ムラの野暮用(マーマレードスプーンシリーズ)
「ムラさん、どこ行くんです?」

ヤロウ三人のユニゾンと言う、あまりぞっとしない声にムラが振り返ると、ノック、リョウ、ジュンの三人が、ニヤニヤしながら立っていた。

「ああ、三バカか。おめーらホント仲がいいな?」

「ちょちょちょ、待ってくださいよ! リョウとジュンはともかく、俺まで一緒にしないでくださいよ!」

ムラの言葉にノックがそう叫ぶと、リョウとジュンは二人そろって非難の声を上げる。

「そうですよ、ムラさん。俺とリョウはともかく、ノックさんは別ですよ。こんな悪党と一緒にされたくないな」

「そうそう、僕らはまっとうな一般人ですもん」

「こらこら、おめーら! 黙って聞いてりゃ、好き勝手言いやがって!」

三人がわいわい叫んでいるのを尻目に、ムラはホンダVTXにまたがるとエンジンをかけた。

「あ、ムラさん! ねえ、どこ行くんですってばぁ」

「あーもーうるせえな。どこでもいいじゃねえか。ちょっと野暮用があるんだよ」

言葉を濁したムラの様子に、三人のアンテナが反応する。

「あー! 僕わかっちゃった」

「ばーかリョウ。俺だってわかったもんね」

「そうそう、ムラさんバレバレですよ。あれでしょ? 女でしょう? 悪りいなぁ。奥さんに言ってやろう」

「えぇ? ムラさんって結婚してたんですか?」

「つーか、結婚できたんだ」

またも騒いでいる三人に向かって肩をすくめたムラは、そのまま走り出そうとして、不意に顔をほころばせた。

「うむ。このまま行くと、ノックのバカが余計なことを言い出しそうだから、ひとつお前たちも連れてってやろう」

「マジっすか? どこに、どこに?」

「おめーら、旨いもの好きか?」

ムラのセリフの効果は劇的だった。

ノックら三人の顔は、瞬時に野生の獣と化す。

大体にして、単車や車に入れ込んでいる若者と言うのは、ほぼ間違いなく貧乏である。しかも貧乏なくせに、乏しい稼ぎを自分のマシンにつぎ込んでしまうのだから、手に負えないバカばかりと言っても、大筋で間違いはないだろう。

「やったぁ!」

「うわぁ! 僕、今週、カップラしか喰ってないんですよ。楽しみだなぁ」

「俺も、俺も。いや〜、超ぉ助かりますよぉ。ムラさん大好きっ!」

三人は嬌声を上げながら、ムラの周りに群がった。

「わかった、わかった。いいから俺についてこい。ただ、いいか? 時間が押してるから、ついてこられなくても待たないからな?」

「うい〜っす」

三人の答えを聞くと、ムラはクラッチを握ってギヤを蹴りこみ、リアタイアを鳴らしてスタートした。ノックのランボルギーニディアブロSV、リョウのカワサキZX12R、ジュンのV−MAXがその後にあわてて続く。

ディアブロがいくらモンスターマシンだとは言え、やはりスタートダッシュの速さでは、車重の軽い単車に一歩譲る。

そして二台の単車も、ZX12R、V−MAXとも排気量は1200ccだが、12Rの178馬力に対してVーMAXは140馬力。そのうえ車重も12R方が50キロほど軽い。

V−MAXもスタートダッシュはかなりのものだし、二人の腕にもそれほど差はないのだが、マシンの差で、リョウの12Rが一歩先んじた。

「ち、リョウのヤロウ、張り切りやがって。また海に飛び込んじまえってんだ」(※第二話参照)

ノックは毒づきながら、アクセルを踏み込んだ。これが高速道路なら、スピードさえ乗ってくればノックのディアブロに敵はいないのだが、いかんせん舞台はストリート。

この中にムラのVTXに性能の劣るマシンは一台もないのだが、車の流れを読む経験の差はなかなか大きく、三台はほとんど団子になりながら、ムラの後ろを走っていた。

もっとも、抜いてしまっては行き先を知らない三人は困るのだが、そこはマシンジャンキーの男たち。 走り出してしまえば、当初の目的などはるか彼方になってしまう。

道は市街を抜け郊外に差し掛かった。車の数が減り始める。目の前に道が開けたと同時に、ムラを含めた四人は、一気にアクセルを開けた。四台のエグゾーストノート(排気音)が夜空を震わせながら絡み合う。

と。

ウゥ〜〜〜〜〜!

