| みんなひとり |
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「つまりさ、人間って言うのは二種類しかいないんだよ。わかるかい?」 メリイはレオの顔を覗き込んでそう言った。道化師はいつものように困ったような顔で、首を横に振る。 「まったく、あんたはいつもそうやって、考えることを放棄するんだから。言っただろう? それじゃあだめなんだよ?」 「うん」 にこやかにうなずくが、きっと私の言うことは理解していないだろうな。 メリイはそう思いながら、しかし、もともと彼に聞かせるために語っていたのではなく、言いたいことを言ってストレスを解消するために話していたことを思い出す。 そうそう、こんな知恵遅れの道化師に、私の話をわからせようとするのが間違ってるんだ。 思い返した彼女は、自分勝手に話を再開した。 「支配する者と、される者。その二種類だけなんだよ。こんな屑みたいなサーカスで、道化をしてるあんたとか、空中ブランコに乗ってるあたしなんてのは、結局のところ支配される側なんだ」 「支配? でも、神様は公平だって、神父様……」 「公平なもんか! 支配される側って言うのは、どれだけ待っていたって、決して幸せにはなれないんだよ。あたしらみたいに底辺の人間はね」 「ふうん」 「いいかい? 幸せってのは、してもらうものじゃなくて、なるものなんだ」 胸を張ってそう言ったメリイに、レオが答える。 「し、支配するのは団長?」 道化のアサッテな質問に苦笑しながら、彼女は首を横に振った。 「違うよ。団長なんて私らには威張っているけど、興行主にはてんで頭が上がらないじゃないか。支配する側って言うのは……」 「わかった! ロップさんだ!」 メリイは一瞬考えてからうなずいた。 「そうだね。あの人は支配する側だ。興行主だってロップさんには頭が上がらないからね。いや、この町の誰だって、ロップさんには頭が上がらない」 ロップ氏は、マフィアの新しいボスである。 ビッグパパの長男坊で、ものすごく頭が切れて、ものすごく気まぐれで、ものすごく冷酷で、ビッグパパ以外の誰も頭が上がらない。つまり、そんな人だ。 「そういえば、ロップさん、今日来るね」 「えぇ? そうなの?」 とたんにメリイの顔がほころぶ。 そう、メリイはロップ氏に恋をしていた。 この町で初めて興行したとき、初日の前日に訪れたロップ氏は、メリイのブランコを見てやさしく微笑みながら、 「すごいね? こんなステキにかわいらしいお嬢さんが、あんなすごい技を見せてくれるなんて、とっても驚いたよ」 と、メリイの手をとってキスしてくれたのだ。 興行のないときはいつも、団長以下、このサーカスの男どもの慰みモノになっていたメリイは、こんな風にやさしく扱われたことは初めてだった。 この人は違うんだ。いつも私の体目当てに酒臭い息を吐きながら近づいてくるサーカス団の男どもとは、根本的に違うんだ。この人は紳士なんだ。 メリイがこんな風に誤解したって、誰も責めることはできないだろう。彼女はずっとひどい扱いをされて、ひどく傷つきながら生きてきたのだから。 彼女が団のなかで唯一心を許す男は、彼女に指一本触れないばかりか、いつも親切にしてくれる道化師のレオだけだ。 レオは少し頭が弱いので、何につけ要領が悪い。バカがつくほど素直なだけが取り得の、やさしくて親切だけれど、ただそれだけの愚鈍な男だ。 しかし、 これまでメリイにとって、少しでもまともな男というのはこのレオだけだったのだから、そりゃあ、ロップ氏が紳士に見えるも無理はなかったのである。 「ロップさん、本当に今日、来るんだね?」 「うん。団長が一番高いお茶を用意しろって言ったもの。間違いないよ。団長があのお茶を出すのは、ロップさんだけなんだ」 レオは胸を張ってそう請合(うけお)ったが、メリイのほうはすでに心ここにあらずといった風。その様子を見て、がっかりした面持ちのまま、レオは悲しそうに言った。 