松戸マックス

    

風が吹いていた。

心の中にわだかまっている中途半端な想いまで、はるか彼方へ吹き飛ばしてくれそうな強風だ。筑波山から吹き降ろしてくるその突風は、マックスの長い髪を激しく躍らせる。

顔を叩く強風に目を細めながら、マックスは携帯に目をやる。約束の時間を30分過ぎていた。

グースが時間を守らないのは、まあ、いつものことだ。咥えタバコで器用にビールを引っ掛けるグースの顔を思い出しながら、マックスは苦笑する。

携帯を革ジャンの内ポケットにしまいこむと、代わりに取り出した煙草に火をつける。ゆっくり深く吸いこむと、溜息とともに煙を吐き出した。吐き出された煙は、強い風に、たちまちかき消される。

そのちぎれた煙の破片の向こうに、ブルドッグが立っていた。

アルマーニのスーツに身を包んだ見上げるようなその大男は、マックスに向かってニヤニヤしながら近づいてくる。

「マ〜ックス!こんなところでなにやってるんだ?また、ろくでもないこと企んでるんじゃねえのか?」

「ちっ、うるせえヤツに見つかっちまったな……」

「バカ兄貴はどうした?一緒じゃねえのか?」

「るせーな!かんけーねーだろ!てめえこそ現職の警部がこんなところでなにやってるんだよ。おめえの管轄は新松戸じゃねえだろ!え?オオツカ警部さんよ!」

「今日は非番だ!新松戸の駅なんて、おまえこそ似合わない場所にいるじゃないか」

ブルドッグそのままの顔をイヤらしくゆがめながら、オオツカは鋭い目つきでマックスをにらむ。

鋭い目つきのまま唇の端をゆがめるこの男の笑い方が、マックスは嫌いだった。嫌悪感と共につばを吐き捨てると、くるりと後ろを向いてたくましい背中をみせる。

コミュニケーションの完全な拒否である。

「ちっ、生意気なガキだ。まあいい。おまえら余計な厄介事を起こすんじゃねえぞ?」

吐き捨てるとオオツカは、肩をすくめて改札へ消えてゆく。ちらりと横目で見ながら、マックスはその後姿へ中指を立てた。

プロレスラーのような体躯のマックスが中指を立てている様を見て、下り電車から吐き出された帰宅途中の人々が不安げによけて通る。マックスにとっては、いつものコトなので取立てて気にもとめていない。

ドッドッドッドッドッドッ!

腹の底に響く重低音を撒き散らしながら、一台の単車が新松戸の駅前ロータリーにやってきた。やってきた単車の種類がV-MAXだと確認すると、マックスはタバコを灰皿に押し付け右手を上げる。

「グース!ここだ!」

グースは左手を上げて答えながら、ゆっくりとマックスの前までやってきた。エンジンを切ると、サイドスタンドを出して単車を停める。単車に跨ったままグローヴとヘルメットを取ると、中から長い金髪があふれ出す。

ヘルメットをバックミラーに引っ掛け、グースはにやりと笑った。

「わりい、寝過ごした。ユイのヤツが起こしてくれねえんだもんよ」

「知るか!バカ兄貴!ひと呼び出しといて1時間も遅刻しやがって!晩飯は兄貴のおごりだからな!」

「ジョナサンは?まだか?」

「あ?なんだ?ジョナサンも呼び出したのか?一体何があったんだ?」

「あ?ああ、その話はジョナサンが来てからだ」

いらえに小さくうなづいたマックスは、脇に停めておいた自分の単車ズーマーのハンドルを握ると、押して歩き始める。奇妙な形の50ccズーマーは、軽い車体とマックスの膂力によって軽々と動き出す。

