桃太郎伝
「では、鬼退治に行ってまいります」

桃太郎は晴れ晴れと、老夫婦に微笑むと、くるりときびすを返した。

つめに火をともすような生活をしながら、深い愛を持って彼を育ててくれた二人に感謝し、これからの困難な道のりを考えて、ぶるっと武者震いをする。

貧しい中をやりくりし、おばあさんが一生懸命あつらえてくれた旅支度も凛々しく、桃太郎は意気揚々と胸を張る。

おじいさんおばあさんにしてみれば、 彼が危険な旅に出てしまうのは賛成したくない。だが、彼が自分で決めて、言い出したことである。可愛がって育ててきた子供の成長を感じられるのは、一抹の寂しさを感じながらも、うれしいものだ。

彼らには、桃太郎の凛々しいこの姿が、一番の報酬である。

「桃太郎、身体に気をつけてね?」

「桃よ、しっかりやってこい」

老婆は身体を気遣い、老人は激励する。ふたりとも、本当は行って欲しくなどないのだが、しかし、男がひとり決めて立った。それをとめる事など、出来るものではない。

桃太郎は、伝え聞く悪の温床、鬼が島に向かって歩き出した。

 

「勇ましいお侍さん、その腰につけた弁当を、ひとつ、俺たちに施しちゃいただけませんかね? もうずいぶんと、何も喰っていないので」

言葉尻は慇懃(いんぎん)だが、しかし、その言い回しは、明らかにあざけりの調子を帯びている。山を越えようと入った峠道で、桃太郎の前に立ちふさがった男が、そのセリフを吐いた。

「すまぬが、私はこれから鬼退治にゆかねばならない。残念ながら、君達に分け与える余分はないのだ。許されよ」

桃太郎の真摯な言い回しに、三人は爆笑。

「ははは、兄ぃ。こいつはこれですぜ?」

ひとりがそう言いながら、頭の横で指をくるくると回してみせる。

「なるほど、それじゃあ、判りやすく言ってやろうか。おい、小僧! いいから、身ぐるみ置いて行きやがれ。さもないと、ぶっ殺すぞ」

ドスのきいた声でそう言われ、世間知らずの桃太郎も、ようやく事の次第に思い当たったようだ。合点のいった顔で、しきりにうなずいている。

「なるほど。君らは山賊なんだな?」

いまさらの問いに、三人の男は失笑する。

頭目らしき男が、二人の手下(てか)に向かってニヤニヤと言う。

「おい、イヌ、キジ。このお坊ちゃんは、どうやら世間の厳しさをご存じないようだ。おめえら、しかたねえから、お召し物を脱ぐの、手伝ってやれや」

「ほいさ、任された。キジ、おめえはそっちを抑えろ」

「あいよ、イヌのアニキ。サル兄ぃ、殺しちまっちゃまずいですかね?」

手にヤリを持ったイヌと呼ばれる男が、おどけて請け負うと、キジと呼ばれた下っ端がニヤニヤ笑いながら、そう脅しをかける。そのどこか放牧的な雰囲気に、桃太郎は思わず微笑んだ。