「メリイは、本当にロップさんが大好きなんだねぇ?」 言われたメリイは、顔を真っ赤にする。 「バカ! 余計なことを言うんじゃないよ。私とロップさんなんて、住む世界がぜんぜん違うんだから。ロップさんは尊敬しているけど、好きとかそんな風に考えたりするほど、私はネンネじゃないさ」 もちろん強がりだ。手に入らないことがわかっているから、最初から欲しがらない。ただ、それだけのこと。しかしレオはメリイのそんな苦しいイイワケを真に受けて、満面の笑みを浮かべた。 そう、レオはメリイが好きなのである。 あまりに無邪気なその笑顔に、少々気がとがめたのか。メリイはレオに向かってやさしく微笑むと、彼の手を取って言った。 「ねえ、レオ。いつかお給金が溜まったら、ここを出て、二人でもっとステキなサーカスをつくろうよ」 思わぬ申し出に、レオの瞳はまさに光り輝いた。 「本当? そりゃあ、すごいや! うれしいなぁ。メリイと二人なら、きっとステキなサーカスが作れるよ。僕、メリイのブランコを盛り上げるために、いっぱいいっぱいみんなを笑わせるよ!」 メリイはレオの強い調子に驚くと、ばつが悪そうに苦笑した。
団長室にロップ氏がやってきた。 お茶を持って行ったレオは、部屋の中から大きな声が聞こえたので、思わずすくんでしまう。レオはいつもみなに怒られ通しだから、怒鳴り声には反射的に首をすくめてしまうのだ。 それから、どうやら自分が怒られているのではないと知って、ほうっとため息をついた。 扉を開けようとノブに手をかけると、中からロップ氏の怒鳴り声が聞こえてくる。 「団長、あんたもいい加減頭の回転が鈍いな? 私が欲しいのはそんなイイワケじゃないんだよ。40%払うか、サーカスをつぶすか。どちらを選ぶのか? それを聞いてるんだ」 「しかし、ロップさん。いきなり20%から40%にあげろって言われても。今でもカツカツなのに、倍も払ったら私らは食っていけませんよ」 消え入りそうな団長の声を、ロップ氏の声がさえぎる。 「わかった、払えないなら貴様のサーカスを受け入れる興行主はいなくなると思えよ? この町だけじゃない。ウチのファミリーと関係を持つ町はすべて、お前のサーカスを締め出すぞ」 団長のうなり声が聞こえる。 しばらくそんなやり取りが続いた後、ロップ氏は急に声を和らげた。 「団長、それじゃあこうしよう。あのブランコの娘を俺によこせ。どうせ貴様らみんなでヤっちまっているんだろうが、なかなかいい女だ。アレならウチの縄張(シマ)にある娼館で働かせれば、そこそこ稼ぐだろうよ」 「し、しかし……」 「あの娘をよこしゃ、30%に負けてやってもいいぞ?」 「で、でも……」 「いやなら、あの娘、メリイと言ったか? あの女の両腕に鉛弾を食わせてやる。両手がなきゃ空中ブランコはできねえだろう? 娼婦にはなれるとしてもな。ははははは」 笑うロップ氏の声を聞きながら、レオの頭の中は真っ白になった。 メリイが撃たれる? メリイの両腕を撃ってしまう? 冗談じゃない! メリイは僕と一緒にサーカスをやるんだ! そんなこと、させてなるものか。 わなわなと震えていると、扉が開いて、ロップ氏と団長が出てきた。 「レオ! この役立たずが! 茶を持ってくるのに、いったいいつまでかかってやがる!」 縮み上がったレオに侮蔑の視線をくれながら、二人は先ほどとは打って変わって談笑しつつ、芸人宿舎のほうへ向かった。芸人宿舎には、メリイがいる。 どうしていいかわからずに立ちすくんでいたレオは、ふと開けっ放しの扉の向こうに、大きな拳銃を見つけた。ふらふらと中に入ってゆくと、拳銃を取り上げる。 ずっしりと思い拳銃を手にとって眺めているうちに、レオの頭にひらめいた。 銃を撃てなくしてしまえば、メリイは助かる。 そう思ったと同時に、レオは走り出していた。 昼寝している鍛冶屋の爺さんを起こさないように注意しながら、サーカスで使う特殊な金具を作る鍛冶場へ入り込む。 と、ちょうど火をくべられて溶かされていた、鉛(なまり)の炉が目に入り、レオはその前に立った。 