| 未来をわが手に |
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ほんとうにね、ひどいものですよ。 僕はあんなに愛していたのに、こっぴどく裏切られてしまったんです。 もう、生きてくのもしんどいんですが、だからって死んでしまうのも悔しいでしょう? どうして被害者の僕のほうが、死ななくてはならないのです? だけれども僕は、彼女と僕から彼女を奪った男が、同じ世界で息をしていることさえ嫌なんです。 それでね、ステキな方法を考えたんですよ。あのふたりを、僕の目の前から永遠に消してしまう方法を。 え? 殺す? まさか。 そりゃあそんな人もいるでしょうけれど、僕にはそんなことはできませんよ。 いえ、いまだに愛しているとか、そんな感傷的な理由じゃありません。あのふたりのために、僕が刑務所に入らなくてはならないなんて、悔しいし、ばかばかしいじゃありませんか。 あの二人が事故にでもあって死んでしまえば、それはもちろんいい気味ですけれど、かといって自分の手を汚そうとは思いません。僕の解決策は、もっと平和的なものです。 コールドスリープ。そう、冷凍睡眠。 100年ほど眠ってしまえば、起きたときには、ふたりとも死んでいるはずですからね。 「未来が必ずしもステキかどうかなんてわからない」 冷凍睡眠反対派の人々はよくそう言いますが、とんでもない。あのふたりがいないってだけで、僕にとっては充分ステキな世界です。 ええ、もちろんお金がかかります。 でもね、実は僕、かなりの大金持ちなんですよ。面白半分に買ったくじが当たりましてね。もっとも、当たったと知って仕事をほっぽりだして彼女のところに行ったら、彼女はあの男と抱き合っていたわけですけれど。 ああ、思い出したら、また、腹が立ってきた。 僕はくじを銀行で現金に替え、冷凍睡眠会社へ行きました。ところが担当の人が言うには、コールドスリープの費用だけでは、起きたときに文無しの浦島太郎ですから、そのほかにも手配しておかなくてはならないと言うことらしいのです。 なるほどなあ、いくらステキな未来でも、衣食住だけでなく頭の中まで裸のままで放り出されてはたまらないものな。 というわけで、その手配というものを申し込みます。 眠っている間に世間で変わったことを、起きた後に高速学習機で覚えるための費用と申し込み。眠っている間に僕の残りの資産を運用してもらう、投資信託会社の選択。 そのほかに、これはと思った会社の株も購入しておきました。まあ、これはダメモトですけれど、うまくいけばお小遣いくらいにはなるでしょう。 すべての準備が整い、僕はカプセルの中で眠りにつきました。 さようなら、僕のいた時代。
目が覚めた僕は、まさに浦島太郎の気分でした。とは言ってももちろん、右も左も判らないというわけではありません。高速学習機のおかげで知識に関しては万全といってもいい状態です。 起きたとたん、まるで浦島太郎が竜宮城でもてなされたように、人々から大歓迎されたのです。ワケが判りません。しかし、もてなされて悪い気はしませんから、僕はご機嫌で杯を重ねました。 みな僕にとっても親切で、僕は随分と楽しい思いをし、もはやコールドスリープの原因となった二人のことさえ、すっかり忘れていました。 そのままもう少し呑みすぎていたら、僕は文字通りすべてを失っていたでしょう。 どうにもつかめない状況を気味悪く思って、僕はトイレに行ったとき携帯電話でいろいろと調べてみました。もちろん、使い方は高速学習機の知識によって完璧です。 調べてみてようやく、この歓迎に合点が行きました。 なんのことはない。みんな僕の財産を狙っていたのです。眠っている間に、僕の資産は100倍になっていました。例のくじに100回当たったほどの資産が、僕の口座に眠っていたのです。 どうしたことかと調べてみれば、例の株式を買った会社が100年に一度の大発明に成功し、僕の買った株は驚くほど高値になっていたのが原因でした。それに加えて、資産運用を任せた信販会社は、業界トップになっていたのですから、そりゃあ資産も増えるはずです。 これだけの資産を持てば、当然うわさになります。 「コールドスリープから目覚めたばかりの世間知らずが、地方自治体の予算に匹敵する資産を持っている」 ある種の人々にとって僕は、これ以上ないご馳走に見えたのでしょう。 僕はトイレから出ると、歓迎の宴を早々に辞しました。必死に引きとめようとするのを何とか逃れます。虎口を脱した僕は、とりあえずホテルを取って眠りました。 翌朝目覚めると、これからの展望を考えます。もっとも、幸いにして僕には、わからないことはほとんどありません。高速学習機のおかげです。僕は安いアパートを借りると、早速会社をひとつ興しました。 骨董品の売買です。 まあ、この時代の人には骨董品ですが、僕にとってはまさに生きていた時代の製品です。もともと持っていたものを売りさばくだけで、かなりの金になりました。 それに、目利きだって簡単ですから、商売はうなぎのぼりに業績を上げてゆきます。 わずか一年で、僕の会社はかなり大きくなっていました。 しかし、所帯が大きくなればなるほど、僕の心にはむなしい思いが蓄積してゆきます。いくら金を持っても、いくら力を付けても、いや持てば持っただけ、付ければ付けただけ、僕の周りには信用ならない人々が集まってきます。 そしてある日、幾度目かの裏切りにあったとき、僕ははたと気づきました。この状況は、恋人が部下に代わっただけで、あの時となんら変わらないじゃないか、ということに。 決心するまでに、それほどの時間は要しませんでした。 今度は冷凍睡眠会社ではなく、自分の資産を使って完全自動のコールドスリープ機をつくらせました。人間は誰も信用できませんから。 機械的にも法律的にも、厳重にプロテクトを施して、眠っている間に殺されないよう整えた後、僕はまたもや未来へ旅立ちました。