すると、その笑いを嘲笑と勘違いしたのか、キジが、脊髄反射で吼える。

「ヤロウ! なにがおかしい!」

「いや、すまない。愚弄する気はないのだが……しかし、兄弟で仲むつまじいというのは、いいものだな。私には兄弟がいないから、うらやましい」

三人は、ぽかんとしてしまった。

それから、またバカにされたのだと思ったのだろう。今度はイヌが、怒気も激しく噛みついてきた。

「てめぇ、命はいらねえらしいな? 兄ぃ、殺っちまっていいっすね?」

「おう、やれ」

答えを聞くが早いか、イヌとキジは、桃太郎に飛び掛る。

イヌは地を這うような低空からヤリを突き出し、キジは空高く跳躍すると、上から匕首(あいくち)で切りかかってくる。見事な連携だ。

しかし、桃太郎の神技は、そのはるか高みを行っていた。

低空から突き出されるヤリを跳んでかわしながら、一閃、腰の太刀を抜き放つ。鞘走った太刀は、ひらりとひらめいて、キジの匕首を飛ばした。峯打ちでキジの手を叩いたのだ。

あっと叫んでキジが匕首を取り落とすのと、ひらめいた刀が、下方から突き出されたヤリの柄を切り飛ばすのは、ほとんど同時だったろう。

あわてて先のないヤリを引っ込めたイヌの眼前に、桃太郎の刀の切っ先が、ぴたりと止まる。

「私の剣は鬼を斬るものだ。無益な殺生は控えたい」

「そうは、いかねえな」

そう答えた声は、サルのものだ。

「おめえらじゃ、かなわねえ。ひっこんでな」

言いながら、背中の大刀をのそりと抜き放つ。

驚くべきその刃厚と刃幅、奇妙に反り返った形は、桃太郎の初めてみる刀だ。思わず見入ってしまった桃太郎の表情を、臆したものと勘違いしたのだろう。サルはにやりと笑う。

「こいつはな、海の向こうから来た連中が持っていたんだ。青龍刀という、外国の刀だ。おめえのなまくらなぞ、いっぺんに斬り飛ばしてくれるわ」

「ほぉう、外国の刀か。それは珍しいな。ずいぶんと大きいが、そんな重いものを振り回せるのか?」

「やってみればわかるさ」

言いながらサルは、刀を背に引いて、奇妙な構えを取った。そう、刀と同じく、中国の拳法をも、この男は身につけているのだ。その妙な格好のまま、サルはじりじりと間合いを詰める。

初めて見る構えに、しかし、桃太郎の動揺はない。

抜き放った太刀を正眼(せいがん)に構え、切っ先の延長上に、己が胆力をぴたりと乗せる。見事な構えだ。

「やるな……」

小さくつぶやいたサルは、不意に、風をまいて襲い掛かった。

まっすぐ突きかかって来るのではなく、身体を独楽(こま)のようにくるくると回しながら、上下左右、息もつかせぬ攻撃を繰り出してくる。

「すごい。このような業(わざ)があるのか」

桃太郎は、ひらひらと青龍刀の切っ先をかわしながら、驚嘆する。

しかし、軌道が読めてしまえば、手に余るほどではなかった。円を描く弧の軌道を見切り、瞬時に間合いを詰めると、必殺の突きを繰り出す。

桃太郎の突きは、過(あやま)たず、サルの肩先を、浅く貫いた。

支点を突かれた独楽(こま)は、たやすくバランスを崩す。むぅとうなったときには、すでにサルの身体は地べたにどうと倒れていた。そののど元へ、すかさず切っ先がさし出され、サルの反撃をとめる。

そのまま、わずかの時間が流れ。

やがて。

「参った」

サルは小さくつぶやいた。

悔しさよりも、あまりの彼我の実力差に、苦笑さえ浮かんでくる。いったい、この男はどれほど強いのだ。腕に覚えの自分が、まるで子ども扱いではないか。

元来、彼らのようなやからは、強者にたいして憧れと好意を持つ。成り行きを見守っていたイヌとキジ、そして誰より桃太郎の強さを身体で知ったサルは、この若武者にすっかり心頭していた。

「これで、通してもらえるかな?」

「いいや、ダメだ」

サルの言葉に、イヌとキジが驚く。

「兄ぃ?」

しかし、続いて出た言葉に破顔する。

「通すわけには行かねえな。俺とイヌとキジを、あんたの家来にしてくれなけりゃあ、な」

「兄ぃ! さすが、わかってる!」

「大将! 大将の名前を教えてくださいよ!」

イヌはにやりと笑い、キジは桃太郎になついてしまう。桃太郎は困ったような顔をしていたが、やがて、真剣な顔で言った。

「私は、これから鬼が島へ、鬼退治にゆくのだ。人外の魔物ゆえ、命の保障はない。それでも、ついてくるか?」

瞬間、三人は笑い出す。

「なんだ、さっきのは俺たちをからかったのかと思いきや、本当に行くのかい? 驚いたな。しかし、さすが俺を倒した男だ。目標が、でかい! まさか、鬼退治とは」

「うむ、村の者も、旅の届けを出しに行ったときの役人も、みな、同じように笑った。私のやることは、それほど愚かなことなのだろうな。しかし、私はそれでもやらなければならない」

真剣な桃太郎の様子に、三人の山賊は笑いを引っ込めた。

「なぜ、そんなことを?」

キジの問いに、桃太郎は、まじめな顔で答える。

「私も、人外の物の怪かもしれないのだ。私は、桃から生まれたのだからな。そんなものに、普通の運命が待っているわけないだろう? 桃から生まれた私には、きっと、天が授ける使命のようなものがあるに違いない。そう思って生きてきた」