銃口が上を向くように、地べたへ拳銃を半分ほど埋めると、鉛の炉の中に専用のひしゃくを突っ込んで、溶けた鉛を慎重に銃口へ注いだ。 冷えるのを待って銃を掘り出したところで、爺さんが目を覚ます。 「なんだ? レオか? なにやってるんだ?」 おつむの弱いレオには比較的親切な爺さんに向かって、レオはあいまいな笑顔を浮かべながら、後ろ手に銃を隠してその場を立ち去った。 いそいで団長室に戻ろうとする途中で、ロップ氏に行き会う。 「おい、道化。ちょっと忘れ物をした。団長室に拳銃があるから、お前、ひとっ走り取ってこい」 レオはがくがくとうなずくと、急いで団長室へ駆けてゆく。団長室に入って拳銃を探そうとして、それが自分の懐(ふところ)にしまわれていることを思い出した。 あわてて取り出すと、駆け戻ってロップ氏に手渡す。 ロップ氏が無造作に拳銃をしまいこみ、レオにふんと一瞥をくれて去って行ってしまっても、レオの心臓のどきどきは収まらなかった。
芸人宿舎の一室で、メリイはロップ氏と向かい合っていた。 大好きなロップさんと二人っきりで、メリイは初舞台のときくらい緊張している。そんなメリイをやさしく見つめながら、ロップ氏は微笑んだ。 「そんなに緊張することはないよ」 「はい」 小さな声で、やっとそれだけ言ったメリイに、ロップ氏は一瞬おいた後、彼女が耳を疑うような、とんでもないことを言い出した。 「メリイ、僕と一緒に来ないか?」 メリイの思考が、一瞬停止する。 もちろん、待ち望んでいた、夢にまで見た、最高のセリフだ。薄汚いサーカス団の男どもに身体をまさぐられながら、天井を眺めつつ何度も空想した瞬間だ。 しかし、まさかそれが現実に? メリイは驚きで、いや、むしろ恐怖に近い感情で、ロップ氏の顔を見つめる。 「おいおい、そんなに見つめられたら、照れくさいじゃないか。君みたいに可愛らしい女の子に見つめられるなんて、僕は慣れていないんだよ」 お世辞だろうがなんだろうが、ロップ氏にそう言ってもらえたら、メリイの心は簡単にとろけてしまう。ロップ氏は理想の男で、上流階級の象徴で、メリイを救い出しに来た白馬の王子様なのだ。 下を向いたままもじもじしているメリイに、ロップ氏は冷ややかな視線を向ける。それからまたやさしい表情に戻って立ち上がり、メリイのそばに腰掛けた。 メリイはびっくりして、ますます真っ赤になる。 ロップ氏は優しくメリイの肩を抱いた。サーカスの男たちみたいに、荒っぽいところなどカケラもないその優しい抱かれ方に、メリイはうっとりとなってしまう。 「団長はね、場所代を払いたくないと言うんだ。だけど、場所代がもらえなければ、僕たちは困ってしまう。わかるよね?」 「はい」 「そうしたらなんと、団長は場所代の代わりに、君を娼婦として雇ってくれって言うんだよ。君はこのサーカス団の娼婦みたいなものだから、なんてね」 メリイの目の前が、真っ暗になった。 よりによって、ロップさんにそんなことを。 団長、殺してやる。 絶対に許せない。 殺してやる。 メリイが固まってしまったのを確かめてから、十分に間をおいてロップ氏は言った。 「つらかったろうね? みんなにひどいことをされて、傷だらけになってしまったんだね?」 メリイは唖然として、ロップ氏を見た。 「でも、それを恥じることはない。あの屑どもが無理やりに君をもてあそんだこと、僕にはわかっているから。そんなことで、君は汚れたりしない。いいかい? 汚れているのは、あの男たちの心だ。君は真っ白なままなんだよ?」 メリイの瞳から、大粒の涙が溢れ出す。 ああ、なんと言う…… 心の堤防が、一瞬にして決壊する。 わぁと叫び声をあげながら、メリイは子供のようにロップ氏の胸に抱きつき、自分でも驚くほど素直な気持ちで、ただ、泣いた。 ロップ氏はその頭を優しくなでながら、しかし、薄汚れた犬にじゃれつかれて困っているような表情。そして、その嫌悪感を上手に隠し、驚くほどやさしい穏やかな声で、メリイの耳元にささやいた。 