誰もが嫌いなあの音が、闇夜を切り裂いて響いた。同時に脇の小道から、白バイが姿を現す。

赤色灯を回し、サイレンを唸らせながら現れたその姿は、しかしどこかに違和感を感じさせた。

「白バイ? こんな夜中に?」

ノックはつぶやいた。基本的に白バイと言うのは、夜間の取締りをしない場合が多いからだ。もちろん、まったくしないわけではないのだが。

どちらにしろ、彼らはみなマーマレードスプーンである。

日ごと夜ごと、白バイやパトカーを振り切り続けてきた彼らが、こんな好都合の道路条件でいちいち停まったりするわけはない。逃げると言うより、最初から眼中ないといった様子で、四台はまったく速度を緩めなかった。

しかし、しばらくそうして走るうちに、今度は驚愕するしかなくなる。

なんとその白バイはいつまでも離されることなく、ずっと彼らを追い続けてきたのだ。

750ccのバイクに重たい装備を満載した白バイが、彼らのマシンについてくると言うのは、まずありえないことなのである。

パフォーマンス的に一番劣るムラのVTXでさえ、ボアアップやメカニカルスーパーチャージャーによって本来の馬力の1.5倍近いパワーを搾り出しているのだ。

やがて……

「う、うそだろう?」

ヘルメットの中で叫ぶジュンのV−MAXの脇を、白バイが悠々と追い抜いてゆく。どうやら、一番先頭を捕まえようと言うのだろう。

追い抜かれざま、ジュンはその白バイの正体を知って唖然とした。

「ビ、B−KING!」

世界最速の市販車と言われる、スズキGSX1300ハヤブサ。

そのバイクのカウルを取っ払い、メカニカルスーパーチャージャーを組み込み、足元をF200、リア240の極太タイアで武装した、200馬力を搾り出す化け物バイク。

それがB−KINGだ。

細かいメカもいちいち驚愕の、まさに近未来バイクなのだが、なによりジュンを驚かせた一番の理由。

それは、この単車が「市販車ではない」ということだ。 これは2001年の第35回東京モーターショウに出品された、コンセプトマシンなのである。

世界中を探しても決して売っていないはずの単車が、どうしてこんなところを? しかも、白バイだなんて……と、 抜かれたジュンはパニックになりながら、それでもアクセルを開けてそのあとを追った。

やがて国道は次の町に近づき、またも車の数が増え始める。

そこで、強引にすり抜け続けていたノックのディアブロも力尽きる。車が多くなってしまえば、ディアブロは、いや、どんなスーパーカーでもお手上げだ。

そのノックの横をすり抜けながら、ジュンはB−KING白バイを追い続ける。白バイはとっくにサイレンを止めていたが、それでも前を走るムラとリョウを追い続けた。

街灯が増え、車も増えてきたため、いまやB−KINGのすがたは、ムラやリョウのバックミラーにも移っている。 驚きあきれながら、それでもリョウはアクセルを開けた。

おそらく白バイはムラを捕まえるために、リョウを見逃すだろう。 だが、そんなことはもはや問題ではない。 なんでB−KINGなのかも、つかまるつかまらないも、もうどうでもいい。

「抜かれるものか」

リョウを支配していたのは、そんな情熱だけだった。

しかし、その情熱は空回りし、カッカした頭は冷静に車の流れを読むことを妨げる。 そんな隙を突いて、B−KINGは反対車線をうまく使いながら、リョウの12Rを抜き去った。

残るはムラのVTXだけだ。

後ろの三人は、祈るような気持ちで、すべての思いをムラに託す。

 マーマレードスプーンはチームではないし、そういった仲間意識みたいなものも薄い。 だが、このときだけは三人の気持ちがひとつになった。

「ムラさん! 負けるな!」

やがてムラとB−KINGの姿が、徐々に遠のいてゆく。

と。

突然、ムラがウインカーを出し、近くの駐車場に入っていった。つぶれたガソリンスタンドの跡地だ。

「な、なんで?」

ジュンが拍子抜けしたような声を上げる。ほかの二人もそれぞれ、同じような落胆を見せた。

ガソリンスタンドに入る寸前、ムラは左手を上げてガッツポーズをする。

「なにやってるんだよ。捕まっちまったらしょうがないじゃないか」

ノックがディアブロの運転席から叫んだ。

ムラのVTX、B−KING、ジュンの12R、リョウのV−MAX、ノックのディアブロの順に、つぶれたスタンドに入ってゆく。 ムラだけ残して逃げると言うような考えは、三人にはない。