「桃から……」

「そして、鬼が島の話を聞いたとき、私の身体に奔(はし)るものを感じた。これが天命かどうかは判らぬが、しかし、そのまま知らぬフリをして、安穏と暮らすことは出来ない。そう感じたのだ」

「なるほど、天意ってやつか……俺たちがこんなところで、兄弟三人山賊をやっていたのも、もしかしたら天意ってヤツなのかもしれねえな。了解だ、大将。俺たち三人は、今からあんたの手下(てか)だ。なあ、おめえら?」

「おう、よろしく頼むぜ、大将」

「大将、名前は?」

イヌが力強く笑い、キジが同じ質問を繰り返す。その問いに、桃太郎は少し恥ずかしそうにはにかみ、それから、思い返してぐいと胸を張り、強い口調で言った。

「桃太郎だ」

三人の手下は、その名に、運命を感じた。

「俺はサル、こっちがイヌで、こっちがキジだ。大将、言っておくけど、俺たちは兄弟じゃないぜ? 義兄弟の契りを交わした仲なんだ」

「ふむ。しかし、義兄弟であれ、そう仲がよいのは、うらやましいものだな」

本気でうらやましそうな桃太郎の顔に、サルはあきれて肩をすくめると言った。

「かー、まったく勘の鈍い人だね。だから、俺たちと義兄弟の契りを交わしちゃくれないか? って頼んでるんじゃないか。もちろん、長兄は大将、あんただよ?」

たっぷり数秒間、三人の荒くれの顔を見つめた桃太郎は、彼らが笑顔でうなずくのを見て、うれしそうに、心底、うれしそうに微笑んだ。若武者らしい、なんとも涼やかな笑顔だった。

 

「ねえ、大将。まさか、あれじゃないでしょうね?」

揺れる船の上で、キジの指すほうに目を凝らし、一行はそこで、驚愕に言葉を失う。それもそのはず。目指す島の沿岸に、いつのまにか、びっしりと人影が現れているではないか。

海岸を埋め尽くす人影は、近づくにつれ、輪郭を明瞭にしてゆく。

はっきりと見えてくると、船の中には、重苦しい沈黙が影を落とした。みな、確認できたのだ。いや、確認してしまったのだ。そこに見えるのは、人の形をしているが、しかし、人ではありえないということを。

異形。

古木のようにねじくれた身体、おどろおどろしい皮膚の色、奇怪な姿をした異形の者たちの姿が、そこにあった。海岸を埋め尽くすその異形の者たちは、怯え、怒っていた。来るはずのないよそ者に、最大級の警戒をしているのだ。

うなり声のようなものまで、はっきりと聞こえる距離まで近づいたとき、桃太郎はみなを振り返り、最後の確認をした。

「怖くなった者は、帰っていいのだぞ?」

少々怖気をふるっていた彼らは、しかし大将のその言葉で、本来の傲慢さ、ふてぶてしさを取り戻した。イヌはにやりと笑って、桃太郎に答える。

「大将。俺たちぁ、義兄弟だ。地獄の底までついて行くって。 なあ、みんな?」

「おぅ!」

瞬時に返って来る頼もしい返事に、桃太郎は満足げにうなずくと、凛とした瞳を異形の者達に向けながら、鋭く号令をかけた。

「その意気や、よし。それではこれより、鬼退治に参る!」

「おぉ!」

船の底が海底をこするや否や、四人は波を蹴って飛び出した。

びっしりと集まったなかへ真っ先に飛び込んだのは、イヌだ。彼は自慢のヤリを振り回し、異形のものたちを次々と屠(ほふ)ってゆく。

懐の長いヤリの弱点を突かれ、至近距離に入り込んできた敵には、上から、匕首や手裏剣の洗礼が浴びせられる。もちろん、キジの得意技である。

二人はお互いの弱点を補いあい、敵の真っ只中を暴れまわる。

しかし、更にすさまじいのはサルだ。大勢の敵の中を、まるで無人の野に歩を進めるがごとく、青龍刀を振り回しながら道を切り開いてゆく。その道を進むのは、もちろん桃太郎だ。