「僕のために、働いてくれるかい?」 メリイはぶんぶんとうなずく。ロップ氏はにやりといやらしい笑顔を浮かべ、メリイが顔を上げると、あわてて表情を変えた。 「何をしたらいいんですか?」 「そうだなぁ……」 ロップ氏は考え込んだ。 この娘はどうやら自分に惚れているようだ。いったいこの女は、どこまで自分の言う事を聞くのだろう? 何か無理難題を吹っかけてみようか。 気まぐれ、遊び、実験。ロップ氏にとっては、それだけのことだった。 「そうだ! 団長を殺してくれないか?」 驚くべきそのセリフに、しかし、メリイは一秒も迷うことなく、驚くほど冷静にうなずいた。ロップ氏が何を言おうと、もはやメリイにとってそれは神託なのである。 彼女の神、ロップ氏の御心のまま、まったく疑うことなく、その言葉どおりのことができる自信が、メリイの心に満ち溢れていた。 「君にそんな思いをさせた責任は取らせなくちゃね?」 彼にそう言われ、メリイの心に昏(くら)い悦びがあふれる。 そうだ。復讐してやる。 と。 そんなメリイの心を読んだかのように、実際、彼には手に取るようにわかったのだが、ロップ氏は少し意地悪な笑みを受けべた。 「いや、しかし、それでは駄目だな」 いきなり前言を翻されて、メリイは困惑する。 「君は団長には恨みがあるのだから、それは君の復讐であって、僕への忠誠を誓う証拠にはならないだろう?」 メリイは困惑しながら、質問した。 「忠誠を誓う証拠ですか? でも、いったいどうしたら……」 「なあに、簡単なことだよ」 メリイの言葉をさえぎって、ロップ氏は微笑んで見せた。微笑みながら内ポケットに手を入れて、拳銃を取り出すと、テーブルの上におく。 「理由だの、人道だの、余計なことを考えず、私に言われたとおりのことができるかどうか。それを見せてくれればいいんだ。君がそれを見せてくれたら、団長は僕が始末しよう。君への誠意として、ね」 誠意などカケラも所有しない男は、そういって笑う。メリイは拳銃から目を話せぬまま、ただ、がくがくとうなずいた。 「そうか、できるか」 「やります。なんでも。それで、ナニをすれば?」 「そうだなぁ……」 ロップ氏は額に手を当てて考えていたが、やがてぱん、と手を打って笑った。 「そうだ、彼がいい。彼を始末して見せてくれ。彼だけは君に親切にしてくれたんだろう? その彼を理由もなく殺せるなら、僕への忠誠を信じられる」 「え? いったい誰のことを……」 そう言いながらも、メリイは自分の考えが的中することを感じていた。 果たしてロップ氏は、彼女が思ったままのセリフを吐く。 「つまり、あの道化師を殺して見せろって言うのさ」
レオが呼び出されたのは、テントの裏だった。 「話って?」 そう聞くと、メリイはしばらく逡巡していたが、やがて心を決めたのだろう。キっと彼を見据え、強い口調で話し始めた。 「私はさ、言ったろう? ずっと、この世は不公平だって思ってきたんだ。あんたや私みたいに底辺を這いずり回る人間と、ロップさんみたいに何から何まで恵まれている人間がいるなんて、おかしいじゃないか?」 彼女が何を言いたいのかわからないまま、レオは答えようもなく、ただ、メリイの顔を見つめる。メリイはその顔をおかしそうに眺めながら、にやりと歯を見せた。 「でもね、そんな私にもやっとチャンスが回ってきたんだ。あんたが言うみたいに、神様は公平だったんだよ」 言いながらバッグから拳銃を取り出すと、メリイはおどけるようにレオに見せつけた。 「あなたのこと、好きだったよ? でもね、私、こんな生活から、抜け出したかったんだ」 まだ、事態が把握できていないのだろうか。道化師は小首を傾げて彼女を見つめながら、確認をとるかのごとく言う。 「でも、いっしょにサーカスを……」 あまりに緊張感のないその思考に、一秒だけあっけにとられてから、メリイは弾けるように笑う。 「あんなの、うそだよ」 とたんに、道化師は悲しそうな、しかし、どこかあきらめの混じった表情でうなだれた。だまされたり、うそをつかれるのに、レオは慣れているのだ。