「さっきオオツカ警部に会った。またうるせえのが来るとイケネエから場所移すぞ?」

「ああ、わかった。しかしなんであのおっさん、新松戸くんだりまで来てるんだ?」

「さーな。知りたくもネエよ」

「んで?どこに行く?ジョナサンにメールいれとかなきゃ」

「ああ、あっこの中華屋でいいんじゃねえか?」

「また、あそこかよ!」

「いいじゃねえか。安いんだし。兄貴のおごりだから、安いトコにしてやったんだぞ?」

「わーったわーった。んじゃ、いくべ」

マックスとグースのふたりは、駅から歩いて2〜3分の中華居酒屋へ向かう。ビルの5階にある、安いのがとりえのその店につくと、座る前にビールを注文するグース。

マックスは対照的に、いきなり5人前の料理を注文した。

料理と酒が運ばれてくると、ふたりはビールジョッキを砕けんばかりにぶつけて、食事をはじめた。

といっても、ガツガツと食べているのはマックスである。グースは、マックスより一回り以上小さいその身体のどこに入るのか?とばかりに、ひたすらビールを飲みつづける。

タバコはくわえたまま、器用にビールを飲むグースに、マックスがようやく話し掛けたのは、5人分の料理を独りであらかた片付けた後だった。

「ジョナサンおせーな?どうしたんだろう?」

「ああ?さっきメール入れたんだけどな。帰ってこねえ。あれだ。女だぞ?きっと」

「バカ!兄貴じゃねえんだぞ?ジョナサンが時間に遅れるなんて、おかしいだろ?」

「そーいや、そうだな。事故ったか?」

「ジョナサンが?兄貴ならともかくヤツが事故るか?」

「俺だって、そんなには事故ってねえよ!バカにすんな!」

「いいや、兄貴はバカだ!正真正銘、完全無欠の大バカだ!風邪ひくみてえにポコジャカポコジャカ事故りやがって。少しは考えろ!」

「うっせーな!それより、ジョナサンに電話してみるよ」

「ああ、そうだな。いくらなんでも遅すぎる」

携帯を取り出したグースは、ジョナサンに電話をかける。かなり長い間呼び出し音を聞いた後、グースが叫んだ。

「おう!やっと繋がった。おい!ジョナサン!おめナニやって……え?妹?ジョナサンは?……えぇ?!」

驚愕の表情でしばらく話していたグースがようやく電話を切った。

「なんだ?ジョナサン、どうしたって?」

「妹が出た……ジョナサンのやつ……」

「なんだよ?まさか……」

「腰が痛くて動けねえんだと。今、痛み止め飲んで寝たトコだってよ」

「……ぶっ飛ばすぞ!」

思わせぶりなグースの態度に、不吉な予感で一瞬ひるんだマックスは、それでも安堵のため息を漏らしながら、グースのアタマを小突いた。

それからまた、マックスはデザートを、グースはビールを注文する。杏仁豆腐をほおばり、ビールで流し込みながら、マックスはグースに話し掛ける。

「ジョナサンこられないなら、もういいべ?なんの話なんだ?」

「ああしょうがねえな。実はよ……コレなんだけどよ」

言いながらグースがヒップバッグから取り出したのは、一通の封筒だった。

「あん?なんだそれ?……なになに?なんだ、結婚披露宴の招待状じゃネエか……って、えぇ!あ、兄貴が結婚?」

「まあ、そーゆーわけでよ。ジョナサンにも話したかったんだけどな」

少々照れくさそうに、グースが頭をかく。

「へぇ兄貴が結婚ねぇ……」

「ああ、ユイとずいぶん話し合ってな。まあ、ようやく……なんだ?その……けじめってのかな」

「ははは!めでてえじゃねえか!おし!今日は飲むぞ!」

「はは、照れくせえモンだな。式はユイの実家のある青森でやるんだよ。だからまあ、ちと遠いんだけどよ」

「バ〜カ!関係ねーって。ぜってー行くからよ。兄貴の親類なんて、俺くらいしかいねえじゃねえか」

兄弟はその晩、したたかに飲んだ。

結婚の段取りがあるとかで、次の日の朝早く、グースは単車に跨ると青森に向かって出発した。約700キロの行程だが、1200ccのモンスターバイクなら、一日かからない距離ではある。

朝一番、二日酔の頭を抱えながら、兄弟は青森での再会を約束して別れた。ズ太い排気音を響かせながら小さくなってゆく兄の後姿を見送りつつ、マックスはタバコに火をつける。

大きく吸い込んで吐き出すと、昨日とはうって変わった上天気の空に、煙がたなびいてゆく。

その煙の自由な動きを眺めながら、マックスは急に思い立った。

「原チャリで行くってのも、俺ららしいな?」

松戸マックス。旅立ちの前日のコトである。

    

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