中島君のコイン
ちゃりん。

財布をこぼれたコインは、坂道を転がり出した。

ころころ、ころころ。

中島君はコインを追って走り出す。コインは勢いがついているので、真っ直ぐに転がって、坂の途中の交差点を転がりぬける。その後を、腰をかがめた中島君が追いかける。

キキッー!

突然走り出てきた人影に、車が次々と急ブレーキを踏んで行く。

がしゃん、がしゃん!

車はぶつかって大騒ぎだ。もちろん中島君は、そんなことを気にするような暇はない。おりてきた男達の怒声などどこ吹く風で、熱心にコインを追いつづける。怒った運転手たちは、中島君を追いかけ始めた。

ころころ、ころころ。

コインは中島君に応えるかのように元気に転がってゆく。その後ろを、運転手たちを引き連れた中島君が一心不乱に駆けてゆく。

と。

チン!

小さな小さな小石に乗り上げて、コインは小さく飛び上がった。飛んだ先は側溝だ。ちょうど折り悪く町内会のどぶさらいの日だったため、コインは掃除したての側溝の中をころころ転がってゆく。中島君もそれに続いて側溝に飛び込んだ。

今まさに側溝にコンクリートの蓋をしようとしていた人々は、すごい勢いで駆けてくる中島君に跳ね飛ばされて、重たい蓋を抱いたまま尻餅をつく。運よく中島君を避けた人も、あとに続く運転手の群れに弾き飛ばされ、飲み込まれてしまう。

怒り狂った町の人々は、町会長を先頭に中島君達を追いかける。側溝の支流に入ったコインはやっと倒れて動きを止めた。今まさに中島君の手がコインを拾い上げる。その寸前、

じゃばぁー!

排水溝から流れ出した大量の水が、大切なコインを流し去ってしまった。この家の人が風呂の栓を抜いたのか。キッとその家をにらむ中島君。

ようやく追いついてきた運転手達は、中島君に詰め寄ろうと足を止める。そこへ後ろから雪崩れ込んできた町内会の人々が突っ込み、あたりに悲鳴と怒号が沸きあがる。

しかし、中島君の頭の中には、コインのこと以外何も存在しない。一瞬だけ排水溝の家をにらんだ次の瞬間には、決然と側溝に向き直り、支流の先へ向かって全速力で駆けでした。

走って走って走りつづけ、側溝はやがて近所を流れる川へ注ぎ込まれる。それを見た中島君の瞳には一片の躊躇もない。走ってきた勢いを利用して川岸のフェンスを飛び越えると、そのまま川に飛びこんだ。

お互いにつかみ合い殴り合いながらも追いかけてきた人々は、フェンスのところで立ち往生。みな固唾を飲んで中島君の行動を見つめている。

中島君はもぞもぞ。他のみんなはそわそわ。

やがて。

「あったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

中島君の勝利の雄叫びが、川面(かわも)にこだまする。

うおぉぉぉぉぉぉ!

それを見ていた周りの人々からも、一斉に喝采。

エールの中、中島君はよちよちと川岸を登り、フェンスの上に立つ。お立ち台の上の金メダリストのごとく、誇らしげに微笑む中島君。それを受けて、人々は歓声を上げる。

中島君はみんなの待つ中に、コインを握り締めており立った。勇者のコメントを待って、一同沈黙。中島君は満足そうにコインを見せると、誇らしげに語りだした。

「これは、僕の大切なコインなんだ。この坂の上にある、ちびっ子ハウスの門前に、僕はこのコインといっしょに捨てられていた。でも僕は、お母さんを恨んじゃいないんだ。だって、僕をこの世に生んでくれた、一番大切な人だからね。このコインは、僕とお母さんの唯一のつながりなんだ。いつか僕は、このコインを手がかりに、お母さんを探しに行くのさ」

中島君の言葉に、涙を見せるやさしい人々。

みんなの中に穏やかな慈しみが、しんしんと染みとおってゆく。そんなみんなの気持ちを代表するかのように、町会長が愛にあふれた笑顔で微笑んだ。

「中島君。コインが見つかってよかったね?」

中島君は嬉しそうにうなずいた。

同じく嬉しそうにうなずいた町会長。みんなに振り返ると、朗々とよく通る声で、やさしくやさしく問いかけた。

「だが、それとこれとは話が別だよな?」

一斉にうなずいたみんなと、いぶかしげな中島君。

数秒後、中島君は袋叩き。

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