サルの青龍刀がナタやマサカリだとしたら、桃太郎の日本刀はかみそりである。敵が触れるか触れないかのウチに、切り口も鮮やかに両断してしまうのだ。

あれほどの数を誇っていた異形どもは、いまや、恐怖の叫び声さえあげて、我先にと逃げ惑う。それを追うとするイヌとキジを、しかし、桃太郎は止めた。

「追う必要はない。あの山の上の屋敷、あれが本丸だろう。あそこにきっと、こいつらの大将がいる。その首を取るのだ」

「応ぅ!」

合点承知の三人は、我先にと敵の本丸目指して進む。

やがて。

斬りも斬ったり無数の屍(しかばね)を超えて、山頂の屋敷の前に立つ。

「みな、大事無いか?」

桃太郎の問いに、三人の家来は、にやりと不敵な笑みを浮かべてみせる。 彼らは大挙して押し寄せてきた異形の者ども、をことごとく切り捨て、打ち倒し、ついに島の中心部、鬼の大将が住むと目される館まで、たどり着いた。

守の兵らしき異形を、桃太郎の剣が一閃、切り倒した先に、重厚な扉で閉ざされた、巨大な離れがあった。分厚い扉を押すと、それは、苦もなく開く。

勢いよく中に乗り込んだ四人は、そこで。

目に飛び込んできた光景に絶句した。

「鬼……」

誰がつぶやいたものか。

むわっと顔を押すような、物理的な力さえ感じられる、腐敗臭。

薄暗い空間を満たした、生臭い血臭。

そして、その吹き出したにおいとともに、彼らの神経を焼いたのは。

赤。

床をぬらす、大量の血。

飛び散って、壁に凄惨な絵画を描く、血液の赤だ。

その赤い世界の真ん中に、その男はいた。

「あれが、鬼……か」

もう一度、誰かがつぶやく。

男は、こちらに背を向けてかがみこんでいる。

彼の前には、もう死んでいるのだろうか、大きくおなかのせり出した女が血にまみれて転がっている。そしてなんと、「鬼」は、女の臨月の腹を裂き、その中に腕を突っ込んだ。

と、中から血まみれの塊を取り出し、にやりと笑みを浮かべる。

みなが恐怖に凍りつく中、桃太郎は、悪鬼の所業に猛然と腹を立てていた。憎悪に歯を食いしばり、鬼をにらみつける。

なんと言う、非道。

臨月の腹を裂いて、子供を引きずり出す。

最悪の、外道。

まさに、鬼。

桃太郎に流れる正義の血が、全身を包む。

その憤怒の気配に、鬼は振り返った。

突然の闖入者に、歯をむき、烈火のごとく怒り出す。

「なんだぁ、キサマら! 何をしている!」

「それは、こっちのセリフだ」

怒りに燃えていた桃太郎は、鬼の声を聞いた瞬間、ふいに身体が冷たくなるのを感じた。しかし、決して臆したわけではない。むしろその逆だ。

膨れ上がった怒りが、ぶつける相手を実感した瞬間、恐ろしく凝り固まり、濃く、冷たい、毒へと変わったのだ。逆上したままでは、この怪物には勝てないと、彼の本能が察知したのかもしれない。

その冷静な目で見てみれば、「鬼の大将」は、しかし、確かに人間のようだ。鬼気迫る充血した瞳を見開き、全身を朱に染めて、しかし、そこに立っているのは、一人の人間だった。

「人……か。姿かたちは少なくとも、人に見えるな。しかし、その所業、人とは到底、言えぬ。幼子を身ごもった母親を喰らうばかりか、その胎児を引きずり出して喰らう。キサマの鬼は、表の異形どもに、勝るとも劣らぬ。いや、人のカタチをしている分、キサマの鬼は、より醜い」

「ふん、愚かな……」

「なんだとっ! この悪鬼めが」

激昂したサルを、桃太郎は冷静にとどめる。

「サル、控えろ。鬼よ、我らを愚かと哂うのが、貴様に出来る、この世で最後のことだ。この桃太郎、今まさに、天意をもって貴様を成敗する。おとなしく、我が太刀のちりとなれ」

とたんに男は、更なる嘲笑を浴びせ、叫んだ。

「天意だとっ! 貴様、何をもって天意と言う? 貴様がしていること、俺がしていること、その真意を理解できぬ愚か者が、天を騙(かた)るか! 恐れを知らぬ、天をたばかりし愚者めが」