アレから何度、僕は時間を跳んだのでしょう。幾度目かには自分の身体にコンピュータを組み込んで、(その時代では、当たり前のことだったのです)僕の知識と経験は積み重なってゆきました。 とは言え、僕がひとところで我慢できるのは、せいぜい一年がいいところですから、実際の僕の肉体年齢は、いいとこ20代後半でしょう。そして生きて得た知識や経験も、それに伴い たかだか数年分です。 ただ、起きるたびに高速学習機を使いますから、それを加味すれば、僕はもう1000年近く生きている計算になります。もちろん、それにふさわしい知識の量も。 しかし、今回の起床は今までとはかなり違っていました。コールドスリープ施設を出た僕は、そこで信じられない光景を目にします。 ああ、なんと愚かなことでしょう。 僕がねむっているあいだに、人類はついに自らを滅ぼしてしまったのです。 起きるたびに進んでいるテクノロジーのおかげで、僕の墓(最近はみなこう呼んでいたのです)は完全に自立したシステムを持つようになっていました。 それが幸いしたというか、災いしたというか、僕はただ一人、人類の滅びた未来へ置き去りにされてしまったのです。 僕は絶望に叫びました。 しかし、答えるものはありません。僕は結局誰も信じず信じられず、誰も愛さず愛されないまま、たった一人になってしまったのです。 僕にはもはや、滅びた人類への鎮魂歌を歌いながら、一人で朽ちてゆくしか道は残されていないのです。幾千年分の知識を持ちながら、僕はたった一人なのです。 僕はまた叫びました。 涙があふれてとまりません。 と。 なにやらものの動く気配があります。涙を拭いて目を凝らしてみると、そこには小さな生き物がいました。どうやら猫か小さい犬くらいの大きさのその生物は、恐る恐るといった体で、僕の様子を伺っています。 「なんだ、おまえも生き残っちまったクチかい?」 驚かさないように優しく話しかけると、なんとその犬だかネコだかのような生物は小さな声でしゃべりだしました。 「カミサマ? アナタ、カミサマ?」 「驚いた、君は話ができるんだね?」 その動物、いや、彼もしくは彼女は警戒しながら、それでも好奇心には勝てぬ様子で、少しずつ僕に近づいてきます。 「ワタシ、イチバン。カミサマ、コトバ、ワカル、スコシ」 何度か話して、どうやら彼は彼のコミュニティの長であり、滅びた人類のわずかな遺跡から、僕らの言葉などいろいろなことを学んだようです。 「君達はどのくらい生きているんだい?」 彼は自分の年齢を答え(10歳でした。それでも彼らの中では高齢なのだそうです)、僕は彼個人ではなく、彼らの仲間が人類に取って代わってから何年たつのか知りたいということを、苦心して伝えました。 返ってきた答えは100年ということでした。どうやら前回僕が眠った後すぐ、何かしらの悲劇によって人類は滅んでしまったようです。 彼は小さな身体に似合わぬ大きな瞳を輝かせ、うれしそうに言いました。僕とのやり取りによって、急速に言葉を覚えてゆきます、少なくとも知能はかなり高いようです。 「神様の時代の書物を読みました。そして知りました」 「知った? なにをだい?」 「この世の終わりが来るとき、神様が現れてわれわれを救ってくれる」 なるほど、彼は聖書を読んだようです。僕は苦笑しながら間違いを正そうとして、ふと疑問に思いました。 「ということは、今、君達の世界は終わりを迎えそうになっていると言うことかい?」 彼は苦しそうな顔で、重々しくうなずきました。 人類が滅んだときの影響で(核でしょうか?)気象がかなり不安定になっている、それも、この100年で、状況はさらに悪化の一途をたどっているらしいのです。 彼の話を聞いているうち、僕の心にある思いがわきあがってきました。 彼らは弱きものです。彼らは純粋です。彼らは僕を必要としています。 そう、僕は何も信じられず、ただいたずらに時間を越え、結局独りぼっちになったと思っていました。しかし、それは違いました。 僕はおそらく、このために使わされたのでしょう。僕の溜め込んだ膨大な知識は、きっと彼らを救うために必要なものだったのでしょう。 僕はようやく生きる目的を得、喜びに震えました。 僕は自分のもてるすべての力でもって、彼らを救います。そしてその後はまた、永い眠りにつきます。もちろん、次の世代のためです。 そして僕はこの細切れの人生が続く限り、この星に生まれてくるすべての生き物を見守り、救うでしょう。 それが僕の生きる意味であり、それが僕の生まれたわけだと確信するからです。ええ、もちろん間違っていたってかまいません。それができるのは僕だけなのですから。 ああ、なんと言うすばらしい人生だろう。 偶然の積み重ねが、僕にこれほどやりがいのある人生を与えてくれたのだ。いや、果たしてこれは偶然なのだろうか? これは必然ではないだろうか? つまりこれこそが、あの方の御心なのではないだろうか? 僕は心からの幸せと喜びに、涙を流しながら天を仰いでつぶやきました。 「神よ……」 僕の横顔を眺めていた小さい生き物は、彼らの神が神に祈る姿を、不思議そうに眺めていました。 |