とても悲しいことだけれど。 レオの複雑な表情を見て、メリイは思わず問い返す。 「本当に信じていたんだ?」 哀れむような表情で、メリイは彼の瞳を見つめて言った。しかし、彼女が哀れんでいるのは、レオではなく、もしかしたら自分自身だったのかもしれない。 「あんた、バカだね? そんなところ、けっこう好きだよ? でもね、世の中って、あんたが思ってるより、もうちょっとだけ複雑なんだ。あんたといると癒された。それは本当だよ。だけど、あんたじゃ私を幸せにはできない」 幸せなんてしてもらうものじゃなく、なるものだ。そう言っていた自分の声が遠くのほうから聞こえてくる。その声から耳をそむけて、メリイは下唇をかんだ。 「ロップさんなら、幸せにしてくれる。それだけさ」 レオはがっかりとした表情で、ひとことだけ。 「そう……」 「うん、あんたじゃダメだね。私はこんな底辺の生活から抜け出したいんだ。あんたみたいに、この生活の中で小さな喜びを見つけて生きてゆくなんて、私にとってはゆっくり死んでゆくようなものさ」 道化師は下を向いて沈黙したまま。 だから自分を殺すのか? そう聞かれればメリイはうなずくだろう。 自分のしていることが、完全に自分勝手な、自分の都合だけを考えた行為だという事実を忘れられるほど、メリイは傲慢ではなかった。 すべて心得た上で、しかし、自分は自分の勝手で、この男を殺すのだ。 幸せになるために。 それの何が悪い? 私は今まで苦しんできたんだ。 ともすればくじけそうな己の心を奮い立たせるべく、メリイは自分にそう言い聞かせていた。 しかしレオはゆっくり顔を上げると、彼女が思ってもいなかった言葉を放つ。 「僕の道化は面白くなかった?」 メリイは一瞬、鼻白んだ。それから、悲しさと、哀れみと、少々の怒りが入り混じった、複雑な苦笑を浮かべる。 「あんたは根っからの道化師なんだね? 死ぬ寸前の心残りは、自分の道化が面白かったかどうか、ってことなのかい?」 レオは、悲しそうな顔でうなずいた。 しばらく思案顔でいたメリイは、やがて微笑んで答える。 「面白かったよ? 私が知っている道化の中で、あんたが一番面白かった。掛け値なし、本当さ」 その言葉にレオがうれしそうに微笑むと、メリイは首を横に振った。 「でも……」 道化師はメリイの顔を真剣に見つめる。 何がしかの罪悪感は感じたのか、メリイはその視線から目をそらすと、小さな声で言った。 「ごめんね? もう、笑ってあげられない」 少し悲しげな、むしろ苦しげな。 淡い、淡い、微笑を浮かべながら。 ついに。 メリイはレオに銃口を向けた。 道化師は泣き出しそうな顔で、ただじっと、メリイを見つめている。 そして。 涙がひとしずく、レオのほほを伝い落ちた。 けれどもう、その涙には彼女の心を翻(ひるがえ)させる力はない。 「ごめんね? もう、笑ってあげられないよ」 今度は無表情のままそう言うと、ゆっくりと引き金を引く。 ばぁぁぁん! 本来鳴るはずの、ぱん、という乾いた小さな銃声の代わりに、驚くほどの大きな爆発音が、あたり一面にとどろいた。 暴発。 飛び出そうとした銃弾は、厚い重金属の詰め物によってゆき場を失い、銃身を破裂させた。そう、彼女を守るために、レオが注いだ鉛によって。 銃は暴発し、彼女の右半身は永遠に消え去った。 美しい顔は飛び散った金属片に切り裂かれて、見るも無残な様相だったが、もちろん、彼女にそれを悲しむことはできない。 道化師はぐずぐずになった彼女の遺体の前で跪(ひざまず)くと、消え入りそうに小さな声でつぶやいた。 「ごめんね? もう、笑わせてあげられない」 ゆっくりと立ち上がると、涙流れるままに空を見上げる。幼いころ、初めてメリイと会ったときと同じ真っ青な空が、頭の上いっぱいに広がっていた。レオは大きなため息をひとつ。 それから、誰にともなく、もう一度繰り返した。 「ごめんね? もう、笑わせてあげられない」 たったひとり、いつまでも、そうしてレオは立ち尽くしていた。 |