「てんめぇ! 大将のことをバカにしやがったなぁ!」

「キジ、やめよ」

キジを止めた桃太郎は、不思議な顔で「鬼」を見た。

「我が天を騙ると言うか。それならば、キサマの後ろにあるそれは何だ? それこそ悪鬼の所業でなくて、何だと言うのだ? 申し開きできるものなら……」

「うるさい!」

それだけ叫ぶと、男は血まみれの女に近づく。そして、こともあろうに、その腹を、まるで着物でも縫うかのように、針と糸で縫い始めたではないか。

「何をしている?」

「見てわからぬなら、黙っていろ。いや、手伝え。そこにある焼酎をもってこい」

「大将、近寄っちゃいけません! 鬼め、俺たちを無視して、女の身体を喰らいながら、酒盛りをしようってハラですぜ? ふてえ野郎だ」

「まて、それなら、腹を縫うのはおかしい」

桃太郎は、男に言われたとおり、焼酎の徳利を持ってちかづく。三人の家来は、そのそばに寄り添って、いつ「鬼」が飛び掛ってきてもいいように、身構えた。

しかし、男はそんな彼らをまったく無視し、縫い終えた女のハラに焼酎を吹き付ける。

刹那。

「ひぃ!」

とわめいて、女が目を開けた。

「なんてこった、生きてやがる」

小さくうめいたサルには構わず、男は女に向かってうなずいた。その瞳は、驚くほど穏やかだ。それから男は、先ほど取り上げた胎児を手ぬぐいでぬぐうと、女に見せた。

「すまんな、間に合わなかった。もう少し早ければ……」

「先生……」

女のうめきとともに発せられた言葉は、桃太郎たちを凍りつかせた。

「先生?」

キジが、誰に問うともなく、つぶやく。

男は血まみれの身体をぬぐい、焼酎で手を洗うと、桃太郎たちを、キッと振りかえり、怒鳴った。

「この女と子供、両方救うには、一か八か、腹を切開して取り出すしかなかったのだ。残念ながら子供は助からなかったが、女はどうにか助かるだろう。これが、俺のやっていたことだ。申し開きと言うのは、これでいいのか?」

「そんな話、聞いたことねえぞ!」

叫ぶサルに、男は侮蔑を投げつける。

「これは、外国で考えられた方法だ。お前がもっている青龍刀、それを作った国のはるか西、天竺より更に西にある国々では、身ごもった女と子供、両方を助けるために、しばしば、こういう術を用いるのだ」

「まさか。そんなの嘘だ!」

イヌがヤリを振り上げて叫んだ。しかし男はおじけるでもなく、今度は本当に焼酎をごくりと飲むと、仏頂面で答える。

「嘘も何も、女は現に生きているだろうが。重要な臓物を避け、最小限に切れば、腹を割いたとて、命まではなくならん。外国の知識だから、無知を哂(わら)おうとは思わんが、もう少し目を開いて、もっと広い視野を持つがいい」

男の自信たっぷりな様子に、四人は言葉を失う。

男は彼らを放って、他の患者のところへ向かった。

そう、彼は外洋で難破し 、外国船に助けられ、向こうで医術を学んできた、洋行の医師であったのだ。言葉もわからない外国で、これだけのことを学んで帰って来、あまつさえ実践しているのだ。

天才と言っていいだろう。

彼の行っていた帝王切開手術は、外科知識どころか、治療のために身体を切ると言う概念さえ持たない者から見れば、確かに鬼の所業に見えても仕方ないだろう。

しかし、確かに彼は医師だった。

いまや、それが間違いないことを、四人とも、直感的に悟っていた。

「と言うことは、表にいた異形どもは……」

桃太郎の小さなつぶやきを、男は聞き逃さない。

「なに? まさか、きさまら!」

叫んで駆け出し、男は扉の向こうへ姿を消した。四人は途方にくれ、たくさんの患者たちがうめきを上げる病棟のなかで、ひたすらに立ち尽くしていた。

やがて。

呆然と言った面持ちで、男が帰ってくる。

「みんな……死んでる……」

「あの、異形のものどもは……」

桃太郎の言葉に、男は激昂した。

「異形だと! あいつらは人間だ! みな重篤な病で姿かたちは変わってしまっているが、穏やかで、気のいい、まっとうな人間だったんだ! 少なくとも、あれだけの人間を皆殺しにしてしまう、貴様らのような悪鬼より、ずっと人間だ!」

「しかし……」

「骨の病、皮膚の病、筋肉の病、それぞれ病に冒され、本人のせいではないと言うのに、いわれのない差別や迫害を受けてきた者達だ。みな故郷を捨て、ここに安息の地を得て、穏やかに暮らしていただけだと言うのに……」