やがて全員のエンジンが止められると、ムラはヘルメットを脱いだ。 そこへB−KINGのライダーが近寄ってゆく。ムラはニヤニヤ笑いながら、その男に向かって中指を立てる。

「俺の勝ちだな?」

ムラのセリフに、三人はぶっ飛んだ。 捕まっておいて、何を言っているのか? しかし、男は何事もないかのように、ムラに近寄ってゆく。

「ち、また負けか。これで何連敗だ?」

B−KINGの男は、ヘルメットを脱ぎながら悔しそうに叫んだ。 あっけにとられた三人を指差しながら、男はムラに言う。

「おい、こいつらもか?」

「あたりめーだ。そのくらいのリスクがなくちゃ、面白くないだろうが」

「ちぇ、わかったよ」

男が舌打ちするところに、ノックが割り込んだ。

「あのー、いったい何がどうなってるんです?」

その言葉にムラは、にやりと笑っていった。

「おう、紹介する。こいつぁ昔、おれとゆげの敵だった男だ」

「おめー、その紹介の仕方はねえだろうが」

男はムラに殴る真似をすると、三人に向かって笑って見せた。

「俺はカクヤマだ。ムラとゆげがつるんで悪さしてるころ、よく追いかけっこした仲だよ。もっとも、鬼はいつも俺だったがね」

「つまり、昔、警官だったってコトですか?」

ジュンの質問に、きょとんとした顔で男は答えた。

「昔? いいや、現役だぞ?」

三人はもう、声も出ない。

その様子をニヤニヤしながら眺めていたムラが、ついに吹き出した。

「つまりよ、これが野暮用ってやつだ。俺は毎年この日になると、こいつと勝負するんだよ。こいつ、今じゃ結構お偉いさんでな。なかなかやりあうこともできないから、年にいっぺんだけ追いかけっこすることにしてるんだ」

「ぬかせ。俺が見逃してやった切符、今から全部切ってやろうか?」

「ふざけろ。なまりきったロートルのリハビリに付き合ってやってるんだ。こっちが金もらいたいくらいだぜ」

「うるせえ。昨日事件があって、俺ぁ一睡もしてないんだよ。何ならこれからもういっぺんやるか?」

「つーかよ、わざわざハヤブサにン百万もかけてB−KINGのレプリカ(複製)なんか作ってる暇があったら、もっと走りこんで腕を磨けってんだ。おめ、年々遅くなってんじゃねえか?」

じゃれあっている二人の姿に、ようやく呪縛から解けた三人は、ほうっと大きなため息をつく。

「あれで遅いのかよ。まったくヤんなるぜ」

「しかもあのB−KING、特注したみたいだね。僕ら以上のバカだなぁ」

「ゆげさんもむちゃくちゃだけど、ムラさんやあのカクヤマさんも、相当イカれてるよな」

三人がぼそぼそと話していると、ムラとカクヤマが振り向いた。

「よう、おめーら。今からメシ食いに行くぞ。カクヤマがおごってくれるからよ。死ぬほど喰え」

「おいおい、勘弁してくれよ。しかしまあ、おめーらもなかなかやるじゃねえか。面白かったぜ? 今日は俺が持ってやるから、朝まで飲んで喰って暴れるぞ?」

一瞬の間をおいて、三人は獣のような奇声を上げた。

「おっと、その前に」

言いながらムラは、VTXのサイドバッグを開けて、ペットボトルを取り出した。

ミネラルウォーターである。

「これが約束の「旨いもん」だ。まあ、カクヤマのおごってくれるもんも、大抵めちゃくちゃうめえが、こいつにはかなわねえ」

そのセリフに、カクヤマもうなずく。

「ああ、確かにな」

三人が、ハトが豆鉄砲食ったような顔でいると、ムラはペットボトルを開けてごくごくと水を飲んだ。 それからカクヤマに渡し、カクヤマも飲む。

半分ほど残った水を差し出しながら、カクヤマが言った。

「しびれるようなバトルをした後の水だ。やっぱ、これが最高に旨いよな?」

その言葉に、ノック、ジュン、リョウの三人は、にやりと笑ってペットボトルを受け取り、心底うまそうにのどを鳴らした。

彼らの病気は、一生治りそうもない。

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