| 最低な奴 |
「浮気なんかしてないよ?」 「証拠はあるんだ。もうウンザリだぜ。おまえは最低な奴だ」 吐き捨てるようにそう言い放つと、太一は部屋を出た。部屋の扉を叩きつけるように閉めると、当てもなく街を歩く。裏切られた悔しさと怒りが、太一の胸の中に渦を巻いていた。 目にとまった酒場に入る。カウンターに陣取りテキーラを頼むと、いつもでは考えられないような呑み方で杯を干してゆく。ちょうど三杯目を干したとき、ひとつ飛ばした隣の席から声がかかった。 「若いからって、あんまり無茶な呑み方をするものじゃないよ」 声のした先には、男がひとり。 太一は面白くなさそうに、不機嫌な声で答えた。 「大きなお世話だ。今日は呑みたいんだ」 「そうか、ならば無理に止めはしないが……女か」 「ち、わかったようなことを言いやがって。いいから放っておいてくれないか?」 「わかった、わかった。そう、邪険にするな」 男は笑いながら、隣の席に移動してきた。どうやら放っておく気など、さらさらないようである。太一は迷惑そうに顔をしかめると、反対がわを向いて呑みはじめた。 「ハラがたってる時って言うのは、往々にして世界が閉じているときなんだ」 「世界が閉じる?ナニ言ってるんだ?」 「自分だけ、もしくは自分と周りの一部だけを大切に考えて、それ以外の他を排除しているんじゃないか?それ以外のモノへの興味が薄くなってはいないか?それがすべての原因なんだ」 「自分だけってならまだしも、自分と周りを大切にしているなら、それでいいじゃないか。赤の他人にまで、心を配っている余裕はないね」 だいたい、その周りの中でもいちばん近い人間に裏切られたのだ。これが怒らずにいられるか。太一はますます不機嫌になると、酒のお代わりを頼む。男はそれを見て肩をすくめると、小さくため息をついた。 「もうあっちへいけよ。俺はひとりになりたいんだ」 「そうはいかない。そんな閉じた考え方をしていては、君自身が不幸になってしまう。もっと他人にも興味を持たなければ」 「だーかーらー、赤の他人にそんなことを心配してもらわなくてもいいって言ってるだろう!お節介もいいかげんにしやがれ」 なんだってこいつは、こんなにうるせえコトを言うんだろう?黙って放っておいてくれればいいじゃないか。俺は女に浮気されて、ぶっ壊れるくらい頭にきてるんだから。 「ずいぶん怒っているところをみると、振られたというよりは裏切られたクチかな?」 思わず殴ってしまうところだった。それでも何とか正気を保つと、太一は怒りに震えながら吐き捨てる。 「てめえ、いいかげんにしろよ?こっちもいい加減むしゃくしゃしてるんだ。ケンカ売ってるなら、相手になってやってもいいんだぞ?」 「君こそいい加減、察しが悪いね。何で僕がこんな話をしてるんだと思っているんだい?」 知るかっ!と叫びそうになった太一だが、それでも興味が湧いてきた。実際、なんでこの男はこんなにお節介なんだろう?宗教の勧誘か何かだろうか? 「言っておくけど、僕は宗教の勧誘でも、何かを売りつけるワケでもないよ?」 「じゃあ、いったいなんで……」 「男がむしゃくしゃしてるときは、酒を飲むのもいいけど……」 ああ、なるほど……女か。 つまりこの男は売春の斡旋をしようと言ってるわけだ。 太一は得心した。この男のなれなれしさも、そういう目で見れば納得がいく。他人に興味を持てというのはつまり、ほかの女に興味はないか?と言っていた訳だ。 追い払おうと思って、しかし、太一は思いとどまった。もう、あの女と付き合う気はない。だったら何も気兼ねすることはないわけだ。 あらためてうなずくと、財布から数枚の一万円札を取り出す。男はそれを受け取ると、ニヤニヤしながら電話をかける。話がついて、女と待ち合わせる場所まで行こうと、男と二人店を出た。しばらく歩いて待ち合わせの場所へ到着する。 待ち合わせの場所に立っていたのは、太一の彼女だった。 なるほど、浮気じゃなかったわけだ。 太一は振り向きざま、男を殴りつける。大の字に伸びた男にはかまわず、彼女の元へ近づいてゆく。彼女も最初は驚いていたが、やがて開き直ったのか、ふてぶてしい顔でそっぽを向く。 「おまえとはもう終わりだな?」 彼女はこちらを横目で見ると、ふん!とばかりにまたそっぽを向いた。太一はその横顔に向かって話を続ける。 「と、言いたいところだが、このままじゃ終われない」 何を言ってるんだと視線を向けた彼女に、太一は下卑た笑いを浮かべ、倒れている男を指差した。それでもピンとこないのか、首をかしげている彼女に向かって、もうすっかり怒りの解けた、やさしい口調で言い放つ。 「代わりに俺と組まないか?」 |