないか。友達を忘れるなんて、ひどいヤツだ」

ボブは、私の言葉にあんぐりと口を開け、目を丸くする。唖然としている仇(かたき)に向かって、私はゆっくりと毒を吐き出した。

「言っただろう? 貴様らみんな、地獄に落ちろって。どうもまだ行く気がないようだから、私が迎えに来てやったんだよ」

「キサマ、自分が何をしているのか、わかっているのか?」

「もちろんだ。この日を夢に見てきたんだからな。シベリアに置き去りにされて、私は両手両足を失った。代わりに自分で、この身体を作ったんだよ。よくできているだろう?」

「狂ってる」

「かもな。だが、もう、どうでもいい」

「アルバート」

「気安く呼ぶな、この外道が! いいか、よく聞け。たとえ私がこのまま捕まったとしても、どっちみちオマエは終わりなんだよ。これだけの事態を引き起こしたの責任は、誰でもない。オマエにあるんだからな。ざまあみろ。オマエは終わったんだ」

絶句したまま二の句が告げないボブに向かって、私は声だけで笑って見せた。しかし、心の中には、満足感も、高揚も、何もなかった。ただ、むなしい喪失感だけが、木枯らしを吹かせている。

そして。

「もういいぞ」

私は兵士達の指揮官らしい男に言った。男はきょとんとしている。

「もう、そこの重火器で私を破壊するがいいと言ったのさ。君らは私が制御装置に近づいたら、私を破壊しろと言われていたんだろう?だが、もう、終わったんだ。私の復讐は終わった」

しばらく私の様子を見ていた兵士は、重火器を構えながらゆっくりと近寄ってきた。ボブのほうは、茫然自失の状態だったが、すでに私はこの男に興味を失っていた。

兵士は警戒しながら口を開く。

「それは、この男を政治的に葬ったから、満足したということかな? それならば、我々は君を破壊する気はない。それどころか協力してくれるなら、それなりの待遇も与えよう」

男の声がむなしく響く。

私はまた、声だけで笑った。

「そうじゃないよ。残念ながら。君達の上司は、出来るなら私を無傷で捉えて、そのシステムを研究したいと思ってるのだろうがね。あいにく私は実験動物になる気はない。それに、言っただろう?」

巨大な質量を持った疲労感が、私を襲っていた。

「もう終わったんだよ。私はね、復讐を遂げるために、多くの仲間に助けてもらったんだ。彼らを裏切るわけには行かない。だから、残念ながら、君達に協力してやることは出来ないんだ」

「それでは、あなたを破壊することになるが」

「構わないよ。でもね、君らもそんなことをしている暇はないと思うんだがな」

私は周りを囲んだ人々に向かって、疲れきった心を振り絞って言った。

「私の身体には、コンピュータが入っているんだ」

言いながら、先ほど彼らを待っている間にそっと繋いでおいた、ケーブルを見せる。ケーブルは私の身体から出て、制御用コンピュータの中に向かっていた。

その意味するところを知って、彼らは青ざめる。

私はもう、すべてに興味を失っていた。しかし、せめてヒトコト言っておかなければ……なんと言えばいいだろう……そう……フェアじゃないような気がしたのだ。

「急いで地球に向かったほうがいい。ミサイルは、もう、10分も前に爆破したよ。明日の昼には、大量の流星群が月のすべてを破壊する。大気に守られた我々の故郷、地球へ戻るがいい」

数秒の間をおいて、あたりは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

その先頭に立ち、真っ先に逃げ出したボブの姿を見て、私は悲しくなった。もしかしたら、間に合うかもしれない。間に合わないかもしれない。私にはどちらでもいいことだった。

私は冤罪を着せられ、こんな身体になった。

そしてその復讐のために、今度は本当の犯罪者になったのだ。大量虐殺の犯人に。私の名は、歴史に刻まれるだろう。天界を破壊した、最悪のテロリストとして。

なんだかとても、むなしくて。悲しくて。

でも、私はもう、涙を流すことが出来ない。


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