「そんな……」

「お前らも、彼らを迫害したやつらと同じだ! 姿かたちが醜いというだけで、バケモノ扱いし、挙句の果てに皆殺しかっ! 貴様らの醜くゆがんだ心のほうが、よほど鬼だ!」

強烈な、熱風。

まさにそういった激昂ぶりだった。

男は、涙を流し、怒りに燃えて、彼らを糾弾した。

彼らは何も言えないまま、ただ、呆然とののしられるままだった。

 

桃太郎の意気消沈ぶりは、見ている方の胸が痛くなるほどだった。

「大将、気に病んじゃいけませんぜ? 誰だってあんな異形を見れば、鬼だと思っても仕方ないですって」

キジの慰めに、横のイヌがうなずく。

「それに、あの男。医者だなんて言ってたけど、わかったんもんじゃありませんや。病の人間をあんな孤島に集めて、なにかよからぬ実験でもしたんじゃないですかね?」

「しかし……」

桃太郎の顔は、暗い。

イヌとキジは、ため息をついて、帰りの船を準備する。

と。

キジが声を上げた。

「あれ? サルの兄貴は?」

いつの間にか、サルがいなくなっていた。

三人は、辺りを見まわす。

と。

どぉぉぉぉぉん!

爆音が鳴り響き、山の上に、ぱあっと炎が上がった。

「な、なんだぁ?」

驚いていると、やがて、山から駆けてくる姿が見えた。サルだ。

その姿を見た瞬間、桃太郎は全てを理解する。やってきたサルに向かって、大声で怒鳴った。

「サル! おぬし、火を放ったな! 爆薬か!」

サルは黙って不敵な笑みを浮かべる。その笑みが、桃太郎の言葉を肯定していた。キジとイヌは、言葉を失って、二人を見つめている。

「なんということを……」

「だがね、大将」

サルはふてぶてしく、言い放った。

「このままじゃ、俺達のほうが鬼になっちまう。あいつがお上に、俺たちのやったことを、恐れながらと訴えれば、俺達の首は、胴体と泣き別れだ。そいつはちと、困るだろう?」

「しかし、それでは……」

「それに、最初は火を放つつもりはなかったんだよ。けどな、もしかしたら、アイツなら知ってるかもしれないと思って、聞いてみたのさ」

「なにをだ?」

「大将のことだよ。俺らの大将は、桃から生まれたらしいんだが、そんな病もあるのか?ってね。そうしたら、あいつどうなったと思う?」

意味ありげな笑いを浮かべて、サルは続けた。

「あの男、ものすごい形相で俺を見たあと、両肩をつかんで叫んだんだ。『それは本当か?!』ってね。それからしばらく、ぶつぶつとつぶやいていたんだが、不意に、けたたましく笑い出したんだよ。まるで、気がふれたみたいに」

「どういうことだ?」

「わからんね。だが、俺はその笑いがものすごく気味悪くて、なんだかむかっ腹が立ったんだ。それで、火をつけてやったのさ。断言してもいいがね、あの男は、自分で言うほど立派な医者じゃあないな。あんなひねた、薄気味悪い笑いをする人間が、立派な医者であるものか」

とにかく、やってしまったことは取り戻しようがない。

結局、桃太郎一行は、鬼が島の生きとし生けるもの全てを殺す、と言う惨劇をやってのけ、失意の中、島をあとにしたのだった。

 

早すぎた天才医師は、こうしてこの世を去った。

その後、桃太郎は三人の家来とともに戦場を駆け抜け、やがて、ちいさいながらも一国一城の主となる。権力を持った桃太郎は、あの島を買い取り、今や国の重臣となったサルに命じて、調査をさせる。

だが、事件から数十年の月日を経て、その跡は全て消え去っている。あの医師がやっていたことが何だったのかは、結局わからずじまいだった。

しかし、焼け跡の奥の奥、ひっそりと作られた地下室から、桃太郎の生まれた桃と同じ、ピンク色の容器が幾つか見つかったことだけは、特筆に価するだろう。

結局、調査は打ち切られ、それ以降、島は立ち入り禁止となった。

 

桃太郎は、よき主として善政を布(し)いた。

人々は君主の鑑(かがみ)と彼を褒め称え、その穏やかで情に厚い人柄と、病や事故などで異形の姿となった者まで優しく救う彼のやり方に、喝采を送り、幸せに暮らした。

その善政は近隣にまで鳴り響き、「桃の殿様」として人気を博し、有名な忠臣、イヌ、サル、キジとともに人々から愛された。

しかし、その表情は常にかげりを帯び、八十八でその生涯を閉じるまで、ついに、一度も笑うことがなかったと言う。


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